第九幕 陰謀は暗闇の奥で


「……それでは、ゴステロ隊長。手配をよろしく頼むぞ。適当に悪党面をした部下を見繕って、よく言い聞かせておいてくれたまえ。お芝居とはいえ真剣に、だがやりすぎないように、とな」

「わかってるさ、お坊ちゃん。俺の手下があんたの許嫁を適当に怖がらせて、そこにあんたが颯爽と現れる。その筋書きで良いんだな?」

 豪奢な内装が施されたエリータス家の一室。貴族的で上品な、しかしどこか甘ったれた顔立ちをしたこの家の三男坊であるジョアンが、客と顔を突き合わせて何やら相談をしていた。相手はこの家にはまるで相応しくない姿の傭兵。魁偉で凶悪さが滲み出ている容貌と、人波外れた巨体を併せ持ったゴステロである。

 以前、ゴステロがこの家を訪れたとき、彼は腹心の傭兵を三人連れていた。しかし、先々月収穫祭での一件でその一人を永遠に失い、もう一人は彼の不興を買って距離を置くようになり、今この場に、その時の面子は一人しかいない。

「いいか、くれぐれも筋書きを徹底させるのだぞ。ソフィアには傷一つ付けるな、と」

「わかってるさ。貰った分の働きはさせてもらうぜ」

 不敵にゴステロは笑う。しかし、ジョアンはその粘着質の性格故か、要らない一言を言わずに入られなかった。

「そう願いたいものだな。くれぐれも収穫祭のような情けないことにはならないように」

 サガラ・ソウシ率いる第一中隊選りすぐりの三人に、ゴステロ達三人が完膚無きまでに叩きのめされたことは、まだドルファンの民衆の記憶に新しい。評判の悪い第二中隊が敗北したというニュースは、翼を生やして首都城塞内を飛び回り、住人達に喝采を叫ばせた。

 敗北の記憶と合わせて、それだけでもゴステロの機嫌は悪化の一途を辿った。さらに、そのあおりを食ってか、粗暴さが目立った第二中隊の面々は居心地悪そうに縮こまり、また一層彼の神経を逆撫でしたのである。

 彼と少しでも付き合いのある人間は、極力その話題を避けていた。しかし、他人の感情というものを理解できない、理解しようとしない育ち方をしてきたジョアンには、そのあたりの機微が全く理解できないのだった。

 今回も、ジョアンの不用意な一言と共に、ゴステロの機嫌は急降下した。ゴステロの発する殺気と、それだけで見るものを怯えさせる視線がジョアンを射抜く。ゴステロの隣に腰を下ろしていたゲティと、ジョアンの背後に控えていた侍女のアニスは、てきめんに震え上がった。

 しかし、当のジョアンは鈍感さ故か、それとも大物なのか――まず間違いなく前者であろう――、ゴステロの視線を受けても悠然としていた。

「……話は、これで終わりか? お坊ちゃん?」

「そうだ。……アニス、ゴステロ隊長達をご案内してくれたまえ」

「あ、はい!」

 ゴステロ達と顔を合わせていると毎回縮こまってしまうアニスだったが、今回はいつにも増しておびえの色が濃い。しかし、侍女としての教育の成果を見せて、震えながらも先に立って歩き出す。ゴステロは周囲に殺気をまき散らしながら無言でその後に続き、ゲティは目を合わせないように背後に付き従う。そして、三人が出ていった後の部屋で、ジョアンは一人何やら物思いに沈むのだった。
 

 エリータス家の屋敷を出たその時、つい先程まで不機嫌一色に染まっていたゴステロの表情は、奇妙に歪んでいた。見ようによっては笑っているような、狂的な高揚感に染まった顔である。多少世慣れた人間なら、歪んだ喜びをその中に見いだすことが出来るだろう。

「ゲティ。マンジェロとお前で、隊の中から腕の立つヤツを……。そうだな、奴らの倍の五十人ばかり選んどけ」

「隊長、そんなに連れ出して、何を……」

「わからねぇか?」

 ゴステロは、見る者を震えさせる、狂気の笑みを浮かべた。

「あの野郎を、潰してやるのさ」

 

 

 近頃、半ば第一中隊幹部の集会場と化してしまったソウシの自宅。今日も今日とて、アルベルト以下、小隊指揮官達の内の五人ほどが顔を揃えていた。ちなみに、彼らは居間の床に車座になって座っている。一軒家とはいえ、これだけ集まった状態でテーブルを置くと、部屋が狭苦しくなってしまうのである。

「はい、皆様方、お茶が入りました」

「あ、お茶菓子はこっちに置きますね」

 茶菓子を出すタイミングも、既に慣れっこになってしまったサキである。ショートボブの髪型に、飾り布でまとめた一房だけ伸ばした後ろ髪をなびかせて、くるくると動き回る。ちなみに、そのサキの後を忠犬よろしく付き従って、手伝いに精を出すカールの姿も見慣れたものになっている。

