真夜中の王国

1998.07.08(水) 衛星第2 24:00〜25:15

『Cloudy Sky』 (プロモビデオ(一部))

 シングル・アルバムなどの定期的なリリースについて司会の布川さんからまず話をふられ、最近はテレビ局で番組に出るよりもスタジオで曲を作るのが多かったのでこの出演もあがっているそうです。

 前回の『GARDEN』がギターサウンドメインでバンドっぽかったけれども今回もギターサウンドメインでバンドっぽい曲だとアルバムについて説明していました。

 ギターは練習中(ず〜っと前から練習中のような気がするけど)。それでもバンドっぽい曲をやりたかったそうで。先々は「夢みたいな話だけどバンドやりたい」そうです。
 バンドをするときは「メインボーカル」かと布川さんに突っ込まれていましたが、今までソロでやってきてプレッシャーがかかるので別にメインボーカルでなくとも、メンバーと(一緒に)「わ〜っとやりたい」らしいです。(しかしギターは練習中。それではやはりタンバリンの演奏かな。(笑))
 布川さんにグループのやり方は「良く知ってるからね」と言われてました。

『降水確率30%』 (プロモビデオ(一部))

 脱退後、歌手活動を選んだ事を尋ねられ、それについては、前々から詞を書いていたりしていて、またメンバーがソロでCDを出したりしていて、ソロのCDを出したいと思っていたのと、ドラマとか芝居とかより音楽をやりたいと思っていたそうです。
 (HG時代)アルバムのソロ曲を作のがクセになって今に至っているとも言っていました。
 HGの曲をライブでやると、そこだけ異様な盛り上がりで「変な感じ」だそうです。(^^;)

 脱退のことについては、HGはやはり7人できたもので「絶対7人じゃなきゃいけないというのがアタマにあって」大沢くんが抜けるのが決まってて「7人じゃなきゃ意味がないと思ったし」やりたいこともあったのが理由だったようです。(公の場で脱退の理由を本人自ら語ったのは初めてではないでしょうか。少なくとも私が本人が語るのを聞いたのは初めてです。)

 解散のステージでステージ上にスプレーで「名前を入れててくれたみたいで嬉しかった。」そうです。またメンバーについて「離れてみて、良いところが見えてきてよかった。」とも話していました。(そういうことってあるのでしょうね。)
 そしてメンバーについて「存在としてはなきゃいけない」と思っているようです。

 寛之の大切な想いの一端が現れたような気がします。
 司会が、かつての某J事務所の先輩に当たる布川敏和さん(女性司会者さんもいらっしゃいましたが、主に仕切っていたのは布川さんでした。)でしたので、同じような道を歩んだ者としての話の内容が多かったように感じられました。

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