『おめでとう! セイバー!』
 満面の笑顔で、凛が駆け寄ってくる。
『…………え?』
 思わず聞き返した。凛の顔にはこぼれんばかりの心からの笑み。声にもあふれそうな喜びがたっぷりとこめられている。
 言葉と表情で、彼女が何かを祝福しているのはわかる。わかるが、彼女には心当たりがない。
『おめでとう、とは……凛、何の話ですか?』
『やあね。決まってるじゃない。
 おめでとう、セイバー。ぴったり三ヶ月よ』
『――――――――』
 今度こそ。
 凛の言ってることが、わからない。
 いや、全くわからないというわけでもない。おめでとう、という言葉と、月単位の言葉をくっつけた時、思い浮かぶ話がたったひとつだけある。
 しかし―――それを言われているのが自分、という事態が、全然まったくこれっぽっちも思い当たらない。
 おそるおそる、セイバーは事実を確認する。
『…………凛。もっとわかりやすく言ってください。何が三ヶ月で、何故おめでとうなのでしょう』
『もう、セイバーったらとぼけちゃって。
 貴女のお腹の子が三ヶ月って話よ。順調にいけば来年の夏ごろには生まれてくるわね』
『――――――――――――――――――――――――』
 あたまのなかがまっしろけ。
 お腹の子? たらの子はたらこ。ならば腹の子ははらこ。いやそうではなく。
 自分が女の身であることは元より承知である。王だった頃は性別による困難を厭ったこともある。子供を生むつもりなどないのに女であるなど邪魔なだけだ、と。
 この時代で暮らすようになり、自分が女であることはいやというほど自覚したつもりだったが……それでも、まさか子供を身籠もる事になるなどとは。
 呆然としている彼女の肩を、誰かがたたく。振り返ると虎柄の腕が置いてあった。
『おめでとうセイバーちゃん。教師としてはできちゃった婚なんて誉められたことじゃないけど、やっぱり子供が生まれるっておめでたいことよね』
『大河……』
 彼女の顔も笑顔。年長者として包み込むように祝う気持ちが伝わってくる。
 と、今度はおなかのあたりに何かがとびついてきた。
『セイバーおめでとー! ビックリしたわ、まさか貴女が妊娠するなんてね』
 いつも何か含みのある笑みを見せるイリヤが、ただめでたいと思っている表情でじゃれてくる。
『こらイリヤ、セイバーは今が大事な時なんだからおなかに衝撃与えちゃだめよ』
『むー、セイバーなら大丈夫よ。まだ動かないのかしら?』
 ぴっとりとおなかに耳をあててくるイリヤスフィール。
 皆が皆、心底から祝ってくれるのがわかった。
 なぜだろう。とんでもなく驚いているのに―――とても嬉しい。
 みんなの気持ちがゆっくり胸に染みこんでいく。
『あ………ありがとうございます…………』
 とにかくお礼を口にした。皆の祝福がこんなに嬉しいとは。
 賞賛ならば何度も受けた。神の祝福を受ける儀式もあった。しかし個人で祝福されるのがこんなに嬉しいものだと、今日この時まで知らなかった。
 まだ実感はまるでない。しかし本当にこのお腹に子供がいるのなら、生まれてくる子供はこんなあたたかい気持ちに包まれて育つのだろう。それはとても幸福なことだと思えた。
 凛が笑みを絶やさず、セイバーの後ろを指さす。
『ほらほら。わたしたちにお礼してくれるのはありがたいけど、パパになる人をほっておくもんじゃないわ。  さっきからセイバーが気付いてくれるのを待ってるわよ』
 パパになる人。
 このお腹の子の父親。
 セイバーは急いで振り向いた。きっと彼は喜んでくれるだろう。少し硬質な赤い髪を照れ隠しにかきながら、恥ずかしそうに笑ってくれるに違いない。いや、もしかして素直に笑顔を見せてくれるかも。
 士郎の喜ぶ顔を一瞬で想像しながら、そこにいる人物を視界が捉え、
『っっ!!?』
 しかし。
 彼女の視線の先に立っていたのは、衛宮士郎ではなかった。
 もっと背の高い青年だ。黒いライダースーツは仕立てのいい一級品。だが、それよりも先に目を引きつける、金髪に赤い眼という派手なカラーリング。
 最古の英雄王がそこには立っている。
『でかしたぞセイバー! さすが我の嫁だ!』







「なあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!???」
 大絶叫が轟き渡る。
 自分のあげた声なのだとわかるまで、一秒ほど時間を要した。
「どうしたセイバー!」
 間を置かず、隣で寝ていた人物が飛び起きた。
 明かりのない部屋の中でもわかる。短めな赤毛と意志の強い瞳は、まぎれもなく彼女が毎日見ている、真っ直ぐな少年のものだ。
 決して、あの英雄王ではありえない。
「…………ぁ…………」
 瞬間、自分がどこで何をしているのかわからなくなった。
 目の前で緊張している彼を見、ついで辺りを見回す。そうだ、ここは彼―――衛宮士郎の部屋。今夜は彼の部屋で同衾していて、それで。
「セイバー? どうしたんだ、突然叫んだりなんかして。怖い夢でも見たのか?」
「――――夢」
 ぽつりと、口の中でつぶやく。
 そう。言われてみればそうとしか考えられない。この唐突な場面転換。何よりありえない人物の子を身籠もるという話。
「………夢、でしたか………」
 ほう、と肩の力を抜く。
 戦いの後でもこうまで安心することはなかろう、と思えるくらい、全身の強張りがほぐれてゆく。あまりの脱力感に今すぐ倒れてしまいたかった。
 でもその前に。
 まだ不安の色がとれない彼に笑顔を作って話しかける。
「驚かせてしまってすみませんシロウ。どうやら悪い夢を見ていたようです」
「そうみたいだな。大丈夫か? 汗すごいけど」
「はい。シロウの顔を見て安心しました」
 ウソでもなんでもない真実だった。彼の顔があるだけで、あれは単なる虚像なのだと実感できる。
 士郎はそうか? と照れたように頭をかきながら、ようやく顔から心配の表情を消してくれた。
「ええ。ですから寝ましょう。まだ朝には早い」
「そうだな。じゃあおやすみセイバー」
「はい、おやすみなさいシロウ」
 布団にもう一度二人でもぐりこみ、セイバーは目を閉じる。息を一定に、穏やかにつむぐ。
 士郎はまだ心配しているのか、セイバーが寝たという確信がとれるまでずっと彼女を見ているようだった。
 ………やがて、しばしの時が流れ。
「――――――――」
 セイバーは、ぱちり、と目をあける。
 士郎が眠っているのを視線だけで確認して、小さく息をはいた。
「…………ふう」
 夢と知って安心したものの、どうにもさっきの夢が尾をひいているらしい。眠れそうにないことは最初からわかっていた。
 だが自分が眠らなければ心配性の彼はずっと起きているだろう。士郎の貴重な睡眠時間を削ってしまうことは、彼女の本意ではない。
 ああ、それにしても。
「……どうしてあんな夢を……」
 夢は願望の顕れだの予知夢だのと言う言葉はなぜ存在するのか。そんなことまったくもってあり得ない。
 思い出したら、また嫌な汗をかいてきた。
 頭のすみずみからあの金色の影を追いだし、もそもそと士郎へすり寄る。少し汗ばんだ士郎のにおいと肌のあたたかさは、他のどんなものより彼女を落ち着かせてくれた。
 そう。あれは夢。夢にそこまで神経質になる必要はまったくない。
 目を閉じて、もっと士郎にくっつく。金髪の英雄王のマボロシは、愛しい少年の実像にかき消された。