「いいねぇ、若いってのは……」

「……何を言っているのだ、アル?」

「気にすんな」

「……? まあいい。それでは、王宮を通してドルファン学園から依頼された、修学旅行の警備だが……」

 への字に引き締められた口元と鋭い目つき、少し長めのざんばらの前髪、ソウシはいつも通りの堅苦しい口調で話を始めた。サキと同様に一房だけ長い後ろ髪を、今日は藍色のリボンでまとめている。これも、ロリィからのプレゼントだろう。

 今日の話題は、軍務ではなく雑務の類らしい。元々市民受けのよかったソウシ率いる第一中隊だが、収穫祭の一件以来その評価はますます高まっていた。ドルファン学園のような所から、生徒の安全を任される所にそれは現れている。

 もっとも、それに反比例するように、外国人を嫌う極端なトルク(旧トルキア帝国の復活、外国人排斥を叫ぶ一種の民族主義者の集団)や、有力貴族からの風当たりは強くなっていった。

「しかし、よくそんな依頼を王宮の貴族達が通したよなぁ?」

 外国人傭兵達がドルファン国内に深く関わることに、いまだに嫌悪感を抱き続けている貴族達が、国立学校であるドルファン学園の行事に彼らが参加する事を認める。これは、以前なら考えられないことであった。アルベルトの発言に、集まっていた小隊長達も肯きを返す。

「……プリシラ殿下の一声で決まったそうだ」

「そういやお前、殿下に気に入られてたみたいだったからなぁ。……なら一層、貴族連中はお前を嫌いになっただろうな」

「……何故だ? 俺は、ドルファンのために働いているに過ぎないぞ」

 同じ国のために働く者同士という意識がまず先に立つソウシには、トルクの主張は理解できても、そうした貴族達の精神の動きが理解できない。それをわかった上で、さらに、ソウシが貴族達の評判など毛程にも気にしないことを知っていて、アルベルトは人の悪い笑みを浮かべる。当のソウシは、やはり全く動じた様子もない。

「それで、何人出せばいいんですかい?」

 小隊長の一人が尋ねた。二年前の段階なら、彼らはこのような依頼は面倒くさいとしか思わなかっただろう。しかし、ソウシ達の教育の賜物で、今ではこうして自然に積極的なところを見せる。

「……三十人、一個小隊だな。まず、俺は行かなければならないとして、もう一人補佐がいるな……」

「自分も行きましょうか?」

 比較的一座の中では年長の一人が手を挙げた。才気走った派手さはないが、堅実な性格をした小隊長の一人である。学生相手の警備任務には、向いた性格をしていると言えるだろう。ソウシもそう判断したのか、あっさりと頷いた。

「よし、ウォーレン曹長に頼むとしよう。十一月十七日の日曜日に、エドワーズ島だ。俺が留守の間、指揮はアルが執ってくれ。通常通りの待機状態で……」

 ソウシが指揮を執れない場合は、副長格のアルベルトが指揮を執る、いつも通りの編成のはずだった。しかし、今日に限っては、常ならば二つ返事で頷くはずのアルベルトがソウシの言葉を遮った。

「……いや、通常通りじゃなくて、ちょっとした訓練でもやっとこう」

「どういう風の吹き回しですかい、アルベルトさん?」

 また、一座の別の一人──アルベルトより年上だが、実力が上のアルベルトに対しては敬語を使っている──が心底不思議そうな口調で尋ねる。ソウシの目が無ければ、いや例えあったとしても、可能な限り怠けようとするアルベルトが『訓練をする』などと口にしたことが不思議なのだろう。

「別にいーだろーが、そーいう気分の時だってあるんだよ……。ああ、ソウシ」

「なんだ?」

「ちょっと装備を使いたいから、近衛のメッセニ中佐に紹介状書いてくれ。いいだろ?」

「別に構わないが……」

 何をするつもりだ、とソウシは視線で問いかける。アルベルトはそれにとらえ所のない笑みで答えるだけだった。しかし、いい加減に見えてそれなりに責任感もあり、押さえるところは押さえた男である。結局、ソウシは紹介状を書くことを承知していた。

「しかし、何か頼むならば監督官殿に頼むのが筋だろう?」

「エンリケか? あいつはダメだ、信用できねぇ」

「……」

 「違いない」というセリフを、その場のほぼ全員が発した。上司を欠片も信用していないアルベルトのセリフと、一座の同意の声を否定できずに、ソウシは押し黙ってしまった。監督官に就任したエンリケ少佐が、尊敬という言葉とは無縁の、尊大で強欲で無能な男だということを、誰よりも自分が知っていたからである。

