第四章「資格を問う少女」


 秋の少し冷たい風が頬をなでる。

 ここはファンネル地区にあるセリナリバー駅。

 駅名のとおり目の前にはセリナ運河がある。

 そこからすぐの遊歩道、景色はなかなかのもので人気スポットにも上げられている。

 ドルファン国に雇われている東洋人傭兵の叢雲は欄干に身を預け河の風景を眺めていた。

「のどかね…こんな時間が自分にもすごせるなんて…」

 叢雲の隣にいる少女が独り言のように呟く。

「ま、来て損はなかっただろ?人との交流は新しい発見につながることがあるってことさ」

 叢雲はそう話しかけた。

「ええ、そのようね…」

 少女は運河を見たままこたえる。

 歳は16歳。

 服装に飾り気はないが本人に非常に合っている。

 つややかな黒髪を三つ編みで束ね赤いリボンで止めている。

 頭には赤い帽子をかぶっている。

 そして一際目をひくのが両手にはめた赤い皮手袋であった。

 赤色が趣味のようにもみえるが、それだけではない何か主義であるかのようにも感じられる。

 彼女の名はライズ・ハイマー。

 ドルファン学園高等部に在籍する少女。

 最近スィーズランドからやって来た留学生である。

 傭兵と学生、奇妙な組み合わせではあるが叢雲には意外と学生の知り合いが数人いる。

 奇妙なのは叢雲とライズの出会いであった。

 

 

 叢雲は朝早く、一人道を歩いていた。

 夏休みが終わりまた訓練所通いの日々が始まったのだ。

 訓練所とは剣術、馬術は勿論、礼儀作法などの一般教養を習得する場所なのだ。

 叢雲は東洋人という生まれの違いから来る知識の差、それを埋めるために真面目に通っていた。「

「今日は…ずっと晴れだな」

 叢雲は空を見上げて天気を読む。

 

 どん!

 

 衝撃を受け後ろへよろめく。

 何事かと見れば目の前には尻餅をついた少女がいた。

「すまない」

 そういって叢雲は少女に手を差し伸べた。

 しかし少女は差し伸べられた手にはつかまらずに起き上がった。

 着衣の汚れを払い、落とした本も拾う。

「ごめんなさい、つい周囲に気を取られて…」

 立ち上がった少女と叢雲の視線が合う。

(ドルファン学園の子か…)

 叢雲は少女の服装を見て判断した。

 しかし少女は腰の刀を見ると表情が鋭くなった。

「ちょっと聞いていいかしら?あなた…傭兵?」

 まっすぐに見据えて言う。

 別に隠す必要のない叢雲は即答した。

「ああ、そうだが…」

「そう、そうゆうことなのね…」

 一人納得げにうなずく。

 少女に似つかわしくない何かを含んだ目。

 ほんの少しの間を置いて叢雲にいう。

「私の名はライズ・ハイマー、よければあなたの名前も教えてくれないかしら?」

「ああ、俺は叢雲蒼夜。叢雲が姓、蒼夜が名だ」

 叢雲は言われるままに名乗った。

 断りきれない空気を感じたからだ。もっとも断る気はなかったのだが。

「そう…縁があったらまたあいましょ…」

 それだけを言い残しライズは去っていった。

「今日はいい日だ…」

 労せずして知り合いになれた叢雲は一人ごちた。

 多少なりともひっかかるところはあったのだが。

 しかし独り言ではすまなかった。

「キミも朝から元気だねー」

 いつのまにかピコが叢雲のそばに飛んでいた。

 叢雲だけに見える妖精の姿をした少女。

「おまえ、いつの間に?」

「はぁ〜、その世界では悪魔とまで言われているキミがねぇ……

 本っ当!キミって二重人格だよね〜」

 ピコが大げさにヤレヤレというようなポーズをとる。

「当たり前だろう、人を斬る気持ちで女性と話せるか?」

「う……」

「もしくは女口説く気持ちで戦えるのか?」

「まぁ、そうだよね…」

 叢雲に言い負かされるピコ。

 今日は叢雲に分があったようである。

「というわけで俺は正しい。じゃ、俺はもう行くぞ遅刻するからな」

「あっ、今日は帰り早いの?」

 歩き始めた叢雲の背に問い掛ける。

「いや、教会寄るから少し遅くなる」

 そういって叢雲は行ってしまった。

「はぁ〜、その日にチェックか…」

 後に残るのはピコのため息だけであった。

 

 

