第十六章「激突!スポーツの祭典」


5月。

この月には、ドルファン王国の国民的行事が二つある。

その内の一つは、ナイスガイコンテストなどが行われる5月祭。

そして、もう一つは、この月の晦日に行われるスポーツの祭典である。

 

この日は、ケイゴは武装のメンテナンスをしようと思っていた。

だが、お祭り好きのギャリックに引っ張り出され、今、運動公園の前に居る。

ケイゴ「他に誘う奴がいただろう?シャオシンやアシュレイ殿とか……」

ギャリック「ウォンの奴は何だか知らねーが、家庭教師の試験受けに行った。アシュレイのじっちゃんはこの前の戦の報告をするってドルファン城に行っただろ?」

ケイゴ「そういえば、そうだったな」

「訊くだけ無駄だったか……」と心中で呟く。

ピコ「ねぇねぇ、ソフィアたちも来てるみたいだけど?」

と、横からピコが囁やきかける。

別に、見えも聞こえもしないのだから、そんなことをする必要はないのだが。

ケイゴ「そうだな。探してみるか」

ピコ「そうしなよ」

小声での会話を終え、ケイゴはピコが彼女たちを見かけたという場所へと向かう。

ギャリック「お、おい!どこ行くんだ?」

ケイゴ「知り合いを見かけたのでな」

相変わらずな無愛想顔で、ケイゴは返事をする。

 

例の場所に着くと、果たしてそこに彼女たちは居た。

だが、何やら様子がおかしい。

見慣れぬ少女とハンナが何やら激しく言い争っているようだ。

ハンナ「今度こそ絶対負けないからね!」

???「聞き飽きましたわね。野猿ごときがこのわたくしに勝てると思って?」

ハンナ「言ったな!後で後悔するなよ!」

???「それはあなたの方ですわよ、ハンナ・ショースキーさん」

二人の口喧嘩は止まることを知らず、さらに激化しているようだ。

ソフィアとロリィはオロオロし、レズリーは呆れている。

ライズに至っては、我関せずといった感じで傍観している。

ケイゴ「どうした?」

ロリィ「あ、お兄ちゃんだ!」

その姿を見るなり、ロリィがケイゴに抱きつく。

ケイゴ「人前で抱きつくな」

普通の男だったら顔を赤くするところだが、ケイゴは顔色一つ変えず、ロリィから離れる。

彼はソフィアの方に顔を向ける。

ケイゴ「それにしても、一体何だ?」

ソフィア「さぁ……私もよくわかりません」

ケイゴ「全く、俺はお前たちの保護者ではないのだがな……」

とかぼやきつつも、ケイゴはその騒ぎの元の二人の前に出る。

ケイゴ「お前たち、いい加減にしろ。野次馬が集まっているぞ」

ハンナ「……あ、ケイゴ……」

???「!?」

ケイゴ「こんなところで口喧嘩など……馬鹿馬鹿しいとは思わないのか?」

ハンナ「あ……」

言われて周囲を見回したハンナは、途端に顔を赤くする。

ケイゴ「お前も、誰かは知らんが……」

もう一人の女の子を叱ろうとケイゴは振り向く。

呆然とした様子だったが、次第に、周囲の状況がわかってくると、彼女はこともあろうにケイゴの顔を思いっきり覗き込んだ。

喧嘩しているときとは打って変わって、柔らかな笑みを溢す。

???「まさか……こんな形で再会するとは思いもしませんでしたわ……」

ケイゴ「何のことだ?俺はお前を知らないが」

???「ケイゴさん、忘れてしまいましたの?このわたくしのことを?わたくし、リンダ・ザクロイドですわよ」

リンダと名乗る少女の声に、ソフィアたちの耳がピクリ……と動いた気がする。

この形容しがたい彼女たちのオーラに、固唾を飲むギャリック。

ギャリック(ケイゴの奴、何だかんだ言って、結構いろんな女の子と知り合いだよな……)

