マルタ旅行記
2025年10月

ヴァレッタ

 アッパー・バラッカ・ガーデンを出発して、次の目的地は聖ヨハネ大聖堂。

ヴァレッタ 旧市街

 その道すがら、マルタの国旗が分かりやすく翻っているので1枚。国旗を撮るのが主目的です。
 マルタの国旗の隣りにEUの旗もあので、マルタかEUの機関の建物かと帰国後調べると、この建物は、Ministry for Foreign and European Affairs。翻訳すると“外務・欧州問題貿易省”らしいです。

ヴァレッタ 旧市街


ヴァレッタ 旧市街

 聖ヨハネ大聖堂へ行く間にも、雰囲気の満ち満ちた路地がそこかしこにあります。アッパー・バラッカ・ガーデンへ行く前と異なるのは、カフェのテーブルが路地に置かれ、早くもお客さんの姿がちらほらあることでしょうか。

 ヴァレッタ旧市街全図の地図もシティーゲートにあるだけかと思ったら、聖ヨハネ大聖堂付近にもありました→。

ヴァレッタ 旧市街


ヴァレッタ 聖ヨハネ大聖堂

 9時15分、聖ヨハネ大聖堂に到着。

 聖ヨハネ大聖堂、大きすぎて全体がフレームに収まりません。ゆっくり構図を考えている時間もなく、これが限界。こちらの正門からは入れないので、すぐに入るために入場用の門へ向かいます。
 正門に向かって左手に回り込んだリパブリック通りに入口があります。入口を見たガイドさんは、「ラッキーです。ほとんど並んでいません」。
 セキュリティチェックで、バッグを開けて中をチェック。お水はスルーでしたが、ツアーメンバーさんのお一方が持っていたお茶は没収されていました。

ヴァレッタ 聖ヨハネ大聖堂


ヴァレッタ 聖ヨハネ大聖堂

 聖ヨハネ大聖堂、外観はいたってシンプルでしたが、セキリュティを抜けて内部に入った途端、目を見張りました。

 聖ヨハネ大聖堂は、ラ・カシエル団長の命により、1572年から1577年に建設された騎士団の守護聖人聖ヨハネに捧げられた教会です。
 荘厳なのに金キラキン、金キラキンなのに荘厳な雰囲気が漂い、無我夢中で写真撮りまくり。撮っていて、ふとポルトガルの教会で見た金ピカさを思い出しました。

 マティア・プレッティによる天井画は、石の表面に直接油絵の具で、騎士団長、十字架、聖ヨハネの生涯が描かれています。1枚1枚じっくり見ていると首が痛くなりそう…。

ヴァレッタ 聖ヨハネ大聖堂


ヴァレッタ 聖ヨハネ大聖堂


ヴァレッタ 聖ヨハネ大聖堂


ヴァレッタ 聖ヨハネ大聖堂

 ゾンダダリ騎士団長の像はイタリアの礼拝堂に収める予定でしたが、大きすぎて入らなかったため、現在の場所に飾られているそうです。
ヴァレッタ 聖ヨハネ大聖堂
ゾンダダリ騎士団長の像

 素朴な疑問。そもそも像を作る前に採寸とかしないで作ったのでしょうか?

ヴァレッタ 聖ヨハネ大聖堂

 床一面に400近くの騎士団員たちの墓標が敷き詰められています。墓標の上を歩くのが、感覚的に躊躇われてしまう私たち。

 当時の貴族・領主の長男は後継者、次男・三男が聖職者や騎士団員になったそうで、そういった裕福な貴族階級からの多額の寄付が、聖ヨハネ大聖堂に寄せられたそうです。
 主祭壇のまわりの身廊に騎士団員の言語別に8つの礼拝堂が並んでいます。

 ドイツの礼拝堂。鷲の紋章がドイツだそうです。金の彫刻がすごいです。祭壇画は「東方三博士の礼拝」。

ヴァレッタ
聖ヨハネ大聖堂 ドイツの礼拝堂


ヴァレッタ
聖ヨハネ大聖堂 イタリアの礼拝堂

 イタリアの礼拝堂は聖カタリナに捧げられた礼拝堂。祭壇画はマティア・プレッティ作の「聖カタリナの神との結婚」。

 この礼拝堂は、改修工事が行われるのか、床に重機が置かれていました。
 カスティーリャ、レオン、ポルトガルの礼拝堂は聖ヤコブに捧げられた礼拝堂。祭壇画はマティア・プレッティの「聖ヤコブの肖像」。

 この礼拝堂には、マノエル騎士団長のモニュメントがあります。

ヴァレッタ 聖ヨハネ大聖堂
カスティーリャ、レオン、ポルトガルの礼拝堂


ヴァレッタ
聖ヨハネ大聖堂 アラゴンの礼拝堂

 アラゴンの礼拝堂は聖ゲオルギオスに捧げられた礼拝堂。祭壇画はマティア・プレッティ作の「聖ゲオルギウス」で、両サイドの半円形の部分の「聖ローレンスの生涯」もマティア・プレッティの作品です。

 この礼拝堂には4人の騎士団長が眠っています。
 オーベルニュの礼拝堂は聖セバスチャンに捧げられた礼拝堂。

 このネジネジの柱がポルトガルの教会を思い出させます。オーベルニュはフランスで、ポルトガルではありませんが…。

ヴァレッタ
聖ヨハネ大聖堂 オーベルニュの礼拝堂


ヴァレッタ
聖ヨハネ大聖堂 フランスの礼拝堂

 フランスの礼拝堂は、中央祭壇を挟んで撮影。祭壇画はマティア・プレッティ作の「聖パウロの改宗」。聖パウロが落馬したときにイエスが改宗させているそうです。そんな落馬したときにって、なぜそのタイミング?