 叢雲は回想を終えて隣にいる少女を見つめた。

 引っかかるのは、どうして学生である彼女が、世間ではあまり近づきたくないといわれている傭兵に近づいてきたのか。

 しかし聞いても本当の答えは返ってこないだろう。

 今までの付き合いでライズという人物を少しばかりかは理解しているつもりであった。

 物事すべてに淡白で常に冷静な判断と言動をする。

 感情の起伏が少なく意識的に抑えているようにもみえる。

 しかしその分、時折見せるかすかな笑顔や物憂げな表情がなんともいえず印象的で叢雲はひきつけられるのだ。

 ライズもこうして誘いにのっているのだから叢雲のことを憎からず、と思っているのであろう。

「今度はレッドゲートにでも行ってみるか?」

 一通り見終わったので次の場所へといくことにした。

「そうね…じゃ、行きましょう」

 並んで歩こうとした時、叢雲はこちらに明確な敵意を持ってやってくる者に気づいた。

「よう…東洋人」

 素肌にチョッキ、破れたジーンズ、腰に剣。さらには剃髪にサングラスといった、

 どうひいき目に見ても善良な市民に見えない男が声をかけてきた。

「女なんか引き連れてなかなか羽振り良さそうだな」

  

スラリ

 

 男はいきなり剣を抜いた。

「さて…弟の借りを返す必要もあるし、ここは一つ…死んで貰おうか」

「誰だ、おまえは?」

 一方的に話す男に対し叢雲はややあきれ気味にたずねた。

「俺はサム、波止場での事忘れたとは言わさんぞ!」

「…ああ、ソフィアに手を出していたあの時のチンピラか?」

 以前叢雲はこの国に着いたばかりの時に、波止場でチンピラ三人組にからまれている少女を助けたことがある。

 からまれていた少女はソフィアと言い、その出来事がきっかけとなり今では叢雲と仲のいい友人なっている。

「誰がチンピラだ!体の弱い弟をよくも殴りやがって!」

「体が弱いなら女の子にちょっかい出すなよ…」

「ふん、まぁいい。お前には死んでもらうだけだ。」

 激昂したかに見えたサムは意外に落ち着いて斬りかかってきた。

 叢雲は一歩引き上段からの斬撃をかわす。

 意外に人を斬ったことがあるのかも知れない太刀筋だ。

 しかし、人を殺したことは無い様に見える。

 どちらにしろ叢雲にとっては素人には変わりない。

 居合斬りで剣を折ってさっさと終わらすかと思った叢雲だが首筋にぴりりとくるものを感じた。

 眼の端で捕らえてみるとそれはライズの視線であった。

 叢雲の一挙手一投足に注意を払ってみている。

 その異常ともいえる視線が殺気じみて叢雲の気に触れたのだ。

(彼女に手の内は見せられん)

 確固たる証はないが本能がそう告げていた。

 刀を抜くと同時に薙いで牽制する。

 ますます視線が強くなった。

 その間にもサムは剣を振り回す。

 踏込みや間合いが甘く、ことごとく叢雲にかわされているが。

 叢雲は手を出してはいなかった。

 サムよりもライズのほうが気になっていたからだ、無論そのそぶりは気づかれないようにしている。

 あの視線を放つライズがどれほどの者か、何か試すきっかけはないかとかわし続けた。

「てめぇ、ちょこまかと逃げやがって!」

 一向にあたらぬ攻撃にごうを煮やしたサムが叫んだ。

 肩で息をしているサムがいったん離れる。

「死んでもらうぜ!!」

 叫ぶが早いか右手と右足をあげて止まったと思いきや振り下ろす。

 三メートルは離れていて剣では届くはずがないのに振った。

 しかし剣閃の後に揺らめきながら、叢雲にむかってくる何かが見えた。

「かまいたちもどきか!」

 かまいたち。超高速の剣閃が生み出す真空の刃。離れた敵を攻撃するための必殺技。

 しかしサムのは強引にはなった不完全な技。

 本物ほどの威力はないし、なによりも遅かった。

 それでも必殺技を放つことができるのは誉めてもよいだろう。

(ここだな)

 叢雲は不敵に笑い、構える。

 真空の刃が迫る瞬間、足を滑らせ不恰好に刃と刀をぶつける。

 刃は消滅し叢雲の刀は円を描いて弾き飛ばされた。

「ふん、勝負あったな東洋人」

 サムは勝利を確信した。

 相手は武器を弾かれ丸腰になっているのだから。

「ビリーも、こんなヤツに負けるとは大した事ないな…」

 叢雲に一瞥をくれ視線を変える。

「さて、そっちのお嬢ちゃんのお相手もしてあげないとなぁ?」

 サムが好色な笑みを浮かべる。

 ちょうど波止場でソフィアに絡んでいたような顔だ。

「!!」

 攻撃の対象が自分に変わったことで警戒をするライズ。

「安心しな…可愛がってやるよ」

 そんなライズを見てサムはからかう。

 相手は非力な少女一人とふんで不用意に近づいた。

「へっへっへ、怖いか?」

 動かないライズに向かい切っ先を向ける。

 その瞬間ライズの体が動いた。流れるような無駄のない動きで。

「うおっ!?」

 腕をひねりあげられたサムは体勢を崩し地に倒された。

「うわわっ!」

 サムが、何が起きたか理解しようとするまえに、咽元には切っ先が突きつけられていた。

 ライズがサムから奪った剣を突きつけ動きを封じていた。

(予想以上だな)

