8話「それぞれの道」

1.レン


「…」

 レンは何かいやな予感がしていた。

「…2ヶ月ぶりに雪が降るかな…」

 

 今日、2月8日、レンの元に手紙が届いた。

「今日、私的に茶会を催したいと思います。是非、出席を願います」

 プリシラからの手紙だった。それで何が変かと言うと、

(命令口調じゃない…)

 毎年の王女誕生日の、パーティーの参加を願う手紙は、

「今日は私の誕生日よ。死んでも来てね」

 という、王女とは思えない手紙だった。

 レンもそれに慣れていたので、こうかしこまれると変な気分なのであった。

(でもまあ、茶会って事は他の人〔貴族〕にもこの手紙を出すんであろうし、変でもないか…)

 時間を見ると、今夕と書いてあったので、時間まで休むことにした。

 

 時間になって、レンは城に向かった。

 今気付いたのだが、手紙には隠し通路が示されていて、それを通って部屋の前に来るように、とのことだった。

(おいおい…非公認かよ…)

 つまりである。

(見つかったら自分で何とかしろって事か!?)

 著者の星輪はまだ確認していないが、ドルファンは極刑の多い国である。

(プリシラがどんな反応するか試して、「放火は極刑」と言われたことはある)

「城に忍び込んだ」というのはどんな刑にあたるのか…レンは考えないようにした。

「ま、まあなんとかなるか…」

 思ったことを喋っている。レンは動揺しているのであった。

(ふう…)

 何とかプリシラの部屋の前までたどり着いた。燐光石が発光していなかったので、部屋の前の廊下は暗闇だった。辺りに人は見えない。

「来たわね…さ、見つからないうちに入って…」

 プリシラが部屋から顔を出して言った。レンはそれに従った。

(俺一人…か?)

 予想していなかった。上にもあるとおり、手紙の文面があれだったからだ。

「さ、そこにかけて。メイドは呼べないから、お茶はセルフサービスね」

 プリシラはレンがソファーに座ると、話を始めた。

「ね、聞いて。今日はお城にサーカスを呼んでね…」

 プリシラの話はそこでとぎれた。部屋が真っ暗になったからだ。

「な、なに?」

 レンは何かの薬品のにおいを感じた。と、何かが動く音がして、その「何か」はプリシラのほうに向かっていった。

「おとなしくしろ…そこの東洋人も…だ」

 レンは隠し通路を通るときに暗闇に目が慣れていたので、その「何か」を識別する事ができた。

 それは人のシルエットをしていた。さらによく見ると、ピエロの仮面を着けている。そして、手に持った大型のナイフはプリシラの喉元に添えられていた。

「くっ…」

 レンは動けなかった。

「賢明な判断だ…東洋人」

 そのピエロが部屋から去っていくと、部屋に明かりがついた。レンは急いで城の外に飛び出した。

(ピエロの仮面を着けていた…そして今日、城にサーカスが呼ばれた…賭けてみるしかないな…)

 レンはフェンネル地区にあるサーカステントに向かった。

 

 サーカステント周辺に明かりはなかった。

(くそっ!はずれか!?)

 しかし他にあてもなかったので、テントの中に入ることにした。

 武器の「棒」は宿舎においてきてしまっているので、何本か落ちていた鉄パイプの中で長さ、太さなどの一番近い物を選んでテントに入った。すると、

「!!」

 何者かの気配がテント中に広まった。

 

 ヒュッ…

 

 その風斬り音に対して、レンの体が反射した。飛んできた物をギリギリでかわすことができた。

 

 カツーン…
 

 ナイフの刃がさっきまでレンがいた空間を貫いて、地面に刺さった。

(ナイフの…刃…)

 本で読んだことがあった。シベリア軍特殊部隊のスペツナズは、標準装備として刃の部分をスプリングで発射できる、「スペツナズナイフ」という物を持っているということを。

(これがスペツナズナイフって訳か…)

