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萌えブギー

 ジャーッジャジャ、ジャッジャジャジャン……
 レッド・ツェッペリンの『カスタードパイ』が流れるその空間には、二人の人物しか立っていなかった。
「レディース・エーン・ジェントルメン! ボーイ・エーン・ガールズ!! 今宵もこの時間がやってまいりました! あなたの心の歪みを黄金に変える歪曲SHOW!! 司会はもちろんこの私、全ての歪みを黄金に変える為、日々の精進を怠らない高潔なる求道者歪曲王!今夜のゲストはもちろんこの方!」
 歪曲王の口上と共にもう一人の人物にスポットがあたる。
「ただのいい人なのになぜもてる? 新刻先輩をふった時点で剃刀メールは確定だ! 一週勝ち抜きの竹田啓司君!センキュッ!」
「……勝ち抜き戦だったのか?」
 なんだか納得のいかない啓司に対して今日も歪曲王はハイテンション。
「前回は惜しくも歪みを黄金に変えることは出来ませんでしたが、はてさて今回は!さらにパワーアップした私に君の歪みは耐えられるかな?」
「おまえは歪みを黄金に変えたいのか変えたくないのか、どっちなんだ?」
「もちろん変えたいに決まってるじゃないですか。10週勝ち抜きはなんとしても阻止しなければ!」
 勝ち抜くとどうなるかには興味があったが、10週もこんなことにつきあいたくはなかった。
「ではさっそく今夜もイッツ・ショウターイム!」

 今日も今日とて屋上に上がっていくと、ブギーポップが待っていた。
「あ!ようこそ竹田君。ボク、ずっと待ってたんだ」
 ……『ぼく』のイントネーションが微妙にちがうのは気のせいだろうか?
 小走りに近寄ってくるブギーポップを見て、啓司は違和感がそれだけではないことに気づいた。
「おまえ、口紅変えたのか?」
 そう、いつもは真っ黒な、夜の色をしたブギーポップの唇は今、桜の花びらのようなあたたかい薄桃色をしていた。
 ブギーポップの真っ白い顔がほんのりと朱に染まる。
「よかった。気づいてくれなかったらどうしようかと思ってたんだ。でもボク、竹田君ならきっと気づいてくれるって信じてたんだよ?」
 上目使いに啓司を見つめるブギーポップ。
 かわいかった。いっちゃ悪いが藤花よりも。
「あの……、変じゃないかな?」
「あっ、えと、似合ってると思うけど。かわいいよ」
 啓司から離れてくるりと後ろを向くブギーポップ。顔をあわせられないほど照れているのだった。
「ありがとう。とっても嬉しい」
 啓司もなんだか照れくさくて、それ以上声をかけられない。
 しばらく無言の時間が流れる。
 でもそれはけっして不快ではなく、焦燥感を与えるものでもなく、でもじりじりとした、なんともいえない思いが胸に広がる、そんな時間。
 青春、であった。
「あの、竹田君」
 ブギーポップが意を決したように振りかえる。その顔は緊張で紅潮していた。
「なんだ?」
「……自分のこと『ボク』って呼ぶ娘は好き?」
「えっ……」
 いくら啓司でもブギーポップが何を言わんとしているのかは理解できた。
 しかしこれは、どう答えればいいものやら……
 さっきよりも重く、甘酸っぱい沈黙が流れる。
 不意に、ブギーポップが肩の力を抜いた。
「ごめんなさい、変なこと聞いて。これまでのボクはずっと戦ってばかりで、友達といえるのはキミぐらいのものだったから。だから・・」
 ブギーポップは、例の表情をした。
 無理やりに。
 そして、その試みは途中で失敗に終わる。
「馬鹿だよね、ボク。ボクなんて宮下藤花のおまけでつきあってもらってただけなのに。でも、楽しかった。本当に……さよならっ」
 走り去ろうとするブギーポップの顔から、悲しみが詰め込まれた雫が数滴宙を舞う。
 それを見た時、啓司は無意識の内にブギーポップの腕をつかんでいた。
「行くなよ」
「竹田……君?」
「確かに最初はさ、お前のこと変だって思ってたよ。藤花とつき合うのに邪魔だって思ってた。……でもそれはお前のことをぜんぜん知らなかったからなんだ。俺は、お前が……」
 涙をいっぱいに溜めたブギーポップの瞳がきゅっと閉じられる。
 こぼれ落ちた雫がまた一滴、頬を伝った。
 啓司は緊張に震えるブギーポップの体をそっと抱き寄せ、静かに唇を近付けていった……
「……って、違ぁぁぁぁぁう!!」
「あン」
 ブギーポップを突き飛ばし、何もない空間をむんずと掴む。
 ぐいっと腕をひっぱって、そこから歪曲王の本体をひきずりだした。
 すごいぞ竹田君。
「おやおや、お気に召さなかったかな?」
「召しまくりだっ!こん畜生っ!!こんなの反則じゃないか!?」
 啓司は泣いていた。大切な何かを汚されちまった悲しみに、彼はただ涙するだけだった。

 どっかのビルの屋上。そこにたたずむ歪曲王。
 大学ノートにせっせとメモを取る。
「今日の実験……失敗。でも惜しかったな。もうちょっとだったのに。……少しひねりをくわえようかな?」
 やっぱり後ろの影には気づかない。
「どうやらぼくの見込み違いだったようだ。君は世界の敵……っていうかぼくの敵に決定」
 しゃきーん……


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