☆★☆★☆★☆★☆




 スズメが鳴いている庭の空気は、のどかな朝の象徴だ。
 優しい陽射しが今日も穏やかな一日を予感させる。
 そしておいしい朝ごはんが出されればもう言うことはない。今日も一日頑張ろう。そんなすがすがしい気分にさせてくれる。
「いただきます」
 セイバーは礼儀正しく挨拶をして箸を手にとった。今朝は士郎の作った和食。彼女の口には洋食の方が合うのだが、彼の作る和食もまた格別だ。
 よく焼けたサンマを箸で切り分け、最初の一口を口へ運ぼうとした時。
 ―――スパァン!
 勢いよく障子が開け放たれる。朝の光を逆光に浴びて、一人の青年が朗々と告げる。
 金色の髪と金色の鎧が、金色の朝日を眩しく反射した。


「セイバー! 今日こそオレの嫁になれ!」
約束された勝利の剣エクスカリバー――――!!!」


 カカッッッ!!
 いきなり現れた英雄王ギルガメッシュは、いきなりしろい光の中へと消えてゆく。
 ふう、と一息ついて、セイバーは聖剣をしまい込んだ。
「………………………………」
「………………………………」
「………………………………」
 あちこちからの視線を感じて顔をあげる。
 士郎が、桜が、イリヤスフィールが、みんなで彼女を見ていた。
「む。どうかしましたか」
「えーっと……セイバー?」
 腫れ物にさわるかのように問いかけてくる士郎。なぜそんなに怯えているのだろう。
「ど、どうかしたのか? いきなりエクスカリバーぶっ放すなんて」
「何かおかしいでしょうか」
「いや、最後にエクスカリバーが出るのは珍しいことじゃないけど……いつもは話ぐらい聞いてやるじゃないか。
 なのに今朝は最初っからエクスカリバーだろ。なにかあったのかと思って」
 ……さすがに気づかれてしまったか、と内心で少し反省した。
 あんな夢を見て間もないというのにあの顔を見せられて、感情がうまくコントロールできなかったのである。
「――そういう気分だったのです。どうせ最後が同じなら、この方が無駄がないというものでしょう」
 胸のむかむかがおさまらないまま返事をしたら、声にトゲが出てしまった。
 士郎は何か言いたげな顔で、しかしそのまま言葉を飲んで黙り込む。
 視界の隅には、こそこそと話す二人の少女の姿が映っていた。
「ねえサクラ。セイバーったらヘンよね?」
「ええ、おかしいです、明らかに。言ってることは正論ですけど理屈がいつものセイバーさんじゃありません」
 内緒話は本人に聞こえないようやってほしい。
 イリヤスフィールと桜はセイバーに聞こえていると気づいているのかいないのか、小声で話を続ける。
「朝食は今朝もおいしくできあがってますから、不満があるとも思えませんし……」
「うーん、シロウとの夜の生活がうまくいってないとか?」
「っ! ……それはそれで聞いてみたい話題ではありますけど……」
「あ、もしかして『あの日』とか」
「イ、イリヤさん! それはちょっと」

「勝手な想像で人を弄ばないでください!!」

 さすがにセイバーも物言いをつける。これ以上イリヤスフィールの口を自由にさせておいたら、どんなはずかしい言葉が出てくるかわからない。
 士郎にも会話は聞こえていたようで、部屋の隅に小さく縮こまっている。話題に入っていけない、どころかそんな話題を目の前でしてほしくない時に彼がとるポーズだ。
 熱くほてった顔をさますため気持ちを落ち着けながらイリヤスフィールをにらみつける。
「イリヤスフィール、貴女の思っていることは邪推にすぎない。あらぬ妄想で人の尊厳を傷つけるのは淑女のすることではありません」
「ふーんだ、難しい言葉使ったってダメよ。セイバーがキゲン悪いのは事実なんだから。
 でもまあいいわ、許してあげる。楽しいけど、たしかに勝手にあれこれ詮索するのはレディのすることじゃないものね」
 白い少女はにんまりと微笑み、
「そのうち機会があったらたっぷり聞かせてもらうから」
「……………………」
 獲物を見つけたネコのような笑顔。この少女がネコを嫌いなのは、ひとえに近親憎悪ではなかろうか。
 隙を見せないよう気をつけよう。あのような話はそうおいそれとできるものではない。このこあくまっこには特に。
 胸にまたひとつ誓いの炎をもやして、セイバーはほったらかしになっていた朝食に戻っていった。





 朝が来て、昼が過ぎ、また夜が来る。
 それは太古の昔、太陽と地球ができた時から続く、最も古い営みのひとつ。
 星と繋がっている精霊ならば、あるいはその始まりを知っているのだろうか。しかし精霊ならぬ人の身では、せいぜい日々の中でその移り変わりを眺めていくのがやっとだ。
 そんな、当たり前な移り変わりの中で。
 衛宮士郎がやっとの顔で声を絞り出す。
「………………………………それで、セイバー?」
「はい」
「えーと……その。今夜、も?」
「はい」
 即答。
 潔い彼女の態度に、いっそ士郎の方が狼狽していた。
 たしかに彼が驚くのも無理はない。昨夜も同衾したばかりで、また今夜も彼女が訪ねてきたのだから。
 仲睦まじい二人であっても、二日連続で同衾をすることはあまりない。ときどきならあるが。
 昨晩はなんとなく流れでああいった結果になったが、今晩はセイバーから求めたのである。
 しかしもしも彼に迷惑がかかるようであれば、彼女としては残念ながら撤退しなくてはならない。
「…………いけませんか?」
 そっと尋ねてみると、士郎はちぎれそうな勢いで激しく首を横にふった。
 ほっと安堵の息をはき、士郎へと体をよせる。
「セイバー」
 自分よりも固い彼の腕に抱き寄せられ、胸板に顔をうずめる。
 心地良い体温を感じながら、セイバーは士郎に体を預けた。







 あたたかい陽射しの中、セイバーはゆっくりと道を歩く。
 もはやはちきれそうなほど大きくなった腹部は、妊婦独特のふくらみ方だった。
 彼女と手をつないで隣に立つのは一人の青年。セイバーを気遣ってよりそうのではなく、彼女の支えとなるべく威風堂々と歩いていた。
『セイバー、大事はないか』
 人の上に立つ事に慣れきった、態度の大きな声と言葉遣い。
 金髪の青年、ギルガメッシュが、セイバーを見下ろしている。
『はい。今は安定期ですから少しは運動しておきませんと』
 なぜか彼女の口から出てくる言葉は、穏やかであたたかで幸せそうで。
 端から見れば、この二人が夫婦であると疑う者はいないだろう。
『――――、あ』
『む、どうした』
『今、子供がおなかをけりました。――ほら、また』
『どれ、オレにも見せてみるがいい』
 どこかわくわくとした表情で、ギルガメッシュがセイバーの腹部に頭をつける。
 セイバーはそんなギルガメッシュを優しく見つめ――――







