第三話「イリハに降る流星」


 

 ドルファン暦二十六年七月十六日

 その日は、やって来た。まるで太古の昔から神が定めたもうた運命の如く。人々の予想をまったく裏切る事を無かった。

 

 朝起きたシュンはパジャマを脱ぎ丁寧にたたむと、比較的丈夫な生地で作られた黒い衣服を着込み、その上から皮製のブレストアーマーを着込んだ。そして、本国から持ってきた手荷物をあさると、その中から、黒地で袖と裾の部分をだんだらに白く染め抜いた陣羽織を取り出し、鎧の上から着込んだ。

 着替えを終えたシュンはクローゼットの鏡の前に立って、自分の長髪を縛っている紐を解いた。

『こうして見ると君って女の子みたいだよねえ』

 ベットに座っていたピコが、茶化すように言う。

「からかわないでよピコ」

 頬を赤くして恥ずかしがるシュン。しかしピコの言うとおり髪を解いたシュンは、少女と見まがうばかりの美貌を持っている。

 シュンは解いた髪をポニーテールのように結い上げて、もう一度縛りなおす。

「……よし」

 シュンは立ち上がると、ベットの上においてあった大小の刀を取って腰のベルトに差し込んだ。

「それじゃあピコ、行って来ます」

『行ってらっしゃい、気をつけてね』

 まるでちょっとそこまで買い物に行くような口調で言うと、二人は互いに笑みを見せた。そしてシュンはゆっくりと、部屋の扉を閉めた。

『…………行ってらっしゃいシュン。ちゃんと帰ってきてよね』

 閉じた扉に向けて、ピコは呟いた。

 

 一方その頃、傭兵宿舎からさほど遠からぬマジョラム邸でもヤングが着替えを終え、出かけようとしていた。

「それじゃあクレア。行ってくるぞ」

「行ってらっしゃいあなた」

 クレアはヤングに剣を手渡す。

「今回の相手はヴァルファだ」

 ヤングがそう言った時、クレアの表情が少し曇る。

「ひょっとしたら、『あいつ』が出てくるかもしれん」

「ええ」

 クレアは表情を曇らせながらもしっかりした目で、ヤングを見た。

「そうなった時、俺は全力であいつを倒すつもりだ」

「分かりました。その時は私も、覚悟を決めるわ」

「……すまないな」

 ヤングはそう言って目を伏せる。

「そうだ」

 ヤングは思い出したように顔を上げた。

「この間つれてきたシュンだがな」

「ええ。いい子だったわね」

「まあな」

 ヤングは苦笑しながら続ける。

「この戦いから帰ってきたら、シュンをうちに養子として引き取りたいと思っているんだが、お前どう思う?」

 突然の夫の申し出にクレアは目を丸くしたが、すぐに笑顔で答えた。

「ええ。いい考えだと思うわ」

「よし、決まりだな。帰ってきたらメッセニ中佐に相談してみよう」

 妻の賛同を得られたヤングは、笑顔を浮かべる

「これから、楽しくなりそうね」

「そうだな。それじゃあ、行ってくる」

「はい、行ってらっしゃい」

 振り向いて手を振るヤングに、クレアは小さく手を振り替えした。

 それが、クレアが最愛の夫ヤングを見た最後となった。

 

 

【非常呼集D−2号発令す

 傭兵部隊の出撃は明朝と決定、所定の時間までに指定された場所に集合せよ】

 

 ドルファン暦二十六年四月から始まったドルファン・プロキア戦争は、プロキア公国の政権交代により呆気なく幕を閉じるかと思われた。しかし、ダナンを占拠した傭兵騎士団ヴァルファバラハリアンは、両国からの再三に渡る退去要求を徹底的に無視、七月に入り、ついにヴァルファはプロキアとの国交を断絶、ドルファン王国に対し単独で宣戦布告を行った。これに伴いドルファン王室会議は、騎士団の派遣を決断、ダナン奪回に向けて出動する事を決定した。