 プロヴァンスの礼拝堂とイングランドの礼拝堂を見学していませんでした。旅行記を綴りながら初めて気づいた事実にショック。見学しているときは、全く気づきませんでした。
 聖母フィレルモの礼拝堂。聖母フィレルモの礼拝堂の隣室よりのぞきこんで撮影。扉と主祭壇の間の椅子のある場所が聖母フィレルモの礼拝堂だと思われます。

 扉は本来は黄金だそうですが、ナポレオンに持ち去られるのを避けるために黒く縫って黄金であることを隠したということです。

ヴァレッタ 聖ヨハネ大聖堂
聖母フィレルモの礼拝堂


ヴァレッタ
聖ヨハネ大聖堂 主祭壇

 主祭壇の彫刻は、18世紀の彫刻家ジョセッペ・マッツォーリ作の大理石の「キリストの洗礼」。

 これで、大聖堂内の見学終了。

ヴァレッタ
聖ヨハネ大聖堂 主祭壇

 どこを向いても溢れるように目に入る素晴らしい彫刻、天井画、祭壇画の数々に圧倒されっぱなし。ちょっとした美術館な様相を呈している感じもします。

 ↓大聖堂内では修復作業も鋭意行われています↓。

ヴァレッタ 聖ヨハネ大聖堂

 床の大理石の修復をしている職人さんはイタリアから招いていて、大理石の修復を出来る職人さんは、世界でももう5本の指にも満たないそうです。
ヴァレッタ 聖ヨハネ大聖堂

 情報量パンパン。そんな私たちをよそに、どんどん先へ進むガイドさん。次は、現在は付属美術館(小礼拝堂)に展示しているガラヴァッジョの「洗礼者聖ヨハネの斬首」の見学です。
 9時49分、付属美術館内、「洗礼者聖ヨハネの斬首」が展示されている展示室に入ります。

 「洗礼者聖ヨハネの斬首」。“いつかこの作品を見たい”の“いつか”を実現する時間がきました。

ヴァレッタ 聖ヨハネ大聖堂
カラヴァッジョ作「洗礼者聖ヨハネの斬首」


ヴァレッタ 聖ヨハネ大聖堂
カラヴァッジョ作「洗礼者聖ヨハネの斬首」

 ローマで殺人を犯してマルタに逃げて来たカラヴァッジョは、逃亡先のマルタでこの「洗礼者聖ヨハネの斬首」を聖ヨハネ大聖堂に奉納した1608年に、正式に騎士団へ受け入れられました。

 波乱の人生を生きたカラヴァッジョの生涯最大の作品は、今も聖ヨハネ大聖堂で訪れる人々を静かに待っています。
 ずいぶん照明を落とした大きな部屋の正面にその作品はあります。

 脇目も振らずに作品に近寄る私。ついにきました。ガラヴァッジョ最大の作品、そう聞いていたのにも関わらず、その大きさに驚きました。考えていたよりも大きいです。

ヴァレッタ 聖ヨハネ大聖堂
カラヴァッジョ作「洗礼者聖ヨハネの斬首」

 この「洗礼者聖ヨハネの斬首」には、カラヴァッジョの唯一のサインが入っています。聖ヨハネの首から流れる血のすぐ下です。今まで話に聞いていたことを、自分の目で見て確かめて納得して幸せ♪

ヴァレッタ 聖ヨハネ大聖堂
カラヴァッジョ作「執筆する聖ヒエロニムス」

 「洗礼者聖ヨハネの斬首」とは別室にもう一つのカラヴァッジョの作品「執筆する聖ヒエロニムス」があります。ダイナミックな「洗礼者聖ヨハネの斬首」とは反対の静けさを感じる作品。

 「洗礼者聖ヨハネの斬首」と「執筆する聖ヒエロニムス」の2作品を鑑賞し、私的マルタ旅行の主目的を達成。舞い上がるだけ舞い上がっていた時間でした。
 10時に聖ヨハネ大聖堂を出て、次の見学場所である国立考古学博物館には、10時07分に到着。

 国立考古学博物館の建物は、聖ヨハネ騎士団のプロヴァンスの騎士団員の宿舎であるオーベルジュ・ドゥ・プロヴァンスです。

 10時10分から10時40分、国立考古学博物館の見学

ヴァレッタ 国立考古学博物館


ヴァレッタ 国立考古学博物館

 国立考古学博物館見学後、トイレ&ミュージアムショップでお買い物タイム。

 ここでマルタ十字の紋章の入った騎士団のユニフォームを着用しているクマのぬいぐるみ15EUR(約2,700円)をゲット。命名ヴァレット団長は、現在、自宅のリビングで先住のぬいぐるみ(ネコ多し)たちを指揮しています。