第十一話 「ダナン攻防戦・前編『不動なる者』」


 

 ドルファン首都城塞の教会で一人の女性が、一心に何かを祈っている。

 瞳は硬く閉じられ、その額からは汗が噴き出ている。

 長く伸びた緑色の髪は、腰の下まで来ている。どこか儚げな感じのするその女性は、先のドルファン軍傭兵部隊隊長にして、今は亡きヤング・マジョラム中佐婦人、クレア・マジョラムだった。

 彼女が一心に祈りを捧げている相手は、今、刻々と戦場に近付きつつある小さな少年。彼女とヤングにとっては短い間ではあったが、本当の息子のようにさえ思っていたシュン・カタギリに対してだった。

「神様、どうかあの子を、私達の子供をお守りください。もし、あの子が救われるのならば、私の命をあなた様に差し上げても後悔はいたしません。だから、どうか」

 ヤングが死んで以来、クレアは新しい職を見つけ、日々の暮らしには事欠かなかった。

 また、時々ではあるがシュンが遊びに来る為、それなりに退屈もしていなかった。

 シュンがヤングを失った穴埋め、などと言う事はクレアはまったく考えていないが、それでもシュンといれば毎日が楽しく思えてくるのも確かだった。

 そのシュンが今、かつてクレアから夫を奪った戦場へ赴こうとしている。その事が、クレアの心を締め付け、引き裂こうとしている。

 ついに居ても立ってもいられなくなったクレアは、教会へと足を運び一心不乱に祈りを捧げていたのだ。

 そんなクレアの肩を、誰かがポンッと叩いた。

 クレアが振り返ると、そこにはこの教会のシスター、ルーナが立っていた。

「そんなに無理をなさいますと、お体に触りますよ。奥にお茶を用意させていただきました。よろしければどうぞ」

「これはこれは。わざわざすみません」

 クレアは深々と頭を下げると、ルーナの申し出を受ける事にした。

「どなたの事を、祈ってらしたのですか?」

「え?」

 突然尋ねられた、クレアはルーナの顔を見る。

「余りにも熱心にお祈りされていたので、ひょっとして御主人にですか?」

「いいえ」

 クレアはややためらってから、言った。

「息子、です」


 

 ドルファン暦D二十七年五月六日。

 ドルファン騎士団は、国境都市ダナンを奪回すべく、大規模な軍事行動を起こした。

 その総兵力は、第一から第八まである連隊のうち欠番扱いになっている第四連隊を除く七個連隊に加え、先のイリハ会戦以降増員された傭兵部隊四〇〇〇を加え、合計七万四〇〇〇。

 さらに、それに呼応するように、ドルファンとプロキアの国境には、プロキア軍とシンラギククルフォンの混成部隊三万三〇〇〇が展開。ダナン侵攻の構えを見せていた。

 五日早朝に首都城塞を立ったドルファン軍主力に先立ち、五日深夜にはウエールに展開していた騎士団三個連隊のうち、第五、第八連隊二万が先鋒として出陣、六日正午には旧軍事地区イリハを突破し、ダナンへと迫った。

 それを追うように、ドルファン軍主力部隊は六日正午にウエール残留部隊と合流、第一、第二、第三、第六、第七、連隊及び、傭兵部隊の計五万四〇〇〇の兵力を持ってダナンへ向けて進軍を開始、七日昼過ぎにはダナン南方の街道に布陣、これを封鎖した。

 一方のダナンを占拠する傭兵騎士団ヴァルファバラハリアンは、ドルファンの大軍相手に、いかに精鋭とは言え半数以下の兵力で勝ちを奪うのは難しいと考えてか、ダナンには第四連隊六〇〇〇を殿軍として配置、ダナン防衛に当たらせると同時に、残る第一、第三、第五、第六連隊、計三万を七日早朝、国境線に展開したプロキア軍とシンラギククルフォンを迎撃する為に出撃させていた。

 今、ここに、ドルファン・プロキア戦争第二ラウンドの幕が上がろうとしていた。

 

 ヴァルファバラハリアン八騎将にして第四連隊隊長、「不動のボランキオ」ことバルドー・ボランキオ将軍は、ダナンの城壁から、眼下に迫ろうとするドルファンの大軍を、腕を組んでじっと見下ろしていた。

