第二十四章 「亜麻色の髪の花嫁」


春のうららかな日差しの中、毎年恒例の5月祭は盛り上がっていた。

季節柄、春になったせいか人々は解放感に包まれている。

足取り軽く、鼻歌を今にも歌い出しそうな輩も所々に見られる。

ケイゴはソフィアを連れて、最も盛り上がっているドルファン地区へとやって来た。

春を微塵も感じない黒い服に黄金の手甲・脚絆をまとった若者。

その傍らには綺麗に着飾った娘が寄り添っている。

明らかに彼の格好が場違いなのだが、娘も本人も全く気にはしていない。

他にそれを気にしていない者がいるとすれば、彼の容姿に魅了された女性たちぐらいなものだろう。

ケイゴ「いろいろとやっているようだな」

いろんな場所で様々なイベントが行われていた。

一昨年、ケイゴが参加したナイスガイコンテストも準備を進めている。

ソフィア「また、あれに出てみる気はないんですか?」

ケイゴなら優勝確実のイベント会場を、ソフィアは指を差す。

すると、彼は困った顔で言った。

ケイゴ「……それは無理だ。なぜだか知らんが、去年もう一度あれに出ようとしたら、担当者が俺が出たらコンテストにならないと言ってな」

ソフィア「それもそうですね」

一昨年のことを思い出して、ソフィアはクスッと笑う。

あんなにド派手なことをされて、優勝にするなというのは無理なのだ。

せっかくの故郷の調味料の資金もパーになる所だったが、それは丁度去年の六月から始めたバーのバイトで補われている。

ケイゴ「ところでお前も何かに出てみようとは思わないのか、向こうで準備中のやつとか」

と、ケイゴはここから少し先にあるステージを差した。

ステージの上には、花嫁コンテストの看板が掲げてある。

ソフィア「そんな、私なんかが出ても……」

自信がないのか、それとも謙遜しているのか、ソフィアはかぶりを振って答えた。

ケイゴ「む、そうか」

それとなく返事を返すケイゴ。

周りと比べてもソフィアのランクは高い方なので、引けは取らないだろう。

もう少し自信を持ってもいいと思うケイゴだが、正直な話、彼女のウエディングドレス姿も見てみたかったという本音もあった。

ケイゴ(ソフィアがウエディングドレスを着る時、傍らに居るのは誰なんだろうか?)

ふと、ケイゴはそんなことを考えてしまった。

自分は傭兵だ。

ソフィアも自分のことが好きで、一緒に生きていくことになったらどうなるか。

彼女に辛い思いをさせてしまうだけだ。

だが、彼女がジョアンと一緒になったらどうなるだろうか。

暮らしていくには十分過ぎるが……それではソフィアが借金の代わりに差し出されるだけではないか。

どっちにしろ、辛いことには変わりないらしい。

それなら、自分のすることは決まっている。

ケイゴ(愚問だな。既に決心はついているというのに)

彼は今までの自分の無駄な思考を嘲笑った。
 

しばらくの間二人で屋台を回っていると、女友達を連れたスーに出くわした。

スー「あら。ケイゴ君たちも来てたのね」

ケイゴ「ああ。奇遇だな」

ソフィア「グラフトンさん、こんにちわ」

二人は客という形で、スーと知り合いだった。

???「へぇ〜っ。こいつがあの『ゴッドハンド』なの?」

と、スーの友達がまじまじとケイゴを観察するかのように顔を近づけた。

女性二人が突然のことに驚く。

ケイゴも思わず後ずさる。

???「ふ〜ん、結構めちゃくちゃやってる割にはマトモな顔ねぇ。もっとゴッツイ奴かと思ったけどねぇ……」

ケイゴの顔を覗き込むのを止めると、なぜかほくそ笑んでスーに振り返る。

???「年下狙うなんて犯罪だよ、スー」

確信犯的に笑う彼女。

スー「もうっ、15歳未満に手を出してる訳じゃないんだからいいじゃない」

???「キャハハハ、んなことわかってるって」

会話の流れから、二人が親密であることは明白だった。

ソフィア「あの、その方はグラフトンさんのお友達ですか?」

言わなくてもわかることだろうが、取り敢えずソフィアは訊いてみた。

???「んー?そだよ。あたしはキャロル・パレッキー。キャロルでいいからね。キャハハハ」

ケイゴ「俺のことを一応知っているようだな。ケイゴ・シンドウだ」

ソフィア「あの、ソフィア・ロベリンゲです」

キャロル「ケイゴにソフィアかぁ〜。なかなかお似合いだねぇ〜」

屈託の欠片のない無邪気な顔で、キャロルが言う。

スーの前でこんなことを言うとは、なかなか大胆不敵である。

ソフィア「そんな……」

ケイゴ「キャロル殿、いきなりそれか?」

キャロルのお誉めの言葉を貰った当人らの顔は赤い。

キャロル「二人とも可愛い反応しちゃってぇ〜。コノコノ、ヤキモチ妬いちゃうよぉ?」

真っ赤になって何も言えなくなってしまった二人を、キャロルは肘で小突く。

ケイゴ(スー殿の結婚願望の強さには毎回驚かされるが、キャロル殿も相当の変わり者だな)

