2.図体ばかり大きな恐竜

その力は確かに恐竜的な恐るべきスケールを持っている.しかし,その中枢――頭に載っているものは,開けて見ればビックリするほど単純な仕掛け――なにほどかのレジスタとメモリを詰めた指の先ほどの LSI(かつては,この部分だけで大きな機械室を占有するほどのものだったのだが)1個でしかない.
 

昔,メモリの容量をどんどん大きくして,人間の脳細胞に匹敵するほどになれば人工頭脳になる,などと考えられていた.(その程度にはもう既になっている.)しかし,脳細胞の数と比較するとすれば,この中枢機能を持ったチップ(CPU)の個数*1であろう.その意味では,まだコンピュータは環形動物程度の知能すら持っていない.(もちろん,CPU の数が増えれば人工知能になるという問題ではないが)

(現在では)大型の機械では並列処理という複数の CPU を同時に用いる方式が行われている*2し,キーボードその他,あらゆる入出力の端末に CPU を載せたいわゆるインテリジェント端末が普通に使われている.(現在工業技術院で開発中の科学技術計算用超高速マシーン*3には250〜1000個の CPU が組み込まれるという.)

どちらにしても,この CPU を指して inteligence と呼ぶのは,あまりにもおこがましいことだし,(確かに耳には心地よいひびきを持っているが)また,大きな誤解を招くことばでもある.

*1 人間の脳細胞(ニューロン)の個数は約100億個といわれている.コンピュータの世界の単位で言えば,10G(ギガ)ということになる.現在では,個人持ちのパソコンで容量10GBのハードディスクを搭載しているというのは珍しくない.1個のニューロンは1万本程度の軸索によって隣接するノードにシナプシス結合している.この結合の個数は100兆(100テラ)になるから,ほぼ天文学的と言ってもよい数になる.CPUの個数より,むしろこの結合の個数の方が問題になると思われる.

*2 サーバー用のコンピュータでは2個か3個のプロセッサを搭載したマルチプロセッサマシーンが使われるようになってきた.人間の大脳は超並列コンピュータであるが,個々の演算素子の実行速度は電子回路に比べるとはるかに遅い.マルチプロセッサが使われるようになってきた背景にはCPUの処理速度の向上がそろそろ上限に達しつつあるということがある.しかし,分子コンピュータのようなアイディアも出てきているので,再び大きなブレークスルーを迎える可能性も残されている.

*3 配列演算を高速処理することに特化した,いわゆるベクトルマシーンであると思われる.ニューロンの仕組みをエミュレートするパーセプトロンと呼ばれる機構を組み込んだニューロコンピュータが開発されているが,(大脳と比較すると)スケール的にも実験段階である.
 

実際――いわゆる情報化社会でもっとも頻繁に使われる――おそらくはもっとも欺瞞に満ちたコトバ*3

<コンピュータにかけたらこういう結果が出ましたよ*4

という神の託宣――亀の甲羅を祭壇の上でコンガリと焼き上げ,その亀裂の入った甲羅をうやうやしく奉げて神居から出てくる神官のコトバと何とよく似ていることだろう――の効き目は,そういう些細な,何気ないコンピュータ自身の自己宣伝,PRから発生するのであろう.(もちろん人はつねに,理解し難いものに対する敬虔な畏怖の感情を持ちつづけているのだ.*5

*3 我々は「科学的」でなくてはならないが,科学を「盲信の対象」にするというのは滑稽だ.

*4 1991年を始点とする未曾有の平成大不況から脱出するために,あらゆる財政,金融政策が試みられてきたが,特徴的なことは政策決定にあたって,景況分析,経済予測などコンピュータの吐き出す数値が絶対的な重みを持つようになってきたことである.

*5 コンピュータ占いを愛好している人は沢山いるに違いない.政治家(特に中枢的な地位にいる人)が専属の占い者を持っているというのもよくある話だ.
 

知能ということと,機械的であるということの間にある,ハードボイルドな関係(ジキルとハイドとは言わないまでも)は指摘しておかなくてはならないだろう.つまり,完全に確立された知識は(たいていの場合)すでに十分機械的なものである.*5

(専門家とは,自分の知っていることについて,考えるのをやめた人のことである.――F.L. ライト)

*5 人工知能の研究が下火になってしまったことの背景には,人々がこの事実に気が付いてしまったことが挙げられる.