第十三章「猫と動物好きと東洋人」


D27年3月。

ドルファンの街は既に春の兆しを見せていた。

元々地中海に臨んだ小さい国であるため、他の国に比べ平均気温が高い。

一足早く可憐な花で着飾っている植物もあるが、花の季節となるまではもう少し時間がいるようである。

それでも、人々の雰囲気は軽い。

もうすぐ春だという認識がそうさせているのだろう。

四季のある国であればどこでも、共通の認識であるに違いない。

そんなことを感じながら、ケイゴは国立公園の木の幹と枝の付け根の間に乗っかって、瞑想にふけっていた。

切れ長の鋭い目を開いて、ふと下を見下ろすと、ロリィが彼を呼んでいた。

ケイゴは高さを気にせず、彼女の前に降りた。

ケイゴ「俺に何か用か?」

と、いつもの無表情な顔でケイゴは訊いた。

ロリィ「ブー、フー、ウーを一緒に探して欲しいの」

ブー、フー、ウーとは、2週間前にロリィが拾った仔猫である。

この3匹を飼うんだと、終始彼女がご機嫌だったのをケイゴは思い出した。

ケイゴ「やはりそうなったか」

予測していたことだったので、ケイゴはさして驚きもしなかった。

ケイゴ「どうせ、少し目を離した隙にどこか行ったのだろう?探さずとも戻ってくる」

少し突き放した口調で、ケイゴは言った。

目を離したロリィに責任があるわけだし、自分は探す必要はない。

ロリィ「……でも、もし怖い犬とかに襲わてたら?」

ロリィが大粒の涙を目に溜めて、ケイゴを見上げる。

ケイゴは、女の子にこういう行動に出られると弱い。

ケイゴ「……わかった。協力しよう」

渋々ケイゴが了解すると、ロリィは一転して明るい顔になる。

ロリィ「お兄ちゃん、それじゃあお願いね」

彼女のその笑顔を見たとき、ケイゴはしてやられたと思った。

 

ピコ「そんな安請け合いしちゃっていいの?」

ケイゴ「……しかたなかろう。ああいう顔を見るのが嫌だったから引き受けたまでだ」

ピコ「……ふうん、そう」

抑揚のない声で言ったが、ドルファンに来てから、ケイゴが少し変わったと思うようになった。

さすがにはっきりと笑顔と称される表情は見せないものの、なんか尖っていたものが丸くなったような、そんな感じが彼に見受けられる。

ピコ(ケイゴが変わったのは、あの娘たちの影響かしらね……)

 

あの娘たちというのは、ソフィアたちのことである。

特に、ソフィアに関しては、ケイゴが敏感なのもピコは知っている。

それを考えると、彼女に対して特別な感情を持っているとしか思えない。

まぁ、彼は普段は無表情だから、わかるのはピコぐらいなものである。

 

ピコ「ねぇ、ところでどうやって探すの?何にも手がかりがないのに」

ケイゴ「レズリーが描いた猫の絵がある。聞き込みでこの絵を見せれば、知ってるやつがその内見つかる」

ケイゴはベストのポケットから3匹の猫の絵を取り出し、聞き込みを始めた。

 

それから間もなく、有力な情報をケイゴたちは手に入れた。

通行人「ああ、この猫なら銀色の髪を伸ばした、若くて気の強そうな女が拾ってったよ。間違いない」

ケイゴ「そうか、情報の提供、感謝する」

ケイゴはその情報をくれた通行人に礼を言うと、すぐさま、レリックス駅行きの馬車に乗り込んだ。

 

