第1章「虫の殺し方(前編)」


ライズ、満月の夜は暗殺には向かない。

かすかに開いたドアから洩れた光に、小さな影が身じろぎする。やめるのか。思ったが少女はドアの隙間から体を滑り込ませてきた。

(…ご苦労なことだ)

心の中で呟いて、笑う。

小汚いが最低限の調度はそろった小部屋を、非日常な空気が占領する。…いや、日常か。

こおろぎの声がやんだ。

静寂の中、緊張はさらに密度を増してゆく。

足が床を踏む。音のない歩調。

(虫なら何匹でも殺せるだろうさ。だが、俺は違う)

影が止まる。石鹸でも香水でもない、甘酸っぱい匂いが鼻腔をくすぐる。

剣をもつ手が上がる直前、手を上げた。

「ふああ…」

「………っ」

大きくあくびをするそぶりをすると、少女は息をつめ、慌ただしく部屋を飛び出していく。それでも足音はしなかった。ドアは開いたままだったが。

「…67点、かな」

我ながら性格が悪いと思いつつも、評してみる。

思い返して、もう一度口元をゆるめた。

「…俺の演技力も、似たようなもんか」
 

前日より少しばかり早い朝。食卓にはスープやバケットが乱雑に置かれ、周囲は朝食のかしましさに満ちている。

ソフィアはちぎったパンを口に含むと、目をしばたたかせた。

「…何だか、変わったお味ですね」

当たり前だ。どう考えても中身は生だった。表面は焦げているのに。

「そう?何も変わらないと思うけど」

「だろうな」

「どういう意味?」

「…あ、あの、ケンカはやめてください」

ソフィアの手もとが、かちゃん、と鳴った。皿にスプーンが当たったらしい。一瞬、その手に目が引き付けられる。

「………」

視線を感じたのか、ソフィアは顔を赤らめて手を引っ込めた。

「……その、ライズさんに剣を教わってるんです。今」

「筋はいいわ」

「…そんな。教えかたが上手いからですよ…」

恥ずかしいのか身を縮ませる。ライズは迷うように目をさまよわせ、すこし厳しい表情になった。

「褒めてないわ。私は事実を言ったまでよ」

はい、とソフィアがほほえむ。ライズは数秒固まったあと、ふいに食事を再開した。

フォークの使い方が妙に乱暴なのは気のせいだろうか。

俺は目を細め優しい表情をつくる。

「頑張ってるんだな」

「そんな。あ、あの、今日はどうされるんですか」

「…そうだな。とりあえず出発だ。一刻も早くノエルに会わないと…光る箱なんて気味が悪いもの、これ以上持っていたくないからな俺は」

「ふふっ、意外と怖がりなんですね」

「かもな」

一瞬の注視に、振り向くかわりにほほえむ。

「…ソフィア、人形は好きか?」

「はい?」

丸っこい優しい目が見開かれる。俺はかぶりをふった。

「いや、何でもない…」

 

泥水をかぶって、半分黒く染まった人形。

枝に布切れを巻いただけのでく人形。

性別すらわからない。

小さな女の子は、服が汚れるのにも構わずにそれを抱いた。まるで人形の母であるかのように。

自分と同じ黒の瞳に、いっぱい涙をためて。

だめだよ。

おとうさんがつくってくれたのに、だめだよ…!!


後書き

 

読んでくださった方々、ありがとうございました。

同人小説って書くの初めてで(パロならちょっと書いたことが…)右も左もわかりゃしませんが、どうかよろしくお願いします。

次はこれのつづきで、その次はライズ目線になります。


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