 出動するドルファン騎士団は、第二、第四連隊合計二万を先鋒とし、第二陣として第三、第五連隊同じく二万を派遣、これにさらに独立遊撃軍として傭兵部隊二千が加わった。合計四万二〇〇〇〇の大軍である。さらにこれに、協力を申し出たプロキア公国軍一万が国境線に展開してヴァルファを牽制。ダナン地方を包囲する体勢を確立した。

 対してヴァルファヴァラハリアンは、数日前まで国境線に布陣していた第四連隊を本隊に呼び戻し、第二、第三、第四の三個連隊を持ってドルファンへの進撃を開始した。その数は合計一万八〇〇〇。ドルファン軍の半分以下の数でしかない。同じ一個連隊でも、一国の軍と傭兵騎士団では大きな差があった。

 いち早くドルファン軍出撃の報を受け取ったヴァルファは、十八日早朝にはダナン南方の旧軍事演習地区イリハに布陣、ドルファン軍を待ち構える体勢を整えた。対するドルファン軍先鋒部隊は同日昼に街道都市ウエールを出立、一日遅れでイリハ入りした。

 今、このイリハの地において、ドルファン・プロキア戦争最初の血風が吹き荒れようとしていた。

 

 

「何だと、それは本当か!?」

 傭兵部隊の本陣で、ヤングは声を荒げている。その声に、居並ぶ幕僚達も、一瞬のけぞる。

「間違いありません。たった今ウエールから、伝令が届きました!」

 報告に来た伝令要員は、不安を隠せない顔で報告した。

「そんな馬鹿な。これでは、こちらの持つ唯一の勝機を投げ捨てる事になるぞ」

 ヤングはうめいた。

 伝令の報告は「騎士団第三、第五連隊が、出撃を見合わせる」と言う事である。

 かつては陸戦の雄を謳われ南欧圏最強と言われたドルファン騎士団も、今や見る影も無いほど弱体化している。とてもではないが現時点で全欧最強を謳われるヴァルファと同数で対戦して勝てるとは思えなかった。唯一勝っている点があるとすれば、物量だけであった。今回の戦いも、ヴァルファが三個連隊一万八〇〇〇で来たのに対し、ドルファン軍は四個連隊プラス傭兵部隊の四万二〇〇〇で挑む作戦になっていた。いかにヴァルファと言えど、二倍以上の差を付けられては勝てるはずはない。そう思っていた矢先の、第三、第五連隊の出撃中止だった。これではドルファン軍は片腕をもがれたに等しい。

「分かった。下がって休んでくれ」

「はっ!」

 伝令を下がらせたヤングは、自分の席に腰を下ろした。

 本陣にしているテントの中には、副隊長のリヒャルト・ハルテナス中尉を始め、歩兵隊を率いるヒーツ、弓隊を率いるギルバート、騎馬隊を率いるエミールが並んでいた。そしてシュンは、ヤングの副官として傍らに控えている。

「さて、これで兵力差は大きく縮まってしまった」

「しかし、どうして、両連隊は直前になって出撃を取りやめたのでしょう?」

 エミールの質問に、ヤングは顔を上げた。

「慢心と、恐怖だ」

「え?」

 一同は一斉にヤングを見た。

「まず、今のドルファンは、自軍の弱体化に気付いていない。例え同数の兵力でもヴァルファに勝てると思ってる奴が大半を占めている。そして、そこから来る恐怖。楽に勝てるのならわざわざ損害を出して不名誉を被る事はないだろうと言う考えがあるのだろう」

