エジプト

終日 ルクソール観光



ルクソール西岸 → ファルーカ・セーリング → ルクソール東岸  ルクソール泊

 本日、最高に天候不順(エジプト流)の、雲ひとつない抜けるような晴天。

 ホテルがナイル河の中洲にあり、リゾートホテルなので、朝食前後にホテルの庭を散策。ナイル河の流れを眺めながら庭をそぞろ歩くのはとてものんびりした気分になる。
 オープンテラスにたくさんいるスズメさんは、超丸々として幸せそう。(笑)よほど食生活が充実していると見た。

 ナイル河の東岸から西岸へ10年くらい前にできたという橋を渡る。この橋ができたので観光が非常に便利になったという。

 王家の谷に向う途中に緑の南国の木々に囲まれた農家風の家が点在している。飼育している牧畜と人間の住まいが同じ建物を使っているのだそうだ。どう区分して生活しているのだろう。

 王家の谷観光の前にメムノンの巨像で写真ストップ。お土産物屋さんが数軒、パラソルを広げている。
 巨像の顔が破壊しつくされていなければ、もっとよかったのにな。

メムノンの巨像

 メムノンの巨像から王家の谷に向う途中の民家には、それぞれの家の持ち主が巡礼したときの旅の模様が描かれている。船で行った人は船が、歩いて行った人はその様子が、中には飛行機も・・・。巡礼をすること、してきたことを誇りとしていることがうかがえる。バスの車窓から見ていることなので、写真に撮れなかったのが残念。

 その他にも、遺跡が次々にあらわれたり、その遺跡を発掘する、各国の発掘隊の宿営地があったりした。もちろん、某W大学発掘隊の宿営地として使われていた家も小高い丘の上にあった。



王家の谷の山

 一説によると、王家の谷のある場所の山の形がピラミッドのようなのでこの地に王墓が作られたのだそうだ。

 トレイン風の外観に作られた何両編成かの自動車に乗ること5分ほどで王墓が集中する場所に到着。
 別に乗らなくても良いけど、取りあえず行きは経験ということで乗ってみた。

 王家の谷の駐車場でバスを降り、王墓のある場所に向う前ににトイレタイム。トレーラー風の簡易トイレは長蛇の列で、しかも、こういう場所でなければご遠慮願いたい状態。背に腹は代えられぬ。
 まず、あぶちゃんに付いて、ラムセス9世の墓を見学。

 ツタンカーメンの墓以外の王墓は、フラッシュ撮影禁止でカメラ撮影可。ビデオ撮影は不可。(2003年1月時点)

 壁画保護のため照明をかなり絞っているので、ボケらったの世界に飛び発つ写真が続出。それでも数枚は何とか見られるものが手元に残ったのは幸い。数千年変わらぬ色彩を描きだした古代の方々に敬意を。

 メインの通路の他に枝道があり、その先に小部屋が何箇所かあったりした。現在は全て空室で壁画が見られるだけだが、王が葬られた当初は、宝物で溢れていたのだろう。


ラムセス9世の墓


ラムセス3世の墓

 ツタンカーメンの墓の内部は撮影禁止なので外でツタンカーメンの墓を示すプレートを記念撮影。

 ツタンカーメンの墓だけは、別にチケットを購入しなくてはならないらしい。今回は入場がツアーに含まれているので、チケットを渡され入場。

 若くして急死した王なので、前に見学したラムセス9世の墓よりもかなり小さく、枝分かれした道も小部屋もないシンプルな作りなのに、エジプト考古学博物館で見学したあれだけの宝物が入っていたこと、入れたことに脱帽。

 今もこの墓の中で永遠の眠りについているツタンカーメンは、我々観光客のことを五月蝿く思っているのだろうか。

ツタンカーメンの墓のプレート
No.62とは王家の谷で62番目に発見された墓の意味

 ツタンカーメンの墓を見学したところでフリータイム。もらっているチケットであと1箇所、墓に入れるので、どこに入るか外から様子を眺めつつ、物色して・・・といってもよく判らないので、なんとなくラムセス3世の墓に入場。 

