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精霊記シルフィード・1


 































誰かが、ささやいたような気がした。







































 星すら見えない夜の闇の中。

 海面すれすれの高度を、『それ』は飛行していた。

 『それ』は、生物にしては無機的な白銀の体をしていて、機械にしては『それ』は、生気に満ちていた。
 どちらかと言えば、飛行機よりも鳥に近い姿。『それ』は羽ばたきもせず、かといって後方に何かを噴出して推進力にしているでもなく、そして滑空してすらいなかった。

 風に乗っているのだ。

 ひゅおう、ひゅおうと風を切る音がする。それだけだった。

 『それ』は遥か昔から存在していたが、この姿を与えられたのはつい最近、ほんの1年ほど前の事だった。
 『それ』には、明確な意思というものがない。
 だから、自分が昔と同じ存在なのか、それともこの姿を与えられて別の何かになってしまったのか、そんな事は考えなかった。
 だが、自分の名前は知っていた。それは、『それ』が今の姿になる以前から変わらない。ずっとずっと前に、あの人たちにつけられた名前。

 『それ』の名は、シルフィードという。

 そして今、シルフィードの中で一つの命が消えようとしていた。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん……」
 美しい銀色の髪をした少女は、泣きながら兄の背に抱き着いていた。
 質素なドレスが朱に染まる。
 兄の背中の傷は、もう血を流さない。傷がふさがったわけではない。もう、流れ出る血が彼の中には残っていなかった。
 それでも生きている。生きているという定義を、死んでいない状態とするならば。

 そこは、何も無い空間だった。目印とする物は何も無い。無限に広がっているような、それでいて自分達のすぐ横に壁があるような、そんな空間だった。

 シルフィードの体内。魂の座と呼ばれる場所。

「……セフィル……」
 妹の名を呼ぶその声は、音にはならなかった。
「大、丈夫……。お前は、お前だけは、生きろ……」
「嫌よそんな……、お兄ちゃんと一緒じゃないと嫌」
 口の両端が、ほんの少しだけもちあがった。今の彼にできる、精一杯の笑みだった。
「もう、泣くな。……お前は、昔から泣き虫だった、から。もっと、強く……。俺は、こいつと一緒に……お前を、守るから。だか、ら……」

 だから。

 セフィルの目がいっぱいに開かれた。
 否定するように頭を左右に振る。だが、それで現実が変わるわけではなかった。

 主を失ったシルフィードは少女の嗚咽を聞きながら、ゆっくりと高度を落としていく。主の最後の願いをかなえるために。

 シルフィードは、翼を休めるように砂浜に音もなく着陸した。
 そして、意識を闇の中に溶け込ませていく。次なる主を待つために、シルフィードは眠りについた。
 最後に聞いたのは少女の、兄を呼ぶ叫び声だった。

 夜が明けようとしていた。
 気の早い蝉たちが、合唱を始めている。
 持ち運ぶには少々大きい天体望遠鏡を肩に担ぎながら、遠野 悠志(とおの ゆうじ)は細い山道を下っていた。
 今日は、数百年に一度という大流星雨が観測できるはずだった。TVでも大々的に紹介されていたその一大イベントを、悠志は自分の行動範囲内でもっとも高い場所で見ようと思ったのだが、生憎の曇り空でそれはかなわなかった。
 次に見られるのは217年後。とても生きてはいまい。
 恨めし気に空を見上げる。
 相変わらずの一面の黒。それが徐々に灰色に染まっていく。
「……ちぇ」
 ぼそっと呟いてから、大きな欠伸をした。
 幸い今日は休日なので、これからふて寝の予定だ。

 ふと、泣き声が聞こえた。

 気のせいだと思った。周囲はうっそうと茂る雑木林。その隙間を通り抜ける風の悪戯だろうと思った。
 風の気配しか感じられない。

 ……風の、気配?

