第2章「虫の殺し方(後編)」


「…とにかく。私はマクラウドさんの事なら、頭のてっぺんから足のつまさきまで知りつくしているのよ」

おいおい誰か止めろよ、と思ったが、みずから口を挟みはしなかった。深い意味はない。…面白かったので、つい。

「全てのホクロの位置までもね……」

場がしんと静まりかえった。

ライズは不思議そうに目をしばたたかせると、ようやく沈黙の意味に気づいたらしく顔を赤らめる。

「あ…その」

自分になりすました男は、その隙を見逃さなかった。威嚇のためだろう、大声でくだらない揶揄をすると、窓ガラスを破り外へと飛び出す。

(…ネズミの動きじゃないな)

俺は窓から裏通りに目を走らす。

深追いしてもおそらく何も得られはしないだろう。いや、───そもそも必要のない事なのだが。

俺は素の顔に戻って2人の少女を見比べた。

「わ、私、植木の水やりがまだでしたっ。すいません失礼します!」

ソフィアは小さく叫ぶとあわてて部屋を飛び出していく。

誤解だ、と弁明する暇はなかった。ライズは顔を赤くした

まま歯をくいしばっている。

「今度から着替えの時は気をつけよう…」

うんうんとひとり頷くと、彼女は殺気走った目で俺を睨んだ。意味ありげに笑ってやる。みるまに耳まで赤くなり、さっと身をひるがえす。

軽い足音が去っていく。

───誰もいなくなった部屋で、神経を研ぎ済ませる。誰もいない筈の部屋で。

俺は全ての表情を消した。

「まだ子供、という処か」

小さく呟く。

「何を考えてるんだ、あいつらは…」

 

(…ライズ。虫の音が止まった)

俺は目を閉じたまま侵入者に語りかけた。月の光も手燭もない夜に、どのみち目など役にたちはしない。聴覚もだ。

頼りないなら頼らない方がよい。その方が、他の感覚を鋭敏にさせる。

肌にちりちりと痛みが走る。精神の高揚を促す小さな気配。黒い髪も赤に近い瞳も闇にとけこんで見えないくせに、 気配はどこまでも彼女の色をしている。

───赤い。

幼い手が抱きしめていた木偶人形。

性別すらわからない人形。

もう顔すら思い出せない。ただ、少女の目が、深い黒だった事しか。その時、泣きじゃくりながら俺に訴えた事しか。

「嫌だよ、お兄ちゃん。嫌だ。せっかく、お父さんが作ってくれたのに!」

まるで、自分が泥水に突き落とされたかのように。

(………どうして…)

俺は目をうっすらと開けた。

なぜ、こんな時に思い出す?

虫は静まったまま声を上げない。

蒸し暑さのせいか肌が湿り気を帯びてきた。

暗殺者の足がゆっくりと近づいてくる。

もう、あと……4歩。

赤い制服。赤い瞳。赤い……

そうか。

ライズか剣を構えた。

(性別すらわからない)

(リボンだ)

人形の髪らしいヒモに、からみついていた赤いヒモが。

ライズの手が止まった。

俺はその一瞬を待った。

虫が死ぬ一瞬を。

(………?)

───手が、震えている。

俺は心の中で息を吐いた。何を安堵している、と自問し苦笑いを浮かべる。

「眠れないのか?」

はっきり目を開いていってやると、ライズは明らかにうろたえ、剣を持つ手を後ろ手に隠す。真っ白なネグリジェがぼんやりと闇に浮かんでいる。

「何なら一緒に寝るか?子守歌でも歌ってやろう」

「…冗談じゃないわ」

怒気もあらわに言い捨てると、身をひるがえす。

ぶつかるなよ。
───なにもかも静かになった後、虫が再び声を取り戻した。

 

…帰ったのか、ジーン。

俺は意識を外の茂みに飛ばす。そこに何もないことを確認すると、ようやく眠りにおちていった。


後書き

 

うーん。少しわかりづらかったかも、です。どっちが虫かわかりました?うーん力量不足。

次はライズの目線で話が進行します。

第3章は「インフィニティ・ソング」前編です。


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