レリックス駅で降りたケイゴは牧場へと向かっていた。

ロリィが飼っている猫を拾った女性がいる確率が最も高いのはここか、あるいは御者のギルドくらいなものだからだ。

ピコ「ホントにここでいいの?」

ケイゴ「俺の勘を甘く見てもらっては困る」

半信半疑のピコに、自信ありげに答えるケイゴ。

ケイゴの勘は戦闘以外でも何かと役に立っているので、ピコは信じることにした。

牧場の入り口に差し掛かったところで、ケイゴは思い当たりのある人物の姿を見つけた。

ケイゴ「ジーン殿」

ジーン「よぉ、ケイゴじゃないか」

ジーンという名の女性は振り返った。

銀の髪を無造作に伸ばし、男っぽい服装をしている。

気の強そうな顔だが、よく見ると美人だ。

ケイゴ「すまないが、この猫を探していてな。心当たりがあったら教えて欲しい」

ケイゴが猫の絵を見せると、ジーンは少し寂しそうな顔を見せた。

ジーン「ああ。こいつらなら今、家で預かってるけど、お前の猫だったのか?」

ケイゴ「いや。ドルファン学園にいる知り合いが飼っている猫だ。探すのを手伝ってくれと頼まれてな」

ジーン「そうだったのか。今連れてくるよ」

ジーンは家の中にいる3匹の猫を抱いて連れてきた。

ジーン「お前たちにもご主人様がいたんだな……」

どこか名残惜しそうな顔で、仔猫をケイゴに預ける。

と、そこにレズリーが息を切らしながらやって来た。

彼女の顔を見るなり、ケイゴは何かあったことを察した。

レズリー「なぁ、ロリィを見なかったか?」

ケイゴ「いや。この近辺では見なかったが、ロリィの身に何か起こったのだな?」

ケイゴの鋭い問いかけに、レズリーは驚きつつもうなずいた。

レズリー「察しが早いな。ロリィが見慣れない男に連れられて、カミツレ地区に行くところを見たんだ」

ケイゴ「誘拐といったところだな……ジーン殿、この近辺で身を隠すのにちょうどいい場所はどこだかわかるか?」

カミツレ地区の住人であるジーンにケイゴは訊く。

ジーン「ん?それだったら、国が立ち入り禁止にしてる地下墓所くらいなもんだな。それ以外でカミツレ地区で隠れるのに都合のいい所はねぇよ」

ケイゴ「ならば、そこにロリィと怪しい男がいる可能性は高いな。行こう」

3人は、ロリィの猫をジーンの叔父さんに預けると、地下墓所へと急いだ。

 

地下墓所。

そこはレリックス遺跡群の一角にある。

ここが何のために建てられ、何に使用したかは定かではない。

それは、ここが未調査であるあるからなのだが、それは国が立ち入り禁止にしているためである。

一般人の侵入を防ぐために刺のついた高い鉄柵が地下墓所を守っているのだが、ケイゴたちがやって来たとき、その一部が破壊されていた。

大きな穴が空いていて、その回りの鉄はふにゃりと曲がっているが、どうも鈍器で破壊されたようではなさそうだ。

ケイゴ「ジーン殿の言った通りだ……しかし、分が悪いな。ロリィを連れ去ったのは紋章術師の可能性が高い」

レズリー「なんだって!」

ジーン「紋章術師だと!」

2人の声がひっくり返る。
 

紋章術とは、この世界の創造神、トライアの力を持った紋章に込められた魔力を操る術であり、紋章術師とは、紋章術を使う者のことである。

紋章術には、高い攻撃力を持つ攻撃呪紋もあり、一人いるだけで戦局を覆すほどの紋章術師も中にはいる。

紋章術師が相手となると、当然2人を連れていくわけにはいかない。

ケイゴ「俺が中に行く。2人はここで待機してくれ」

ジーンとレズリーがうなずいたのを確認すると、一人地下墓所の中へと入った。

 

