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孤独


 孤独とは何だろう?

 酒が入りすぎてがんがんする頭をおさえて、白み始めた空を眺めながら街を歩いていたら、ふとそんな事を考えていた。

 こっちの大学に入るために上京してから、もう半年になる。都会への憧れと現実のギャップにもそろそろ慣れてきた。当り障りのない人間関係のために嘘をつくことに、違和感も罪悪感もなくなってきた。今日のように朝まで飲んでいるなんてことも、普通にこなせるようになった。
 
 飲んでいる間はいい。何も考えずにすむから。だが、こうして一人で歩いていると、ふと思うのだ。たとえば今日の合コンに誘ってくれた友人の趣味すら俺は知らない。誕生日も、どこに住んでいるかも知らない。そして、俺の趣味を彼が知るはずもない。それでも二人は友人なのだろう。友人の敷居がずいぶんと下がったものだ。
 自分の事を誰も知らない。相手の事を知ろうとも思わない。

 寂しい街だと思う。

 太陽が目に痛くて、うつむいた時に、そのダンボール箱に気がついた。がさごそと動いている。人が入るにしては小さいその箱に、俺は不思議な確信をもって近づく。
 そっと覗き込んでみると、予想通りのものが中に入っていた。

 小さな猫。他には何も入っていない。

 ふっと、ため息をつく。動物を捨てる時、誰かに拾ってもらおうという考えは自分を慰めるための欺瞞に過ぎないと思う。そんな可能性は少ないことは、本当はわかっているのだ。だが、そうでも思わないと命を捨てるという行為をしている自分自身がひどく悪い人間に思えて仕方がないのだ。

「お前も孤独か?」
 応えを期待しない問いかけをして、俺はその猫を片手で抱きかかえる。衰弱した猫はたいして抵抗もせず、手の中で丸くなった。
 酔った人間の気まぐれだ。幸い、今住んでいるアパートはペット禁止ではなかったはずだ。

 コンビニで牛乳を買ってから、アパートを目指す。たどり着く頃には、すっかり朝になっていた。
 狭い我家を見ると、門の前を制服姿の女の子がほうきで掃除をしている。管理人の夫婦の娘だ。俺に気づくとにっこりと笑って頭を下げる。
 たしか、高校2年だったろうか。このアパートの中で一番年が近いせいもあって、何回か勉強を教えてあげたりもしていた。
 そう言えば彼女の趣味や誕生日は知っていたなと思うと、少しだけ嬉しくなった。
「どうしたんですか? 急に笑い出して」
「ああ、いや。そうだ、ここペット禁止じゃなかったよね?」
「はい、そうですけど……あっ」
 俺の手の中の猫に気づいて、そっと撫でてみる。それから、少し悲しそうな表情になった。
「捨てられてたんですか」
「まぁ、これくらいの同居人がいても悪くないと思ってね」
 彼女の言葉に直接はこたえずに、そう笑ってみせた。
「そうだ。名前、もう決めたんですか?」
 名前? そう言われてみればまったく考えていなかった。ありきたりなのはつまらないし、あまり奇抜なのもどうかと思うし。

 しばし考える。

 あまりいいのが思いつかない。まぁ、自分が愛着をもって呼べればそれでいいんだろうが。猫の方には意味はわからないだろうし。

 そうだ。

「わきが、なんてどうかな?」

「……え?」
「腋臭」

 からんからんと音をたててほうきが転がった。少女はだらだらと脂汗を流しながら俺から目を逸らし、それでも背後は見せないように後ろ向きに歩きだして管理人室に消えた。ドアを閉める音が妙に大きかった。

「孤独だ」
 命名わきがを撫でながら、俺は一人そうつぶやいた。


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