 一部始終を見ていた叢雲は感心していた。

 ひねりあげ、倒すと同時に剣を奪う。

 攻防一体、一気に立場が逆転した。

 熟練と度胸がなければ刃の前に飛び込むことはできない。

 素人であればなおさらだ。

 ライズはサムを冷たく見下ろしている。

「剣を抜いた瞬間から生より死が身近になるものなのよ…」

 眉一つ動かさずに言い放つ。

「た、助けてくれ…」

 サムはただそれだけの言葉しかしゃべれない。

 青い顔をして震えているばかりである。

「死を覚悟できない人間に剣を抜く資格はないわ」

 蔑むようにしゃべると剣をサムに向かってほおり投げた。

「消えなさい…」

 ライズはサムの存在を無視するかのように背を向けた。

「ヒ、ヒィーっ」

 男にしてはひときわ甲高い叫び声を上げサムは疾駆した。

 

 じゃぼん
 

 辺りに大きな水音が響いた。

 なぜかサムは運河に飛び込んで姿を消した。

 それほどの恐怖であったのだろう。

 

 

「大丈夫?」

 ライズが叢雲に近づき尋ねた。

 叢雲は弾かれた刀を納めながらいった。

「ありがとう、強いんだね」

 叢雲は満面の笑みで答えた。それは曇り気のない純粋な笑顔でもある。

「え、え…と…小さい頃父に剣を手ほどきしてもらったから…」

「そうなんだ」

「その…今のは偶然…」

 叢雲の笑顔に当てられたのか、うかつに腕を見せた自分のせいかライズは珍しく動揺していた。

「………」

「強い女の子って好きだなぁ」

 その言葉でライズは赤面した。

「ご、ごめんなさい私…急用を思い出したから…」

 そう言い残すとライズは逃げるように走り去った。

 結局ライズは叢雲の芝居に乗せられたことに気づかぬままであった。

 そのライズの走り去るうしろ姿を見つめ叢雲はつぶやいた。

「ポイント高い…」

「ふん!のんきだなぁ」

 不意に声と水の音が聞こえた。

 サムが濡れネズミになりながらも運河から這い上がってきた。

「あの女はもういない、覚悟しな東洋人!」

 サムは鼻息荒く斬り込んできた。

「あのまま泳いでいたらいいものを…」

 対して叢雲は刀を抜かなかった。

「死ねぇー!!」

 渾身の一撃を振り下ろす。

 しかし叢雲に届くことはなかった。

 叢雲は両手でサムの剣の腹を挟んで止めていたのだ。

 無刀術奥義、真剣白刃取り。

「ば、馬鹿な!?」

 サムはうろたえあがくが剣はぴくりとも動かない。

「は、はなせぇええ!」

「ライズが、さっきの子が言ってたろ?」

 冷たい声、そして破砕音、サムの剣が中ほどから折られる。

「は、はわ…わ……」

「貴様は…死の覚悟ができているのか?」

 サムが叢雲の目を見た。

 視線に焼かれる、それほどの威圧感だった。

 悪魔の爪に心臓をつかまれているような衝撃、恐怖。

 顔色は青から土気色にまで変化する。

 喋ること、息をすることすらもできずに凍りつく。

 もうサムにはどうすることもできない。

 叢雲は折った剣をサムの足元に捨てかまうことなく歩き出した。

 その後ろではサムがひざから崩れ落ち、起き上がることはなかった。

 

 

「さすがすごい迫力だったね、でも少しやりすぎじゃないの?あれ」

 やって来るなり叢雲の頭の上に乗ったピコがいう。

「何だまた見てたのか」

「相棒特権だよ」

「わけのわからんことを…まぁ、斬らなかったんだ上出来だろ?」

「うん、そうだね……。ね、あのライズって子さ」

「ああ……」

 叢雲は考え込むしぐさをする。

「…垣間見せる表情がいいな」

「キミって本当二重人格…」

 ピコは叢雲によって引き起こされる、今日何度目かのため息をついた。


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