 王家の谷から駐車場に戻るときには、来たときに乗った乗り物には乗らずに、周りの様子を見ながら歩いて帰る。駐車場前のロータリーにはお土産物屋さんが軒を連ねていて、呼び込みの売り子さんが超しつこく、逆にお店をのぞく気を失せさせる。静かにしててくれたら、どんなものがあるのかのぞいて見たかったけど、あんなに騒さくされると少なくとも私には逆効果だ。



ハトシェプスト女王葬祭殿

 ハトシェプスト女王葬祭殿も駐車場からかなりの距離があり、ここは歩いて移動。
 駐車場から入り口の柵の付近には、武装した警備の方々がたくさんいらっしゃり、いやでも数年前にここで起きた乱射事件を思い起こさせる。

 今は平和に葬祭殿とその付近の模様を眺められる。やはり平和が一番だ。
 付近には、この葬祭殿を作るのに従事した方々や当時の貴族の墓もある。そこまでは相当に時間に余裕がなくては見に行けないなぁ。
 ハトシェプスト女王の治世下は、戦争よりも平和外交をモットーとした時代で外国との交流が盛んに行われ、様々な外国の産物がエジプトに入ってきたという。
 その時代を表すような壁画が葬祭殿にも残されている。

 葬祭殿とはミイラを作るための建物なのだそうだ。ミイラを作るのにこんなに巨大な建物が必要?

 ハトシェプスト女王の次代の王トトメス3世がハトシェプスト女王に頭を押さえられていたのを相当に怨みに思っていたようで、女王の死後、女王の姿が表された壁画や名前などを全て削り取ってしまったそうだ。なので、この葬祭殿にあった女王の姿も全て削り取られた跡しか見られない。数千年後にも語り継がれる怨みとは・・・。「怖いのは死者よりも生きている人間」か。

 あぶちゃんに付いて一通りの案内をうけたところで解散。集合時間を決めてそれまでに各自でバスに戻ることになった。至聖所をもう1度のぞいたり、壁画をあちこち見てまわったり、階段で記念撮影したり、広いからやること&やりたいことが盛りだくさん。駐車場近くにあるトイレへ行ったら、タイムアップ。う〜ん、広すぎるゾ!葬祭殿。

 柵のところの電話ボックスに立てられている看板の電車の地下鉄のところの乗り物の絵は何故か日本の「新幹線」(それも最も古いタイプの東海道新幹線)。エジプトの地下鉄では日本の新幹線が走っているのか???

ハトシェプスト女王葬祭殿の
至聖所の入り口

 ルクソール東岸に戻り、カルナック神殿裏のレストランで昼食。ここでメインに名物のハト料理の登場。しかし、まさに、確かに、間違いなく、見事に、ハト料理。誰が何と言おうともろにハトさんの姿焼き。あぅ。(:_;)
 午前中の観光でかなり歩いて体力を消耗していた身は、この姿を一目見た途端、気力まで萎えてしまい、一口も食べられなかった。私の前にサービスされたハトさん、食べられなくてすみません。できたら成仏してください。合掌。m(_ _)m

 昼食後、明日の予定を変更してファルーカ(伝統的なエジプトの帆船)・セーリング。

 明日はアブシンベル観光の予定なので、飛行機のフライトの関係でファルーカセーリングの時間が上手く取れるかどうか不安なため、安全パイに本日実施してしまうもの。昼食後の満腹なときの、のんびりとしたファルーカ・セーリングは、煌く水面を間近にして睡魔が限りなく襲い掛かる。

 ナイル河から農業用水を汲み上げる水音を至近距離で聞き、岸で草を食む羊さんやまったりと横になる駱駝さんや物を運ぶ駱駝さん。その周りを囲む子供たち。のどかな風景がそこに広がる。
 ん?子供たち?どう見ても学齢の子供たち。あれ?学校は?日本の常識で測ってはいけないのか?