「っっっっっっっっっっっっ!!!!!!!」
 必死に悲鳴をかみ殺す。反射的に身体を起こす。
 とっさに隣を見下ろした。
 そこにはすやすやと眠っている、衛宮士郎のやすらかな寝顔。
「…………………………。は………」
 ―――良かった。今夜は起こさずにすんだようだ。さすがに二晩連続でたたきおこしては申し訳ない。
「………………ふぅ………………」
 大きく、胸にたまった熱い呼気を、動揺やゆううつと一緒に吐き出す。
 なんだ。なんなのだコレは。
「………………………………」
 アブラを採られるガマガエルのような汗がじっとりとセイバーの額に浮かぶ。
 まるで昨晩の続きのようなユメ。
 ただし、ひとつだけ大きく違っていた。それは。
「…………なぜ私があのような言葉を…………」
 昨晩はたしかに驚かされたが、いわばダマされるという類の驚き方だった。あの後、実は全部ウソでした、と言われたならば現実でも起こりうるできごとだろう。
 しかし。
 ―――ギルガメッシュによりそう自分。
 ―――ギルガメッシュと穏やかに会話する自分。
「あり得ない………………」
 およそ想像しようと思ったことすらない己の姿を見せつけられ、目の前が暗くなってゆく。
 あり得ない。あり得ない。あり得ない。あんなコトだけはあり得ない。
 ユメとはたしかに不可解なことが起こりうるものだ。空を飛んだり、怪物に追いかけられたり、カエルになってしまったり。
 だがそんな数々の不可解な出来事よりも、あの男にああして笑いかける自分の姿の方が、よほど不可解だった。
 もう一度隣を見下ろす。士郎はぐっすり眠っている。
「――残念です。シロウには守ってもらえませんでしたか」
 昨晩にひきつづき、今夜も彼の布団にもぐりこんだのは、ひとえに悪い予感がしたからだった。
 だから彼に守ってもらえれば、と思ったのだが。
 ―――もちろんセイバーとて、本当に彼が夢の中まで助けにきてくれると思っていたわけではない。いくらなんでも意図的にそこまでできるのは夢魔の領域だろう。
 しかし彼の隣で眠ることで、あるいは効果があるかもしれないと思ったのだ。いわばお守り代わりである。
 それは子供がぬいぐるみを抱いて眠るのに近い感覚であったのだが、幸いにも彼女は気づかなかった。
「……でも構いません。こうして貴方の顔が見られるだけでずいぶんと違いますから」
 目がさめた時、士郎の顔がそばにある。それだけで夢はただの夢なのだと思える。
 いたずら心をおこし、ちょん、と彼の鼻先をつついてみた。む、と士郎の顔が歪む。起こしてしまいそうで、あわてて指をひっこめる。
 考えてみれば士郎はいつも早起きで、たいていはセイバーより先に起きている。たまに寝坊することがあってもそう長い時間ではない。
 こうして心ゆくまで士郎の寝顔が堪能できるのは、めったにないことだ。
 どうせ眠れないのなら、こうして彼の寝顔をゆっくり眺めていよう。
 セイバーは頬杖をついて、眠り姫のような士郎の顔を見つめていた。



☆★☆★☆★☆★☆



 ―――ぴんぽーーん
「はい、ただいま参ります」
 玄関からチャイムの音がして、セイバーはお茶菓子を置いて立ち上がった。
 平日の昼間、この家には彼女しかいないことも多い。イリヤスフィールは藤村邸へ、ライダーはふらりとどこかへ出かけてしまった。もちろんその他の人々は学校である。
 ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽーーーん
 彼女が居間を出て、廊下を歩く間にも、チャイムはせわしなく押され続ける。どうやら相当気の短い人間のようだ。
 何度か新聞の勧誘や訪問販売などの応対をこなしてきたセイバーだが、これには思わず首をかしげた。彼らはこういったチャイムの押し方はしたことがない。けれど彼女の知りうるかぎり、こんな押し方をする知人にも心当たりがない。はて、いったい誰だろう。
 ひとまず相手を確認するべく、扉を開ける。
「お待たせいたしました。どちらさまで―――」
 ―――ガラガラガラ。
 言葉途中で見えた金髪に、開けかけた扉を即座に閉める。
 しかし。
 ガッッ!
「……くっ、セイバー。なぜにまた扉を閉めるのだ」
 金ぴか英雄王は、閉まりかけた扉の間に爪先をねじこみ、それを阻止した。
 しかもまだわずかに開いている隙間から指をさしいれ、再び扉を開けようとしている。
「なぜもなにもないでしょう。悪質な訪問販売のようなことをしないで帰ってください」
 セイバーも容赦なく力をこめる。
 いっそギルガメッシュの足を潰すぐらいの力をこめなければ、扉を開けようとする相手の力に負けてしまうのだ。
 数秒の攻防の後、外から別の声がした。
「……すまないが、私もいるのだが」
「こっ、コトミネ!?」
 ギルガメッシュの背後に視線を投げて驚く。扉の向こう側には、あの丘の上の教会に住む陰鬱な神父の顔があった。
 それを認識したとたん、セイバーの手にこめられた力がますます強くなる。
「帰ってください! 貴方がここへ来ると、不吉な予感がしてなりません!」
 なんかこう、士郎とお茶を飲んでイチャついているとトンでもないものを見せつけられて、その隙にいきなり背後からザックリやられるような。
 言峰は、む、と眉間にしわをよせ、
「セイバー。私は今日、凛への届け物を持ってきたのだぞ。
 それをおまえの一存で追い返してしまって本当に良いのかね?」
「…………………む」
 たしかにそれはマズい。
 外の相手は問答無用でお帰り願いたいのだが、その前に荷物だけは受け取らねばなるまい。
 セイバーは断腸の思いで扉をあける。
「…………失礼しました。そうと聞いては追い返すわけにはいかない。
 あとコトミネ、荷物のお礼にお茶でもふるまいましょう」
「結構だ。これでも忙しい身でね、簡単に説明をさせてもらって失礼する」
「ふ、可愛いやつだな。我と茶が飲みたいのならば礼などと名目をつけずとも、」
「貴方は誘っていません。用がないならば帰ってください」
 一瞬にしてどこかのボクサーのように燃え尽きたギルガメッシュを押し退け、言峰綺礼は衛宮邸の玄関に足を踏み入れた。どすん、とかなり大きな荷物がおろされる。
「これは?」
「先日、聖堂教会から荷物が届いてな。その中の物をいくつか持ってきた」
 一応中を改める。何かの魔術に使うと思われるハーブ、どこかの国の言葉が書かれた本、よくわからない模様のついたおどろおどろしいナイフ。
「………おかしなものも入っていますね」
 触るのがためらわれるような気配をかもしだすナイフに顔をしかめた。
「ああ、そのナイフは呪術用の道具だ」
「呪術用?」
「鶏の生贄を使った儀式や、地下の魔法陣の中で一晩中祈るといった形式の術だ。多少の知識と供物が必要にはなるが、個人の小源オドではなく世界の大源マナから力を汲み上げる分、強力な術が使える。
 凛も少しはこちらの魔術を知っておくべきだと思ってな。教材として好意で取り寄せてみた」
 なるほど、彼の独断か。ならばおそらくこのナイフは突き返されるだろう。凛は必要のないかぎり、地味で血なまぐさいこういった術は好まないはずだ。
 と、それらの荷物の中に、別の小さい袋に包まれて中身の見えないものがあることに気がついた。
「コトミネ。これは何ですか?」
「それはおまえに持ってきた荷物だ」
「私に?」
 意外な答えに目を見張る。この男が自分に持ってくるものなどあっただろうか。
 用心深く開けてみると、中身は。
「あ……この服は」
 白いブラウスと、青いスカート。
 彼女がいつも好んで着ている私服だった。
 ―――そういえばこの服は、言峰綺礼が凛に送ったもののお下がりだと、いつか彼女から聞いたことがある。
「凛から、おまえが気に入っているようなので、手に入るならばたまによこせと言われているものでな」
「そうでしたか……」
 言峰の用意した、という点はそれほど快い要素ではないが、彼女にとってこの服はいろいろと思い出のつまった服である。
 凛から贈られ、士郎が似合うと言ってくれた服。初めてのデートもこの服で行った。
 聖杯戦争が終わり、いろいろな服が増えたけれど、やはり今でも彼女はこのデザインの服を着ることがもっとも多い。
 いつもと同じの、けれど新しい服。またこの服を着て、士郎や皆との思い出が作れるかと思うと胸がはずんだ。
「この件に関しては礼を言いましょう、コトミネ。
 ありがたく着させていただきます」
「ふはははは! そのような服を着る必要などないぞセイバー!」
 ―――そんなセイバーの幸せな気分は、言峰の隣から上がった声にかき消される。
 うんざりとした顔でそちらを見、ためいきまじりの声を出す。
「ギルガメッシュ、まだいたのですか」
「当たり前だ。我がなんのために来たと思っている」
 おや、何か用があったのか。てっきり神父の付き添いだと思っていた。
「ふ、おまえにそのような地味で貧相な服は似合わぬ。服ならば我が持ってきてやったぞ。おまえはいつも遠慮して受け取らぬが、その服と比べれば誰でも理解できるであろう!」
 高らかな宣言とともに、どこかから取り出された服は。
 服は――――
「な――――――――」
 セイバーの言語中枢を一瞬停止させるのに十分なインパクトだった。
 キャスターがたまにドレスを持ってきて、着てみせろとせがむが、ああいったレースひらひらフリルふりふりの服ともまた違う。
 緑色のスカートの裾は長く、地面までつきそうだ。不自然なほど膨らんだ袖やスカートは、この時代ではまだお目にかかったことはない。
 金糸銀糸で絢爛豪華な刺繍がほどこしてあり、あちこちに宝石をぬいとめてある。着て歩くだけでじゃらじゃらと音がしそうなほどに。
 目がくらむほどの、あまりにもハデな夜会服。
「どうだ! これのほうがよほどおまえにふさわしいであろう?」
 自分の言葉がゼッタイの真理であると信じて疑わないギルガメッシュ。
 セイバーは頭痛のするアタマをおさえながら、辛抱強く言葉をしぼりだした。
「…………ギルガメッシュ。
 何度も言いましたが、私はこういう物は好みません。貴方はいいかげん、懲りるということを知るべきです」
「む? 我がやりたいものをやっているというのに、なにゆえ拒むのだ。快く受け取るのが当然であろう」
「貴方が週に一度はこのように装飾華美な服を持ってくるから言っているのです!!!」
 ちなみに週に二度はやたらとハデな宝石、同じく週に二度はひたすらハデなアクセサリー、あと週に一度はとことんハデな美術品、そして週に一度は嫌になるほどハデな家具を持ってくるのだ。
 ここまでくると学習能力の問題ではないのだろう。これはもう、セイバーがこういったシュミが嫌いだという思考が、最初から抜け落ちているとしか思えない。
 ギルガメッシュは、むう、と口をとがらせて、
「まったく、おまえはいつもそうだ。なぜコトミネの服を受け取って、我の服を受け取らん。
 ん? もしやこの手の服を着たことがないとは言わぬな?
 おまえとて王だ。かつては着飾っていたこともあったであろう」
「ありましたが、ここまで無駄に派手派手しい装飾はしたことがありません」
「なに? ではおまえは浪費の喜びを知らぬのか。まったく何が楽しくて王を務めていたのだセイバー」
「貴方に私の王道を非難される覚えはない」
 セイバーとギルガメッシュの王道は、真っ向から対立しあっている。相容れないのはそれこそ今さらだった。
「ええい、良いから一度この服に袖を通せ。そうすればおまえにも贅沢の味が、」
 うんぬん、と言いながら。
 ギルガメッシュは夜会服をセイバーに押し付けてくる。
 服の布ごしに、ギルガメッシュの手が触れた。