 そこで、話が一段落付いたと見たサキが、再びカールを従えてやってきた。

「お話はお済みですか? お茶はまだありますけど……」

「あ、頂きます。隊長の妹さんのいれる茶は、部隊の連中が入れるのとは段違いに上手いですからね」

「あら、有り難うございます」

 洗練されてはいないが、率直な讃辞にサキは微笑みを返した。花が咲くような、という形容がぴったりの微笑みである。

「サキ、急な話だが、今度の日曜に任務が入った。三十人ほどつれて、エドワーズ島へ行く」

「はい」

「それでだ、準備があるから、土曜日の集まりには出られない。お前から、皆に謝っておいてくれ」

「わかりましたわ。ロリィさんがむくれるかもしれませんけど……」

「……よろしく頼む」

 微笑ましい兄妹の光景であった。その場の一同も、冷やかすでなく二人のやりとりを好ましそうに見守っている。

「はい、わかりましたわ。では、日曜日には三十人分のお弁当を作っておきますね」

「作っていただけるんですか? そりゃ有り難い! 不味い軍用食じゃなく、サキさんの旨い弁当が食べられるんなら、部下達も張り切りますよ!」

 ソウシが何か言う暇を与えず、ウォーレン曹長が喜びの声を上げた。発言に世辞は感じられない、完全に本気の発言であった。軍用食のまずさと、サキの料理の腕をよく知っている彼らだから、当然の発言とも言える。

「いいのか? 手間ではないか?」

「いいえ、そんなことはありませんわ」

 ソウシの問いに、サキは見慣れた笑みを返した。出来過ぎるくらいによく出来た妹の返事に、彼はそれ以上何も言えなかった。

「……それでは、今日は解散だ。明日、部隊の詰め所で詳しい打ち合わせをする」

 ソウシの一言で、その場は解散となった。部隊の宿舎に帰る者、夕暮れの町へ繰り出す者、三々五々に町へと散っていく。

 最後の一人を見送ると、ソウシもまたサキと連れだって町へと出ていった。サキが買い物かごを持っているところを見ると、買い出しに出るつもりらしい。

「とりあえず、材料を買わないといけませんから……。兄さま、手伝わせてしまってごめんなさい」

「どうせ、俺も食べるものだ。気にするな。……で、まずどこへ行く?」

「……そうですね……。まず、酒場によってください」

「……何故だ?」

「クレアさんから、香辛料を分けてもらう約束だったんです。酒場が忙しくなる前に行かないと、ご迷惑でしょう?」

 そうして、無愛想な兄としっかり者の妹の二人は、夕暮れの町を並んで歩いて行った。
 

 立ち去っていく二人の、意図的に似せたような後ろ髪を見送りつつ、アルベルトは片手に捕まえていたカールを見下ろした。そのカールは、首根っこを押さえられていなければ、今にもソウシ達──正確にはサキ──を追いかけていきたそうな様子である。

「こらこら、若いのはわかるが、少し落ち着け」

「ううう……」

「俺らもこれから忙しくなるんだ、女の子を追っかけている場合じゃねぇぞ」

「アルベルトさんには言われたくありませんよ……。忙しく、って……。日曜日の訓練のことですか? それなら、大した準備は必要じゃあありませんよ?」

 カールは、得心のいかない表情でアルベルトを見上げた。彼の言葉通り、いつもの首都城塞近郊での訓練ならば、大した準備は必要ではない。

 しかし、見上げられたアルベルトは、如何にも何か企んでいるかのような表情をしていた。彼がこういう表情をする時、大抵その企みの被害に遭っているカールは、精神的に身構えた。

「ちょっと手間がかかるんだよ、今度のは……。おい、日曜日に出動予定のソウシとウォーレンの小隊以外の面子にも、準備するように連絡しておけ」

「いいですけど……。隊長がいない間に、何をするつもりなんですか?」

「なーに、ちょいと、傭兵隊の膿出しをな……」

 軽い、いつも通りのアルベルトの口調だった。しかし、その目は、カールが今までに見たことがないほど真剣な光を放っていた。

 

 

 エドワーズ島は、ドルファン首都城塞の沖合に浮かぶ風光明媚な島である。その一角には貴族・資産家達の別荘が建ち並び、観光シーズンにはドルファン中から観光客がやってくる、そういう場所なのだ。

 それ故、今日の修学旅行にやってきたドルファン学園の生徒達の中には、幾度もこの島を訪れたことがあるという者も多い。しかし、家族ではなく、仲の良い友人達と一緒に過ごす時間はまた別物なのだろう。港の外の広場に集められた生徒達は、集団の前で声を張り上げる教師を半ば無視して会話に興じている。

 ソウシ以下、警備の傭兵達は、その生徒達を遠巻きにしている。もっとも、主な仕事は生徒一人一人に気を配ることではなく――そんなことは、物理的に不可能だが──、いろんな輩が島に入り込まないように朝から港を見張ることと、可能性こそ低いが、危険な野生の獣が出た場合の対処である。

 よって、生徒達の目に見えるところにいるのは、鎧すら身につけていないソウシくらいだった。腰に差した刀も、収穫祭で使った野太刀「バルムンク」ではなく、バルムンクと同時にこしらえた打刀である。その軽装ぶりからは、とても収穫祭で死闘を演じた傭兵隊長と同一人物には見えなかった。

 もっとも、それもソウシ達を良く知らない者達の目から見ればであり、個人的に付き合いの深い少女達には、一目で見分けが付いたようだった。ショートカットの、見るからに活力に溢れた健康的な少女が、ソウシを目にするなり大きく手を振ってきた。ソウシは、それに対して小さく右手を挙げて返す。