 悠志がその感覚をいぶかしむ間は無かった。その瞬間、横殴りの突風が悠志を山道から弾き飛ばしていた。
 手を離れ視界から消えていく天体望遠鏡。
 絶望的な音が聞こえてきたが、悠志はそれどころではなかった。急斜面をものすごい勢いで転がり落ちていく。
 服から露出していた部分はたちまちすり傷だらけになり、痛いのだが次々と別の場所が痛み出して、どこが痛いのか特定できない。もう体中が痛かった。
 山道を降りる数倍のスピードで下山した頃には、服もあちこちが裂けてそれはもうひどい状態になっていた。
 あまりのショックに声が出ない。生きているのが不思議だった。普通だったら死んでいる。
 どうにか動く体を無理して立ちあがらせる。
 波の音が聞こえる。どうやら海岸の方に落ちてきたらしい。

 そして、その少女と目があった。

 それは、泣きはらして真っ赤になった目だった。
 少女の着ている質素なドレスは泥だらけだ。いや、泥にまみれているのは服だけではない。手にも足にも、顔にも泥がこびりついている。
 銀色の髪がそよ風に揺れる。髪と同じ色の、鳥の形をしたペンダントが鈍い光を放った。

 少女が、よろよろと後ろに下がる。必死に恐怖に耐えようとしていた。
 やっとの思いで口を開く。
「こ、こないで……」
 よく見れば、その言葉と口の動きはまるで一致していなかったが、悠志は気付かなかった。
 身を翻して、少女は逃げ出そうとする。だが、それはかなわなかった。疲労のために足がもつれて、その場に転んでしまう。
 悠志は少女を安心させようと無理やりに笑顔を作ったが、逆効果だったようで、少女は声を押し殺して泣き出してしまった。
 他にどうしようもないので、悠志は痛む足を引きずりながら少女に近づいていった。もう逃げる気力もないのか、少女はその場で泣きつづけている。
 そっと悠志の手があがって、少女の髪に触れた。びくり、と肩が震える。
「大丈夫?」
 ぎこちないが、精一杯の笑み。それは、少女に兄の最後の表情を思い出させた。
「立てるかい?」
 泥だらけの手を取った。素手で土を掘ったために、爪が割れて血がにじんでいる。見れば、靴も履いていなかった。
 だが、悠志はそれについては何も聞かなかった。きっとそれは、彼女にとってとてもつらいことだから。
 だから、悠志はもっと切実な質問をした。
「君、名前は? 僕は遠野 悠志。トーノ ユージだよ」
「……トーノ?」
「うん、そう。ユージの方が名前。君は?」
 少女はしばらく逡巡したあと、ぼそぼそと自己紹介を始める。
「……セフィル。セフィル・レイナード」
 まだ警戒はされていたが、どうやら意思疎通ができるので悠志は安心した。
「日本語、うまいんだね」
 じっと悠志の顔を見ていたセフィルが、キョトンとした表情になった。
「え? あ、これは風の……ううん、なんでもない」
 またセフィルの表情が暗くなってしまったので、慌てる。
「あっ そうだ。怪我、してるよね? 家、近くだから来ない? 傷口からばい菌が入ったら大変だよ」
 そう言ってから、自分の靴を脱ぐ。
「これ、サイズは合わないと思うけど。危ないから」
「でも、そしたらあなたが」
「あ、僕は大丈夫だから」
 何が大丈夫なのかは悠志にもわからなかった。だいぶ痛みにも慣れてきて、さっきよりも自然な笑顔になれた。
「さあ、行こう」
 傷ついたセフィルの手をいたわるように、そっと握る。
 たぶんここで拒絶すれば、悠志はそれ以上なにもしなかっただろう。セフィルにもそれがなんとなく分かった。でも、そんなことをしてもどうにもならない。
 
