第十四章「明日を夢見る少女」


ギャリック「毎日毎日基礎トレで退屈だぜ」

今日の訓練メニューを終えた帰り、ギャリックは退屈そうな顔で言った。

???「それは仕方ありませんよ。来月には第二次ダナン派兵が決定しましたし」

と、ギャリックの隣にいる東洋系の男が言った。

彼はウォン・シャオシンという中華皇国出身で、弓術と紋章術に長けた若人である。

前年度の第二次傭兵徴募に応じ、そして類い稀なる才能のよって、ドルファン傭兵隊の弓兵隊隊長に選抜された。

実力も折り紙付きで、特に紋章術と弓術を合成した紋章弓術は威力絶大である。

また射撃の正確さも一流で、彼に勝る者はいない。

ギャリック「でもよぉ、暴れ足りねーんだよ。あ〜っ、退屈だぁ〜〜っ!」

ケイゴ「うるさい」

ギャリック「ぎゃふっ!」

ケイゴに足をかけられ、ギャリックが転倒する。

ギャリック「いてぇじゃねーかよ!」

ケイゴ「弱い犬ほどよく吠えるという。お前も強者なら強者らしく厳とした態度でいることだな」

ギャリック「んだとぉ!」

シャオシン「まあまあ。ギャリックさん、落ち着いてください」

ギャリック「これが落ち着いてられっか!」

シャオシンがなだめようとするが、ギャリックの怒りはさらに加熱する。

アシュレイ「ケイゴの言う通りじゃぞ、ギャリック」

ギャリック「そんなぁ!アシュレイのじっちゃんまで……」

アシュレイに言われてしまえばおしまいである。

もう何も言い返せない気迫が、静かながらも持っているのであるから、ギャリックも黙り込むしかない。

 

ケイゴたちがドルファン学園の校門を通りかかったとき、タイミングよくソフィアが声をかけてきた。

ソフィア「あの、皆さん、こんにちわ」

ケイゴ「ソフィアか……どうした、俺たちを待っていたようだが?」

ソフィア「ええ、お伝えしたいことがあったので。実は、今度の日曜日に劇団のオーディションがあるんです。私、出てみようと思いますので、見に来てください……」

顔を真っ赤にしてそれだけを言うと、ソフィアは逃げるように去ってしまった。

ギャリック「ありゃ、俺たちにじゃなくて、お前に伝えたかったんじゃねーのか?」

ケイゴ「そのようだな」

ギャリック「そのようだなって、おい……」

ケイゴの返事に、げんなりするギャリック。

ケイゴ「悪いが、先に帰る」

と、間髪入れずにケイゴはさっさと帰ってしまった。

ギャリック「どうしちまったんだ?これから飲みに行くことになってたのによ」

アシュレイ「まぁ、ヤツもいろいろあるんじゃろうて」

微笑ましそうに、アシュレイがケイゴの去っていった方向を見た。

ソフィアが去ってしまった方向と一致している。

ギャリック「あーあ……そーゆーことね」

アシュレイの言っていることを理解したギャリックもにやついた顔になる。

シャオシン「そういうことって、どういうことですか?」

まだ13歳の少年であるシャオシンは、一人首を傾げた。
 

 

彼らと離れたケイゴは、フェンネル地区の市場にいた。

制服姿のまま、買い物カゴを手に提げて野菜を見定めている知り合いの姿を見つけると、声をかけた。

ケイゴ「ソフィア」

ソフィア「ケイゴさん?」

彼がなぜここにいるのだろうと疑問に思ったソフィアだったが、彼が料理をすることを思い出すと、それはすぐに消えた。

ソフィア「食材の買い出しですか?」

ケイゴ「ああ。正月以来、食堂のコックもやるようになってな」

彼の大きな買い物カゴの中には、挽き肉やら卵やら、野菜がぎっしり詰まっている。

ケイゴ「話は変わるが、なぜ、オーディションを受けようと思ったのだ?」

唐突に、ケイゴはそんなことを訊いてみた。

ソフィア「私、舞台に立つのが小さい頃からの夢なんです」

ケイゴ「その夢を叶えるために、オーディションを受けるということか」

ソフィア「はい」

ケイゴ「なるほど。受かるといいな」

彼の顔が、普段は見せない穏やかな表情になる。

ケイゴの暖かい部分が表にはっきりと現れたような、そんな顔だった。

ソフィア「はい、頑張ります!」

初めて見た優しい顔に頬を赤らめつつ、ソフィアは言った。

 

 