 ヤングの説明に、一同は静まり返った。

 しかしそこで、ヤングは一転して明るい声になった。

「まあ、逆を言えば俺達にとっては稼ぎ時と言う事だ。不甲斐ない騎士団に代わって名誉を独占するチャンスだぞ」

「違いない!」

 ヒーツが銅鑼声を発した。

「ここは一発、八騎将の一人や二人討ち取って、がっぽり謝礼をもらうとするか!」

 その言葉に本陣の中は活気付いた。どうやら傭兵部隊の幕僚達は、重苦しい雰囲気を脱する事ができたようだ。

「しかしシュン」

 今まで黙っていたシュンに、ギルバートが話し掛けた。

「お前の格好すごいな。何だそれ?」

 ギルバートはシュンの陣羽織を差した。

「これは陣羽織と言って、僕の父が所属していた組織の人達が戦に出る時羽織って行った物です。言わば戦場における正装みたいな物です」

「ふ〜ん良く分からんな、倭国と言う所も」

「しかし、鎧の選択は正解だ」

 そう言ってヤングは、シュンの頭に手を置いた。

「お前は運動神経はいいんだが、どうにも体力が無いからな。軽装鎧を来てきて正解だったぞ」

「そうそう。途中で息が上がったって誰も助ける事はできないんだからな」

 エミールがそう言うと、一同は再び笑い出した。

 

 

 翌、二十日未明。ドルファン騎士団第二連隊は、ヴァルファ本陣への進撃を開始した。

 ドルファン軍は第二、第四両連隊を並列させ、横陣を敷いてゆっくりと進撃を開始していた。対するヴァルファは、第二、第三連隊を並列させ、第四連隊を後方に配置して遊撃軍とした。

 これには先鋒軍司令部のみならず、ヤング達も手を叩いた。敵はわざわざ兵力の分散を図ってくれた。これを逃す手はない。ドルファン軍は布陣を完了すると、次々と前進を開始した。

 対するヴァルファ側は、一向に打って出る気配はない。

「おい、これはどう言う事だ?」

「ヴァルファの連中、俺達を見て逃げ帰ったんじゃねえのか?」

「かもしれねえな。なにしろ北からはプロキア軍が迫ってるって話しだし。連中としても、俺達の相手ばかりをしてはいられねえだろ」

 前線の兵士達は口々に囁きあい、既にこの戦いは勝負あったものと思い始めた。

 まさにその時だった。

 突然、ドルファン軍前方に砂塵が上がり、次いで時の声が起こった。

「何だ!?」

 ドルファン兵達は目をむいた。そこには、一斉に突撃してくるヴァルファ兵達がいた。

 

 今ここに、イリハ会戦の幕が上がった。

 

「敵だァ!」

 ただちに応戦を開始するドルファン軍。しかし、横に広がった陣形を敷いたドルファン軍に対し、ヴァルファは一点突破を目的とした紡錘陣形で中央突破を図った。

 薄く延ばしすぎたドルファンの陣形は、強烈な速攻を仕掛けてきたヴァルファの前に、次々と突破されていく。

 ドルファン騎士団第二連隊と激突したヴァルファ第二連隊の先頭を白馬に跨って、長大な槍を振るう将軍が駆け抜けていく。

「聞け、ドルファンの犬共!」

 将軍は名乗りをあげた。

「我こそはネクセラリア!ヴァルファ八騎将が一人、疾風のネクセラリア!!死にたい者は前に出ろ!」

 ネクセラリアの名乗りに、ドルファン兵達は縮み上がった。ヴァルファ八騎将と言えば、全欧最強のヴァルファバラハリアンで部隊長を務める将軍の事である。その実力はまさに一騎当千と呼ぶにふさわしかった。

 後退しようとして背中を見せたドルファン兵達に、ネクセラリアは次々と自慢の槍を突き刺して行く。

「他愛ない。これがかつて、南欧最強と言われたドルファン騎士団のなれの果てか」

 吐き捨てるように言うと、ネクセラリアは命じた。

「敵の戦意は低い!一気に殲滅しろ!」

 実際、ネクセラリアの速攻を受けたドルファン第二連隊は、そこかしこで戦線崩壊を起こしていた。初期段階で先手を打たれた事も痛いが、何と言っても実力が違いすぎる。ドルファン兵三人に対し、ヴァルファ兵一人と言う値が成立しているほどだ。

