元ネタ「てつがくのライオン」より
(詩の散歩道――工藤直子少年詩集)





てつがくのライオン


 セイバーは「てつがく」が気に入っている。
 士郎が、セイバーというのは騎士の王で哲学的な様子をしているものだと教えてくれたからだ。
 きょうセイバーは「てつがくてき」になろうと思った。哲学というのは坐りかたから工夫した方がよいと思われるので、膝を右にそろえて縁側に坐り、両手を重ねてそろえた。首をのばし、右斜め上をむいた。膝のむけ工合からして、その方がよい。膝が右で顔が左をむいたら、でれりとしてしまう。
 セイバーが顔をむけた先に、庭が続き、木が一本はえていた。セイバーは、その木の梢をみつめた。梢の葉は風に吹かれてゆれた。セイバーの前髪も、ときどきゆれた。
(だれか来てくれるといいですね。「なにしてるの?」と聞いたら「てつがくしてるんです」と答えるのです)
 セイバーは、横目で、だれか来るのを見はりながらじっとしていたが誰も来なかった。
 日が暮れた。セイバーは肩がこってお腹がすいた。
(てつがくは肩がこりますね。お腹がすくと、てつがくはだめです)
 きょうは「てつがく」はおわりにして、士郎のところへ行こうと思った。
「あ、シロウ。私はきょう、てつがくでしたよ」
「やあ、セイバー。それはよかったな。で、どんなだった?」
「はい。こんなでした」
 セイバーは、てつがくをやった時のようすをしてみせた。さっきと同じように首をのばして右斜め上をみると、そこには夕焼けの空があった。
「ああ、なんていいんだろう。セイバー、おまえの哲学は、とても美しくてとても立派だな」
「そうですか?…とても…何ですって?もういちど言ってくれませんか?」
「うん。とても美しくて、とても立派」
「そう、私のてつがくは、とても美しくてとても立派なのですか?ありがとうシロウ」
 セイバーは肩こりもお腹すきも忘れて、じっとてつがくになっていた。





夕陽のなかを走るライオン


(今度もやっぱりダメでしょうね)
 ――セイバーことアーサー王は、はるか向こうの少年のほうへ走りながら思った。
(なんでみんな逃げるんでしょう。私は、ただ、あいさつしたいだけなのに)
 ――草原は夕陽を浴びて金色。その中を走るセイバーも金色だった。
(そう。私はただ、話がしたいのです。この花の咲きぐあいきれいですね、とか、おいしいお酒の飲み方を教えてあげましょう、とか……そんな小さな話をいっぱい)
 ――セイバーは目を細めて、むこうの少年をみつめた。――ひとりぼっちで夕陽を見ている少年――
(だというのにみんな、私が近づくと、一目散に道をあけるか、頭を下げて『これは陛下!』と叫ぶ)
 ――セイバーは唇をかんだ。
(だから私は悲しい。悲しくて、くやしくて…彼らに威張ってしまう。…そう!威張ってしまうんです)
 ――少年の姿は近くになり、草原を風がサワサワと走った。
(ああ、何年こうしてひとりでいることか。話さず。笑わず…私は昼寝ばかりする王。夢の中でなら、彼らは私に仲良く話しかける。だから、私は昼寝の好きな王になってしまった)
 ――セイバーは、うなだれた。
(そして、起きているあいだは雲ばかり見ている王。雲の形を人間に見たてて、それに向かって独り言をいう王になってしまった。…こうやって…誰とも話ができず…誰からもこわがられて…だんだん年をとって…それからもっと年をとって…)
 ――セイバーは涙がでたので、困って顔を振った。前髪がパサパサゆれ、涙が散った。
(話あったりできず…笑いあうこともなく…年をとって…年をとって…くすん…もっと年をとって…くすんくすん…)
 ――セイバーは走るのをやめ、坐りこんでうつむいた。
 あとからあとから流れる涙を、袖口でふいているうちに、セイバーの袖口はクシャクシャになった。
(そう、きっとムダなんです。あの少年にあいさつしようとしても、きっとムダなんです。…あきらめて帰りましょう)
 ――セイバーが濡れそぼれた袖口をのばして立ちあがると…これはこれは!その少年が目のまえに立っている。
(あっ?さっきの少年!自分から寄ってくるなんて…こんなのははじめてです)
 ――セイバーは、どぎまぎして、あいさつした。
「こ、こんにちは」
「やあ、こんにちは、セイバー」
 少年は若く、赤銅色の髪もキレイだった。少年がいつまでも、じいっとのぞき込んでいるので、セイバーはますますどぎまぎしていった。
「えーと…あの…夕焼け、美しいですね」
「うん、とても美しい。ここから見るのが、いちばん美しいんだよ」
 セイバーは、少年が自分の倍も返事してくれたので前髪がふるえるほど嬉しくなり、駆けよろうとした。
(いえ待ってください。近寄ったとたんに『キャーッ』と逃げだすと悲しいから、もう少しようすをみましょう)
「あの……貴方は、夕焼けの話とか、好きなんですか?」
「好きだぞ。花の話なんかもな」
(それはすてきです)――セイバーは、胸がはりさけそうになったが、気を静めて、もういちど聞いた。
「あの、なんでひとりぼっちなんですか?」
「うん。何ていうか…好きなんだ。ひとりぼっちが。……それより、おまえこそ、なんでひとりぼっちなんだ」
 もうセイバーはこらえきれなかった。こんなにちゃんと返事してくれるなんて!そしてこんなにセイバーのことを聞いてくれるなんて!
 ――うわぁんと叫んで、そばに駆けより「きいてくださいシロウ!」といって話しはじめた。