 ぞわ。


「はあああぁぁぁぁぁ!!!!!」
 一瞬でこめられるだけの魔力を右足にこめ、力いっぱい相手の鳩尾に蹴りを入れる。
「げぼっっ………!!?」
 不意打ちだったからか、まともに食らって吹っ飛ぶギルガメッシュ。
 ダンッッ!!
 開いていた扉から外へ、そして門柱へと盛大に叩き付けられる。地面に落ちたギルガメッシュはひくひくとケイレンしていた。まずい、力を入れすぎて門柱にヒビが入ってしまった。シロウになんと言って謝ろう。
 言峰はすでに玄関の外へ出ている。このまま二人には帰ってもらおう。
「それではこれで。コトミネ、もう二度とギルガメッシュをここへ寄越さないでもらいたい。貴方は彼のマスターでしょう」
「そうではあるが、こいつは十年前に召喚した時分から勝手に歩き回るのでな。アーチャーの単独行動のスキルは伊達ではない。
 それはおまえも知っていよう、セイバー」
 思わず眉をしかめた。
 知っている。十年前に彼と第四次のライダーと三人で酒盛りをしたとき、ライダーはまがりなりにもマスターを連れていたが、あのアーチャーは一人でふらりとアインツベルンの森に現れたのだ。
 そしてもうひとつわかった事がある。
 言峰綺礼本人がギルガメッシュに注意をするかどうかはともかく、いずれにせよこの男にこんな事を言ってもムダだということ。
「…………では。荷物はたしかに凛に渡します」
「うむ。よろしく頼む」
 ぴしゃん、と扉を閉めた。なんだか力がぬけて、荷物を持ってよろよろと居間に戻る。
 さっきギルガメッシュに触れられた時。
 あの悪夢で手を繋いだ悪寒を鮮明に思い出してしまっていた。







『セイバー! 起きているか?』
 ガチャリと白いドアを開け、金髪赤眼の青年が姿をみせる。
 それに応え、ベッドの中にいたセイバーは、軽く閉じていた目を開けた。
『ギルガメッシュ。来てくれたのですね』
『来なくてどうする。おまえが大仕事を果たした後なのだぞ。ねぎらってやるのは当然だ。
 それで、子供はどこだ?』
『はい―――ここに』
 隣の小さなベッドを目でさす。そこには生まれたばかりの小さな命が、すやすやと眠っていた。
『おお、でかした! 立派な息子ではないか、さすが我の嫁だな』
『ええ、きっと良い子に育ってくれます。貴方の子ですから』
 子供は両親の会話にも気づかず、ただ無心に眠り続ける。早く期待に応えて大きくなるのだ、と言いたげに。