「一気に抜けるぞ!」

 ネクセラリアは馬を掛けて、ドルファン軍の陣形に攻め込む。それに続いて、ヴァルファの騎馬隊も突入して、かき乱す。

 対してドルファン第二連隊は、歩兵隊を既に半数失い、騎馬隊に至っては七割が帰らぬ人となっている。残る弓隊が必死に応戦するが、遮るものの無い広野では、弓隊はあくまで支援部隊でしかない。

 

「いったいどうなっているのだ!!」

 第二連隊長は、声を荒げて叫んだ。先程から彼の耳には、味方の負報ばかり飛び込んでくる。

「第五騎馬中隊、全滅!」

「第七歩兵大隊、後退開始しました!」

「申し上げます、第八騎馬大隊隊長、ピエール子爵閣下、討死にの模様です!」

 これらの報告に、第二連隊長の顔は蒼白になった。戦闘開始わずか三時間弱でこの惨状である。

「こっ、このままでは、全滅ではないか……そんな事になったら、私の地位が……名誉が……」

 しかし、彼はそのような事を気にする必要はなかった。

「敵襲ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 弓隊の防衛線を突破したネクセラリアの本隊が、一気に第二連隊の本陣へ押し寄せた。

「ひるむな!押し返せ!」

 本陣を守備していた部隊が、応戦を開始する。しかし、まさに疾風の勢いで突入してきたネクセラリア隊は、次々とドルファン兵を蹂躪していく。

 そして、ついにネクセラリアは第二連隊本陣に突入した。

「我こそは、ヴァルファ八騎将が一人、疾風のネクセラリア!我に挑まんとする強者はいないのか!?」

 それを聞いて、連隊長は完全に腰を抜かした。

「ひっ、ヒィ〜〜〜!お前達、早く奴を討ち取れ!」

 連隊長に言われて五、六人の幕僚が、ネクセラリアに斬りかかった。しかし、

「愚かな」

 ネクセラリアが槍を構えたかと思うと、まるで五月雨の如き勢いで連続した突きが撃ち出された。

 連隊長には何が起こったのか、理解できなかった。気付いた時には幕僚達は血の海に沈んでいた。

「ばっ、馬鹿な……」

 腰を抜かして立てないでいる連隊長に、ネクセラリアはゆっくり近付いた。

「たっ、頼む……金ならいくらでもやる。お前の望む地位に就けてやってもいい。だから殺さないでくれ…………」

「…………いらんな」

 そう言うと、ネクセラリアは連隊長の眉間に槍を突き刺した。

 

「第二連隊司令部壊滅」

 この情報は、瞬く間に両軍に知れ渡った。その瞬間、ドルファンの士気は地に落ち、反対にヴァルファの方は天を突く勢いで駆け上がった。

 まず、前線で辛うじて生き残っていた第二連隊将兵は、雪崩を打って潰走を始めた。さらに、ヴァルファ第三連隊と激突していたドルファン軍第四連隊も、次第に防戦一方へと追い込まれていった。

「やはり、ネクセラリア相手に騎士団では荷が重すぎたか」

 情報を聞いて、ヤングは舌打ちした。同時に自分を含めたドルファン軍上層部の見通しの甘さを悔いた。しかし悔しがってもいられない。傷はこれ以上広がらないうちにふさぐ必要がある。

「傭兵部隊全軍に次ぐ!これより、突出したヴァルファ第二連隊本隊を急襲する!味方が退却する時間を稼ぐぞ!続け!」

 そう言うとヤングは、自身が傭兵部隊の前線に立って突撃を始めた。

 

 傭兵部隊突撃の報告は、隊を整えているネクセラリアにも届いた。

 それを聞いて、ネクセラリアは口の端に笑みを浮かべた。

「来たかヤング」

 ネクセラリアは再び馬に跨って叫んだ。

「敵の新手に応戦を開始する!我に続け!!」

 