カルナック神殿
スフィンクスの参道

 ファルーカ・セーリングで午睡(?/笑)を楽しんだ後は、ルクソール東岸観光へ出動。

 カルナック神殿では、スフィンクスの参道でスフィンクスたちに迎えられる。壮観。建造当初は、この数倍のスフィンクスたちがここにいたのだそうだから、それは見る物を圧倒する姿だったろう。
 スフィンクスたちに見送られてカルナック神殿内に入場。

 第1塔門を入った最初の広場で広場から見える祭壇や像などの説明を受ける。この広場から見える大列柱室で映画の「ナイル川殺人事件」の撮影が行われたそうだ。

カルナック神殿
大列柱室

カルナック神殿
オベリスク
 カルナック神殿の第1塔門を入った最初の広場にある神殿の地図を元にあぶちゃんがざっとした神殿内部の説明。なんだかとっても広そう。

 巨大なラムセス2世の像とその足元には(等身大くらい?の)王妃ネフェルタリの像があった。ラムセス2世にとってはそれだけ大事な王妃だったのだろう。しかし、子供が500人ともいい、50年も王位にあったラムセス2世の王妃としてネフェルタリの気持ちはどんなものだったのだろう。ラムセス2世を残してこの世を去ったネフェルタリ。ラムセス2世が長命だったが故に、ネフェルタリの子が後継者になれなかったことを目にせずにすんだのを幸いというべきなのだろうか・・・。

 巨大なオベリスクや、ハトシェプスト女王建造のためトトメス3世により横倒しにされたオベリスクなどが目をひく。

 列柱室、オベリスク、聖なる池、スカラベの像のあるところまであぶちゃんの説明に従い、歩いてフリータイム。
ここで集合時間を決めて解散。集合場所は第1塔門を出たスフィンクスの参道。

 スカラベの像を7回廻ると願い事が叶うというので、同じように信じた、あるいは藁にも縋る気持ちだった方々と列をなして、しっかり廻った。(^^)v おかげさまで、その時、最も念願としていたことは叶った。!(^^)! 信じる者は救われる。かもしれない。

カルナック神殿
スカラベの像


カルナックの神殿
削り取られている人物像のある壁画

ハトシェプスト女王が描かれていたであろう

 それから入り口に向ってあちこちをのぞきこみながら歩いていると、エジプト人のおじさんが手招きするので、つい誘いに乗って行ってみた。今考えるといかんですな。軽率な行動をしてしまった。そしたら壁画を指差して、「ハトシェプスト」壁画を見ると、人物が削り取られた跡が何箇所かある。おそらくハトシェプストの削り取られた跡のある壁画があると言いたかったのであろう。(推測)

 男の怨みの深さをここでも再び目の当たりにし、暗澹たる気分になったところで迷路のような大列柱室に戻る。ここで柱が迷路のように林立したさまと、そこから見上げる青空で気持ちが浮上。柱の間から間へ、ぐるぐる廻って、柱に彫りこまれた象形文字の数々に見入る。
 青空に気持ちがすいこまれて行くような気がする。ここでかなりの時間うろうろしていた。

 カルナック神殿はと〜っても広大なので、興味のある人はどれだけ時間があっても足りない思いだろう。なんだか、よく歩いたという印象。
 カルナック神殿のお隣りともいえるルクソール神殿へ。こちらの方がやや小ぶりな印象。えっと小ぶりと言っても、カルナック神殿が超広大なのだから、それでもかなりの規模。

 ルクソール神殿のあちこちにもラムセス2世像が置かれている。ツタンカーメンの座像もある。隣の像はアンケセナーメか?

 ルクソール神殿が埋没していたときには神殿の上にモスクが建てられ、今もその建物が見られる。

 神殿の建物内部の壁画の説明を受ける。照明がかなり落としてあったので、自主的判断で写真は撮らなかった。保存状態がかなりよく多くの神の像や物語が彫られていた。

ルクソール神殿


ルクソール神殿

 神殿から出てきたら陽が傾いており、そろそろライトアップの時間になっていたようで、あちこちの像や神殿の建物が光に浮かび上がっていた。

 それなりにライトアップされ、ライトに浮かび上がるルクソール神殿が見られたので、添乗員さんが夕食後にルクソール神殿の音と光のショーに案内してくれるというのはパス。結局、ツアー全員が、パスしたようだった。
 今日は行程2日目=観光1日目にギザやサッカラ、メンフィスを走り回ったのと勝るとも劣らないくらいよく観光した。今日のルクソール観光の方が足で歩いた距離も時間も長かったのではないだろうか。

 体力的にきつくなったのを自覚したので、夕食をパスして、自室で日本から持って行った雑炊やうどんの夕食で胃を休めて早々に就寝。
 何せ、明日が〜、早朝からホテルを出発して1日で3回のフライトをこなさなければならないから〜。胃が持つかどうかが最大の心配事。(@_@)