「ほら、やっぱりソウシだよ。何で先生と一緒にいるんだろ?」

「……警備じゃないかしら? でも、よく外国人嫌いの多い貴族達が許したわね……」

 相変わらず、妙なところで事情通なライズである。

「なるほどねぇ……。な、ソフィア、食事の時はあいつも誘ってやろうか? みんなもその方がいいだろ?」

「ええ、そうね」

 レズリーの問いに、ソフィアは屈託のない笑顔で答えた。夏の終わりの一時期、ソウシを避けるような振る舞いをして友人達に不審がられていた彼女だったが、今ではそんなところは微塵もない。ハンナもライズも、その提案には当然のような顔をして頷く。その感情の深さこそ違えど、四人が四人ともソウシに好意を抱いているのである、反対意見の出ようはずがなかった。

 彼女たちの修学旅行は、面子に変わり映えこそ無いものの、楽しいものになりそうだった。

 

 声の届かないところでそんな相談をされているとはつゆ知らず、ソウシは部下達を手足のように使って仕事に励んでいた。予定では、この場での集会が終わり次第、キャンプ用に整備された島の中央部、森の中の比較的大きな池にほど近い広場に移動、そしてそこから自由行動になっている。その過程の道のりの安全を確保するために、彼はウォーレン軍曹以下十五名を先行させている。

 彼自身も、生徒達が移動を始めると同時に、港の監視に五名を残し、残りをつれて移動することになっている。今のところ気になる報告もなく、最初の山場を無事に終えられそうなことに、彼は内心で安堵していた。もっとも、その表情はいつもと変わらない厳しく引き締められたものだったが。

『ねぇねぇ、ソウシ!』

 しかし、いつの間にか耳元にやって来たピコによって、彼の平和は破られた。

「……何だ、ピコ? 今日は随分早いではないか」

 実は今日は朝から一緒にエドワーズ島に来ていたのだが、ピコは島の風景を見るなり、嬉しそうにどこかへ飛んでいってしまっていた。それがこうも早く戻ってきたことに、ソウシは若干のいぶかしさを覚えた。彼とピコ以外にはまるで聞こえない、ごくごく小さな声で問い返す。

『それがねぇ……。偶然、面白い船が見えちゃってね? もうすぐ港に入ると思うけど、多分キミも関係があるよ』

「……今日、ここにこれ以上知り合いが来る予定はないはずだが……」

『すぐにわかるって! それじゃ、頑張ってねぇ〜♪』

「おい、何を……」

 そして、唐突に戻ってきた時と同じく、用件だけ告げるとピコはさっさと姿を森の中へと消してしまった。その素早さに、ソウシは発言を問いただす暇もなかった。

「(……俺に関係がある……?)」

 表情を変えずに考え込んでしまったソウシだったが、やがて部下の一人を呼び寄せると、時間になったら先行するように指示を残して港へと向かった。ピコは彼をからかいはするが、嘘を言ったことは一度もない。その彼女が『関係がある』と言うのなら、本当にあるのだろう。幾人かの知り合いの顔を思い浮かべながら、彼は少し足早にその場を去って行った。

 

「はーっはっはっは! 久しぶりだな東洋人!」

「……確かに関係がある、な……」

 港にやって来たソウシを出迎えたのは、ジョアン・エリータスが辺り構わずまき散らす馬鹿笑いだった。優雅な物腰と、整った容貌は確かに貴族的なのだが、どこか甘ったれた表情と、状況をわきまえない振る舞いがそれを台無しにしている。傍らに控える侍女のアニスなど、自前の癖のある赤毛同様に顔を紅くして、恥ずかしそうに身を縮めてしまっている。

「それにしても、まさかここで君に会おうとは! もしや、プロジェクトDを邪魔しにやってきたのか!? だが、そうは問屋が下ろさない!」

「……今日は公務で来ているのだが……。何の話だ?」

「すいません、ジョアン様は、こうなると止まらないんです……」

「……そのようだ」

 何故かアニスが申し訳なさそうに、小さな体を更に縮めて囁くように言った。心の底から同意してしまったソウシだったが、ジョアンはそんな二人の様子に気付きもせず、勢いのままに言い募った。

「僕の雇って因果を含めたならず者達にソフィアを襲わせ! 危機一髪の所に颯爽と僕が現れて彼女を救う! これで彼女は僕に夢中になり、側をうろつくうろんな東洋人など目に入らなくなるというわけだ!」

「……本気か、貴様?」

 調子に乗って一気に喋りまくるジョアンのその計画の内容に、それまで呆れるような様子を見せていたソウシの表情が一変した。厳しく引き締められたいつもの表情ではない、底冷えするようなその表情を見てしまったアニスが、怯えた声を上げる。しかし、ジョアンはそれにも気付かない。

「ひぅっ……!」

「どうだね東洋人? ママと僕が考えたこの完璧、且つ斬新な計画は!」

「質の悪い、悪ふざけだな……」

「何だと……!?」

 静かな、押し殺したような声に反論しようとしたジョアンだったが、ソウシの表情を見た瞬間、反論の声は霧消してしまった。その眼には、ジョアンですらはっきりと理解できる、深い怒りと侮蔑の光があった。その迫力に、甘やかされて育ったジョアンが対抗できるはずがない。