 傭兵部隊の先頭を行くヤング達は、ヴァルファとの交戦を開始していた。

 ヤングの副官を命じられたシュンも、その中で奮戦していた。

「天破無神流……」

 刀を八双に構えたシュンは、向かってくるヴァルファ兵達を睨み付けた。

「襲雷斬!!」

 一筋の雷光の如く、シュンはヴァルファ兵の間を駆け抜けた。

 次の瞬間十数人のヴァルファ兵達が、一斉に血飛沫を上げて倒れ伏した。

「……すげえな……」

 そんなシュンの様子を、愛馬の上から見ていたエミールが呟いた。

 シュンに感心しながらも、エミールも仕事を忘れていない。

 馬を駆って突撃してきたヴァルファ兵に対し、身をひねって攻撃をかわすと、そのまま首を跳ね飛ばした。

「一丁上がり!」

 そうしている間にも、足は止めない。何と言っても敵の方が数が多いのである。動きが止まる事は、即、死に繋がる。

 一方でシュンはと言うと、今度は五、六人のヴァルファ兵に囲まれている。

「死ねチビ!」

 一斉に斬りかかるヴァルファ兵。その剣が、シュンの体に食い込んだ。

「やった!」

 しかし次の瞬間、斬られたシュンの体は彼等の目の前でスーッと消え去った。

「なっ!?」

 ヴァルファ兵達は、自分達の目を疑った。

「天破無神流、襲影斬!」

 残像を残して、囲みを突破していたシュンが、片っ端からヴァルファ兵達を討ち取っていった。

 そんなシュンの前に、馬に乗った大柄の男が現れた。恐らく大隊長クラスだろう。

「やるじゃねえか小僧、だがな、少々オイタが過ぎたようだな」

 大隊長は大剣を構える。

「あの世へ送ってやるから、反省してきな!」

 そう言うと、大隊長はシュンに大剣を振り下ろした。しかし、

「天破無神流、襲月斬!」

 シュンは跳び上がると同時に、刀を斬り上げた。跳躍によって得られたエネルギーを統べて刀身に上乗せした一撃により、大隊長は馬の首ごと斬り倒された。

 大隊長の返り血を浴びて、シュンの体は赤く染め上げられる。

 その様に、さすがにヴァルファ兵達も恐怖を覚えたのか、警戒しながら後退していく。

 そんなシュンの横に、エミールの馬が並んだ。

「俺さあ、お前が敵じゃなくて本当に良かったと思うよマジで」

 それを聞いてシュンは、返り血を浴びた顔でニッコリ微笑んだ。

 