 やがて、その重々しい口を、ゆっくりと開く。

「参謀殿の言った通り……事態は圧倒的不利を通り越して……まさに、絶望と言った感じだな……」

 味方が六〇〇〇に対し、敵は約七万五〇〇〇の大軍である。

 並みの精神の持ち主ならば、裸足で逃げ出してもおかしくない数字だし、また、仮にそれをやったとしても、誰かに批判される言われは無いだろう。

 しかしこの、不動の異名を持つ男の中には、退却、撤退の言葉はなかった。

 ボランキオが低い声で呟いた時だった。

「バルドー!」

 突然後ろから呼びかけられ、ボランキオは振り返った。

 そこには、長い髪で左目を隠した二十代中盤ほどの女性が立っていた。

「ライナノール、まだ残っていたのか!?命令違反だぞ!」

 その女性は同じくヴァルファ八騎将の一人で、第三連隊を率いている「氷炎のライナノール」事、ルシア・ライナノール将軍だった。

 ボランキオの言葉に対して、ライナノールは低いが良く通る声で反発した。

「残るも何も、現状が分かってるの?あなたの隊だけであの軍勢は防げないわ。このままでは犬死によ!」

「犬死に……だと?」

 ライナノールの言葉に、ボランキオはピクッと眉を釣り上げる。

 それに構わず、ライナノールは続けた。

「私の隊も加勢するわ」

「本隊と合流しろライナノール!!」

 しかし、ライナノールの言葉を聞いた途端、ボランキオは声を荒げた。

 その気勢に、戦場で場数を踏んでいるはずのライナノールですら、気圧されてしまった。

「参謀殿の命令に背く者は、たとえお前であろうとも斬る!!」

 そう言うとボランキオは、腰の剣に手を掛ける。

「……バルドー」

 その様子を見て、ライナノールは一歩後ずさる。

「このボランキオ、『不動』の二つ名に掛けて、ドルファンの軍勢を押し止めてみせる!!…………お前は、自分の責務を果たせ」

 最後の言葉には、どこか暖かみを感じた。

 それを聞いて、ライナノールはボランキオの説得を諦めた。

「分かったわ」

 そう言うとライナノールは、ボランキオに背を向けた。

 そしてふと、足を止め、もう一度振り返る。

「バルドー」

「何だ?」

「お願い……生きて戻って」

 その言葉に対し、ボランキオは返事を返さなかった。その代わり、僅かな微笑をライナノールに向けた。

 

 それが、ライナノールが、バルドー・ボランキオを見た最後の姿だった。


 

「こいつは、ちょっとばかり難しいかもしれないな」

 そう言ったのは、ドルファン軍傭兵部隊隊長のリヒャルト・ハルテナス中尉だ。

 ここは傭兵部隊の本陣となっているテントの中。ここで今、隊長のリヒャルトが各部隊長を集めて、最終的な戦術の詰めを行っていた。

「どうしたんですか?」

 隊長付き副官の地位にあるシュン・カタギリ准尉は、そう言って覗き込んだ。

 今回もシュンは、皮のブレストアーマーの上から黒地に、袖と裾に白いだんだら模様が入った羽織を着るという、戦場にしてはラフな格好をしていた。

 彼等が見ている物は、ダナン周辺の地図だった。

「見ろ」

 ヒーツはそう言って、地図の一角を差した。

「ダナンは元々、有事の際にプロキア軍の進行を食い止める要塞の役目も兼任している。その為、街道上の山道に造られた。つまり、大軍が押し寄せるには不利と言う訳だ。加えてダナン自体、都市全体を城壁で囲み、防御力が非常に高い。防御側は少数の兵力でも充分に防御が可能なのに対し、攻撃側はせいぜい正面に一個連隊を展開するのやっとだ」

「じゃあ、側面の山中から行くってのはどうだ?」

 そう言ったのは、歩兵隊隊長のヒーツ・ノイサス少尉だ。相変わらずその顔は髭に蓋われ、ボランキオにも負けないほどの巨躯が、他の者を圧倒している。

「駄目だな」

 リヒャルトは、即座にその作戦を却下した。

「側面は急な勾配になっていて、とても多数の部隊が展開できる物じゃない。さらに周囲は首都城塞並みの城壁が立ち並び、その上ダナンは街道沿いにある訳だから、入り口の門は前後にしかない」

「じゃあ、背後から回り込むってのは?」

「それも無理だ。時間が掛かりすぎる。回り込む前にヴァルファに察知されるだろう」

 リヒャルトの言葉に、一同は考え込む。

 しかしなかなか名案は浮かばず、ただ、時間だけが流れていく。

 どのくらいの時間が経っただろうか。

「あの」

 そう言って手を上げたのは、シュンだった。

「僕に、一つ考えがあります。聞いていただけますか?」

「…………構わんぞ。言ってみろ」

「では……」

 リヒャルトの了解を得て、シュンは自分の考えを披露した。

 