「婦女子の心を得るために一芝居うつだけではなく、そのために当人を危険にさらすとは……」

「だ、黙れ黙れ! ま、ママと一緒に考えた計画に、ケチを付けるんじゃない!」

 怯える自分を誤魔化すかのように、ジョアンは口から泡を飛ばすような勢いで反論した。しかし、そんなことでソウシを誤魔化すことなど出来はしない。

「……それに、そんなことをして彼女に慕われたとして、貴様はそれで満足できるのか……?」

「う、う、う……うるさい! い、いかん、急がないと計画の時間に遅れてしまう! ソフィアに怖い思いをさせるわけにはいかないからな! 行くぞアニス! さらばだ、東洋人!」

「あ、お待ちください〜、ジョアン様〜!」

 支離滅裂な発言を残しつつ、ジョアンは身を翻して島の奥へと走り去ってしまった。アニスは慌ててソウシに一礼すると、その後を追っていく。

 憮然として、怒りに身を震わせつつそれを見送っていたソウシだったが、そっと肩の辺りに現れた気配に緊張を解いた。

『……ごめん。あんまり、楽しい事じゃなかったみたいだね……。なんてヤツだろ、あいつ……』

「ピコが気にすることはない……」

 ソウシの肩に腰掛けつつ、ピコはうなだれてしまっていた。彼はそんなピコを気遣うように声をかけた。

「ピコ」

『……何?』

「万が一ということもある。ソフィアを探す……。手伝ってくれ」

『……うん! 待ってて、ジョアンより先に見付けてみせるから!』

 ピコは、ソウシの言葉に眼を輝かせて頷くと、ソフィア達が向かっているはずの森へと飛び去っていった。彼はそれを確認してから、港に残った部下達にその場の監視を続行するように指示して、ピコと部下達を追うように森へと向かった。

 時刻は、いつの間にか正午になろうとしていた。
 

 港の一角、警備の傭兵達の目も届かない暗がりから、数人の男達が足早に去っていくソウシの背中を見つめていた。その男達のリーダーであるらしい一人は、ソウシが視界から姿を消すと、背後の手下達に小声で指示を出した。

「……よし、一人、ゴステロの大将の所へ走れ。二人はあいつに気付かれないように後を付けて、例の場所に近づいたら大将に知らせろ」

「マンジェロの旦那は?」

「俺と残りは、ここに残った連中の動きを確認してから追いかける。……行け!」

「へい!」

 男達は、やはり小声で頷くと走り去っていった。彼らの目は、皆興奮と緊張に彩られていた。

「……旦那、本当にやるんですかい? もし失敗したら、俺達……」

「腹ぁくくれ! 言っただろう、こっちには後ろ盾があるんだ。準備も万端だ、失敗するはずがねぇ。それに、これ以上あいつの下にいるのはお前だって御免だろうが! ……行くぞ!」

「……わかりやした!」

 一人残った手下を怒鳴りつけると、マンジェロは先程の言葉の通り、走り去っていった男達とは逆に、港の奥へと足を向けた。

 

『……こっちだよ。ソウシ! 君の心配してた“万が一”が当たっちゃってる!』

「……ジョアンめ、本当に彼女が大事なら、もっとしっかりと計画を立てろ。そんなことだから、彼女に……」

 小声で毒づきながら、ソウシはピコを追って走った。その先は、森の中に小さく開けた場所になっており、昼寝するにはもってこいの柔らかい光が射し込んでいる。

 しかし、今そこにいるのは三人のむさ苦しい男達と、それに囲まれて怯えきっているソフィアだけだった。

「……いやっ! 来ないでッ!」

『ソウシ、もっと早くッ!』

 ソフィアの切羽詰まった声が、否応なくソウシの足を加速させる。ピコに言われるまでもなく、厳しく引き締められた表情の裏側で、彼は大いに焦っていた。仕事というだけではなく、彼女は自分と妹の大事な友人の一人なのである、傷一つ付けさせるわけにはいかなかった。疾走しながらも息一つ乱さないというのに、握りしめた掌には、我知らず汗がにじんでくる。

 ならず者の一人の手がソフィアの肩に伸びる。まだ距離があるが、血の気の引いた彼女の顔に、さらなる恐怖の色が浮かぶ様が見えた気がした。その瞬間、ソウシの思考は急激に沸騰した。ソフィアの怯えた顔、そこに何かが重なった気がした。

「お……、おおおおッ!」

 知らず知らず雄叫びが漏れる。ピコですら片手で数えるほどした聞いたことのない、彼の本気の雄叫びだった。

 それに気付いたソフィアの視線がソウシを捉え、喜びと安堵に表情が色を取り戻す。

 そして、ならず者達がソフィアの視線を追いかけて振り向こうとしたその時、彼女を押さえ込もうとしていた男の顔面に、鞘ごと抜かれた刀が打ち下ろされた。体重と加速度の乗った一撃に鼻が異音を発して砕け、男は人形のように吹き飛びながら声も上げずに昏倒する。それでも、僅かながらソウシの理性が残っていたことに感謝すべきだろう。抜き身ならば、顔面が真っ二つになっても不思議ではない一撃だった。