 強く生きろ、と兄は言った。自分は強くはないけれど、少なくとも生きなくてはいけない。

 悠志に手をひかれて歩いていくセフィルは、一度だけ振りかえった。
 こんもりと盛り上がった土。その上に立つ、流木で作った十字架。

 墓標。

 セフィルの頬に、新しい涙が流れた。

「あらあら、どうも朝から騒がしいと思ったら」
 泥だらけの見知らぬ少女を連れてきた傷だらけの息子を見ても、悠志の母、沙夜はすこしも動じなかった。
「今までで一番大きいわね」
 そう言う沙夜の足に、白い猫がじゃれつく。階段の上から、トラ縞の子猫が様子をうかがっていた。
「でもね、悠志。人間を拾ってくるのは犯罪よ?」
「そんなんじゃないよ」
 我が母ながら、たまに彼女の考えていることがよく分からない。
「お風呂、沸かしたほうがいいわね。いらっしゃい、手当てをしないと。絢、明日香。朝ご飯ちょっと待っててね」
 悠志の言葉聞いていないようだった。ちなみに絢と明日香はそれぞれ白猫とトラ猫の名前だ。明日香はオスだったが、「どうせ痛い思いをして産むなら女の子のほうが良かった」と息子の前できっぱり言う沙夜は、悠志が連れてきた動物たちに全て女の子の名前をつけている。
「あなた、名前は?」
「……セフィル」
「そう、かわいらしい名前ね」
 それ以上は何も聞かない。この親にしてこの子あり、といったところか。
「悠志、お風呂お願いねー」
「はーい」
 そういえば、自分の息子の怪我に関しては何も言わなかった。
「ちぇ」
 小さく呟いてから、まあいいかと風呂場に向かう。

「まあ、いいんじゃないか?」
 父、悠一朗の反応も沙夜と似たようなものだった。
 食卓には、4人分の食器が置かれている。箸の使い方が分からないセフィルの前にはスプーンとフォークが用意されていた。
「しかし、そうすると青葉ちゃんになんと言い訳したらいいか」
「なんだよ、それ」
 青葉というのは、悠志のいとこの少女の名前だ。母親同士が双子の姉妹なのである。
 家もすぐ近くだ。
 いつもと何も変わらないような団欒。
 一番とまどっているのはセフィルだった。
 指にはきちんと包帯が巻かれ、服も着替えさせられていた。
「あ、あの……」
「ん? 遠慮しなくていいわよ。さあ、召し上がれ。後片付けを手伝ってくれると嬉しいわね」
 沙夜は上機嫌だった。
「やっぱり、女の子はいいわねぇ。それだけは朝美が羨ましかったのよ」
「まったくだな」
「ひどいなぁ」
 3人が笑う。
 
 眩しい。セフィルはそう思った。それは、セフィルをずっと昔に捨てたものだった。親のぬくもりなど、忘れてしまうくらいずっと昔に。

 涙が出そうになる。でもセフィルは、それを一生懸命我慢した。

 水の流れる音、食器の重なる音、綺麗になった食器を拭く、きゅっきゅっという音。

「あの……」 
 皿を洗いながら、セフィルは沙夜に訪ねた。
 悠志は自分の部屋で寝ている。悠一郎は仕事に出かけていった。
「どうして、こんなに良くしてくれるんですか?」
「ん? 女の子が優しくされるのに理由なんか要らないのよ」
 沙夜はにこにこしながら応える。
「それにね」
 その表情の変化に、セフィルは気付かなかった。
「精霊の力が使えたからって、なにも特別なことじゃないのよ。誰にだって幸せになる権利はあるもの」
「……え?」
 その言葉の意味を尋ねる間もなく、異変は起きた。

 地震。普通の人間にはそう感じられただろう。だが、それだけではなかった。

「精霊たちが、怖がってる……」
 大気が震えていた。正確には、大気に宿る精霊たちが。
 食器を置いて、あわてて庭に出る。
 遠野家の飼い犬の恵が、海の方向に向かって吼えていた。

 その方向を見たセフィルが、驚きの声をあげる。
「スプリガン! なんで……」

 それは、青銅色の鎧を纏った巨人だった。狂暴な宝の番人の名を与えられたその巨人が2体、海から地響きをあげながら歩いてくる。
 セフィルの知識では、それが普通の人間の目に触れるのはもうしばらく先の事のはずだった。

「あなたを追ってきたのね」
 振り向いたときにはもう、沙夜はいつものにこにこ顔だった。
「悠志をこき使ってやって。あの子、ああ見えて結構強いのよ?」
「わっ 何あれ!?」
 騒ぎを聞いて、悠志が自分の部屋から出てきた。パジャマにサンダル履きでセフィルの横に立つ。
 市街地に入る直前で、巨人の動きが止まった。

