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戦士たちのR&R


 人工筋肉と血液を撒き散らしながら、士魂号の左腕が吹き飛んだ。

「っ!」

 コクピットの速水厚志が、瞬間的な激痛に顔をしかめる。機体が破損するほどのダメージはシステムの方で痛みを遮断するようには出来てはいるが、一瞬のタイムラグは仕方が無い。
 
 ましてや戦闘中だ。

 片腕を失った士魂号の目の前で、黒き月より現れた幻獣――ミノタウロスが大地に倒れ、そして消えた。
 士魂号の右手のGアサルトは、まだ銃口から煙を吐き出している。
 危ないところだった。

「喜べ」
 厚志の耳に、合成音でない声が聞こえた。後部座席に座っている芝村舞だ。振りかえってもその姿は見えない。バイザーには、士魂号の見た風景が映し出されている。
 喜べと言った割には大して嬉しそうでもない声だったが、もともと彼女は感情をあまり表に出すほうではない。
「今ので丁度100機目、目標の3分の1だ。よくやった」
「誉めてくれるのもいいけど、ちょっとは心配してくれないかなぁ。今のは痛かった」
「私が心配しても、そなたの痛みが消えるわけではない」
 身も蓋もなかった。
「10秒まて、バランスを再調整する」
「敵の残存数は?」
「4機だ」
「残弾は5発。1機1発で倒せれば1発余るね。先生は2発撃てって言ってたけど」
「そなたの腕なら大丈夫だろう。……再調整終了。ゴルゴーンが1機接近中。行くぞ」
「うん」
 意識を外界に集中する。確かに、視界の片隅にあるマップの光点の一つがこちらに向かってきている。
 厚志は士魂号を敵の方向へ跳躍させた。ビルの上に立った士魂号の瞳が、ゴルゴーンの姿を捉える。
 頭が処理するよりも速く、Gアサルトが火を吹いた。
 轟音と共にゴルゴーンの右半身が消失する。
「浅いっ!」
 舞の声と同時に士魂号が隣のビルへ飛び移る。今まで足場にしていたビルは、ゴルゴーンの生体兵器で粉々に砕け散った。
 照準を合わせたままのGアサルトのトリガーがもう一度引かれた。
 今度こそ完全に消滅したゴルゴーンを見て、厚志が力なく笑う
「ははは……、余裕なくなっちゃった」
「前言撤回だ、馬鹿者」
 舞の呆れ声が聞こえてくる。マップを見れば、新たに2つ、光点が接近していた。ナーガが2機。普段ならどうという事のない敵だが、今はほんの少しのダメージも侮れない。
 左腕と共に、肩に装備していた展開式増加装甲を失ったのが痛い。
「盾だけでも持ってくるんだった」
「泣き言は後だ。それとも一度転進するか?」
 皮肉ではない。現在の状況を鑑みた適切な判断だ。
「いや、大丈夫だよ。まだ行ける。なんたって僕には」
「そなたには私が居る。私にそなたが居るようにな」
 自分の台詞を奪った舞の笑顔が、厚志にははっきり見えた。
「そういう事」
 士魂号はパイロットの意思通り、銃を構えたまま走り出す。
 射程内にナーガが入る。
 Gアサルトが、今日何度目かの咆哮をあげた。
 

「はー、怒られたねぇ」
「そなたの所為だ」
 戦闘の翌日、彼らの愛機の眠るハンガーに向かいながら、二人の表情はすでに暗かった。
 結局戦闘には勝ったものの、残弾尽きて最後は敵を蹴倒して全滅させた士魂号は、大破寸前の所まできていた。機体の交換も本気で検討されている。
「しばらく出撃は無理かな」
「馬鹿な事を言うな。時間がない、今日中に修理する」
「……今日は徹夜だね。狩谷やヨーコさんにも迷惑かけるなぁ」
「だから、そなたの所為だと言っているだろう。だいたい、今日我らは何人の人間に怒られたのだ? 私は覚えきれなかったぞ」
 いつにも増して不機嫌そうな舞にびくびくしながら、厚志は指折り数え始める。
「えーと、とりあえず坂上先生に戦術がなっていないって怒られて、本田先生に怒鳴られて、瀬戸口に嫌味言われて、あと善行委員長と素子さんと精華さんと祭ちゃんと、あ、ののみちゃんと芳野先生には泣かれたっけ。それと、……何?」
 数えるたびに険悪になっていく舞の表情に気づいて、厚志は思わず後ずさった。
「速水」
 いつもは名前の方で呼ばれるのに、速水ときた。
 怖い。
「前から思っていたのだが、そなたの交友関係は妙に女に偏っていないか?」
「き、気のせいだよ。その、きっと」
「そなたはそれで敵を作っている。私だ」
 目の前の舞の迫力に圧倒されて、逃げる事も出来ない。
 舞が、不意に顔を赤らめて、そっぽを向いた。
「そなたは私のカダヤなのだからな。自覚を持て」
「だから、カダヤってなんなの?」
「ううううるさいッ!」
 もう舞の顔は真っ赤だった。形勢逆転。
 舞をからかうと面白いなぁと、厚志はつくづく思う。カダヤの事もなんとなく察しはついていたが、面白そうなので言わないでいる。
 最初に会った時は、無表情でなんだか怖そうな女の子だった。
 今も時々怖いのは変わらないが、最近は段々クラスのみんなとも話すようになってきた。
 いい傾向だと思う。たとえ芝村の姓が特別でも、たとえ明日には誰か死ぬかもしれなくても、自分たちは恋人で、友達もたくさんいて、未来を語り合える方がずっといいに決まっているから。
「そんなに嫉妬してくれなくても、僕は舞の事が好きだよ?」
「だ、誰が嫉妬などするものか! そ、それに、そんなに簡単にす、すすす好きとか……あーッ!!」
 未来がどうとか言う前に、本当に面白い。
「困らせたお詫びに、今度の休みは家においでよ。ご馳走するから。たっぷりサービスしてあげるから、ね?」
 人間の顔がここまで赤くなるものだとは思わなかった。
「ばッ……」
「ば?」
「馬鹿者ッ!!」
 ついに舞は実力行使に出た。
 
 

「青春だねぇ」
 プレハブ校舎の屋上から自分の生徒たちを眺めながら、本田節子はカカカ、と笑う。
 もっとも、会話の内容を聞いたら即座にライフルをぶっ放していただろうが。
「しかし、わずか3週間で100機撃墜か。こりゃ絢爛舞踏も夢じゃないかもな」
「でも、なんだか怖いわ」
 その隣で、同僚の芳野春香が眉をひそめる。
「なんだか、あの子たちが人間でなくなっていくみたいで……」
「なぁに、ああやって笑っているうちは大丈夫さ。それにあいつらを見てると、なにかやってくれそうな気がしてならないんだ」
 頭の上に?を浮かべた春香を見て、また笑う。
「ま、気のせいだろうけどな」
 

 速水厚志。1984年生まれの15歳。
 特別な能力があるわけでもなければ勇者でもない。

 

 今は、まだ。


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