 そして、残る二人が事態を把握する前に、一挙動で体勢を立て直したソウシは振り向きざまに右手の男の胴を横薙ぎにする。脇腹を打たれたその男は、不幸にも気絶できずに這いつくばって悶絶してしまう。

 残る一人は、遅まきながら事態を理解し、怖じ気づいたように後ずさりする。

「て、てめぇ、第一の東洋人……!? 何で、ここに……!」

「貴様ら……、第二の人間か!」

 その不用意な一言から、ソウシはその素性を見抜いていた。男は慌てて口を閉じるがもう遅い、必要なことは聞いたとばかりに、有無をいわさぬ一撃でその意識を刈り取る。後に残ったのは、うめき声すら上げずに横たわる三人の男達だった。一撃で気絶できなかった一人も、結局苦痛のあまりに意識を手放してしまったようだ。

「……大丈夫か? 怪我は?」

 三人を叩きのめして一時の狂熱から冷めたソウシは、鞘ごと抜いた刀を腰に差し、蹲ってしまったソフィアに声をかけた。彼女は張りつめていたものが切れてしまったせいか、脱力してしまって自力では立ち上がれないようだった。

 その彼女の様子に、ソウシは手をさしのべて半ば強引に立ち上がらせた。埃を落としながら、意識的に出来る限り柔らかい口調で話しかける。最初こそ反応が極端に鈍かったが、徐々に落ち着いてきたようで、ソフィアはゆっくりと話し始めた。

「何故、一人きりでこんな所に? ハンナ達と一緒にいたのではなかったか?」

「……お昼になったから……、ソウシさんも誘って、みんなでお弁当にしよう、って……。でも、近くにいなかったから、私が探しに出て……」

 瞳に力が戻ってきた彼女だったが、それと同時に恐怖も蘇ってきたようだった。声に震えが混ざり始める。

「……傭兵さん達に聞いたら、後から来るって……。だから、少し森に入ったら、あの人達に会って……、追いかけられて……」

 その時のことを思い出したのだろう、ソフィアは言葉を切り、代わりに嗚咽を漏らし始めた。

「……済まなかった。我々の警備が甘かったばかりに……!?」

 苦渋に満ちた口調で謝罪しようとしたソウシだったが、その言葉はソフィアの行動で断ち切られた。その瞳に、今にもこぼれんばかりに涙を湛えた彼女が、顔を上げると同時に彼の胸に飛び込んだのである。

「怖かった……! もう、ダメかと思った……」

 驚きのあまり、ソウシはその態勢のまま何もできなくなってしまう。

「お願い……。このままで……。少しだけ、このままでいさせてください……」

 初めて聞く、甘えるようなソフィアの言葉に、ソウシは彼女を引き剥がすことが出来ず、無論抱きしめることなど出来ず、不器用な手つきで、その艶やかな髪を撫で続けていた。彼女が泣きやむまで、ずっと昔、幼いサキにそうしていたように。

 

 五分ほどそうしていただろうか、ソフィアの嗚咽は徐々に小さくなり、ようやく落ち着いた表情を見せた。涙の跡はくっきりと残っていたが、ソウシにしがみつく力も弱くなり、どうやら一息ついた彼であった。

「落ち着いたか?」

「あ! ……はい……」

 自分がどういう態勢にあるかに気が付いたのか、慌てたようにソフィアはソウシの体を放す。俯いてしまったために彼からはわからなかったが、その顔は涙とは別の理由で真っ赤に染まっていた。

「……そろそろ、皆の所に戻った方がいいだろう。あまり時間がかかると、心配をかけることに……?」

『ソウシ!』

 その時、彼の感覚に触れるものがあった。ささくれだったようにざらざらした、肌に触るこの感覚には馴染みがあった。ピコの緊迫した声で、それは確信となった。周囲を、正体は分からないが『敵』に囲まれている……!

『弓で狙われてるよ! ほら、第二中隊のあいつ……!』

「よう、サガラ隊長! お楽しみのところ邪魔するぜ!」

 ピコの警告も間に合わず、周囲の木の陰からクロスボウ(機械式の弓)で彼に狙いを付けた男達が姿を現す。五十人ほどもいるだろうか、その中心にいるのは、言わずと知れた魁偉な巨漢、ゴステロだった。隣には収穫祭の時と同じようにゲティを従え、森の中では得意の長柄モールは邪魔になるせいか、その手には戦斧を構えていた。本来両手持ちのそれが、彼の手にあると片手持ちの手斧に見える。

 ソウシは素早くソフィアを庇い、周囲を確認する。だが、全方位を隙間無く囲まれ、その全員がクロスボウを構えている。少しでも動けば、ソフィアごとハリネズミのように全身に矢を突き立てられるのは間違いなかった。