「ふうん。寂しかったんだな、セイバー」
「ええ、寂しかった。…長かったんです。ひとりぼっちが、とても長かった」
「ふうん。長かったんだ…。寂しかったろうな」
 陽はすっかり沈み、東の空に月が昇りはじめていた。
「さ、もうショボクレちゃだめだぞ。袖口もキレイに乾かしてさ。――これから俺がついているよセイバー」
「え?なんですって?」
「俺がついてるって」
「だって…あ、あの、貴方には家族が、いや恋人が…そ、それに、ひとりぼっちが好きだって…あ、あの…」
「あのなセイバー」
 士郎は、優しい大きな目でセイバーを見ながらいった。
「俺も、おまえと同じさ。新しいメニューや、平和のスタイルについて何日でも話しあえる相手が欲しかった。でも、みんな忙しがって相手にしてくれないんだ」
 士郎は、ぽんとセイバーの肩を叩いた。
「な?だのにいま、おまえと別れたらどうするのさ。きっと、おまえみたいに寂しい目をした人間になるよ」
「じ、じゃあ私たち、これから友だちなんですね、シロウ」
「そうとも。ずっとずっと友だちだ」
「これからは、好きなだけ話ができるんですね」
「そうとも。好きなだけ、いっぱい話ができるんだ」
 セイバーと士郎は、いつのまにか肩をならべ、地平線から昇ったばかりの赤い月のほうへ向って歩きはじめた。
「ところでシロウ。貴方は私のそばへきたとき、威張られる、なんて思いませんでしたか?」
「だってさ、涙ぐんだセイバーが、威張りちらす、なんて思えないよ」
 セイバーと士郎は、いつまでも、アハハハと笑いつづけ、お月さまが、もっと良く見える方へ歩いていった。






 とある教育番組で、「てつがくのライオン」という詩?を朗読してまして。
 あー、これなんとなく、セイバーにやらせたら楽しいかもなー、と。
 図書館で借りてきたのですが、ジブンとしては偶然載ってた後編の変換の方がお気に入り(笑)
 内容はほぼ原本通りです。名前、口調、身体的特徴、段落、他2つ3つを合わせたぐらい。
 ちなみに原本では、セイバー=ライオン、士郎=前編はかたつむり、後編は縞馬です。
 そういえば、パチンコメーカーのHEIWAのCMで、「愛の賛歌」をバックに、ライオンと縞馬が抱き合うってのありましたねえ。




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