「………………………………………………………………」
 もはや言葉もない。
 まさかここまで続くとは思わなかった。夢とはいえ子供の顔を見てしまうと、なんだか本当にギルガメッシュの子を生んだような、複雑な気分にさせられる。
 これで三日連続。なにが悲しくてこんな夢ばかりを。
 つい隣を見てしまうが、そこに昨夜と同じ彼の姿はない。さすがに三日連続は甘えられないと自重したのだが……こんなことならワガママを通すべきだったろうか。
「………いや、これは私の問題です。シロウに迷惑はかけられない。
 そもそも夢の内容など私にすら責任はないではないですか」
 もしかしてこれは罰なのだろうか。彼との蜜月に甘んじている自分への。
 最近士郎と同衾している回数が増えていないか、思わず計算してみる。
「って、何をしているのでしょう」
 途中で我に返り、ためいきを吐き出した。
 ああまったく、本当に。
「…………どうしてこんな夢を…………」
 つくづく自分が嫌になる。いっそ夢を見ないで眠れたらどれほどラクか。
 あまり夢を見る質ではなかったというのに―――
「………………はあ………………」
 大きな大きな大きなためいき。
 今夜も残念ながら、これ以上眠れそうになかった。




☆★☆★☆★☆★☆




 眠いながらも朝は来て、否応無しに昼は来る。
 朝が来たら人は起きねばならない。もっとも世の中には夜間に活動する人もいるわけで、必ずしもその法則が当てはまるわけではないが、少なくともセイバーは朝起きて夜寝るという生活サイクルで生きている。
 そも、あの夢にたたき起こされてからずっと起きていたので、朝も夜もないのだが。
 人々が昼食をとる少し前の時間。セイバーは商店街へと歩みを進めていた。
 いつもの瞑想がどうにも集中できず、気分転換として士郎の代わりに買い物でもしようと思い立ったのがその理由である。
 和風建築が多い坂道をくだり、バス停のあるいつもの交差点へ。そのままさらに坂をくだって、商店街への道をいくらか進んだところで。
「………………………………」
 セイバーはくるりと向きを変えた。
 そのまま元来た道を早足で戻る。後ろの足音は気にしないようにして。
 しかし。
「セイバー! どこへ行く!」
 金髪の英雄王は、関わらないようにしようとしたセイバーの努力など知らず、唯我独尊に呼び止めるのであった。
 こうなっては仕方ない。できれば知らないフリをしていたかったが、追いかけられて家までついて来られるのも面倒だ。
「………ギルガメッシュ………」
 顔を歪めて振り返る。ギルガメッシュは彼女の表情に気づかないのか、あるいは気にしていないのか。相変わらずの尊大な態度で、盛大な勘違いを口にする。
「フッ。オレと会うのが照れくさいと言うのか? 恥ずかしがることはない、おまえにはいつでも我の隣に立つ栄誉を許そう」
「許していただかなくて結構です。むしろ貴方には私の隣に立つことを許したくありません」
「まったく、いつもながらつれない女よ。男をあまり焦らすものではないぞ、セイバー」
 焦らした覚えは微塵たりともない。
 けれどそんなセイバーの胸中も知らず、ギルガメッシュは背後の空間から、何かを取り出す。
「まあよい。今日はそんなおまえに良いものを持ってきた。何も言わずにこれを受け取れ」
 そう言って差し出してきたのは、一本の杖。
 面食らった。いつも彼がよこしてくる品とは、あまりにも意匠がちがいすぎる。あんまりびっくりして、押しつけられたそれを思わず手にとってしまった。
 改めて手の中のものを見ると、あまり馴染みのない魔力を感じる。
「? なんですかこれは」
 セイバーは渡された杖を四方八方から眺めた。
 基本的には赤い杖だが、片方の先端には輪っかがついており、その中に黄色い星が入っている。しかも輪の外には鳥の物を模した羽が。そして杖の根元に、水晶で作られたような、虹色に輝く宝石がついている。
 デザインは悪くない。むしろ可愛らしいとさえ言える。だが、この杖が放つ禍々しい気配はいかなるものか。
「……むむむむむ……」
 杖としばしにらめっこ。理由はよくわからないが、見れば見るほど彼女の直感は、この杖と関わるなと告げてくる。
「――――ギルガメッシュ。せっかくですが丁重にお返ししま、」
『だめですよう、ちゃんと受け取ってくださらなくちゃー』
「!?」
 びくっ、と驚きに体を震わせ、思わずセイバーは身をひいた。手にしていた杖がとつぜん喋りだして驚かない人間などいないだろう。
 しゃべる杖は、楽しそうに白い羽をたぱたぱと動かし、
『あ、初めましてセイバーさん。私、マジカルルビーともうします。可愛くルビーちゃん、と呼んでくださいね♪』
 ……………………なぜだろう。
 口、はないけど、この杖が口を開いたとたん、禍々しさが一層パワーアップした気がする。
『さあセイバーさん、この私を掲げて、「タイプムーン・カレイドプリズムパワー、メー○クアーップ!」と叫んでください、大声で。さあ。さあさあさあ』
 杖、もといルビーは催促するかのように、赤く点滅を繰り返す。
「た、たいぷむー…………なんですって?」
『タイプムーン・カレイドプリズムパワー、メー○クアーップ! です。そうすると(私にとって)とても面白いことが起こりますからねー』
「…………面白いこと、とはなんでしょう。そもそも貴方は何者なのですか」
『はいー。実はルビーちゃん、この杖ことカレイドステッキの人工天然精霊でして。
 このカレイドステッキは、第二魔法を応用して並行世界から違う自分を呼び出し、”並行世界の自分”をかぶることによって、この世界の自分にはないスキルを身につけることができる悪夢のリリカルアイテムなのです!
 士郎さんの説明によると、並行世界から自分の持ってない能力をダウンロードしてくる、ってカンジですねー』
「だうん…………?」
『あらあら、セイバーさんもハイテク関係には弱いんですか。
 つまりですね。ぶっちゃけますとセイバーさんが私を使っていただいた場合、そこのギルガメッシュさんと(面白そうだったから)交わした約束により、ここにいるセイバーさんを並行世界のセイバーさんと同じ能力を持ったセイバーさんにできるってわけなんです。
 それすなわち、無限に連なる並行世界のどこかにいるであろう、ギルガメッシュさんを心の底から愛しているセイバーさん!!
 私の能力によってあら不思議、ここにいるセイバーさんもギルガメッシュさんを魂から愛せるセイバーさんに早変わ』

 みしっっっ!!!

 小さくも芯の通った音がして、カレイドステッキはギルガメッシュの顔面に思いっきし吸い込まれていった。
「男子の顔に杖を!? おのれセイバー!」
「誰がいりますか、そんな能力!」
 心の底から本心だった。
 ギルガメッシュの顔から自分で離れ、カレイドステッキは自前の羽を使ってセイバーの周りを飛び回る。
 たぱたぱ。たぱたぱ。たぱたぱたぱたぱたぱ。
『そんなー。ね? どうせですから違うセイバーさんにもなってみましょうよー。能力はたくさんあって損はしませんよー』
「少なくともその能力は、身を滅ぼす役にしか立たないと思います」
『あ、そうだ、今なら特別に花嫁衣装もつけちゃいますから。キャー、女の子の夢っ! 白無垢とウエディングドレス、なんだったら各国の民族衣装もお色直し用につけちゃいますよ。このこのっ、セイバーさんなら色が白いからなんでも似合いますよ、美人は羨ましいですねー♪』
 ぞわぞわぞわっっっ!
 彼女は背筋に毛虫が百匹這っているような悪寒に襲われた。
 花嫁衣装? 誰が、私が? 誰の? シロウではなく、まさか、ギ、ギルガ――――――
「お断りだ、この――――!」
 地面に叩きつけてやろうと、セイバーは飛び回る杖をもう一度手にとる。
 とたん、