 

 ドルファン暦D二十七年五月八日、未明。

 国境都市ダナンの、ドルファン側正門前五〇〇〇メートル付近の街道に、ドルファン騎士団がずらりと整列した。

 先陣を切るのは、第三連隊である。

 第三連隊隊長を務める子爵の階級を持つ貴族が、馬に跨って全軍の前に進み出て、腰の剣を大きく振りかぶった。

 天に向かって掲げられた剣が、一瞬煌く。

 次の瞬間、勢いを付けて振り下ろされた。

「突撃ィ!!」

 連隊長の声と共に、騎馬隊が一斉に突撃を開始した。目指すはダナンの城壁。勢いに乗って城門を突き破るのだ。

 それに対して、ヴァルファ側はその様子を黙って見守っている。

「来たな」

 正面城壁を任された大隊長が、緊張の面持ちでドルファン第三連隊を睨む。

 やがて第三連隊の騎馬隊は、城壁まで後一歩と言う所まで進んできた。

 その瞬間、

「放てェ!!」

 大隊長の命令を受けて、城壁の物見から除いていた兵士達が、一斉に弓矢を放つ。

 突撃していた騎馬隊の先頭集団は、もんどりうって倒れる。

「第二射用意!!」

 大隊長が叫ぶ間にも、騎馬隊は仲間の屍を乗り越えて向かってくる。

「放てェ!!」

 続けて第二射が放たれる。

 その攻撃も、突出してきた騎馬隊を捉えてなぎ倒す。

 事態の急を察した第三連隊司令部は、騎馬隊を下げて弓隊を前に出してきた。さらにその間に、太い丸太を切り出して、城門を破りに掛かる。

「丸太を担いでいる歩兵隊を狙え!!」

 大隊長の命令を受けて、ヴァルファの弓隊は目標を歩兵部隊に変更する。しかしの間にドルファン軍の弓隊が、歩兵隊援護の為に攻撃を開始する。 数人の兵士が、ドルファン側の矢を受けて倒れた。

「負傷者救護!!交代要員急げ!!」

 その時、彼等の足元から轟音が聞こえてきた。ドルファン軍の歩兵隊が、丸太を城門に撃ち付け始めたのだ。

「急げ!!やらせるな!!」

 それを見て、ヴァルファの弓隊が反撃を再開する。

 もちろんドルファン軍も反撃するのだが、今度はヴァルファは物見に隠れながら攻撃してくる為、ほとんど効果を成していない。

 やがて、損害に耐え兼ねたドルファン騎士団第三連隊は、やむなく後退していった。

 それに入れ替わるように、今度は第五連隊が姿を現した。

 

 

「始まったか」

 正門前の喧燥は、ボランキオの居る仮設司令部にまで聞こえてきていた。

 そこへ、一人の兵士が駆け込んできた。

「申し上げます!ドルファン騎士団は第三連隊を先鋒として正門に押しかけました!!が、我が隊の奮戦によりこれを撃退!!現在第五連隊と交戦中であります!!」

「ご苦労、戻れ」

「ハッ!!」

 伝令を戻らせたボランキオは、変わって別の伝令を呼び出した。

「正門の部隊に通達。例の作戦を実行せよ」

「ハッ!!」

 ボランキオの命令を受けて、伝令兵は駆け出した。

 その後ろ姿を見送りながら、ボランキオは凄みのある笑みを浮かべる。

「フッ、ドルファンの連中め、目に物を見せてくれる」

 

 