中は薄暗くじめじめしており、いくつか通路が枝分かれしている。

歩く度に足音が響き、実に気味の悪い場所だった。

しばらく歩いていると、ある通路が明るくなっていた。

火が灯っているということは、その先に人がいるということである。

ケイゴは迷わずその通路に入る。

果たして、その先の部屋にロリィがいた。

手足を縛られ、猿轡をかけられて、石のベットのようなものの上に寝かされていた。

束縛から逃れようという動きはないことから、彼女が気を失っていることがわかった。

ケイゴは縄と猿轡を除去し、ロリィを起こそうとした。

が、後ろからの殺気を感じ、ケイゴは跳び上がった。

火の玉がケイゴにいた所に飛んできて、石畳の床を黒く焦がした。

誘拐犯「俺の気配に気づくとは……少しはできるようだな」

部屋の入り口に、男が立っていた。

紋章が記された衣服をまとった男が、部屋の前に立っていた。

ケイゴ「その程度の力で倒せるほど、俺は弱くはない」

誘拐犯「面白いことを言う……だが、お前はここで死ぬ」

男は掌を前方に突き出した。

すると、掌から紋章が現れ、ケイゴの足下から炎が吹き上がる。

高熱の火柱に飲み込まれれば、生存確率は0に等しい。男は、勝利を確信した。

しかし、火柱の中から、全身に黄金の光をまとったケイゴが飛び出て、男に正拳を命中させる。

気のバリアを張って、紋章術のダメージを極限まで押さえたのだ。

ケイゴ「小手先の攻撃で、俺は殺せんぞ!」

誘拐犯「何をっ!これでどうだ!」

男は両手を前に突き出し、紋章を発動する。

瘴気の槍がケイゴを包囲し、容赦なく貫く。

が、ケイゴは破砕掌を放ち、石畳諸共吹き飛ばした。

破砕掌は、力の加減の仕方で、防御用の技として転用できるのだ。

ケイゴ「金剛武神流、金剛掌!」

紋章発動後の隙をついて、ケイゴは男に殴りかかる。

男は早口で紋章を発動し、巨大な盾を召還する。

しかし、紋章の盾は、ケイゴの気をまとった拳に貫かれてしまった。

誘拐犯「なんだって!」

ケイゴ「俺の相手は、貴様では役不足だったようだな」

盾を破壊した黄金の腕は、そのまま男を殴り飛ばした。

衝撃で吹き飛ばされた男は、壁に打ち付けられて気を失った。

 

その後、レズリーとジーンの通報を受けた地区警備班によって、男は連行された。

ロリィは保護された後すぐに意識を取り戻した。

余程怖かったのだろうか、目が覚めるとケイゴに飛び付いてわんわん泣いた。

彼女が落ち着いたところで簡単な事情聴取を受けた(誘拐犯のこともあるが、地下墓所侵入についての言及をされた)のち、ケイゴたちは解放された。

今、4人はジーンの家にいる。

ジーン「ほらよ、今度から目を離すんじゃねーぞ」

ロリィ「ありがとう、お姉ちゃん。よかったね、ブーフーウー」

ブー、フー、ウーが無事で嬉しかったのだろうか、ロリィは3匹を強く抱きしめた。

彼女の呼び掛けに応えるように、3匹はミャーと鳴いた。

ロリィも猫も無事だったのだから、これで一件落着といったところだろう。

ロリィ「あ、お兄ちゃん、待って!」

何も言わずに去ろうとするケイゴを、ロリィが引き留めた。

ケイゴは何も言わず、背を向けたまま立ち止まる。

ケイゴ「礼なら、レズリーに言え。あいつがお前があの男と一緒にいるところを見かけたからな。俺はただ犯人を殴っただけだ」

それだけを言うと、ケイゴはその場から去った。

その後ろ姿を、ロリィはずっと見続ける。

ロリィ(お兄ちゃんは、やっぱり、ロリィの王子様だよ)

ロリィは、黒髪の青年の後ろ姿を見ながら、そう思うのだった。


後書き

 

しまった!

無意識で書いていたら、紋章術が出てきてしまった!

まぁいいさ……ドルファンを後にしてで、スタオBSのキャラ総出演させてやるぅ!

(ちなみに、ケイゴたちの住む惑星の名は、オルカディウムって、んなことしていいんだろうか?)

今回、私の大好きなソフィア嬢は出てきませんでした。(T_T)

なぜかって、それは、極秘事項なので言えましぇん。

……と言いたいトコですが、二年目にバレンタインの話をギャグタッチで書くために、ケイゴに惚れさす娘を何人か決めてるんですよ。

今言えるのはこれだけ。

 

あ、そうそう。

インターミッションとか十一章で、D26年度は終わりとか言ってましたけど、実は26年の間違いです。

そこんとこ、ご容赦下さい。


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