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「あ、おっちゃ〜ん。とりあえず、軽ぅくメニューのこっからここまでを順番に持って来てね♪」 1階の食堂で、リナとカミルは向かい合って席についていた。 例によって例の如く、無茶な注文の仕方をするリナ。 一応後でガウリイたちと一緒に夕食を食べるために、いつもよりも注文は控えめだったのだが、それでも人を驚かせるには十分な量であり……案の定、注文を受けた宿屋の主人の笑顔は、ひくひくと引きつっていた。 だが、カミルはその満面の笑みを崩さない。なかなか大物である。 夕飯の時間には少し早いため食堂は空いていたが、栗色の髪の美少女と銀髪の美少年という取り合わせは、この小さな港町では実に人目を惹き、外を歩いている人までもが足を止めて中を覗き込むほどである。 その視線に気づいているのか、いないのか……。 いや。おそらく気づいてはいるが、注目を浴びているのは目の前の美少年であり、自分には関係がないと思っているというのが正しいのだろう。 元々普段から金髪碧眼の美形剣士の側にいるため、羨望や嫉妬の視線には慣れている。それ故、殺気を含まない限りはさして気にならないらしい。 リナはほくほく笑顔で、料理が運ばれて来るのを待っていた。 もちろんゼルガディスのことが気にならないわけではない。だが、その辺りの切り替えの潔さがリナの良い所だろう。 そんなリナを見て、カミルはくすりと小さく笑った。 「何よ?」 馬鹿にされたような気がして、リナはぷぅと頬を膨らませる。 「ああ、ごめん。ただ、可愛いなって思って」 「なっ!?」 ぼふんっ。 にっこりとろけるような極上の笑みで言われ、リナの顔は一瞬にして茹った。 その様子に、再びカミルは笑みを洩らす。 「へ〜。意外にウブなんだね」 「かっからかわないでくれるっ!?」 「からかってなんかないよ。だって本当のことだし」 うにゃあああああっ、照れるぅぅぅぅぅぅぅぅっ!! 真正面からはっきりきっぱりと言い切られ、照れのあまりリナはのた打ち回った。 美少女天才魔道士を名乗って早十数年。それにはいつも『自称』が頭につけられており、両親以外から『可愛い』なんて言われたことって、もしかしなくてもなかったかもしんなひ……。 そう考えて、ちょっぴし悲しくなるリナ。 だが、ようやく運ばれて来た料理がテーブル狭しと並べられる頃には、すっかり浮上していた。 「いっただっきまぁす♪」 そう宣言したと思うと、リナはわき目もふらず料理を口の中に放り込んで行く。 一見可憐な美少女が次々と料理の皿をカラにして行く様は、ある意味圧巻で。宿屋の外のギャラリーから感嘆の溜息が洩れていたりする。もっとも、その中には数人の青年たちの落胆の溜息も含まれていたが。 食べている間は何を言っても無駄だとわかっているのか、カミルは黙ってリナが食べ終わるのを待っていた。 やがて一段落し、リナが食後の香茶を飲み始めた頃に、ようやくカミルは口を開く。 「じゃあ君は、ガウリイとは3年も一緒に旅をしてるんだ?」 「まぁね」 カミルに促されつつ、リナは約束通り、ガウリイとの出会いから今までのことを思い出しつつ話して行く。もちろん、数々の高位魔族や魔王と戦った所は上手くはぐらかしながら。 とにかく、がむしゃらに前だけを見て走り続けて来た3年間だった。こんな風に今までを振り返る余裕すらなかったように思う。 だがこうやって思い返してみれば、本当に色んなことがあった。 楽しかったこと。悲しかったこと。辛かったこと。嬉しかったこと。 まだ思い出にするには痛すぎる出来事もあるけれど、その全てをガウリイと共に過ごし共に乗り越えて来た。 独りじゃない。それが、どれほど自分を支えてきたのだろう。 もちろん、癪だからガウリイには絶対に言ってはあげないけど。 リナの長い話が終わり、何時の間にか顔を伏せていたカミルは、そのまま重い息を吐いた。 「……月日って残酷だと思わない? あのガウリイをそんな腑抜けにしてしまうなんて。 それとも……やっぱり君が元凶なのかな。だったらなおさら許せないよね」 顔は伏せられているためにはっきりとは見えないが、カミルの表情が醜く歪んだような気がした。 「……カミル?」 カミルの雰囲気に違和感を覚えリナが声をかけると、カミルは笑みを湛えたその顔を挙げる。彼の雰囲気も元通り、穏やかなものだ。 ……気の、せい……? 「何?」 「あっえーと。うん、そ・そう! 5年前のガウリイってどんなヤツだった?」 リナの言葉に、カミルは不思議そうに小首を傾げた。 「どんなヤツって……。もしかして、ガウリイから何も聞かされてないの?」 相棒のくせに? 言外にそんな言葉が含まれているのを感じて、リナの胸はちくりと痛んだ。 確かに、自分は共に旅を始めるまでのガウリイのことは、何も知らない。聞こうともしなかった。そしてそれは、ガウリイにしても同じこと。 お互いに、お互いの過去について触れたことは1度もなかった。 興味がなかった、と言えば嘘になる。 いや。本当は、ずっと知りたかった。ずっと聞いてみたかった。 何処で生まれたのか。どんな環境でどのように育ち、何を考え何を求め、光の剣士の末裔がどうして流れの傭兵などやっていたのか。その胸の内に何を抱えているのか。知りたいことはそれこそ山のようにある。 それでも聞き出そうとしなかったのは、まだその時期ではないということを、きっと何処かでわかっていたからだろう。 いつかガウリイは話してくれる。そして、自分もガウリイに話そうと思う日が来る。その日を待つつもりだったのに。 今は、好奇心の方が勝っていた。 ……いや。本当は悔しいからなのかもしれない。自分の知らないガウリイを知っている者が、目の前にいるというこの状況が。 「君は見た所魔道士みたいだけど……『金色の死神』のことは聞いたことない?」 「確か、数年前に死んだって噂のあった傭兵の二つ名だったわよね。 なんでも凄腕の美形剣士で、たった1人で数百人もの敵陣営を皆殺しにしたとかなんとか聞いたことがあるわ。……噂なんてあてにならないけど、まぁ話半分としてもかなりの腕前ね。 彼の姿を見たものは必ず殺されたことから、『死をもたらす者(デス・ロード)』の名がついたって……」 そこまで言って、リナは言葉を切った。 ま、さか……? リナの問うような視線を受けて、カミルは静かに頷く。 「僕の知るガウリイは冷酷無比な、まさに死神と呼ばれるに相応しい男だったんだ。5年前、突如その姿を消してしまうまでは。 それまで、まるで死に場所を探すかのように、不利な戦況や危険を伴う仕事ばかりを好んで引き受けてたから、人知れず死んだんだろうって噂が流れたけど。まさかそれが、君みたいな女の子と『お人よしのおとぼけ剣士』という姿で旅をしてるなんて、誰も信じないだろうね。 だけど、僕にはわかるような気がするよ。ガウリイが君を側に置いている訳が。 たぶん君という存在を護ることが、ガウリイにとっての贖罪なんだと思う。 君は、何処かエリーに似ているから……」 言って、カミルは表情を曇らせた。 カミルの瞳はリナを映しながらも、何処か遠くを見つめている。リナのその向こうにいる、誰かの面影を追い求めるかのように。 その様子から、エリーという女性が今は亡き人なのだということが窺えた。 「……エリー……?」 リナは反射的に聞き返していた。 自分に似ているという女性。ちくんと再び何かが胸に突き刺さる。先程とは比べものにならぬほどの、痛みを伴って。 「エリノア=フェリスノート。ガウリイが殺した、ガウリイの恋人だよ」 「ガウリイが、殺した……?」 「そして、親友の僕すらも、ガウリイは何の躊躇いもなく切り捨てたんだ──」 言うカミルから今度ははっきりと感じる違和感。 ……違う。これは……瘴気!? 「リナっ!!!」 突然背後からかけられたガウリイの言葉。それに反応し、リナはその席から飛び退いた。 きぃいいいいいいいいいいいいいんっ!! 耳を劈く金属音。 「ガウリイってばひどいなぁ。いきなり切りつけるだなんてさ」 にっこり。 ガウリイの剣を何時の間に抜いたのか、自らの剣で受け止めたカミルは、余裕の笑みを浮かべながら言った。 |
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管理者から一言:
とうとうカミルとガウリイの直接対決!?勇壮な剣士ガウリイは、愛する人を守れるのか!!(30年前の次回予告風に)
エリーという女性に、なぜここまでカミルは思い入れが深いのか、それも気になるところっ!
なんとなく、今回のラストシーンで、カミルの剣の腕が気になってしまいました(笑)
どきどきしながら第4章を待とう!
(迷惑メール防止のため、@を大文字表記にしています。実際は小文字です)