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表現方法


 友人から宅配便が届いた。
 肉だった。一人暮しの食生活を思ってのことだろうか? そんな事を考えていると、その友人から電話があった。
 実家から送られてきたが、量が多すぎるために処分に困っていると言う。
 そういう事ならと、ありがたく焼肉にして食べさせてもらった。少々酸味が強いが、なかなかおいしい。
 電話でお礼を言うと、その友人はとても喜んだ。なんの肉かと聞いたら、アザラシだと言う。親が遠洋漁業のついでに持ってきたものだそうだ。
 喜んでくれたならとまた送るという。
 その予告どおり、次の日も肉が届いた。
 次の日も。
 次の日も。
 その次の日も。
 その次の日は届かなかった。肉が無くなったのだ。
 君のおかげで助かった、悪くなる前に全部食べる事ができたと、お礼を言われた。
 お礼に、今度は『お頭付き』を送るという。
 アザラシの頭など見たくはなかったが、電話の後すぐに宅配便が届いた。
 届いてしまえば、そこは怖いもの見たさでつい覗いてしまった。
 すると驚いたことに、その『お頭』に見覚えがあった。
 それは、友人の彼女のものだった。
 
 

「……と、言う話」
「なんだそれは」
 大学の食堂で、田辺浩二は友人である深田俊夫の『おもしろい話』に顔をしかめた。
 目の前にはから揚げ定食。
「どうした、食わないのか?」
 はっきり言って嫌がらせである。深田という男はいつもこんな風に田辺をからかっては喜んでいた。
 曰く、
「好きな奴をイジメたくなる。子供だから」
 なのだそうだ。
 そういう事を平気で言う奴なのである。その手の冗談をいつも言っているので、田辺は結構迷惑していた。自分に彼女ができないのはこの男のせいではなかろうか?
 ちなみに深田には、一つ年下の彼女がいる。
「あ、先輩いたーっ」
 とこちらに走ってきた女の子、美山茜だ。そのままの勢いで後ろから深田に抱きついた。
「また田辺先輩にべったりですかー!?」
 そう言って頬をふくらました。目のくりっとした、ショートカットの似合うかわいい女の子だ。どこかのほほんとした風貌だが、これで医学部のトップを独走中なのだから世の中分からない。
 深田とは妙にウマが合うらしい。以前深田のどこが気に入ったのかと尋ねたら、
「体」
 と躊躇なく答えた。
 そういうものなのかと、田辺は妙に納得したものだ。
「じゃあ、俺はお邪魔みたいだから」
 田辺が立ちあがった。から揚げ定食は食べる気になれない。
「まぁ待てよ。こいつとは所詮遊びなんだから」
「あっ先輩ひどいー」
 じゃれあう二人にひらひらと手を振りながら、田辺は食堂を後にした。
 時計に目をやると、かなり危ない時間だった。今週最後の講義は、どうしてもはずせないのだ。
 
 

 次の日、深田から宅配便が届いた。

 生肉。

 笑えなかった。一瞬、美山茜の笑顔が浮かぶ。
 そのままにしておくことも出来ずに、田辺はその肉を冷蔵庫にしまった。せっかくの日曜日を嫌な気分ですごす事になりそうだ。
 外に出る気にもなれず、パソコンをネットに繋げた。
 
 深田からメールが届いていた。
 

>驚いたか?(笑)/hukada

 ダチョウの肉だ。安心するといい、茜の肉じゃないから。
 高かったので、残さずに食べること。
 まだ余っているのでまた送る。俺の口には合わなかった。

 あと、明日は休むのでごまかしておいてくれ。


 

 がっくりと力が抜けた。
 悪質にもほどがある。あの肉が届いてから、胃がキリキリと痛みっぱなしだったのだ。
 ダチョウの肉と言われてもすぐに食べる気にはなれなかったが、深田のことだから、本気で明日も送ってくるに違いない。今日中に食べてしまわないと、冷蔵庫の中がダチョウの肉で溢れかえってしまう。
 ササミ肉のようだったので、とりあえずフライパンで焼いてみる。醤油をたらすと、香ばしい匂いがしてきた。食欲をそそる。
 一口食べてみる。なかなかおいしい。少々酸味があるが、問題にするほどではない。
 ぱくついている間に田辺は、これは質の悪い悪戯であるという考えから、深田なりのお詫びではないかと好意的に解釈するようになっていた。この味なら、明日また送ってこられても歓迎できる。
 結局その日の昼食と夕食は、その肉がおかずのメインになった。まだ、送られてきた量の半分も食べていないが、冷凍しておけばしばらくもつだろう。
 深田には、感謝のメールを送っておいた。
 
 

 次の日、予告どおりに深田は現れなかった。美山の部屋に泊まっているらしい。美山本人は、はずせない講義があるとかで学校に来ていた。「本当はずっと一緒にいたかったのに」とすねている。
 田辺がダチョウの肉のことを話すと、美山は悪戯っぽく笑った。
「先輩も人が悪いですよねー。あれ、本当はダチョウの肉じゃないんですよ」
「え?」
「アザラシです」
 深田の話を思い出して、少し気分を悪くした田辺を見て笑いながら、美山が謝罪する。
「うそうそ、冗談ですってば。今日も送りますから、楽しみにしててくださいねー」

 田辺が帰宅してしばらくたってから、宅配便が届いた。
 昨日の分がまだ残っていたので、今日の分はそのまま冷凍する。さすがに二日連続で食べると少し飽きるが、おいしいことにかわりはない。
 そして、今日もメールが届いていた。
 

>告白する/hukada

 このメールを読んでいるころには、もうあの肉を食べてくれていると思う。
 うまかったか? まずかったら、謝る。

 面と向かってはからかい半分にしか言えなかったから、これを読んでも信じてもらえないかもしれないが、俺は本気だ。
 俺はお前のことが好きだ。愛している。お前は勘違いしているかも知れないが、茜とは利害が一致しただけのパートナーだ。
 こんなことでしか自分の気持ちを伝えられない自分が恥ずかしい。
 でも、お前と一つになれて、俺は嬉しい。

 明日、『お頭付き』を送る。


 

 田辺が次に気が付いた時は、もう次の日の朝だった。
 妙に冷静だった。
 玄関のブザーが鳴り、宅配便の青年が元気のいい挨拶をしている。
 印鑑を押して、その荷物を受け取った。

 田辺が一番驚いたのは、
 そして一番納得したのは、
 深田の顔が、
 とても幸せそうだったということだ。


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