 先の第三連隊の失敗を見ていた第五連隊は、無理な力押しを避け、あらかじめ作っておいたバリケードを持って少しずつ前進してくる。

「いいか!!無理に攻め入る必要はないぞ!!充分に相手を消耗させて、一気に攻め落とせ!!」

 第五連隊長の命令を受けて、第五連隊の兵士達は消極的ながらも、徐々に正門へと前進していく。

 しかしここで、事態が急変した。

 少しずつ前進する彼等の目の前で、正門がゆっくりと開いていくのだ。

 それを見ていた第五連隊長は、ニヤリとほくそえむ。

「やつら、焦れて出てきおったか」

 正門さえ開けばこちらの物である。

 第五連隊の将兵は、突撃の準備を整えていく。

 やがて、正門は完全に開ききった。

「今だ、突撃ィ!!」

 第五連隊長の命令と共に、まず、騎馬隊が突撃を開始する。続いて歩兵隊が動き、弓隊は正門上のヴァルファ弓隊を牽制する。

 その間にも、騎馬隊は一気に門に取り付く。

「このまま一気に攻め込むぞ!!」

 戦闘の騎馬兵が、意気を上げて叫んだ。

 しかし次の瞬間、轟音が辺りを支配した。

 それに伴い、先頭を進んでいた騎馬兵がもんどり打って倒れる。

 更に続けて轟音が響く。

 正門をくぐろうと、渋滞を起こしていた騎馬隊が、次々と血飛沫を上げて倒れていく。

 さらに三発目。

 血の海は、更に広がった。

 ヴァルファ側は、正門の内側に銃士隊を伏せていたのだ。

 彼等が使っている銃はガリハント銃と言い、先込め式で連発の利かないタイプの物だが、それでも数を集めれば脅威である。

 ボランキオはあらかじめ銃士隊を正門の内側に伏せておき、わざと開門する事によって、殺到したドルファン軍に渋滞を起こさせ、そこを銃士隊の一斉射撃で仕留めたのだ。連発が利かない為、いくつかの隊に別れて、交互に射撃を行うようにしたのだ。相手は狭い門をくぐってくる訳だから、これで充分と言う訳である。

 泡を食って後退を始めた第五連隊に対し、ヴァルファ銃士隊は駄目押しとも言うべき射撃を背後から食らわせ、潰走させた。

 

 

 その轟音は空間を刺激し、傭兵部隊の本陣まで聞こえてきていた。

「……銃か……厄介だな」

 弓隊を率いるギルバート・マーカス少尉は、その音を聞いただけで相手の正体を察知していた。

「おそらく、第五連隊は突入に失敗しただろう」

「「…………」」

 その言葉を、リヒャルトと騎馬隊隊長のエミール・シュテルハイン少尉は、無言のまま聞いている。

「装備は、完全に敵の方が上だ」

「……ああ」

 頷いてから、リヒャルトはダナン周辺の地図を覗き込む。

「…………シュン達の作業状況は?」

「夕刻には終わるそうだ」

 リヒャルトの質問に、エミールが答えた。

 それを聞いて、リヒャルトは頷く。

「今の所、主作戦の方は敵に気付かれていないようだが、このまま俺達が指を咥えて見ている訳にもいくまい。俺としてはここで一つ、ヴァルファに一泡吹かせたいが、二人には何か策はないか?」

 そう言うとリヒャルトは、エミールとギルバートの顔を交互に見る。

「限定的で良いなら、俺に一つ、無いでもない」

 そう言ったのは、ギルバートだった。

 それを聞いて、リヒャルトは大きく頷いた。

「任せる、やってくれ」

 