『セフィル・レイナード!!』
 巨人から響く声。
 それは普通の人間には聞こえない、精霊の言葉。
『出て来い、セフィル・レイナード! 奪ったシルフィードとティターニア・システムを持って今すぐに出てくれば、命だけは助けてやる! 出てこなければしらみ潰しに探してやる。あの2つさえ戻れば、お前の命などどうでもいのだ!』

「ティル・ナ・ノーグ……」
 足が震えた。
 逃げ出そうかと考える。だが、そうすれば本当にスプリガンたちはこの街を破壊してでもしらみ潰しに自分を探すだろう。
 自分に優しくしてくれた人の住む街を壊させる事は、どうしてもできなかった。

 ごめんなさい、お兄ちゃん。私、やっぱり弱いから生きられなかった。

 スプリガンの方に歩いていこうとするセフィルを止めたのは、悠志だった。セフィルの見た中では一番厳しい顔をしている。
「行く事なんかないよ」
「でも……、ユージあの言葉が解るの!?」
「え?」
「言ったでしょ? こき使ってって」
 悠志の代わりに、沙夜が笑った。
「幸せになる権利は誰にでもあるのよ。不幸になるのが運命なら、その運命に逆らいなさい。あなたはその力を持っているんでしょ?」
 はっとしてセフィルが胸のペンダントに触れる。
「でも! でも!」
「僕に何かできるなら、手伝うよ」
 おそらく意味も分からないまま、悠志はそう言った。

 この人たちは優しすぎる。だからこそ、巻きこむわけにはいかなかった。

「だったら、こうしましょう」
 沙夜が、ちょっと意地の悪い笑みを浮かべる。
「私は、あなたをこの家から一歩もこの家から出しません。あなたが何もしないのなら、街はあれにめちゃくちゃにされるわね」
「そんな!」
「私は本気よ。さあ、どうするの?」

 迷っている時間は無かった。

「もう! どうなっても知らないんだから!」
 泣き笑いの表情を浮かべて、セフィルはペンダントを首からはずした。
「ユージ、このペンダントに手を」
「こう?」
 重なる悠志とセフィルの手。
 ペンダントが、淡い光を放った。
「やっぱり……。ユージ、力を貸して」
 そう言って、セフィルは厳かに詠唱を始めた。
「目覚めよ。我、巫女たるセフィル・レイナードと、導き手たるトーノユージの名において命ずる。目覚めよ。其は疾く羽ばたくもの、風の運び手、大気の守護者。氣導せよ! 汝、シルフィード!」