 テント内に薄明かりがついた。刃が飛んできた方向を見ると、あの仮面の男が見えた。

「当たりだったみたいだな…」

「ほう、近衛兵にしては早いと思ったが…東洋の客人だったとはな…恐れ入るよ…」

「お前だったな…プリシラをさらったのは…」

「クックックッ…」

「…やめて!カルノー!」

 プリシラの声がテントの中に響いた。

「フン、薬が切れたか…」

「貴方、カルノーでしょう?なんでこんな事をするの!?」

「フフ…やっと地が出たね…嬉しいよ、プリシラ…」

 カルノーの声は怪しい笑いのピエロの仮面とよく合っていて、不気味な雰囲気を作り出している。

「まあいい。君とのつもる話は後だ…先に東洋の客人を始末しないとな…」

「お願い!やめて!カルノー!」

 プリシラは珍しく涙声になっていた。

「優しいな…プリシラは…」

「違うわ…カルノー…同情なんかじゃない。私の大切な人に、手は出させない…だからよ」

「!!」

「恋人をほっぽって、何年もシベリアに逃げておいて…そんな男を、女が何年もしおらしく待つとでも思ってるの!?」

(こんな時でも…いつものプリシラ…か…)

 とか、レンが思っていると、カルノーはプリシラを突き飛ばして、ナイフを構えた。

「果報者だな、東洋人!…その思いを抱いて、この世から消えてなくなれ!」

 言葉が終わると同時に、カルノーは突進してきた。

(くっ!)

 下から斬り上げてくるナイフをパイプで受け止めようとしたが、カルノーはナイフを素速く複雑に動かして、ガードをすり抜けさせた。

「っ!」

 左脇腹から右胸にかけて斬られたが、レンはとっさに身を引いたため、傷は深くならなかった。

(相手は集団戦闘の訓練を捨てて、1対1の勝負だけを訓練している…長引けば、圧倒的に分が悪い…)

 スペツナズはゲリラ戦を得意とする部隊。1対1の戦闘や、特殊状況下での戦いはお手の物だ。

(技術なら、相手のほうが断然上だな…さて、どうするか…)

 カルノーは後ろに飛んで距離を広げた後、レンの様子を見ている。

(リーチは勝ってる…動きをトリッキーにして惑わすしかないか…)

 剣や槍ではできない動きができるのが、棒の強みである。

「いくぞっ!」

「フフ…」

 レンはカルノーに突進していき、地面を棒で打ち付けて自分の軌道を変えた。

「っ!?」

 目の前で突進の勢いをそのままに、直角にレンが曲がったので、カルノーはたじろいだ。

「はっ!」

 横の方向の力を生かすため、体を回転させて遠心力を付けた。

「ぐうっ!」

 カルノーはナイフでガードしたが、思っていたより衝撃が強く、手が痺れて一瞬隙ができた。

「そこだっ!」

 突きや打撃、体術を織りまぜたコンビネーション。しかし、3,4撃当たったところで、後ろに飛ばれ、あまりつながらなかった。

「なかなかやるな…」

「へへ…」

(本気だったんだがな…かわされるとは…)

「…容赦はしないことにするよ!」

 カルノーの素早さが、最初の突進の時と比べて遙かにアップした。

「見切れるかな?」

 カルノーは縦横無尽に動き回っている。その動きはの速さは残像すら見えそうだった。

「終わりだよ…」

 薄明かりが消えた。ナイフの刃を飛ばして明かりの元を消したようだ。

「うっ!!」

 レンは、カルノーの姿を一瞬、見逃してしまった。次に現れたときには、レンの懐に潜り込んでいた。

「くそっ!」

 レンはガードしようとしたが、遅かった。

「悪魔みたいだろ?」

「うぐっ!」

 カルノーのナイフが深々と左脇腹から右肩にかけてレンの体を切り裂いた。カルノーは後ろに飛び、距離をとる。

「やはり、さすがだな…心臓からはずらしたか…左肩の方に抜けるはずだったが…」

「ああ…なんとかな…」

 レンの体からボトボトと血が流れているが、心臓に傷はついていない。それだけは救いだった。

「だが…次で終わりだ!」

「…」

(…動く手間が省けたな…)

