伍「じゃじゃうま」


 気温は高いが湿度が高くないために、内海に面した欧州の都市は、夏を心地よく楽しむことができる。

 鼻歌を歌いながら、あちこちにきょろきょろと目線を走らせて歩いている少女も、その幸運な気候を楽しんでいる一人だった。

「なかなかなものよね。抜け出してきた甲斐があったというものだわ」

 機嫌良くつぶやいて、さらに歩みを進めていると、彼女の目の前にある店舗が現れた。

 建物の中でなく、外にカウンターのある店舗の前には、今も数人の若い男女が商品を買いそれを持って歩いていく。

「まぁ!?これがプリムの言っていたやつね」

 そうしてそれを見ていると、彼女は急にのどの渇きを覚えた。

 いくら湿度が低いといっても、夏は夏である。それに彼女は決して布地の少ない服を着ているわけではない。意識してしまった暑さは、彼女の目の前にある物に対する欲求を急激に高めてしまった。

「でも…、お金もってないのよねぇ……」

 自分が金銭を持っていないことに気付く。彼女は、今までその手のモノを持った経験がなかった。それで、抜け出してくる際にも持ってくることに気が回らなかったのだ。

「どうしようかしら…」

 あきらめきれず、なにか手段はないものかと辺りを見回してみる。

 すると、興味深いものが目に入る。話や本で知識として知ってはいたが、彼女の周りにはいない人種の男が歩いていた。

「んふっ!いいこと考えちゃった!」

 民草でない者としての、彼女の非常識が顔を出し始めたのだった。

 

 王城からの帰り道、食料品を買って帰ろうと、モリヤスはショッピング街に立ち寄っていた。

 休日であるためか、人通りはいつもに比べて遙かに多い。

 そのショッピング街のメインストリートを、人を避けて歩きながら、先ほどの王城での出来事について考えていた。

 

「ひとまず、傭兵隊は2隊編成で行くことになる」

 美髭と称してよいであろう口ひげを持った男、近衛兵団王女付き武官長と傭兵隊教育及び編成業務担当官を兼任している近衛兵準男爵中佐ミラカリオ=メッセニは言った。

 中年の域に達しているが、引き締まった体と鋭い目つきは、まだ彼が一級の勇士であることを示している。

「結局、傭兵の徴募は無制限で行われることになったのですね?」

 彼の前のいすに腰掛けている東洋人。モリヤス=トザワが尋ねた。

「そうだ。イリハの影響は大きい。王室会議に列を連ねる方々にしても、これほどまでに騎士団の能力が低いとは思っていなかったようだ。ヴァルファとの戦が続く間は、国庫の許す限り増兵は続くことになるだろう」

「かといって、傭兵の無制限入国を許せば――」

「ああ、治安は急激に悪化するな。頭の痛いことだ……」

 彼らは今、ドルファン王城内にあるメッセニの執務室で話をしていた。

 イリハ会戦の後、帰還した傭兵隊の再編成と亡きヤング=マジョラムの言葉が手伝って、メッセニとモリヤスは接する機会が増えた。

 モリヤスとしては、本格的にこの戦争に参加することを決めていたし、メッセニにしてもヤングから話を聞いていたのだろう、個人の趣向は別にしてモリヤスの重要性を認めているようだった。

 そして今は、増員がなるだろう傭兵隊の編成について話し合っていた。

「第1傭兵隊は貴様に任せる。一次募集の傭兵がほとんどだし、2時募集の分についても極力傭兵団出身の人間を回すつもりでいるから問題はないだろう。最終的には増強中隊ぐらいの規模にはなるはずだ。貴様の待遇も大尉相当官に変更になる」

「わかりました、第1傭兵隊については任せていただきます。しかし、第2傭兵隊はどうするのです?傭兵団出身をこちらにばかり集めてしまうと…」

「大して期待はできないが、適当な人間を二次募集内からさがして、割り当てるしかないな。ひとまずの練兵は行うが、なににしても戦力として形になってもらわないことには話しにならん。素行についてはその後考えればいい」