 ペンダントの光が、正視できないほど強いものになる。

 そして、その光が収まった時、そこには白銀の巨人が立っていた。

 背中から生えた一対の大きな翼が印象的だった。全体的に華奢な、女性的な印象を受ける。だがそれは弱々しいと言うには程遠く、鋭い細身の剣を連想させた。

 それが、シルフィードのもう一つの姿。

「我らを魂の座へ」
 次の瞬間には、悠志は何も無い空間に浮かんでいた。悠志の背中に寄り添うようにセフィルも浮かんでいる。
 その広い背中が兄を連想させて、セフィルはまた泣きそうになる。
「これは……」
 悠志には今、シルフィードの見ている風景が見えていた。自分の手を見ようとして、シルフィードの手が持ちあがる。
「ここはシルフィードの、あの巨人の中。ユージはシルフィードの導き手として選ばれたの」
「導き手?」
「そう。ユージの意思はシルフィードの意思。ユージが望めば、シルフィードはなんだって出来るわ。あのスプリガンをやっつけることだって」
 悠志の、そしてシルフィードの瞳が2体のスプリガンを捕らえる。
『ば、馬鹿な!? 導き手は死んだはず!』
 その言葉に、セフィルがぐっと唇をかみ締める。
『くっ ならば仕方ない。 少々壊してでも持ちかえるぞ!』
 スプリガンが動きだした。このままでは市街地に入ってしまう。
「させるかっ!」
 悠志の叫びと共に、シルフィードが跳んだ。
 一瞬で、数kmあったスプリガンとの距離が無くなる。
 その勢いのまま、1体のスプリガンの顔に肘を討ちこんだ。たまらず吹き飛ぶスプリガン。
「大気にあまねく水の精霊よ、その姿を留めて剣と成れ!」
 セフィルの詠唱により、シルフィードの手に氷で出来た剣が現れる。
 もう1体のスプリガンに向き直ったシルフィードは、相手が反応するよりも速くその胸板に剣を突き立てる。
「汝のあるべき場所に帰還せよ! 契約は断ち切った!」
 剣を通じて伝わった詠唱が、スプリガンを消失させる。
『おのれ! 小娘が!』
 吹き飛ばしたスプリガンが、腰に差してあった剣を引きぬく。
 上段から振り下ろされた剣を、シルフィードが自らの剣で受ける。そのまま剣を払っただけで、スプリガンはよろけた。
 力が違いすぎるのだ。
「私はティル・ナ・ノーグには帰らない。お兄ちゃんのシルフィードも渡さない!」
 セフィルの声に応えるように、シルフィードが斬りかかる。かろうじて受けたスプリガンの剣は、その一撃で中ほどから折れた。
「ユージ、詠唱と共に左手を前に!」
「わかった!」
「風の精霊よ、我が弓手に集いて百刃となれ! 千刃となれ!! 万刃となれ!!!」
 シルフィードの左手から放たれた無数の風の刃が、スプリガンをズタズタに切り裂く。そして、先ほどと同じように剣で貫く。
「……帰還せよ。 契約は断ち切った」
 荒い息と共に吐き出されたセフィルの詠唱が、スプリガンを消失させた。
 
 戦いは、あっという間に終わった。スプリガンでは、導き手と巫女のそろったシルフィードの敵ではないのだ。

 セフィルの呼吸は収まらない。詠唱は力を使うのだ。

「……すごいね、これ」
 悠志が努めて何でもないように言った。
「そう。だからこれを、ティル・ナ・ノーグに渡しちゃいけない」
 ティル・ナ・ノーグが何なのか、悠志には分からない。だが、いつかはセフィルが話してくれるだろうと思って、何も聞かなかった。

「ありがとうございました」
 シルフィードをペンダントに戻して遠野家に帰ったセフィルは、そう言って頭を下げた。
 街は大混乱に陥っていたが、誰も真実にはたどり着けないだろう。
「どうしたの? 改まって」
「私、行きます」
「えっ! どうして?」
 慌てる悠志。沙夜は、優しい眼差しでセフィルを見ている。
「これ以上みなさんに迷惑をかけられないから……」
「悠志」
「な、なに?」
「セフィルの事、迷惑に思ったことある?」
 悠志は首をぶんぶんと左右に振った。
「とんでもない。困っている人は助けないと」
 自分の教育は正しかったと思う。沙夜は大きく頷いた。
「私も迷惑に思ってないわ。きっと悠一郎さんもそう。誰が迷惑に思ってるの?」
「でも、でも……」
「セフィル」
 沙夜の手が、セフィルの肩に置かれる。
「言ったでしょ? 誰もが幸せになる権利があるって。それにね、あなたの敵は、あの力は、多くの人を不幸にするわ。それを防げるのは今のところ、あなたと悠志だけなのよ?」
 沙夜は、自分の胸にセフィルをかき抱いた。
「強くなりなさい。誰もあなたの幸せを邪魔できないくらいに強く。そして、人の幸せを奪わせないくらいに強く」
「私は……」
 くぐもったセフィルの声。
「私は、ここに居てもいいの?」
「あらあら」
 沙夜が笑う。
「あたりまえじゃない。それにしてもセフィルは泣き虫ね」

 今は、泣いてもいいのだと。

 少女はそう思った。




































「まったく」
 蝋燭の明かりが照らす回廊を、二人の男が歩いている。
「導き手は殺したのではなかったのか」
「確かにこの手で。あれは致命傷でした。新しい導き手を見つけたのでしょう」
「ふん、偶然とは恐ろしいものだな」
「はたして偶然でしょうかね」
「……なに?」
「いえ、なんでもありません」
「ふん、まあいい。しかし、貴様の妹にもまいったものだな」
「あれは昔からそういうところがありましたから」

 そう言った男の顔は、死んだはずのセフィルの兄と同一のものだった。


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