 一方その頃、いち早くヴァルファの前線を突破したヤングが、ネクセラリアの本隊と対峙していた。

「聞こえるかネクセラリア!!」

 ヤングは大声で叫んだ。

「出てきて、俺と勝負しろ!!」

 それに応じるように、ヴァルファ兵達の間から、ネクセラリアが現れた。

「……久しぶりだなヤング」

 そう言ったネクセラリアの顔に、先程よりも幾分穏やかな色があった。

「ああ……十年振りか……」

 ヤングも穏やかな声で応じる。

 ハンガリア士官学校時代に同期生でありライバルだった二人は、互いに懐かしむように言葉を紡ぐ。

「ハンガリアの狼と呼ばれたほどのお前が、今やドルファンの一部隊長とはな」

「そう言ってくれるな。これでも結構気に入っているんだ」

 それを聞いてネクセラリアは、フッと笑った。

「変わらんな、お前は」

「お前もな」

 そう言うと、二人は獲物を構えた。

「行くぞ!」

「おう!」

 狼と疾風は、互いにぶつかり合った。

「はあ!!」

 先制したのは、リーチの長いネクセラリアだった。

 自慢の大槍で神速の突きを繰り出す。

「ふっ!」

 それを裁いてヤングはネクセラリアの懐に飛び込むと、剣を横薙ぎに繰り出す。

 後退するのは得策でないと踏んだネクセラリアは、素早く槍を返してヤングの攻撃を防ぐ。

 二人は一度離れると、再び斬りかかる。

 今度はヤングが下から切り上げるように、ネクセラリアは上から斬り落としてきた。

 再びぶつかり合う、二人。

「どうやら、腕は落ちていないようだなヤング」

「当然だ。お前こそ息が上がっているんじゃないのか?」

「抜かせ!」

 ネクセラリアはヤングの剣を槍の柄で弾くと、今度は袈裟から斬り落としてくる。

 それに対してヤングも、剣を繰り出してネクセラリアの攻撃を防いだ。

 二人の応酬は、数十回に渡って続いた。ネクセラリアはリーチに勝り、ヤングの間合いの外から攻撃できるが、ヤングはそれさえかわしきれば、充分に勝機があった。

 なまじ互いに手を知り尽くしている為、両者とも手詰まりになり易いのだ。

 しかし一瞬、ヤングに槍を弾かれたネクセラリアの体勢が僅かに崩れた。

「!?」

「もらった!!」

 その一瞬を見逃さず、ハンガリアの狼は動いた。

「うおォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 充分に気合の乗った一撃を、ネクセラリアに振り下ろす。対するネクセラリアは今だに体勢を崩したままだ。

「決まった!!」

 傭兵部隊の全員がそう思った事だろう。しかし、

「させるか!!」

 何とネクセラリアは、体勢が崩れた状態から槍を斬り上げ、ヤングの剣を弾いた。

「うおっ!!」

 今度はヤングの体勢が大きく崩れる。その隙にネクセラリアは立ち上がり、槍を構えた。

「これで終わりだ!!」

 疾風のごとき連続突きが、ヤングを襲った。その度にヤングの体中から地が噴出していく。

 丁度その時、ようやくヴァルファの前線を突破したシュンが、ヤングの元に駆けつけた。

「教官!!」

 思わずシュンは叫んだ。そのシュンの目の前で、敬愛すべき恩師が全身から血を吹いて倒れ伏した。

「…………ヤングよ……冥土で会おう」

 ネクセラリアは目を閉じて、静かに呟いた。

 

 とにかく傭兵部隊の将兵は致命傷を負ったヤングの体を引きずって、後方へと運んできた。

「教官!!しっかりしてください。ヤング教官!!」

 傍らに膝をついたシュンが、必死に呼びかける。その声が聞こえたのか、ヤングはゆっくりと目を開いた。

「……シュ……ン……」

「教官……」

 シュンは今にも泣き出しそうになるのを必死にこらえて、ヤングの顔を覗き込む。

「部隊を……退かせろ……これ以上……は…………戦えない……」

「……はい……」

 ヤングは残された力を全て振り絞って、シュンの頬に手を置く。

「す……すまない……シュン……この戦……いが…………終わったら……俺は……おま……え……を……」

 そこまで言って、ヤングは激しく咳き込んだ。

「もうしゃべらないで下さい教官!!」

 それでもヤングは続ける。

「クレアに……伝えてくれ…………約束を……守れなくて……すまん……」

 そこまで言って、ヤングは言切れた。

「教官…………教官!!」

 何度呼んでも、ヤングは再び目覚める事は無かった。

「…………」

 シュンは静かにヤングの遺体を横たえると、スッと立ち上がった。

「……皆さん、撤退しましょう」

 シュンは静かに告げた。

「ギルバートさん、弓隊は二人一組の小編成を組み、常に弾幕を絶やさないで下さい。ヒーツさんの歩兵隊は弓隊の護衛を、ただし決して突出せず、弓隊のそばを離れないようにお願いします。その間にエミールさんの騎馬隊は負傷兵を可能な限り収容して、後方に退避してください。リヒャルト中尉は全体の総指揮をお願いします」

 シュンは一連の指示を、それぞれに下す。一同はその指示に誰一人異論を挟まなかった。それは、シュンの指示が全て的確だったからである。

「それは分かったがなシュン」

 リヒャルトが、思い出したように口を開いた。

「お前はどうするんだ?」

「…………僕は」

 シュンはゆっくりと、一同に振り返った。

「その間に、蛇の頭を潰します」

 そう言うとシュンは、刀を取って立ち上がった。

 

 