「……何の真似だ?」

「わかってるだろ? てめぇをここで始末するのさ!」

「理由は何だ? 貴様も自分も、同じ旗の元で戦う仲間のはずだ」

「けっ! 理由なんかいるかよ! てめぇが気にくわねぇ、それで十分だ! それにな、俺は東洋人のてめぇなんぞ、初めっから仲間なんて思ってねぇ!」

 自分が交渉上手とは思っていなかったが、相手がこれではとりつく島もない。後は、この場を如何に切り抜けるかだった。自分一人なら何とかなったかもしれないが、ソフィアを庇いながらでは到底不可能だ。不安な面持ちで、だがそれでもソウシに庇われているためか妙な動きは見せずに、ソフィアはそっと彼の背中に身を寄せた。

「……だが、そっちの嬢ちゃんは助けてやってもいいぜ? なにせ、俺達が守らなきゃならねぇドルファンの国民だからなぁ? サガラ、腰の剣を捨てて、嬢ちゃんはこっちへ来させろ! 貴様の命だけで許してやるよ!」

「ソウシさん……」

 蒼白な顔でソフィアはソウシを見上げる。自分の為に彼がさらなる窮地に立たされていることを自覚したのだ。

 だが、彼はそのソフィアの小さな声を聞いてはいなかった。耳元でピコが囁く内容に気を取られていたのである。

『大丈夫。刀を捨てて、ソフィアを放してあげて』

「……理由は?」

『今話してる暇はないよ。私がキミに嘘をついたことはないでしょ?』

「……そうだな、信用する」

 小さく頷くと、ソウシは刀を鞘から抜いて地面に投げ捨て、ソフィアの背中に手をやった。

「ゴステロ隊長。約束は守ってもらうぞ」

「いいともさ。……マンジェロ、嬢ちゃんを連れて下がってろ! 今日は妙な色気を出すんじゃねぇぞ!」

 呼びかけの応じて一人の男が前に出た。ソウシは知らないが、収穫祭でサキを襲おうとしたマンジェロである。ソフィアが何事か言おうとする前にソウシはその背中を強く押しやり、マンジェロはその手を強引に取って引きずるように下がっていく。

「いい覚悟だ。じゃ、死ね」

 ゴステロの右手が上がる。ソフィアが息をのみ、兵達がクロスボウの矢を放とうとする。だが、そこで事態は再び一変した。

「おーっと! そこまでだ!」

「武器を捨てろ! お前達は完全に包囲されている! 射殺されたくなければ、今すぐ投降しろ!」

「何ぃ!?」

「……アル? それにカール?」

 この場にいないはずの仲間の声に、ソウシは軽い驚きに包まれた。ゴステロの部下達の包囲の輪の外に、もう一つの包囲の輪が出来ている。その数はおよそ百人。やはり全員がクロスボウを構え、アルベルトの号令一つで、いつでも発射できる態勢にあった。

 ソウシ以上に驚愕を露わにしていたゴステロだったが、その顔はすぐに不敵に歪んだ。狼狽える部下達に一喝し、アルベルトに挑みかかるような視線を向ける。

「びくつくんじゃねぇ! こっちには人質がいるんだ! 第一の甘ちゃんどもが、この嬢ちゃんを見捨てるはずがねぇ!」

「人質……? 誰のことだい?」

 ゴステロの一声に、狼狽えていた者達が僅かに落ち着きを取り戻す。しかし、捕らえられたソフィアの姿が見えているというのにアルベルトは涼しい顔だった。彼女を捕らえたままのマンジェロにちらりと眼をやると、ゴステロに向き直って馬鹿にするように小さく鼻で笑った。

「筋肉馬鹿が妙なことを企むと、大抵失敗するんだぞ?」

「けっ、何ほざいてやがる! ――マンジェロ! その小娘をこっちへよこせ!」

「教訓、部下はきっちり把握しておこうぜ。……ま、お前にはもうそんなことを心配する機会はないけどな」

 アルベルトは、マンジェロに小さく顎をしゃくって見せた。するとどうしたことか、マンジェロはゴステロの方にではなく、アルベルトの方に向かってソフィアを引きずっていった。ゴステロや第二中隊の男達が何かをする暇もなく、彼女はカールに庇われてソウシの部下達の後ろに姿を消す。

「マンジェロ!? てめぇ、裏切ったな!」

「悪く思うなよ……。あんたには今まで旨い汁を吸わせてもらったけどな。落ち目のあんたにこれ以上付き合う気はねぇんだ」

 歯をむき出しにしてうなるゴステロに対し、マンジェロは悪びれた様子もなく言ってのけた。

「……それじゃ、第二中隊の諸君。マンジェロ君を見習うか? それとも君達の隊長と心中するか? 投降しなければ、徒党を組んで反乱を企んだ、ってことで射殺だ。君らの後ろにも誰かいるようだが、そういう風に上とは話がついてる」

 アルベルトの一言に、第二中隊の傭兵達はあからさまな反応を見せた。どの顔にも、どうすればいいのかという逡巡の色が見える。だが、そこでゴステロが叫んだ。

「……撃て! こいつら残らず撃ち殺せ!」

「馬鹿だね」

 一瞬だった。鋭い矢の音が聞こえた次の瞬間、その場に立っているのはソウシ達第一中隊の人間と、ゴステロただ一人だった。ゴステロの部下達は、彼の命令に反応した瞬間、包囲の兵達に射殺されていた。

