8話「それぞれの道」

3.シン


「ヴァルファの無念を晴らす為、共同墓地にて貴殿を待つ」

「…」

「――隠密のサリシュアン」

 

 3月8日、シンの元に果たし状が届いた。最後の八騎将である、サリシュアンからであった。

(最後の八騎将のお出ましか…)

 相手が誰であるか、想像はついている。確信ではないが、ほぼ確実だろうとシンは思っている。

(ヴァルファ残存部隊は降伏したらしいし…俺に特別な恨みがあり、かつ一番可能性が高いのは…彼女、だろうな…)

 シンはしばらくの間、果たし状を見つめていたが、無言で準備を始めた。

(全て…全てここで断ち切らなきゃな…)

 双刃槍を持ち、レンにドア越しに「用があるから出かける」と言い、シンは共同墓地へ向かった。               


ライズの想い
 

 シンが共同墓地に着いた。鎧を着けたまま歩いてきたので、変な目で見られたりもしたが、気にしなかった。

 少しして、ライズが近づいてきた。今までの八騎将のように、赤い鎧を着けている。

「…よく来たわね…」

(予想が…当たっちまったか…)

「もうわかってると思うけど、私はヴァルファバラハリアン八騎将の一人…」

 一息ついて、ライズは言葉を続けた。

「隠密のサリシュアン…」

 さらに、言葉を続けた。

「よく自由の身になれたなって思うわよね…」

 それも一応は気になっていた。ヴァルファの残党は降伏した。そして、ヴァルファ軍団長の娘であるが、ドルファン王家の血を引き、現国王であるデュラン国王の姪という立場なので、裁判まで、ライズは城の客室あたりに軟禁されているはずだろう、とシンは考えていた。

「昨日、恩赦が下ったわ…デュラン国王は、兄の遺児である私を、養子にしたいと言ってた」

(「プリシラ姫は国王の血をひいていない」と言う噂があるだけに、正当な血をひく者は重要視されるってわけか…)

「だが…叔父であれど、父が生涯憎み続けた敵…養子になど、なろうとも思わない…」

 ライズははっきりとシンの方を見た。

「私はスィーズランドへ戻るわ。しかし…その前に…」

 ライズがレイピアを鞘から抜いて、シンの方に切っ先を向けた。

「父の仇である貴方を、倒さねばならない…」

 

 わずかな間の後、レイピアの切っ先が、少しだけ地面の方へ下がった。

「どうして…」

 ライズはシンを見ていたが、そう言うと、うつむいてしまった。

「どうして貴方は敵だったの!?どうして民間人じゃないの?」

 声が震えている。今まで聞いたことのない、彼女の涙声だった。

「傭兵なんかやってるから!剣を向けなきゃならないのよ!」

 再び、シンの方に顔を上げた。涙こそ流していないが、声は変わっていない。

「私は…私は、八騎将の一人…血は、血でもって償わせなければならない…」

 レイピアの切っ先が、再びシンの方に向いた。

「さあ…その槍を構えて…」

(…)

 シンは少しの間の後、背中に紐で固定してあった双刃槍を構えた。


隠密のサリシュアン

 両者までの距離は約7〜8メートル。

 わずかにシンの目が細くなった。それを合図にしたかのように、ライズが動いた。

 ライズはシンに向かってまっすぐ突進してきた。シンは牽制のために双刃槍を横に振った。

「!」

 双刃槍の柄の部分と赤い小手がぶつかった。本気で振らなかったので、簡単に止められてしまった。

(速いっ!潜り込まれる前に牽制することができなかった…!)

「…なめないでっ!」

 声と共に突き出されたレイピアは左の肩に刺さった。心臓を狙った突きは、左半身を退くことで回避することができた。

 ライズはレイピアを引き、連続攻撃に移ろうとしたが、左側からシンの蹴りが来たので後ろに飛び退いた。

 次に動いたのはシンだった。双刃槍の切っ先を相手に向けて突進した。

(そんな戦法しかとれないの…?)

 ライズは向かってくるシンに対してレイピアを突きだし、自らは、後ろに飛んで距離をとるために、体を少し退いた。

 退こうとした。

 レイピアの刃は、シンの左手を貫いていた。予期していなかった結果に、ライズの動きは止まった。

(えっ…?)

 シンの左手は、血まみれになりながらも、レイピアをつかんでいた。

 そしてその直後、ライズの腹部に、双刃槍の刃の根元部分が当たり、ライズは短い悲鳴を上げた。

「うっ!」

 それに追い打ちをかけるように、シンの蹴りが脇腹に当たり、ライズは1メートルほど吹っ飛ばされた。

 レイピアはシンの手から抜け、そこからは抜ける前よりも多い量の血が出た。

 ライズは立ち上がると、シンから距離をとった。

「まさか、捨て身で向かってくるなんてね…」

 ライズは、思わず、自分の気持ちを口にしていた。

「傭兵はいつだって捨て身だろ…別に変じゃないさ」

「貴方は、私闘ですら捨て身で戦うというの?傭兵ではなく、「シン」としての戦いでさえも…」

「相手が捨て身で戦ってきてるんだ。こっちもそうしなければ、無礼というものだろう…?」

 さも当然、といった感じでシンが言った言葉は、ライズを、少し動揺させた。

(私は…何を考えていたの?彼を、殺したくないとでも?彼に、勝ってほしいとでも?)