 ヤングを討ち果たしたネクセラリアはそれ以上本隊を前進させる事無く、追撃戦は部下に任せきっていた。

「…………終わったな」

 ネクセラリアの目に、散発的な反撃を行いながら後退していく傭兵部隊が映っていた。指揮官であるヤングを討ち取られた彼等は既に戦意を失い、それ以上の交戦意志を持ちあわせていなようにも見えた。しかし、ネクセラリアに追撃の手をゆるめるつもりは毛頭無かった。ここで少しでも敵の戦力を掃討し、以後の戦いをより有利に進める為だ。

 その時だった。

 突然本隊の一角で悲鳴が起こり、ついで辺りは騒然とした。

「何事だ!?」

 ネクセラリアが叫んだ時、彼の目の前に立っていたヴァルファ兵の首が斬れ飛んだ。

「!?」

 思わず目を見張るネクセラリア。そのネクセラリアの視界に、全身に返り血を浴びた少年が飛び込んできた。

『子供?子供がなぜここに?』

 そんなネクセラリアの疑問をよそに、少年は一歩一歩前に進み出る。

「小僧!!」

 その少年に、回りにいたヴァルファ兵が一斉に斬りかかった。

 その瞬間、ネクセラリアの背に言いようの無い悪寒が走った。

「よせ!!」

 ネクセラリアは制止に入ろうとした。しかし次の瞬間、斬りかかったヴァルファ兵は一人の例外も無く、少年によって斬り殺された。

 ただの肉塊に成り果てたヴァルファ兵達を見て、ネクセラリアですら血の気を引く思いだった。

「…………セイル・ネクセラリア将軍ですね?」

 少年は絞り出すような声で言った。

「……そうだ」

 ネクセラリアは、気後れしないように静かに告げた。そうでもしないと、目の前の少年の気に飲まれてしまいそうな気がしたからだ。

「……僕は、ドルファン王国軍、傭兵部隊隊長付き副官、シュン・カタギリ准尉。ネクセラリア将軍に一騎打ちを希望します。受けてください」

「……いいだろう」

 ネクセラリアはゆっくりと槍を構える。

 対してシュンも、刀を正眼に構えた。

 見守るヴァルファ兵達は、一様に息を呑んだ。

 次の瞬間シュンは動いた。

 中高度まで跳躍すると、横薙ぎに斬り付ける。

「チイ!」

 ネクセラリアはとっさにシュンの攻撃を払うと、槍の柄で殴り掛かる。

 対してシュンは、体を沈み込ませてネクセラリアの攻撃をかわし、同時に、エネルギーを下半身に溜め込む。

「天破無神流。襲月斬!!」

 溜め込んだエネルギーを解放しながら、鋭く斬り上げる。

 しかしネクセラリアはシュンの行動を読むと紙一重でかわし、空中に浮き上がったシュンに狙いを定める。

「もらった!」

 神速の突きが、シュンを襲う。

「!?」

 シュンは、とっさに空中で体を捻ってネクセラリアの槍をかわすと、そのまま回転で得たエネルギーそのままに、ネクセラリアに斬りかかった。

 しかしネクセラリアは、とっさに槍を返してシュンの斬撃を防いだ。

 二人は一旦距離を取って、構え直す。

「まさか……空中で体の向きを変えるとはな……」

「そっちこそ……こちらの付け入る隙が無いです」

 二人は、口の端に笑みを浮かべる。

 次の瞬間、シュンは残像を残してネクセラリアの背後に回った。

「天破無神流、襲影斬!!」

 しかし、

「甘い!!」

 ネクセラリアは攻撃態勢に入ったシュンに、槍の台尻を突き出す。

「グッ!!」

 その一撃は、シュンの胸当たり、シュンは胸を押さえて後退する。

「もらった!」

 素早く向きを変えたネクセラリアはシュンに槍を構え、ヤングを討ち果たした、あの連続突きを繰り出した。

「クッ!」

 シュンはとっさに刀を口に咥えると、バク転を繰り返して後退する。

「ハア……ハア……ハア……ハア……」

 胸に打撃を食らったダメージが残っている為、シュンは肩で息をする。しかし、ネクセラリアにとっても先程の一撃はとっさに出した物なのだろう。まだ、うごけないほどではない。