キャロルは面白いもの好き。

それは公私共に明白な事実だったが、その面白いもの好きがエスカレートし過ぎた。

ソフィア「あ……あの、キャロルさん」

キャロル「え、ナニナニ?」

ケイゴ「俺たちをからかうのはその辺にしておいた方がいいぞ」

キャロル「へ?」

間抜けな声を挙げてキャロルは振り返ると、そこには今にも可視化しそうな嫉妬のオーラをまとったスーが仁王立ちしていた。

その覇気は、さしものケイゴでさえ戦慄させしめた。

キャロル「あ、アハハハ。ちょーっちヤバイかな?」

ケイゴ「誤魔化しても無駄だと思うが」

キャロル「キャハハ……やっぱし?」

「てへっ」ポーズを取るキャロルに対し、ケイゴがすかさず突っ込む。

その間にも、スーは地鳴しが起こってもおかしくないような足取りでソフィアに迫っていた。

スー「ソフィアちゃん……私たち二人のどっちが一人の女性として優れてるか、あれで勝負よ!!」

と、スーは空が裂けんばかりに声を張り、ビシッと花嫁コンテストのステージを指した。

ソフィア「ええっ!?で、でも、私なんかが……」

スー「でもも明後日もないの!という訳だからケイゴ君、ソフィアちゃん借りてくね」

出場を辞退しようとするソフィアを引き摺って、スーは花嫁コンテストの参加者受付へと行ってしまった。

ケイゴ「……」

キャロル「こりゃ面白いことになりそうだわ、キャハハ」

どうしてこんなことになってしまったのだろうと気が重くなるケイゴを他所に、キャロルはこれからの展開に心を踊らせるのだった。
 

スー「さっきはごめんね。キャロルに触発されちゃって、ちょっと大人気無かったね」

花嫁コンテスト参加者の待合室で、スーはソフィアにペコリと頭を下げた。

ソフィア「そんなことないですよ。グラフトンさんが居なかったら多分、花嫁コンテストに参加なんかしなかったでしょうし。出てみようとは思ったんですけど、その、なかなか自分に自信が持てなくて……」

スー「……ねぇ、ソフィアちゃん。もしかして、ケイゴ君に自分の花嫁姿を見てもらいたくないって思ってるんじゃない?」

ソフィア「それは……」

ソフィアは顔を逸らし、スーの視線を避けた。

その仕草が示すもの、それは肯定の他ならない。

スー「ソフィアちゃんの事情は、少しは理解してるつもりよ。あなたがウエディングドレスを着る時はどんな時なのかも、あなたが甘んじてそれを受け入れようとしてるのも、わかってるつもり。でも、それでケイゴ君は納得してくれるかしら?」

ソフィア「多分、納得してはくれないでしょうね……」

彼女自身の幸せを望んでいる彼のことだ。納得できる筈はない。

スー「じゃあ、どうしたら彼は納得してくれると思う?」

ソフィア(望んでいるのはお前の幸せなのだからなって、ケイゴさんは言ってた)

バレンタインの時にケイゴから貰った、ラピスラズリのネックレスに添えられていたカードの一文を思い出した。

そこで彼女は、ふと思った。

自分の幸せって何なんだろうと。

歌で人を元気づけられるような歌手になること、それが彼女の願う自身の幸せ。

でも、本当にそれだけだろうか。

昼休み中の歌の練習に、いつも付き添ってくれる人がいる。

あまり表情を顔に出さず、いつも黒い服に手甲と脚絆を着けた若い東洋人。

そっけないふりをしてるけど、本当は優しくてちょっと照れ屋さんな人。

そんな人が、自分の歌を聞いてくれる。

それも彼女にとっての幸せではないだろうか。

彼も望んでいるのだ、二人だけのささやかな幸せを。

そう思うと、その幸せの為と思うと、彼女の不安は消えていった。

ソフィア「どうしたら、ケイゴさんが納得してくれるかわかりました」

スー「うんうん、それでよし!これで、勇気持ってケイゴ君に花嫁姿見せられるわね?」

ソフィア「はい!」

自信がついたソフィアは、元気に応えた。

コンテスト係員「ソフィア・ロベリンゲさん、スー・グラフトンさん、ステージへ上がって下さい」

丁度いいタイミングで、係員が二人を呼ぶ。

スー「フフフ、これで正々堂々とあなたと勝負できるわね」

ソフィア「負けませんよ」

スー「私だって」

お互いを良きライバルと認めた二人は、ステージ袖へと上がる。
 

司会「お次は、スー・グラフトンさんです」

司会に呼ばれ、花嫁姿のスー殿は自信満々の笑みでステージの現れた。

性格的に多少難ありであっても素材としては一級品だ。

結婚適齢期にいるだけあって、花嫁姿も板についているようだ。

俺以外の男性観客の怒濤のような歓声が沸き上がる。

キャロル「ありゃー。スーってば大人気みたいだねー。ホンット、知らないってことは幸せだよね」

ケイゴ「そうだな」

キャロルの発言に、俺は頷く。

俺もスー殿の結婚に対する執念を垣間見てるだけあって、キャロル殿の言葉に共感できた。

ケイゴ「彼女にしおらしさやたおやかさがあったなら、間違いなく男の憧れの的だったんだろうがな」

思わず、そんなことが俺の口から出てしまう。

結婚願望が強すぎるという汚点の為に、自分が結婚できないということに気が付かないのだろうか、スー殿は?