無論、自分も人のことは言えないが、「これは自分と言い勝負だな」などと勝手な思考を巡らす。

ケイゴ「リンダ・ザクロイド?……ああ、王女誕生日のパーティーで出席していた、ディムス卿のご息女だったな」

ケイゴはやっと思い出した。

パーティー会場でプリシラと会話をした後に、自分に殺到した令嬢の一人だった。

父親同様、評判の悪い彼女だが、ケイゴの前ではそれほどでもなかった。

リンダ「覚えていてくれてよかったですわ。それにしても、ケイゴさんは平気なの、こんな野猿たちと一緒にいて?」

この言葉には、さすがに皆黙っちゃいなかった。

ハンナ「なっ!僕はまだいいけど、ソフィアたちまでにそんなこと言うことはないじゃないか!」

レズリー「そうだよ。あんた、人を見下すのもいい加減にしろよ!」

先ほどもそうだが仕掛けてきたのはリンダである。

またもや口喧嘩が勃発し、今度はレズリーたちにまで飛び火する。

ロリィ「お姉ちゃんたち、もう止めようよぉ〜」

ソフィア「皆さん、止めてください」

この二人が止めようとするが、全く三人は聞く耳を持たなかった。

ライズ「馬鹿馬鹿しいわね。全く」

下らないわ、とライズは帰ってしまった。

顔には出ていないだろうが、おそらく呆れ返っていることだろう。

ギャリック「……ついてけねぇや」

ギャリックは、もう疲れたと顔で言っている。

ケイゴ「……」

ケイゴは突如、三人の間に入ると、恐ろしいほどの無表情な顔でリンダの頬を引っぱたいた。

無論、『阿修羅』の装甲の回らない、掌で、である。

二度目の衝撃(一度目とは違った)に呆然とするリンダ。

その衝撃は、野次馬にも走った。

態度が悪いとはいえ、財閥の令嬢を打ったのだ。

驚かない方がおかしい。

ケイゴ「悪いが、俺の大切な仲間を見下すような奴に、『ケイゴさん』と呼ばれる筋合いはない……失せろ!」

彼の無表情な顔から、怒りが滲み出ていた。

彼の怒りに満ちた顔を見たのは、ソフィアのオーディション以来である。

普段は穏和で物静かなイメージがあるケイゴだが、切れたときの恐ろしさと言ったら……それを受けたジョアン本人なら、いたく染み付いていることだろう。

リンダ「……」

怒りに燃える神を目の当たりにして、リンダはペタリと地べたに座り込む。

ケイゴ「行くぞ」

恐怖で腰を抜かした彼女を軽蔑の眼差しで見ると、さっさとケイゴは運動公園の奥へと消えた。

しばらく呆然としていたソフィアたちも、我に返ると、すぐさまケイゴの跡に続く。

その場に残ったのは、赤くなった頬を摩るリンダと、ざわめく野次馬たちだった。
 

ドゴォッ!

ズゴォッ!

ドゴォォォッ!

 