 カッ!
「なっ……!?」

 閃光が走った。同時に杖から漏れる忍び笑い。
『ふふふ―――ふふふふふふ!
 やりました! 再び私を手に取りましたね! これでセイバーさんを変・身!させてあげられちゃいます!』
「な、な―――!? し、しかし、まだ先程の呪文を唱えてはいないはずっ……!」
『ああ、あんなのオマケですから。言うと楽しいだけで、別に必要なわけではありません』
「こ、このアクマぁぁぁぁ!!!」
 セイバーの絶叫が響く。同時にギルガメッシュの哄笑も轟いた。
「くはははははははは!! やった、やったぞ、ついにセイバーを我のものに!!」
「くっ――――!」
 まさか。本当に自分は、心を偽らされギルガメッシュを愛するようになってしまうというのだろうか。
 ギルガメッシュを信じて頼りにしている、あの夢の自分のように。
 嫌だ。そんなことは絶対に嫌だ。心を陵辱されるくらいなら、いっそ死を選ぶ。
 しかしもし、心を偽らされている事すら気付けないようになってしまったら。ああ、そんな生き恥をさらすなど、考えたくもない。
 そんな事、そんなこと――――シロウ、シロウ、シロウ――――!!
 セイバーの頭の中を、様々な思いが走馬燈のように走り抜ける。
 わずか十秒にも満たない時間の後。
 カレイドステッキの閃光は消え、そして―――
「………………あ?」
「………………む?」
 そこには、元の状態に戻ったカレイドステッキと、それを訝しげに見るギルガメッシュと。
 ―――さっきまでと全く変わらぬセイバーの姿があった。
「セ………セイバー?」
 恐る恐る彼女の名を呼ぶギルガメッシュ。
 それにセイバーは偽らざる本心を返す。
「近寄らないでください鬱陶しい」
「はうッッ!?」
 もんどりうって彼は地面に倒れ伏す。言葉のナイフ、という表現がピッタリな有様だった。
 一方のセイバーは、なんとなく自分の体をあちこち見下ろしてみる。
「……はて。特に変わった様子は見受けられませんが……」
「どどどどどどどどどぉぉぉぉいうことだ貴様ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
 一瞬にして復活したギルガメッシュが、マジカルルビーに詰め寄った。ルビーはセイバーの手から飛び立ち、ん〜? という疑問を声に滲ませる。
『おかしいですねぇ、手順は問題ないはずなんですけど……。
 ちょっと見てみましょうか』
 そう言って、ルビーはそこらの塀に向かって、
『マジカルビーーーム!』
 謎の光線を発射した。
 みにょんみにょんみにょん、とどこか耳障りな音と共に発射されたピンク色の光線は、波紋のような輪を描き、塀に大きな輪を焼き付ける。
 そこに映った光景を見て、セイバーとギルガメッシュは思わず声をあげた。
「なっ……!?」
「なんだこれは!」
 映し出されたのは、何人もの金髪赤眼の青年。あれもギルガメッシュ、これもギルガメッシュ、ギルガメッシュ、ギルガメッシュ。漠然と数えて20人前後のギルガメッシュだった。
 その端っこの方にたった一人、青年より背の低い金髪の少女がいる。セイバーだ。
『おい、セイバーを我に寄こせ!』
『なにを言う、セイバーは我のものだ!』
『たわけた事を、セイバーは我のものだというに!』
『ええい散れ散れ、セイバーは誰にも渡さぬ!』
『ギ、ギルガメッシュ、これはいったい……』
 よく見れば、一人のギルガメッシュがセイバーをその背にかばい、セイバーも自分を庇っている青年に寄り添っている。構図としては何人もの暴走族に絡まれたカップルという図式だった。絡んでいる方も絡まれている方もギルガメッシュ、という点を除けば。
「…………おい、貴様。なんだコレは」
 映像の外にいるたった一人のギルガメッシュは、震える指で意味不明な映像を指し、ルビーに問い掛けた。
 ルビーは小首をかしげ――いや、首などないのだが、そう思わせる口調で――解説する。
『はいー、どうやらあっちこっちの世界から、第二魔法を手に入れたギルガメッシュさんがあの世界に来ちゃったみたいですね』
「第二魔法?」
『並行世界へ旅をする魔法です。現代ではゼルレッチのじじ……もとい、ゼルレッチ翁しか使えない、正真正銘の魔法ですよ。
 ゼルレッチ翁と知り合ったか、それとも過去や未来の第二魔法の使い手と知り合ったか。ともかくどうにかして第二魔法を駆使したギルガメッシュさんが、「ギルガメッシュさんを愛してるセイバーさん」を連れ出そうと、この世界に集まってるみたいです。無限に連なる並行世界の中で、そーゆうセイバーさんがいるのは、どうやらここだけのようですから』
 いやはや考える事はみんな同じですねー、と朗らかに笑う精霊あくま
「そ、それで!?」
『あっちこっちのギルガメッシュさんが一度に第二魔法を使ったせいで、今あの世界の周りはすっごく歪んでしまってるんですよね。おかげでルビーちゃんの力が届かないです。
 つまり私の力では、今はどうやってもあっちのセイバーさんの能力を持ってこられません。神秘はより強い神秘に打ち消されるものなんですよ』
「な、それは話が違うのではないか!?
 あの雑種の女にこの我が、頼み込んでまで貴様を借り出したというのに!!」
『まあセイバーさんは血液による登録もしてませんし、こんなもんですねー。あはー』
「ええい、なにがこんなも――――」



 カカッ!!




 ――――その日、午前11時31分45秒。
 冬木市の上空を見上げた者は、眩き黄金の光が、曇り空を割って天を切り裂いたと証言した。
 その中には授業中、異変を感じて外を見た若き冬木の管理人も含まれる。
 冬木市一の天才魔術師は、この光景を目にした瞬間こう呟いた。
「セイバー……あんまりエクスカリバーなんて連発しないでよね……」
 もちろん、自らのガンド使用回数など脳裏に思い描きもせずに。