キャロル「スーが先に出たってことは、次はあの娘だね」

ケイゴ「そのようだな」

キャロル「アンタねぇ、花嫁衣装に身を包んだ自分の彼女がこれからステージに上がってくるってのに、少しは喜んだらどうなのよ?」

ケイゴ「ソフィアはまだ俺の彼女というわけじゃない」

キャロル「はぁ?じゃあ、まだ告白もしてないワケ?」

ケイゴ「ああ。いろいろと複雑な事情があってな」

キャロル「ふ〜ん」

その「複雑な事情」に対して、キャロル殿は何も聞いては来なかった。

賢明な判断だ。

司会「最後は、ソフィア・ロベリンゲさんです」

司会のアナウンスが入ると同時に、俺はステージに注目した。

恥ずかしそうな顔で、舞台袖からソフィアが出てきた。

純白のドレスを身にまとってはにかんでいる彼女の姿に、俺は釘付けになってしまった。

こういう場合、俺は何と言うべきだろうか。

うまく言葉が見つからない。

俺はただ、恥じらいを見せる亜麻色の髪の花嫁をじっと見つめていた。

そんな可愛らしい花嫁の登場に、場内騒然となっていた。

ソフィアの花嫁姿を見てみたいとは思ったが、まさかこんなに魅力的だったとは!

キャロル「ソフィアの花嫁姿、すごく似合ってるよね、ケイゴ」

ケイゴ「……ああ」

キャロル殿が同意を求めてくるが、俺は溜め息混じりの生返事しか返せない。

その後、優勝を決める投票で俺は迷わずソフィアに一票を投じた。

 

投票は早くからソフィアとスーに票が集まり、優勝の行方はこの二人に絞られた。

最後の最後まで息をも吐かせぬ票争いが続いたが、僅差でスーが上回り、今年の5月の花嫁は彼女になった。

コンテストが幕を降ろした後、二人が戻ってくる。

ケイゴ「残念だったな、ソフィア」

労いの言葉を、ケイゴはソフィアにかけた。

だが、優勝を逃したとは言え、準優勝は立派なものである。

ソフィア「ええ。優勝できませんでしたけど……でも、あなたはあの時、ずっと私を見ていてくれましたよね?」

ケイゴ「ああ。気づいていたのか?」

ケイゴはそれを聞いて、少し恥かしく思った。

無防備にも彼女に見とれていた自分を見られてしまったのだから。

ソフィア「ええ。だっていつも黒い服着てるんですもの。すぐ気づいちゃいますよ」

ケイゴ「……違いない」

それなら当然だ。

笑いを堪えずにはいられない。

ひとしきり笑った後、ソフィアは改まった様子でケイゴの目を見た。

ソフィア「ケイゴさん。私、あなたの一票を貰えて、嬉しかったです」

照れながらも、ソフィアはにっこりとケイゴに笑いかけた。

ケイゴ「……似合っていたからな」

努めて平静を装うとするケイゴだが、その顔は明らかに赤い。

そんな二人のやり取りを、スーは遠くを眺めるように見ていた。

スー「試合に勝って勝負に負けた、か……」

キャロル「でもいいんじゃない?あの二人、いい経験したんだからさ」

にぱーっとキャロルが笑いながら言う。

キャロル「それにスー、今更あの二人の中に割って入ろうって思ってるの?そんなことしてももう遅いんじゃない?」

笑いながら、辛辣なことを言うキャロル。

スーはそんな彼女の態度にちょっとムッとなったが、その親友の言っていることはもっともだとも感じていた。

でも、彼女は諦めるつもりはない。

スー「そうかもね。でも、まだ諦めないわよ。ケイゴ君は」

キャロル「まぁ、無理だとは思うけど、応援はするからね。キャハハハ」

スー「言ったわね!絶対ケイゴ君をモノにするんだから!」

スーが決意を新たにする向こうでは、黒衣に身を包んだ青年の傍らで亜麻色の髪の乙女が幸せそうな笑みを浮かべていた。


後書き

 

いががでしたか?

今回は単発ですが、その割には結構量が多めになってます。

題名は某女性歌手の歌から思いつきました。

ソフィアの髪の色って栗毛色じゃないのか?

と思う方もいるかと思いますが、響きが良かったものでつい……(汗)

 

さて、次回は……ロケット野郎の登場だな。

常軌を逸したカッコのネズミ(?)と黒衣の闘神の対決は熾烈を極める。

お楽しみに。


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