 リヒャルトの了承を得たギルバートは、エミール以下数人を伴って、正門近くに兵を進めた。

 騎士団は現在、第八連隊が突撃を掛けている所だった。

 しかし相変わらず、正門上の物見からヴァルファの弓隊が攻撃を行い、戦果はゼロに等しい。

 それを見て、ギルバートはエミールに振り向く。

「いいかエミール。こっちの準備が完了するまで、できるだけ敵の目を引き付けてくれ」

「了解!」

 ギルバートの命令を受けて、エミールは頷く。そして、背後の部下に目をやった。

「行くぞ!!全隊、前へ!!」

 エミールの命令を受けて、三〇騎程の騎馬が森の中から飛び出した。

 エミールの騎馬隊は、後退を始めている負傷兵の群を横目に、前線へと躍り出ると、第八連隊の騎馬隊と並んだ。

「おい、ハイエナ供!!」

 騎乗のエミールに対し、騎馬隊を率いる大隊長が声を掛ける。

「せいぜい足を引っ張るなよ!!」

 その声に、血の気の多い傭兵達は、いきり立ち、今にもその大隊長に飛び掛かろうとする。

 しかしエミールは、ニヤリと笑って大隊長を見返す。

「そう言う事は、一人でも敵を倒してから言ったらどうなんすか?」

「何っ!?」

 今度は大隊長がいきり立つ番だが、その前にエミールは馬を前に出す。

「全騎!!突撃!!」

 その命令に伴い、三〇騎の騎馬隊は一斉に突撃を始めた。

 当然ヴァルファは、向かってくるエミール達に弓を射掛ける。

 しかしエミールは、矢が届く直前に馬首を翻し、後退を始めた。それに倣い、騎馬隊も後退していく。

 訝るヴァルファを前にして、エミールは一定の距離を後退した後、再び突撃を始めた。そして、敵の射程距離に入る前に、再び後退する。

 それを何度か繰り返すうちに、いい加減ヴァルファ側も痺れを切らしてきた。

「いいか!次に連中が突撃してきたら、何としても打ち倒せ!!」

 そう言っている矢先に、エミール達は突撃してくる。

「よく狙えよ……」

 弓隊の照準は、突撃してくるエミール達に定められる。

 その瞬間、破局が訪れた。

 突然、無数の弓が飛んできて、正門上に陣取っていたヴァルファ弓隊を射殺して行く。

「何事」

 口を開いた途端、弓隊を率いていた大隊長も顔面を貫ら抜かれ、絶命した。

 

 

「まさか、こんな手で来るとは思いも寄らなかっただろう?」

 そう言うと、ギルバートはほくそえんだ。

 彼が今居る所は、高い木の上である。

 ここから、正門上に居るヴァルファ兵を狙っていたのだ。

「…………」

 ギルバートは慎重にヴァルファ兵に狙いを定めると、意を決して矢を放った。

 唸りを上げて飛んでいった矢は、狙い違わずヴァルファ兵の脳天を直撃した。

「よし!」

 ギルバートは小さくガッツポーズを取ると、辺りを見回した。

 その他の木にも数人の弓兵が上り、ヴァルファ兵を狙撃していた。

 ギルバートが立てた作戦とは、まず、エミール率いる少数の騎馬隊が突撃と後退を繰り返す事で敵の目を引き付ける。その間に、ギルバートが直率する弓隊の精鋭が比較的高い木に登って、遠距離化からヴァルファ兵を狙撃する。と言う物だった。

「各員!!適当な所で切り上げて後退しろ!!深追いすると逃げ場がない分、こっちが的になるからな!!」

 そう言いながら、ギルバートはさらに狙撃を続けた。


 

 未明から始まったドルファン騎士団によるダナン総攻撃だが、ダナン周辺の地形と、防衛戦を得意とするボランキオの巧みな戦術の前に、決定打を奪えないまま、夕刻を回ろうとしていた。

 現在、騎士団は第二連隊が前線に出て様子を伺っているが、昼過ぎから、銃士隊も城壁の上に上がって狙撃を開始した為、朝にも増して攻撃が困難になっていた。

 その為、ドルファン側は無理な力押しを避け、取りあえず待機を決め込んでいた。

 そんな中、ドルファン側にとって事態を好転させる瞬間が、刻一刻と近付いていた。

 

 

「ようやく、予定数量完成しましたね」

 シュンは自分達の自信作を前にして、大きく頷いた。

 そんなシュンに、ヒーツが歩み寄る。

「本当に大丈夫なのか、シュン?」

 そんなヒーツに、シュンは笑って頷く。

「大丈夫ですよ。うちの工兵部隊は腕が確かです。ヒーツさんの巨体が乗っても壊れなかったんですから」

「一言多いんだよお前は」

 そう言うと、ヒーツはシュンにゲンコツを食らわせる。

「いった〜〜〜〜〜」

 シュンは目に涙をいっぱい溜めて、瘤のできた頭をさする。

 そんなシュンに構わず、ヒーツは真顔になる。

「頼むぜ、シュン。俺達の作戦の正否は、お前の働きに掛かってんだからな」

「…………じゃあ、もうちょっと優しくしてくださいよ」

 そう言ってシュンは、唇を尖らせる。

 そんなシュンに、ヒーツは拳を作ってみせる。

「もう一発行くか?」

「…………謹んで遠慮します」

 そう言ってから、シュンも顔を引き締める。

「予定通り、僕は先に行きます。後の事はお願いしますね」

「おう、気を付けてな」

 そう言うと、ヒーツはシュンに親指を立てて見せる。

 それに対してシュンは、微笑を浮かべると、自分の髪を縛っていた紐を解き、髪を結い上げて縛り直す。

 そして手は、胸元に持っていかれた。そこには、先日ライズからもらった銀細工の首飾りが下げられている。

 その感触を確かめるとシュンは、風のように走り去った。

 

 

第十一話「ダナン攻防戦 前編『不動なる者』」  おわり


後書き

 

どうもこんにちは、ファルクラムです。

 

予想外の長丁場になった為、一旦ここで切ります。次回をお楽しみに。

 

ファルクラム


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