オーディション当日。

会場となるフェンネル地区の劇場前は、明日のスターを夢見る受験者と、その人を応援しに集まった友だちや親などでいっぱいだった。

ケイゴも、ソフィアの応援のために劇場前にやって来る。

その彼女はというと、いつものメンバーに激励を受けている最中だった。

緊張しているのか、その表情はどこか堅い。

ケイゴ「邪魔するぞ」

ハンナ、レズリー、ロリィ、ライズの計四名を見回しながら、彼もその輪に入る。

レズリー「あんたも来るとは意外だね。どういう風の吹き回しだよ」

ケイゴ「別にどうということはない。応援に来た……それだけのことだ」

いつもの無愛想な顔だが、彼にしては珍しく言葉を濁し、ソフィアに向き直る。

ケイゴ「お前が、合格することを祈っている。頑張れよ」

真剣な表情で、ケイゴは言った。

軽みを一切含んでいない、激励の言葉を。

ソフィア「はい。さっきまで緊張していたんですけど、あなたが言葉をかけてくれたおかげで、私、精一杯歌えそうな気がします」

ケイゴ「……そうか。よかった」

二人はしばし互いを見つめ合っていた。

だが……

???「ハァーーハッハッハッ!」

という若い男の高飛車笑い(しかも大音量の)が、いい雰囲気をぶち壊した。

言うまでもあるまい、ジョアン・エリータスだ。

みんなが呆然となっている中、彼は踊るようにソフィアの前に出る。

ジョアン「ソフィア、僕という最高の応援者がいるのを忘れてもらっちゃ困るね。オーディションなんか、金の力でノープロブレムさ!」

ソフィア「……」

応援に来たジョアンを見るソフィアは、複雑な顔をしていた。

ジョアン「……あれ、どうしたんだい?嬉しくないのかい?」

ケイゴ「それくらいにしておけ」

ジョアン「なっ!貴様はあのときの東洋人!」

ケイゴの放った鋭い言葉に、ジョアンが忌々しげに振り返る。

彼から尋常ならざるオーラが出ているのにも気づかずに、である。

ケイゴ「フッ、何もわかっていない阿呆はこれだから困る。ソフィアは、自分の力を認めてもらった上で、舞台女優としての道を歩みたい、そう思っている筈だ。だから今まで努力も惜しまなかっただろう。今、お前がしようとしているのは、ソフィアのその断固たる思いを踏み躙ることだ。ソフィアを本当に思う気持ちがあるのなら、今すぐこの場を去れ!」

ケイゴは、ジョアンを刃のように鋭く睨んで言う。

その声には、怒気がこもっていた。

ジョアン「黙れ、東洋人!ソフィアだって僕にこうして欲しい筈なんだ!……そうだろ、ソフィア?」

ジョアンが、ケイゴの言い知れぬ威圧感から逃げるように振り返り、ソフィアの顔を覗き込む。

ソフィア「……私は」

小さな声だが、決意のこもった声を、ソフィアが発する。

ソフィア「そんなことして欲しくない!」

ジョアン「……のおおぉぉーーーーっ!」

絶望のあまり咆哮したジョアンは、そのまま石化した。

この一言がかなりショックだったらしい。

気のせいかも知れないが、その何とも無様な姿が真っ白に見える。

ケイゴ「邪魔だな」

ヒョイと宙に投げたジョアンに、ケイゴは霊光掌をお見舞いした。

気の塊に押し飛ばされ、その石像は空の彼方へと吸い込まれた。
 

 

ソフィアは人気のない校舎裏で、歌を歌っていた。

結局、オーディションは落ちてしまった。

悔いは残らなかった。

最終選考まで残ったし、緊張という枷もなく伸び伸びと歌うことができた。

自分の実力はある程度把握できたから、あとはまた頑張るだけである。

ケイゴ「相変わらず、精進しているようだな」

一曲歌い終えると、ケイゴが声をかけてきた。

傭兵隊訓練所とドルファン学園の境界線となっている、金網のフェンス越しにである。

様子からして、彼はさっきからここにいたようである。

ソフィア「は、はい。ケイゴさんも、ご苦労様です」

ちょっと驚いた顔で、ソフィアは反射的に挨拶する。

ケイゴ「何、たいしたことはない」

相変わらずな返事をするケイゴ。

その返事に、ソフィアはクスクスと笑う。

ソフィア「ケイゴさん。もしかして、大分前から知っていたんですか?」

ケイゴ「よくわかったな。気配は消していたつもりだったが」

ソフィア「そうじゃないです。ケイゴさん、さっき『相変わらず』って言ってましたから。それで、もしかしたらって思ったんです」

ケイゴ「どちらにせよ、お前の練習しているところを見ていたということだ。だからだろう。俺がジョアンに怒鳴ったのは。お前の頑張っている姿を見ていただけに、許せなかったのかもな」

言葉を紡ぎながら、ケイゴは初めて自分のことを話していることに気づいた。

レイイチロウやミコトの前でさえそうしたことがなかったのに、なぜ、ソフィアの前でこんなことを言っているのだろうか。

自分でもわからない。

ソフィア「……ケイゴさん」

ケイゴ「下らん話をしてしまったな……ソフィア。またここに来てもいいか?」

キリッとしているが、どこか哀愁の漂う表情で、ケイゴは訊いた。

ソフィアはキョトンとした顔を向けたが、それはすぐに笑顔に変わる。

不覚にも、ケイゴはその愛らしい笑顔にノックアウトされた。

だが、そこはケイゴ、そうとは思わせない完全なポーカーフェイスで彼女を見ている。

ソフィア「来てもいいですけど、今度からは、気配を消さないで来てくださいね」

ケイゴ「あ、ああ。明日、また来る」

なんでもない素振りで、ケイゴは踵を返して足早に去った。

彼女の眩しい笑顔が焼き付いてしまい、彼の頭から離れることはなかった。

 

ソフィアに練習生としての入団の話が持ちかけられたのは、それから間もなくのことだった。


後書き

 

国士無双です。

 

文面を見ての通り、ケイゴにとってソフィアが憧れの君になってしまいました。

ここで完全にソフィアに惚れさせとかないと、バレンタインの話が盛り上がらなくなってしまいますから。

そう、D27年度で、バレンタインの話を前編・後編でやる予定になってます。

しかも、ベースは知る人ぞ知る、守護月天のバレンタインデーの話!

情けないケイゴの姿が浮かぶぜ……


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