鎧を砕く轟音が、天空に響き渡る。

他の出場者が強固な鎧を破壊するのに苦労している最中、ケイゴは紙の如くその分厚い鉄板を突き破っていく。

司会者「そこまでです!優勝は……ケイゴ・シンドウさんです!」

スポーツの祭典、兵士用競技「鎧割り」が歓声の止まぬ内に終了する。

ソフィア「ケイゴさん、お疲れ様です」

観客席に戻って来たケイゴに、ソフィアはタオルと冷茶を差し出した。

ケイゴ「すまないな」

そのタオルで顔を拭くと、ケイゴは外していた『阿修羅』を装着する。

レズリー「しっかし、武器もなしに鎧ぶち抜く奴あるか?」

競技の様子を見ていたレズリーが、ケイゴの腕を見て言った。

確かにそうだった。

他の参加者はせいぜい装甲を凹ませるくらいだったが、ケイゴは腕にありったけの気を込めたようで、粉砕もしくは貫通している。

素手で、鎧をぶち抜くことができるのだから、ケイゴはやっぱり凄い奴である。

ギャリック「まぁ、ケイゴは必殺のバスターナックル使ってたからなぁ」

バスターナックル、金剛掌のことだ。

彼ら傭兵隊の人間は、ケイゴの得意技をこう呼んでいる。

ギャリック「でも、俺だって結構活躍してただろ?」

と、自慢げに腕に力瘤を作る。

ギャリックも、持ち前の巨体を生かして重量挙げに出場し、見事に優勝している。

ハンナ「でも、はっきり言って地味だったよね」

ギャリック「はうっ!」

「地味」の一言に撃沈する大男。

まぁ、確かにそうだったのだから、これは仕方ない。

ケイゴ「それより、そろそろお前の出番だろう?」

配布されたプログラムを片手に、ケイゴは冷茶を喉に流し込む。

彼女の出場競技は、100m走。

変わった競技(そう言えないものもある)が目立つ中、真面な競技もちゃんとあるようだ。

ハンナ「そうだね……じゃあ、行ってくるよ」

ケイゴ「待て」

ハンナは階段を降りて行こうとしたが、ケイゴが呼び止める。

ケイゴ「相手を意識するな。ただ完走することだけを頭に入れろ」

ハンナ「うん、ありがと」

ニッコリと笑顔を浮かべたハンナは、身を翻して選手待機用のベンチへと向かった。

 

女子・高等学部生の部100m走決勝。

スタート位置につくハンナとリンダ。

比較的リラックスしているハンナに比べ、リンダは何やら落ち着かない様子である。

それもその筈。

ベンチで顔を合わせてからというもの、ハンナはケイゴのアドバイスに従っているため、いくらリンダが勝ち誇ったような振る舞いで近づいて来ようとも無視されてしまうのだ。

すぐムキになる筈の彼女が全く相手にして来ないので、自分のペースを崩され、リンダは苛立ちを隠せない。

そうこうしているしている内に銃声がスタートを告げる。

結果は散々だった。

いつもは切れのいいスタートのリンダだったが、苛立ちに気を取られて、ほんのゼロコンマ1秒遅れた。

中盤巻き返したものの、ハンナに一歩及ばず、二位という不本意な形で勝負は幕を下ろした。

リンダ「どうして!どうしてですの!このわたくしが負けるなんて……」

苦虫を噛み潰したような顔で、リンダはベンチに戻る。

向こうでは、優勝したハンナを、ソフィアたちが祝福している。

一昨年までは、この栄光は自分だけのものだったのに……

ケイゴ「全く解せぬといったようすだな……さすがは成り上がりの娘だ」

皮肉と嫌みをのこもった一言と共に、ケイゴが現れる。

こうも悪く言われたことのないリンダは声も出せずに固まってしまう。

ケイゴ「言っておくが……世の中、自分の思い通りにことが運ぶと思うな。その愚かな考えは、身を滅ぼすぞ」

それだけを吐き捨てるように言うと、ケイゴはハンナを称える輪の中に入っていった。

頬をまた叩かれた訳ではないが、彼の言葉が、ズシンと自分を圧迫している。

リンダ(どうして、ハンナさんたちばかり贔屓するの……何がなんでも、ケイゴさんをわたくしの虜にしてみせますわ!)

自分の思い通りに事が運ばないと気が済まない……そんな彼女は、さっきのケイゴの忠告を忘れ、そう心に誓ったのだった。


後書き

 

国士無双です。

 

自分で書いてて思うこと。

ピコの存在感が薄い……

というか自分の心の中でもそうだ……

なんか、ピコファンの方のお怒りを受けそうだ。
 

さてそれより、次回は、決闘です。

愛しい者を失った女剣士が、復讐という業火をまとって現れる……

燃えるシチュエーションの一つですよね。


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