 馬鹿馬鹿しい…と、ライズは自分自身に思い、シンが言った「捨て身」という言葉を元に、自分の立場を再確認した。

(そう…そうよ…私は、捨て身で戦わなくてはいけない…)

 そして、2人の戦いの、第2ラウンドが始まった。

(失う物など…ほとんど残っていないのだから…)


終焉

 

 一騎打ちと言うには、長い時間が過ぎた。

 2人とも、勝機を見出せないでいる。

 シンはライズの動きに目が慣れてきて、多少の傷は受けるものの、十回中六回ぐらいの確率で、攻撃を受け流すことに成功している。

 ライズは、シンの攻撃をガードしているが、完全に力を殺すことはできずに少しずつ打撲系のケガを負い始めている。ただ、間合いをまめに取ることによって、シンの攻撃回数を少なくしている。

 2人の力が、高いレベルにあるがゆえの状態だった。

 しかし、戦いの終わりが来た。

「うっ?」

 シンは双刃槍を扱うのに、失敗した。双刃槍は両端の刃を使う物なので、いろいろと「回す」動作が必要になる。左手が血まみれになっている今、シンは双刃槍を上手く扱うことができなかった。

 シンがとまどったのをライズは見逃さなかった。素早く射程内に潜り込んだ。

「プレシズ・キル!」

 レイピアが、シンの体に突き刺さった。

 ライズの集中力によって、人の「一番の急所」めがけて正確にレイピアは動いた。…はずだった。

 刺さったのは、左肩の鎖骨の、わずかに下付近であった。

 そしてすぐ、衝撃がライズの体に当たった。シンはライズに体当たりしていた。

 首を狙ったやや下からの突きは、予定より早くシンの体にとどき、左肩から体当たりしたため、体の中心より左側にずれた。

(どうせ、左手は使いづらいからな…)

 鎧をつけた相手に体当たりをしたのは、初めてだった。なのに、利き肩(?)である右肩で体当たりをしなかったのは、満足に双刃槍を動かせない左手のある方、つまり、左肩なら、骨折ぐらいしてもいい、とシンは無意識のうちに考えていた。

 しかし、シンの体当たりは、脚力だけで勢いをつけ、かつ鎧があったものの、ライズを吹き飛ばすには十分だった。

 背中を墓石にぶつけてしまったライズの手から、レイピアが落ちた。

 双刃槍の刃の切っ先は、ライズの喉元にある。

 勝敗は、決した。

 

 ライズ・ハイマー「うっ…うう…」

 ライズは、墓石に背中を預けたまま、うつむいて、涙は流してないが、泣いている。

 シンは「もう戦意はない」と思ったので、双刃槍をライズの喉元から引いた。

 事実、ライズの全身にはかなりの痛みが走っている。このまま戦っても、先ほどの半分の力も出せないだろう、とライズは思った。

「私は…何もかも失ってしまった…」

 泣いていたライズが、言葉を口にした。

「父も…八騎将としての、名誉すら…」

 ドルファン・プロキア戦争が始まる前に持っていた、この少女の大切なものが今、全て無くなった。

「殺して…もう、生きていたくない…」

 この世に希望や支えを何一つ持ってない彼女は、死を口にした。

「お願い…」

「…傭兵じゃなく、「シン」として、人を殺すのなんて嫌だね」

「そう…」

「君の父、デュノス公は、遺言を残さなかったか?」

「遺言…?」

 うつむいていたライズは、シンの方を向いた。

「あの時、意識が朦朧としてたんでよくわからなかったが、確か、君に何か言っていたと思うんだが、な」

「ええ…『これからは普通の女として、人生を生きろ』って…」

「君は、その言葉を裏切る気か?」

「…」

「その遺言が、今から君の支えになる。そうはならないかな?」

「自分の人生を、生きろと…?普通の、女として…」

「それが、君の父の遺言なんだろう?」

「私に…出来るの…?」

「今すぐに出来るようになる必要はないよ。それに、君はもう『隠密のサリシュアン』になる必要はない。少なくとも、俺が見た『ライズ・ハイマー』は普通の少女だった」

「…」

 シンは「隠密のサリシュアン」が時たま見せた「ライズ・ハイマー」の面を思い出した。

 喫茶店や、レストランでの世間話、展望台などでのひととき。口数こそ少ないものの、そこには確かに、少女がいた。

「『隠密のサリシュアン』はさっきの戦いで死んだ。あとはもう、その仮面を外すだけだ…」

「…ごめんなさい…少し、考えさせて…」

「…」

「大丈夫…逃げやしないから…」

 シンの肩を借りて、ライズは立ち、そして、去っていった。

 

 遠くで、鎮魂歌の鐘が鳴った。

(遺言、か…俺の義両親は…)

 シンは、義両親のことを思い出しながら、帰路についた。

 

 シンの戦いは、終わった。


あとがき

 

 あと二話…ですね。

 訳有りで、これの前にカタギリ編を書いた(打った)のですが、カタギリ編より気が入ってるような…

「カタギリ=主人公」にしていくはずだったのに…シンが主人公ぽくなってしまってます。どうしよう…

 ところで、「プレシズ・キル」の描写が変だと思った人、そうですよね。変ですよね。

 でも、ルールがあるんです。それはエピローグの「作品全体を通してのあとがき」を読んでください。

 わかってる人は「無謀だな」って思ってますよね…?さてさて、また新しいSSが書けたらな…とか思ってます。

 こんなダメ作品でもいいなら、声ください。次は必殺技とか有りにしますから。

 

星輪


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