私は,50歳になる初老のプログラマである.二番目の妻と何ヶ月か前に別居して,いまは8畳ほどの板敷きの事務所に1人寝泊まりして暮らしている.(ここは言わば私の方丈の庵である).妻との間には5歳になる女の子があり,子どもは母親の元にいる.妻の実家は事務所から車で5分ほどのところにあって,妻は時折子どもを連れて向こうに配達された私宛ての郵便物を届けに来たりする.

妻は家業の小売りの酒屋を細々と続けている.妻が家を空けている間は,妻の母親かあるいは20歳になる(幼時に蒙った交通事故のため左足の悪い少し智恵の遅れた)息子が店を見ているし,その店もまれにしかお客が来ないのだから忙しい訳などないにもかかわらず,妻はいつも手紙の束を置くと一方的に数件の伝達事項を伝えた後,そそくさと帰っていってしまう.

妻は配達や仕入れなどがあるのでトッポという荷室の広い三菱製の小さな車に載っている.私は車を手放して,自転車屋から5千円で譲ってもらった赤い中古の自転車に篭をつけて買い物などの用足しに使っている.短いシャツの袖から出ている妻の腕が最近やけに太く見えるのが私には胸の傷むところではあるが,妻にそのことを伝えることはできない.それはつまり,店を続けるにはやはり男手が必要だということを意味するものだから,あるいは妻が誰か新しい相手を見付ける日が来るのかもしれないと私は考えている.

この町は埼玉県北部の小都市で,東京まで電車で1時間余りのところにある.私は18歳で東京に出るまでをこの町で過ごし,横浜で妻と結婚して7年前に帰ってきた.妻もこの町の出身で昔の行政区画で言えば妻の村は私の村から町に出る道の中間の位置にある.