「ここでも、イリハでの負け戦の影響が大きいですね」

「ああ…」

 

 彼らの言っていることはこういうことだった。

 第一次傭兵募集は、スィーズランドを介して行われたものだった。そしてスィーズランドは、質のよい各傭兵団(組織運営されている傭兵達。基本的に職業軍人の側面が強く、一般的なゴロツキの集団とは違った)に話を優先的に持ちかけた。それによって、集まった傭兵は組織戦に優れた傭兵団出身の傭兵が多くを占めることとなった。

 これに対して第二次募集は、スィーズランドだけでなく、ドルファンも独自に傭兵の募集を行っていた。イリハ会戦における敗戦の詳細が噂として広まり、結果ドルファンに雇われようとする傭兵が減っているためだった。とてものことではないが、スィーズランド経由でやってくる傭兵だけでは数をまかないきれない。よって、食い詰め者など素行の最悪な(どこの傭兵団にもいれない)傭兵をも雇わざるをえなくなってしまったのだ。

 食い詰め者の多くを王都に迎え入れる。おおよそろくでもないことになるであろうことが容易に想像できた。

 

「しかたがあるまい。我々が決定権を持っているわけではないのだ。下知される命令に従うほかあるまい…」

 まるで溜息をつくかのように、メッセニは言った。

 それを見て、モリヤスは、

「そうですね。あるものでやるしかありません」

 と言葉少なに語った。

 

 なにもかもが、戦には不向きになっているのだな。

 ドルファンの現状について、モリヤスは思った。

 良いのか悪いのかは判らないが……。

 そして、城を出る際のことについて思い出した。

 そういえば、最後はなにかあったのであろうが、どうしたのだろうか?ひどく慌てていたようだったが。

 そんな風に考えていると、突然目の前に人が現れてモリヤスに語りかけてきた。

「ねぇねぇ。そこの東洋人のおにーさん」

 急に呼びかけられ面食らったモリヤスは、その人物をしげしげと見つめた。

 

 美しい少女だった。

 長い髪を様々な飾り布でまとめ、背中に流していた。

 着ている服も夏の衣装にしては布地が多く、なにより普通に仕立ててはあるが、絹製のように見えた。

 そして、その表情にモリヤスは引きつけられた。

 ちょっと悪戯っぽく、しかし何ともいえない愛嬌と天真爛漫な明るさを惜しげもなく振る舞っているその少女は、モリヤスにはまぶしく映った。

「なにかご用ですか?」

 作ったわけではない笑みが、自然と顔に出た状態でモリヤスは尋ねた。

 それをみて少女は、さらに朗らかな表情をする。

「ええ。ちょっと、お頼みしたいことがあるのですけど。聞いてくださる?」

「なんでしょう?」

 そうすると少女は、モリヤスの手を引っ張って店の前まで連れてきた。

 そしてモリヤスに告げる。

 

「このアイスクリーム買ってくださる?」

 

 不思議な少女との出会いだった。

 余談だが、モリヤスはこの後、彼女に一日中つきあわされることとなる。 

 

 夏のよく晴れた、ある休日での出来事であった。


<あとがき>

 

 読んでくださった皆様。ありがとうございます。

 サキモリです。

 「こころのちから」第五話お届けしました。いかがでしたでしょうか?

 今回は、比較的短い内容となっています。

 時代設定から考えると、アイスクリームはおかしいのですけど、外せませんでした。好きなんですよねこのシーン、何となく……。どうか、目をつぶってやってください。

 さて、メッセニ中佐ならびにお転婆娘の登場です。

 今後も頻繁に登場してもらうつもりでいます。メッセニ中佐はゲーム中あまりに哀れなんで、幾分か手を加えることになります。ご了承ください。

 

 それでは、第六話までの間、失礼いたします。


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