 ―――むかむかむかむかむかむかむかむかむかむか。
 おいしい食べ物は素直な気持ちでおいしく口にするのが正しい事だとわかっているのに、ここ最近はなかなか実行することができない。
 寝ても覚めてもあの金髪赤眼が追ってくるのはもうまっぴらだ。それでもあの影がやってくる。
 おかげでここ数日のセイバーの機嫌はスキーの直滑降斜面並に下り坂だった。
 だというのに。
「なあ、セイバー。最近どうしたんだ? なんかギルガメッシュに冷たすぎるぞ」
 彼女の主までもがこんな言葉を口にするのはいったいどうしたことか。
 む、と眉の角度をまたつり上げ、セイバーは口をとがらせる。
「シロウ。貴方はギルガメッシュにもっと優しくしろというのですか。
 あのような男に気を使う必要などありません。一寸の虫にも五分の魂、などと言いますが、あの男には五分でも多すぎるくらいです」
「……………………」
 納得してくれたのか、士郎は黙り込む。顔に若干おびえの表情が走っていたのは見なかったことにした。
 それでも彼はおそるおそる口をひらき、
「セイバーが前からあいつをうっとうしがってるのは知ってるけどさ。
 それでもここ数日はずいぶんエスカレートしてると思って。あいつ、何かセイバーを怒らせるような、トンデモナイことしでかしたのか?」
「いえ、責任の半分は彼にはないのですが…………」
 ちょっと言い淀む。ギルガメッシュが求愛してくるのはいつものことで、それがうっとうしいのもいつものこと。ただ、あの夢のせいで、うっとうしさが嫌悪感まで変わるほど何倍にも増幅されているだけだ。
 いつもどおりの行動をしているだけのギルガメッシュには大層理不尽な話だろうと、ちょっぴり罪悪感もわく。ちょっぴりだけだが。
「…………ここのところ、毎日悪夢を見るもので。気が立っているのです」
「夢? どんな夢だよ?」
「……言えません。口に出すのもおぞましい」
 というより思い出したくもない。また胸にむかむかが戻ってくる。
 士郎はふーふーと湯飲みのお茶を吹いてさまし、一口すすってから、
「――――悪い夢見て、気分が悪くなるのもわからなくもないけどな」
 カタン、と湯飲みを置き、真剣な目で彼女の顔を覗き込む。
「それで他人にやつあたりするのはよくないぞ」
「む…………」
 たしかに、士郎の言う通りではある。
 そういえば彼もよく火事の折の夢を見るのだと大河から聞いた。あの夢の後に自身の運命を呪ったこともあったのだろうか。今では窺い知れぬことではあるのだが。
 夢の影響でギルガメッシュの顔を見るだけでも拒絶反応が出る、というのも彼に失礼な話だ。
 いくらあの男が嫌いだからといって、最低限の礼節まで軽んじていいとは言えない。
「…………申し訳ありません。善処してみます」
「そうそう。
 どうせ夢なんだからさ。現実にまで出てくるわけじゃない。どんな夢か知らないけど、気にしないのが一番だって」
 士郎は軽く言ってお茶を飲み続ける。
 昔の事は窺い知れねど、十年間悪夢を断続的に見続けてきた少年は、ずいぶん図太くなってしまったようだ。
 ―――ふと。
 あの夢の話をしたら、彼ののんびりとした顔がどうなるのか気になった。
「…………そこまで言うのでしたら話します。
 あろうことか、私がギルガメッシュの子を身籠もるという悪夢」


 ぶぅッッッッ!!!!!


 言葉の途中で盛大にお茶を吹く音がする。
 見ると彼は置いてあった台拭きで、必死にテーブルを拭いている。
 士郎は湯飲みのお茶を半分ほど霧状に撒き散らしてしまったようだった。
「だ、大丈夫ですか? シロウ」
「……げほっ……へ、平気……それ、よりセイバー、それって」
「――――だから言ったでしょう。口にするのもおぞましい、と」
 思わずまた顔をしかめる。やはりまだまだあの男への八つ当たりをおさえられるか自信がない。
 士郎は必死にセキをこらえながら、セイバーの顔を見つめていたが。
「あー……その。あの、だな…………その、なんだ。えー……………………」
 やがてよくわからないうめき声をあげつつ、あっちこっちに視線を飛ばす。時折顔が赤くなる。いや、時折ではなく段階的に、どんどん赤くなってゆく。そのくせちゃんとした言葉は一向に出てこない。
 さすがに五分もそんな時間が続くと、彼女も焦れてきた。
「シロウ。言いたい事ははっきり言ってください」
「あ…………うん。じゃあ…………」
 ぐび、と唾を飲み込んで。
 一騎打ちのような形相で、セイバーを真正面から捉え。
「あ。あのさ、セイバー…………
 まさか、本当に妊娠してるなんて事、ない、よな?」

 びぎり。

 セイバーは自分の頭のどこかの血管が切れるのを、他人事のように聞いていた。
 カタカタ、カタカタと鳴っているのは、怒りに震える自分の歯か、それとも聖剣の鍔鳴りか。
「シロウ――――貴方ハ私ガぎるがめっしゅノ子ヲ授カルト」
「い、いや違う違う違う違う違うっっっっ!!!! そうじゃないっっっっっ!!!!!
 …………その、あいつの子じゃなくてもさ。妊娠してる、なんてことは、あり得るのかも、と、思ったん、だけど…………」
 だんだん勢いをなくす士郎の声。うつむいた顔を見て、ようやく彼女も理解する。とたん、頬が紅潮した。
「…………ぅ…………」
 つまり彼はこう言っているのだ。
 ギルガメッシュの子ということはなくとも、妊娠しているせいで、そんな夢を見るのではないかと。
「――――――――」
 可能性はゼロではない。
 ―――しかし。
「とりあえず、今のところそういった兆候は見られません。それに………」
 子供が欲しい、とはあまり思わない。
 士郎の子を授かるかも、と考えたことはある。しかし子供を授かるということは喜びばかりではないのだ。
 子供といえばいつも彼女の脳裏には、自分と同じ顔を持つ息子のことが描かれる。
 ―――モードレッド。
 姉に作られた彼女のクローン。最期まで理解しあえなかった息子。
 今でもときどき思い出す。あの丘で、彼女の頭に大きな瑕を残し、彼女が胴を薙ぎ裂いた時の、あの顔を。
 彼の最期の言葉は思い出せない。いや、思い出したくない、のかもしれない。そうでないと罪悪感から逃れられなくなってしまうから。
 口の動きまではっきり覚えていても、紡がれた言葉はいまだ頭が理解を拒否している。
 たとえ作った覚えがなくとも、セイバーは彼が自分の息子であることを知っていた。
 実の息子を殺した自分に、今度こそうまく子供を育てられるという自信は、ない。
「………………………………」
 つい口が重くなる。いつのまにか顔が下を向いていた。
 そんな自分に気づき、彼女は姿勢を正す。
「それに、まだ子供など早いでしょう。せめてシロウが一人前になるまでは」
「う。……そりゃなあ」
 セイバーの育った時代では、彼も彼女も立派に結婚して子供を持てる年だが、この21世紀の世の中ではまだまだ早い。
 ―――そう。彼が子供を欲しがるのも、子供がいて当然と思える年齢になるのも、もう少し先の話だろう。
 急いで解決することではない。まだもう少し猶予がある。
 それまでゆっくりと考えよう。いつか子供を授かるかはわからないけれど、最低限そのぐらいの時間は許されている。
 だから。
 今、叶うかどうかも知れない重責で、こんなに胸を騒がせる必要はないのだと。
 己に言い聞かせ、セイバーは心を平静に戻した。
「……まったく。こんな話になってしまうのも全てあの夢が悪いのです。夢が願望の顕れなどと、そんな妄言をどこの誰が吐いたのでしょう。
 しかもこの私が、あんな男にあんな言葉を……まったくもってあり得ません。無理矢理略奪されるならまだ可能性が塵芥ほどでもあった――いえ、もちろんそれだけでも許し難いのに、あのような、話に聞くだけでも認められない光景を見せつけられるとは―――」
 思い出したらまたむかむかしてきた。本当に、どうなっているのか。
 士郎は新しくお茶を注ぎ足し、一口飲む。
「うーん。…………夢は夢だから、やっぱり気にするなって言いたいんだけどさ」
 そして、またあのすっきりとしない顔。
 歯にものが詰まったような表情で、言いたいことを迷っていたようだが、今度の逡巡は短かった。
「…………まあ。その。なんだ」
 そっぽを向いたまま士郎は耳まで赤くなって、どこか不機嫌そうな顔を装いながら、
「あんなヤツにお前は渡さないから安心しろ」
 ずずずずずーーっと音をたててお茶をすする。
 ごまかすように飲み干したお茶の音の前に囁かれた、彼の本心は。
 けれどしっかりセイバーの耳に届いていた。
 心がじんわりと暖かくなる。彼の腕に包まれている時とは、また違った幸福感。
 あんまりにも嬉しくて。
「―――はい。頼りにしています。シロウ」
 彼の後ろに回り込んで、背中に額をくっつけた。
 大きくてあたたかい背中。間違いなく士郎が男性なのだと、この背中を見ていると思う。
 彼の背中は自分が寄りかかったくらいでは動かない。
 無論、戦いともなれば彼はまだまだ未熟で。自分の方が強いのは百も承知なのに。
 このぬくもりは、そんな事を全て覆すほど頼もしさを感じさせる。
「――――――――」
「……………………」
 言葉は交わさず。ただじっと額を押し付けて。
 けれど心が交わってゆくのをたしかに感じる。
 今の彼女は一人ではない。孤独に駆け抜けた、誰にも理解されぬ王ではない。
 きっと彼と一緒なら、どんな不吉な予感も乗り越えていけるだろう。
 セイバーは初めて、いつか士郎の子が欲しいと思った。