 再び目の前に来たカルノーは、ナイフを動かそうとしたが、ナイフはいつのまにかレンの左腕に刺さっていて、すぐには動かなかった。

「なっ…!?貴様、わざと…」

「ご名答…顔ががら空きだよ!」

 ナイフに両手を添えていたカルノーはガードもできず、蹴りをまともにくらった。

「ぐ…」

「まだまだあっ!」

 レンが次に狙ったのは足だった。レンはよろけているカルノーの足を、パイプでおもいっきり叩いた。

「はあっ!」

 レンはさらに顔を狙った。そして、渾身の力をこめた一撃がヒットした。

「悪魔…破れたり…か…」

 レンはつぶやいた。

 カルノーは膝をついた。ナイフは手から落ち、レンの足下に転がっている。仮面も半分、割れている。

「無様だな…まさに、道化だ…」

 カルノーがそう言ったとき、遠くから爆音が響いてきた。

「この音は…ズィーガー砲!?」

 プリシラはその音を大砲の発射音と気付いた。

「ま、まさか…船が見つかったのか?」

「…船?」

 プリシラはカルノーに聞いた。

「シベリアに戻る船さ…どうやら、同胞は捕らえられてしまったみたいだな…」

 カルノーはそう言うと、テントの出口に向かって素早く移動した。負傷した足を引きずるようにしながらだが、常人の徒歩より速く。

「僕は…ここで捕まるわけにはいかない…妹を、セーラを、悲しませたくないんでね…さらばだ、プリシラ…」

「ま、待って!」

 カルノーがテントから姿を消すと、何かが燃えるにおいが立ちこめた。

 プリシラを連れてテントの外に出ると、テントは炎に包まれた。そして、近衛兵達が向かってきた。

「姫様!よくご無事で!城を騒がせたテロリストは、全員逮捕しました。もう安全です」

 兵の指揮をとっていたのはメッセニだった。

「救護班!早く姫を暖かいところへお連れしろ!」

 プリシラは救護班達に連れられていった。

(もう安全だろう…)

「ふう…」

「認めたくはないが…貴様が一番手柄のようだな…よくやった…」

 メッセニに礼を返すと、燃えさかるテントを見つめ、メッセニ中佐は静かにつぶやいた。

「人々を楽しませるサーカスが、フタをあけてみればテロリストの隠れみのとは…世も末だな…」

 こうして、事件は解決した。

 

 

翌日

 レンは体の半分以上を包帯でおおう羽目になった。

 看護婦いわく、「入院せずにすむのは奇跡です」

 だそうだ。レン自身もそう思っている。

 そんなレンの部屋に、プリシラが訪ねてきた。

「昨日は、ありがとうね…あの時ゴタゴタしてて、ちゃんとお礼を言えなかったから、言いに来たの…」

「あ、ああ…」

「貴方がいなかったら、きっと私は今頃、シベリアだったわね」

「そう、だな…あいつは、どうなったんだろう…?」

「カルノーのことなら心配ないわ。あいつ、顔に似合わず結構しぶといから、きっと逃げのびてるわよ」

「…(苦笑)」

「あ、あの…もう一度、言っておくね…」

 プリシラはあらためてレンに言った。

「ありがとう…貴方は…私の恩人…いいえ、最高の、ナイトよ…」

「え…」

「そ、それじゃ、また…」

 そしてプリシラは去っていった。

 

 2月9日、レンにとって大きな事件が終わった。


あとがき

 

 レン編、ひとまず終わりです。

 次回は「それぞれの道 VSヴォルフガリオ」です。

 このままいくと、この「第8話」、5つに分かれますね…(長いので…)

「それぞれの道(1)レン編」

「それぞれの道(2)VSヴォルフガリオ」

「それぞれの道(3)シン編」

「それぞれの道(4)カタギリ編」

「それぞれの道(5)エピローグ」

 ってとこでしょうか…

 

星輪


8話(2)へ

 

7話へ戻る

 

戻る