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ある休日の芝村舞


 ぴんぽーん

 ぴんぽーん

 ぴんぽーん

 ぴぽぴぽぴぽぴぽ…………

「……んぁ」

 その日の舞は、チャイムの連射音で目を覚ました。

「まーいーちゃーん、おきなきゃめーなのよーっ」
 ドアの向こうから、ののみの声がする。
 部屋の掃除にくるという約束を、したようなしないような。
 がさがさと辺りを探って、目覚まし時計を確認する。

 6時32分。だが、時計はそこから1秒たりとも先に進まない。

 電池が抜けていた。

 原因は思い出せない。投げたか叩いたか蹴ったかだろうが。
(まぁ……よいか)
 のそーっと布団から抜け出して、よれよれのパジャマ姿で髪も結い上げないまま玄関に向かう。
「まいちゃーん」
「……起きた。今開ける」
 ドアを開けると、ののみの笑顔があった。
「おはよーっ」
「やぁ、おはよう」
 
 厚志の笑顔もあった。

「わっ、まいちゃんたらまた散らかしっぱなしにして」
「うわ、こりゃひどいね」

 主の了承も得ずに、ずかずか入り込んでくる二人。

「なっ なっ なっ」

「このまえおそーじしたばっかりなのに」
「足の踏み場がないね」

「何でそなたがここに居る!?」

 厚志、蹴飛ばされてドアの向こうへ逆戻り。
 大きな音をたててドアが閉まる。

「の、ののみ。何故あやつが」
「え? あっちゃんとはぐーぜん会ったのよ。まいちゃんとこおそーじに行くっていったら、お手つだいしてくれるって」

 ドアの向こうから、控えめなノック音。

「舞、開けてよ。でないと」

 一呼吸おいた。そしてぼそっと

「ばらす」
「何をだーッ!?」

 最終防衛ラインはあっさり突破された。
 再び舞の部屋に入ってきた厚志は、改めてその惨状を見てため息をついた。
「ののみちゃんから聞いてたけど、これほどとはね」

 畳の上に本が平積みになっている。その樹立する本の塔の隙間に、何かのメモが丸めて捨ててあった。
 机の上には参考文献が山積み、台所の流しには食器類が山積みである。
 学校の制服と礼服だけはハンガーにかけてあったが、その他の洗濯物は申し訳程度に一箇所にまとめてあるだけだ。
 忙しいという言い訳は、この二人の前ではできなかった。厚志の部屋もののみの部屋も、これが自分と同じ時間だけ働いている者の部屋かと疑うほど綺麗なのだった。
 赤くなってうつむくしかない。
「さて、始めますか」
「うん」
 腕まくりをする厚志とののみを、舞が慌てて制止する。
「ちょ、ちょっと待て。ののみはともかく、そなたも手伝うのか?」
「ん? そうだけど?」
「だって、その……女の部屋なのだぞ。い、いろいろと……」
「へぇ、普段こんなの履いてるんだ」
「そーゆーことをするなと言っておるのだッ!!」
 朝から叫びっぱなしである。
 厚志の手から下着を取り返すと、取り返したはいいがパジャマにはポケットもついていないので、とりあえずもう一度洗濯物の山の中へつっこんだ。
「ここはいいから、そなたは台所へでも行け!」
 厚志を追い払うと、なにやら文句を言いながら、洗濯物を洗濯機に放りこむ。
「そんなにいっぺんに入れたらだめぇ」
 怒られてしまった。
「お洗濯はやっとくから、まいちゃんはおかたづけしてて」
 役立たず宣告。
「なぁ、ののみ。この本はこうして置いてあるほうが、なにかと便利なのだが」
「そーじきかけられないでしょ。めー」

 芝村舞、形無しであった。

 少し旧式の洗濯機が、ごぅんごぅんと音を立てている。
 台所では厚志が、鼻歌を歌いながら食器を洗っている。
 妙に家事の似合う少年だ。

 そして、部屋の片付けは一向にはかどらなかった。
 なにしろ、本棚に本が入りきらないのである。
 しかたなく本棚の横につんだのだが、すでにののみの身長を超える山が3つ出来ていた。
「ふぇぇ、なんでこんなにいっぱいあるの?」
「いや、必要だと思って……」
 そういうのに限って、あまり必要ではないのは世の理である。
「実家に送っちゃえば? まとめておいてくれたら帰りに郵便局に持ってくけど」
「いや、いい。そんなことをしたら、また計画性の無い事をしていると姉上に笑われる。これはこのままで……」
「めー」
「……今度、新しい本棚を買う」

 そう決まったので、とりあえず本を隅にずらし、ののみが掃除機がけを始めた。
 洗濯物を干すのはさすがにののみでは身長が足りないので、交代である。

 昼頃には、舞の部屋はすっかり片付いていた。
 舞本人はほとんど何もしなかったのだが。

「はい、ごくろうさま」
 厚志が、台所からサンドイッチの乗った皿を持って現れた。ありあわせで作ったわりには、おいしそうだった。
「わぁ、あっちゃんのサンドイッチ、好き」
「ありがとう」
 皿を久しぶりに上に何もなくなった畳の上に置こうとして、厚志はふと窓の向こうを見た。

 春の陽射しが、やわらかく世界を包んでいる。
 絶好の布団干し日和だと遠坂が喜んでいるだろう。

「ねぇ、2人とも。どうしても今すぐ食べたい?」
「ふえ?」
「これから公園にでも行かない? あっちで食べたほうがきっとおいしいよ」
 ののみの顔が輝いた。
 つられて舞も笑顔になる。
「……そうだな。少し疲れたが、公園までなら行ってもよかろう」
「舞は何もしてないじゃないか」
「う、うるさいッ!」

 こうして、舞の比較的平和な休日はもうしばらく続いた。

 ちなみに、3日後にののみが遊びに来た時にはすっかり元通りになっていて、また「めー」と怒られるのだった。


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