『はい、ぽんぽんいっぱいになりましたね』
 セイバーの細い手が、ベビーベッドに寝ている赤ん坊を優しくさする。子供はミルクをもらって満腹になったのか、すやすやと眠っていた。
 透けるように明るい金髪は見えるものの、目を閉じていて何色の瞳をしているのかは見えない。
 優しい顔で子供を見つめるセイバーの肩を大きな手がたたく。
『すっかり母親が板についてきたではないか、セイバー』
『ギルガメッシュ……』
 セイバーが嬉しそうに青年へとしなだれかかる。金髪の青年―――ギルガメッシュはしっかとそれを受け止める。
『わかりますか? 鼻の高さが貴方に似ていますよ』
『ふっ。髪の色などはおまえにそっくりだな』
 夫婦の会話で甘い雰囲気が作られてゆく。ギルガメッシュはセイバーの肩に置いた手を躰に沿わせ、腰のあたりで引き寄せた。
『ところで息子の顔を見たら、次は娘の顔を見たくなった。
 どうだ? 今度はおまえそっくりの娘を生んでみないか』
『私は……また男の子でもいいと思います。貴方によく似た』
 どこか艶を含んだ瞳で見上げるセイバー。ギルガメッシュの手はますます繊細に動き、彼女の躰を撫で回す。
『ん……こんなところで……』
『よい。子供は寝ている』
 見つめ合った二人の唇が、吸い寄せられるように近づいてゆき、







「!!!!!!!!!!!!!」


 士郎が死にかけている、とでも言われなければこんなに勢いをつけないだろう、というぐらいのスピードでセイバーは跳ね起きた。
 悪夢、などという言葉で表せるものではない。精神的陵辱と呼んでもさしつかえないだろう。
 夜着は寝汗でびしょびしょ。なぜこんなになるまで起きなかったのか。
「…………………………………………」
 声が出ない、どころか声を出すことすら忘れた。早くなった鼓動は知らず息を荒くし、ますます汗を流す結果となる。
 屈辱だ。何かよくわからないけど、ともかく屈辱だ。
 今までで最低最悪の夢。まさか子供を作るプロセスを見そうになるなんて。
 躰に這わされた英雄王の手の感覚がやたら鮮明に残っている。不覚にもそれを思い出してしまい、全身にこれ以上ないほど鳥肌がたった。背筋の寒さは真冬に裸で雪の中へ飛び出した時よりなお強い。
 ……身勝手なのはわかっている。わかっているのだが。
 他にこの感情を繕う方法がまったくもって思い浮かばない。
「―――申し訳ありませんシロウ。貴方の言い付けを破ります。
 そしてアーチャー。この時代へ現界を望んだ貴方の気持ち、今ならほんの少しわかりそうです」
 セイバーは夜を駆ける。向かうは新都の丘の上、神の住む家。


「む、なんだセイバー、このような時間にオレに会いに」
約束された勝利の剣エクスカリバー――――!!!!!」
「ぐおほおおおぉぉぉ!!?」


 問答無用で英雄王にエクスカリバーをかますと、ほんの少しだけスッキリした。
 さすがに八つ当たりがすぎると思ったが、なんとかあの夢は夢としてかたづけられそうだ。
 緊張が解けた瞬間、どっと疲れが襲ってきた。
 全速力で駆けてきていきなりエクスカリバーを放ったため、全身には疲労がたまっている。そうでなくてもここ数日、悪夢にふりまわされて満足のいく睡眠をとっていないのだ。
 その証拠にさきほどのエクスカリバーは威力が幾分落ちていた。まああれくらいならばギルガメッシュは死なないだろう。
「…………疲れた」
 とぼとぼと教会に背を向ける。ともかく疲れた。早く帰って士郎の顔を―――ああ、いや、彼も寝ているのか。
 数歩足を踏み出したところで、
「何事だセイバー。こんな時間に騒がしい」
 後ろから、陰気な神父の声に呼び止められた。
 振り返るのもおっくうなくらい脱力していたが、たしかにこんな夜中に近所迷惑だったろう。
「……すみませんコトミネ。どうしてもはずせない用事があって、ギルガメッシュを借りました」
 言峰は、ふむ、と首をひねり、
「どうも様子がおかしいな。
 ―――もしや。おまえの身の回りに最近、良くない異変が起きてはいないかね?」
「は――――?」
 ぴたり、と動きが止まる。
 唐突にこの男がそんな事を聞くのも不可解だが、夢の話を言い当てているのも不可解だった。
 一歩、体を引いて身構える。わずかに全身が緊張する。
「………なぜそう思うのですか」
「そうか、起きているのか。なるほど、てっきり私には向かぬと思っていたが、こういう才能もあるのかもしれん。今度本格的に修行をしてみるか」
「話が見えません、コトミネ」
「先日言っただろう。聖堂教会から荷物が送られてきたと。
 その中に呪術用の呪い人形が間違ってまぎれていてな。とりあえず、どれくらいの物なのか試そうと、最も魔力抵抗の高そうな者を選んで私の知る最大の呪いを」

「この騒ぎは貴様のせいだったのか――――――――!!!!!」

 その日。
 冬木の街に戦中からあるという歴史ある教会は、一面昼と見紛う皓い光に包まれ。
 更地からの建て直しを余儀なくされた。






 …………ちなみに。
 住む場所を失った諸々の人達――神父とシスターと金ぴかサーヴァントが、内心とは裏腹の困った面持ちで、正義の味方を目指す少年の家に押しかけたのは言うまでもない。
 その際、シスターが家主の部屋の隣を、サーヴァントが騎士王との同室を望み、一悶着どころではない騒ぎになったこと。あるいは渋々ながら彼らを泊めたその晩から、家主が毎晩夢にうなされるようになったこと。それらもまた、言うまでもない事なのだった。






 しばらく前にもらった、「セイバーがギルの子をうむ夢を見る」というリクエストに答えてみました。あくまでそのつもり。
 ホントはそのあと、「生みたいのはシロウの子と断言」ってとこもあったんですが、どうにも浮かばなかったので断念。スミマセン。
 ……てかなんとかそっちのラブ系要素を詰め込もうとしたせいでギャグなのにラブ度高すぎ、&書き終えてみればギャグなのに長すぎです。猛省。




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