第二十三章 後編「二月遅れの贈り物」


ソフィアは、いつもの場所で人知れず歌の練習をしていた。

練習生として劇団に入ってからも、毎日の練習は欠かさなかった。

自分の夢の為に努力を惜しみたくない。

それが練習を続けている理由だ。

だが最近は、この日課に毎日付き合ってくれる人物の顔が見たいという理由もあった。

しばらく歌っていると、案の定、彼はそこに現れた。

ソフィア「あ、ケイゴさん」

嬉々とした様子で、ソフィアはその彼に駆け寄る。

ケイゴ「すまない。今日は少し遅くなった」

ソフィア「私は気にしてませんからいいですよ。あの、ところでなんですけど……」

ケイゴ「?」

ソフィア「これ、受け取ってくれますか?」

顔を赤らめながら、ソフィアはクッキーの包みを差し出した。

ある程度予想していたこととはいえ、はにかみ顔でクッキーをハイと差し出すソフィアを目の前に、ケイゴはどぎまぎしてしまう。

ケイゴ「あ、ああ。ありがとう……実は、俺も渡したい物がある」

と、ケイゴは革ジャン(勿論、黒)のポケットから小さなケースと取り出した。

それをポンとソフィアの手の上に置く。

ソフィア「あの、開けてもいいですか?」

ケイゴ「勿論だ」

ケースを開けると、そこにはラピスラズリのネックレスが鎮座していた。

ラピスラズリ、日本では瑠璃と呼ばれる蒼い宝石。

それはソフィアの誕生石でもあった。

ケイゴ「誕生日にこれを渡そうかと思っていたのだが、この前の戦でそうもいかなくなってな。今、ここで受け取って欲しい」

真剣な目付きのケイゴの顔が、ふと柔らかい笑みに変わる。

彼女の前だけではあるが、ケイゴは自然に笑えるようになっていた。

ケイゴ「大分遅くなったが、誕生日おめでとう」

ソフィア「あ、あの……あ、ありがとうございます。私、一生大事にしますね!」

端から見ている人がいたら、恥ずかしくなってしまうような雰囲気が一帯を包み込む。

元々人のあまり来ない場所なのに、輪をかけてより近寄りがたくなったのは気のせいだろうか。

そこに、この状況とは場違いな大地が轟く音が近づいてくる。

ソフィア「この音、何でしょう?」

ケイゴ「さあ……な」

その音の主の姿が見えるや否や、ケイゴは固まった。

甘酸っぱい雰囲気をブチ壊して現れたのは、スーとリンダの等身大チョコレート人形改めチョコレートゴーレムだった。

猪突猛進の勢いで抱きつこうとする二体の合間を縫い、ケイゴはソフィアを抱き上げた。

ソフィア「えっ!あ、あの……ケイゴさん?」

突然のケイゴの大胆な行動に、ソフィアの顔は一瞬にして茹で上がった。

ケイゴ「すまんが、アイツらから逃げるぞ」

半ば放心状態に陥っているソフィアにそう言い聞かせると、ケイゴは10メートルを越える跳躍で一気に校舎の屋上に移動した。

その後を追って、ゴーレムたちも屋上に飛び乗る。

目が点の生徒や教職員には目もくれず、ケイゴとゴーレムたちは校舎の中へと入っていった。
 

それからケイゴとソフィア対ゴーレム二体の追い掛けっこの舞台はドルファン学園に移った。

理科室や家庭科室などの特別教室や体育棟を縦横無尽に駆け巡った。

最後に昇降口を出る頃には、ドルファン学園の全施設を回っていた。

しかし、さすがのケイゴと言えども、疲労はやってくる。

朝も走り回っていた分の疲労も蓄積されていたが、それでもケイゴは逃げていた。

ソフィア「ケイゴさん、大丈夫ですか?」

ケイゴ「大丈夫だ、と言いたいところだが……さすがに疲労が溜まっている。スー殿とリンダには悪いが、あのチョコレート人形を破壊するしか手はないな。ソフィア、口を閉じろ、舌を噛むぞ」