「…………」

 シュンはもう一度刀を構えると、頭の中で素早く計算を始める。

『さっきの一撃で、ネクセラリア将軍の動きは大体分かった……確かに疾風の異名通り、素早い。けど、僕がついていけない速さではないはずだ』

 シュンは、鋭くネクセラリアを睨む。

『後は……僕の最大の一撃で決める!』

 シュンの目を見て、ネクセラリアも槍に込める力を強くする。

「まだ、やるようだな」

「当然です」

「一つ聞きたい」

「何でしょう?」

 突然の質問に、シュンは少し怪訝そうな顔をする。

「お前にとって、ヤングとはどう言う存在だ?」

 戦場において、恐ろしく滑稽な質問である事は分かっていた。また、なぜこのような質問が出てきたのか、当のネクセラリアにすら分からなかった。しかし、シュンの目を見ていると、どうにもこの質問しか浮かばなかったのだ。

「…………父です」

 シュンは率直に、思ったまま答えた。

「……そうか……」

 ネクセラリアは頷くと、槍を構え直した。

 二人の間に緊張が流れる。

 一筋の汗が、シュンの額を伝って零れ落ちた。

 その瞬間、疾風は吹き荒れた。

「食らえ!!」

 再び連続突きが、シュンを襲う。

 しかし、ネクセラリアの槍が届くと思われた瞬間、シュンは体を回転させながら中天に舞い上がった。そして、跳躍の頂点で回転を止めると、そのまま急降下に入った。

「天破無神流、襲星斬!!」

 その瞬間、ヴァルファ兵達は見た。シュンの長い髪が、まるで流星の尾さながらになびきながら降下していく所を。

 大技を打ち切った後で、ネクセラリアはすぐには動けなかった。

 シュンは降下の終末速度で得られたエネルギーをもって、そのままネクセラリアに斬り付けた。

 後に、生き残ったヴァルファ兵達は、「黒い流星がネクセラリア将軍に降りていった」と、証言したという。

 一拍置いてネクセラリアの傷口から、血が吹き出した。そのまま倒れ込むネクセラリア。その傍らに、シュンは立った。

「……止めは、必要ですか?」

「……いや、いい」

 ネクセラリアは短く答えた。

「ヤングは……良い部下を……いや、良い息子を持ったな」

 それから、フッと目を閉じた。

「今から急げば……まだ追い付けるか…………」

 そこまで言って、ネクセラリアは息を引き取った。

 その時、茫然自失するヴァルファ兵達を蹴散らして、一頭の騎馬が現れた。

「シュン!!」

 騎馬の乗り手であるエミールが、シュンに叫ぶ。

「飛び乗れ。早く!!」

 シュンはとっさに跳躍すると、エミールの後ろに飛び乗った。

「しっかり掴まってろよ!」

「はい!」

「そら!」

 エミールは馬に一鞭当てると、そのまま囲みを突破して脱出した。

 

 

 こうして、ドルファン・プロキア戦争最初の激突となったイリハ会戦は幕を閉じた。結果は、第二連隊壊滅、第四連隊も兵力の半数を失い、ドルファンの大敗に終わった。

 その後、ドルファン軍は街道都市ウエールに防衛線を下げ、ヴァルファを迎え撃つ体勢を整えたが、背後のプロキア軍が気になるヴァルファは進撃中の軍勢を下げ、ダナンに撤退した。これにより、どうにかドルファンは命脈を保ったのである。

 しかし、シュン・カタギリはこの戦いで、ドルファンにおける「父」を失ったのであった。

 

第三話「イリハに降る流星」 終わり


後書き

 

 こんにちは、ファルクラムです。

 今回はイリハ会戦を取り扱ってみましたが、元来こういうシーンが好きな私は、特に力を入れてみました。

 しかし、やはりメインの恋愛のほうも、ちゃんと書きたいな〜〜〜〜とか思っていますので、どうか、どうか、ご期待ください。

 

 それでは、また。

ファルクラム


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