 ただ一人立っていたゴステロも、全身に十数本の矢を突き立てられて無事とはほど遠い状態だった。隣のゲティは、既に横たわって息絶えている。

「てめぇら……、てめぇら!」

 だがその状態でも、ゴステロはなお戦う意志を捨ててはいないようだった。戦斧を振り上げ、アルベルトに、或いは裏切ったマンジェロにだろうか、斬りかかろうとゆっくりと動き出す。

「しぶといねぇ……。ソウシ、止めは任せたぜ」

「……ああ」

「ぐぁっ……」

 ゴステロの胸板を、背後からソウシの刀が突き通した。左胸の急所を貫いている、致命傷だった。

「民間人への暴行未遂、第一中隊隊長暗殺未遂、ドルファンに対する反乱の計画――、死刑の理由には充分だよな?」

「……その通りだ」

 釈然としない表情だったが、ソウシは頷いた。どうやら、アルベルトは彼も知らなかったゴステロの企みを、どういったルートからか把握していたらしい。そしてそれをソウシにも知らせず、独断で処理することにしたのだろう。装備の持ち出しを行ったことも、このために違いなかった。

『ふぅ……、とにかく、無事でよかった……』

 肩口でピコが安堵に一息ついていたが、ソウシはまだ納得していなかった。これだけのことが自分に秘密で動いていたのだ、信頼しているアルベルトが行ったこととはいえ、無視できるはずがなかった。

「……アル、説明してもらうぞ」

「言われなくともしてやるって。だけどな、今はそれよりも……」

 アルベルトが振り向いた背後には、奇妙な表情を浮かべているソフィアがいた。立て続けの出来事に衝撃を受けすぎたのだろう、笑いながら泣いているような、どこか不安定な表情だった。

「お嬢さんをお友達の所に送ってやんな。ちゃんとやっとくから、後始末は心配しなくていーぞ」

「しかし……」

「何より、今日のお前の仕事はお嬢ちゃん達の警備だろう? 責任者がいつまでも姿をくらませてちゃ、問題があるぞ?」

 アルベルトの茶化すような言い方に、咎めるような眼差しを向けるソウシだった。アルベルトと、いつになく儚げで頼りない様子のソフィアを見比べる。どちらを優先するべきか、理屈はともかく感情が彼女だと言っていた。

「……帰ってから、じっくり聞かせてもらうぞ」

 きびすを返し、ソフィアを促すと、ソウシは彼女の歩調に会わせてゆっくりとその場を去って行った。アルベルトはそれを見送ると、カール以下の兵士達に指示を出し、死体の山を片づけ始めた。

 ドルファン王国傭兵隊第二中隊は、この日を境にその短い歴史を終えることとなる。
 

 学園の生徒達が集まっているはずの広場に辿り着くまでに、ソフィアはどうやら落ち着きを取り戻したようだった。ここまで彼女はずっと無言のままだったが、その雰囲気はいつも通りのしっかりと芯の通ったものに戻っている。

「……もう大丈夫だろう。悪いが、後は一人で戻ってくれ。俺は部下達の所へ行かねばならない」

「あ、はい……」

 そろそろ、という所でソウシはソフィアとは別の方向に足を向けた。打ち合わせでは、そちらに教師達とウォーレン曹長がいるはずである。ソフィアが向かう生徒達が集まっているはずの場所とは、少々離れているのだった。

「あ、あの……。ソウシさん、さっきは、ごめんなさい……。私、取り乱して変なことしちゃって……」

 別れ際、ソフィアは去って行こうとするソウシに上目遣いで囁いた。その顔は、真っ赤に染まっている。

「別に、気にすることは……」

 いつもの通りに接しようとするソウシだったが、それはソフィアに遮られた。

「私、今日のこと、絶対、忘れません……。また助けていただいて、本当に有り難うございました!」

 一息にそこまで言うと、彼女は勢いよく頭を下げ、そのままの勢いで広場へと駆け去って行った。

 唐突なソフィアの行動に、ソウシは呆気にとられてしまう。

「……どうしたのだ? あんなに急ぐ必要はないだろうに……」

『鈍感……』

 呆れたようなピコの呟きを、ソウシはまだ、理解できなかった。
 

 

次回第十幕 激突、迅雷vs血風(前編)

目次


コメント

 ……ちょっと満足。だいたい思い通りのものが書けたかな、と。

 相変わらずペースの遅いのは問題ですが(苦笑)
 

それでは今回のキャラ紹介

シモン・ウォーレン 32歳 男 O型

 第一中隊の小隊長の一人。ちなみに、この話の中では一個小隊三十人です。

 傭兵としての腕はまあ水準以上、ソウシに感化され、ドルファンの騎士達よりも遙かに高いモラルを持つ、堅実な指揮能力を持つ小隊長です。
 

*前回から登場したソウシの新しい刀「バルムンク」ですが、この銘の決定にあたって、いつも感想のメールを送っていただいている星影すばるさんの御意見を参考にさせていただきました。この場を借りて、改めてお礼をさせていただきます。どうも有り難うございました。
 

それではこの辺で。

御意見、ご感想はこちらへtanoji@jcom.home.ne.jp


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