ソフィアは声を出さずにうなずいた。

超人的跳躍力でチョコゴーレムの背後に回り込むと、ケイゴは彼女を抱えたまま片手を追っ手に突き出す。

ケイゴ「金剛武神流、霊光掌!」

ケイゴの放った巨大な気の塊が、チョコゴーレム二体に直撃した。

しかし、魔力的な影響で全てを打ち消すことはできず、頭部や腕と思しき部分が残骸になって地面に転がっている。

リンダ「ああ……わたくしの愛の結晶が……」

スー「心を込めて作った私のチョコが……」

息を切らしながらドルファン学園の校庭に駆け込んだ二人だったが、時既に遅く、破壊されたチョコ人形を前に力なく座り込む。

ロリィ「ああーっ、やっぱりお兄ちゃん、ここにいたんだ!」

さらに、ケイゴを追っていた最後の一人、ロリィも現れる。

本命チョコを渡そうと彼の元に行こうとしたが、彼女は背後からむんずと制服の襟を掴まれた。

中等部の先生「ロリィ君!授業を抜け出して、今までどこに行ってたんですか!今すぐ職員室に来なさい!」

ロリィ「でもでも、恋する乙女には授業よりも大切な事があるんですぅ!」

中等部の先生「言い訳は職員室でいくらでも聞いてあげます!」

ロリィ「……ふぇぇ」

先生に引き摺られながら、ロリィは名残惜しそうな顔を浮かべて去った。

ドルファン学園の教職員は一度犯した失敗を、二度もする程無能ではないようだ。

ソフィア「あの、そろそろ午後の授業はありますので……」

ソフィアもまた名残惜しそうに、ケイゴを見上げた。

学園の時計塔を見ると、午後の授業の始まる十分前を差していた。

ケイゴ「そうか。それでは失敬する」

ケイゴはそう言うと、稽古の為に隣の訓練所に向かった。

彼の去った後、ソフィアはネックレスの入ったケースを大事に懐にしまった。
 

その日の夜。

ギャリック「今年は絶望的かと思ったけど、取り敢えずこれで俺も寂しいバレンタインを過ごさずに済んだぜ」

くぅ〜っと涙を流すギャリックの手には、カードが添えられたバレンタインプレゼントのパッケージがしっかりと握られていた。

中身は酒好きの彼には嬉しい、ウイスキーチョコだった。

貰った相手は、言うまでもなくプリシラだ。

「プリシラの奴、もしかして俺に気があるのか」と思い込んでいるギャリックだが、実はそれは彼女が城のメイドの部屋から勝手に頂戴した(人それを泥棒という)ものだということを、彼はまだ知らない。

シャオシン「僕もセーラさんからバレンタインのプレゼントを頂きましたよ」

ギャリック「お前が家庭教師やってるっていうイイトコのお嬢さんからか?何貰ったんだ?」

シャオシン「アルベルト・ジャンベルグの『真旅行記』という本です。彼の作品はドルファンでは禁書になってましたし、他の国でも手に入りづらいんです。お返しに、僕からは東洋に関する書物を送りましたけど、それとこれで釣り合いが取れるかどうか……」

ギャリック「あ、そう」

学識の浅はかなギャリックにとっては、本など苦痛でしかない。

適当に生返事をして、彼はケイゴに声をかけた。

ギャリック「ケイゴ、そういや、お前はどうだった?」

ケイゴ「途中、不足の事態が起きたが、目的は果たした」

まるで色恋のいの字も見られないような言葉で、ケイゴは言った。

彼の顔には、微かながら満足げな表情が見え隠れしている。

ギャリック「なぁ。今日のケイゴ、何かヘンだよな……」

シャオシン「そ、そうですね……」

いつもと雰囲気の違うケイゴに、戸惑いを隠せない二人だった。
 

丁度その頃、ソフィアは自分の部屋に居た。

真っ暗な部屋に差し込む月光に照らされ、ネックレスが煌めく。

その輝きはたおやかで、優しい。

ソフィア「あっ……もう寝なきゃ」

ソフィアはラピスラズリのネックレスをしまおうと、ケースを開けた。

ソフィア「……何かしら、これ?」

ケイゴの前で開けたときには気づかなかったが、ケースの底に、一枚のカードが敷かれていた。

取り出したカードには、ケイゴからのメッセージが綴られていた。

 

 

親愛なるソフィア・ロベリンゲ嬢へ。

 

 何事にも一生懸命取り組むことも大事だが、たまには息抜きも必要だ。

 誰かの為に我を殺すのもいいが、それもほどほどにしておいた方がいい。

 そんなことをしたら、自分を追い詰めるだけだ。

 俺にしろ、ロバート殿にしろ、望んでいるのはお前の幸せなのだからな。

 ………………………………………………………………ケイゴ・シンドウ。

 

ソフィア「ケイゴさん……」

自分を心配してくれているんだと思うと、気恥かしいような嬉しいような複雑な気持ちになった。

ソフィア「ありがとうございますね、ケイゴさん」

メッセージカードを机の引き出しにしまうと、ソフィアはケイゴの心遣いを胸に就寝するのであった。


後書き

 

終わった……バレンタイン三部作がやっと終わった……

これで通常の一話完結系に戻れる!!

YATTA、YATTA、YATTA、YATTA!!

ところで、第二十三章のケイゴの衣装つーか冬の服装ですが、以下の通りです。

 

革ジャン(黒)・ニットシャツ(黒)・デニムパンツ(黒)

これにプラスして金色の武神具『明鏡止水』を付けてます。

金に黒……以前の銀に黒の方がいいような……

 

さて次回は、五月祭のもう一つの企画の話を書こう!

よしけってー!!ってちょっち壊れてますが、 ご心配には及びません。


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