to catalog
Boogiepop in another future or meet and farewell

「であい」と「さいかい」


 私が異変に気付いたのは、今から2週間くらい前のことだろうか。
 私の周りの人間がみんな「いい人」になってしまったのだ。「いい人」というと、ちょっと語弊があるかも知れない。正確に言えば、どんな人間にも必ずあるような、欲望だとか怒りだとか、そういった「負の感情」が無くなってしまった。
 私の通う予備校は結構厳しくて、講義中に話をしてたりするとすぐ怒られるのだが、それも一切無くなった。
 先生たちは満足してるだろうけど、私はみんながなんだか人形のように思えてきて、気持ち悪かった。
 私の周りで「いい人」になってないのがもう2〜3人になってしまった頃、私はあることに気付いた。
 このごろ流行っていた人形だ。「しずめてくん」などという安易なネーミングだが、見た目がなかなかかわいいのと、その「効能」で、瞬く間にひろまった。
 いわく、ムカついたときや悲しい時に「しずめてくん」をぎゅっと握り締めれば、「しずめてくん」がその怒りや悲しみを鎮めてくれる。
 かなり眉唾物の効能だが、どうやら本当にそんな効果があるらしく、めちゃくちゃ怒っていた女の子が急にすっとその怒りを収めているところを私も何回か見たことがある。
 その結果がこのいい人現象なのだろうか。
 私は人形を持ち歩く趣味はなかったし、ほかの「いい人」になっていない人たちも、その人形を持っていなかった。
 そのことを「いい人」になっていない友人に話したところ、彼女は偶像崇拝や自己暗示、集団ヒステリーまで持ち出して、懇切丁寧に説明してくれたが、肝心な所は解らないらしかった。科学や心理学では説明のつかないところがあるらしい。彼女は「友人にそういうことに詳しい人がいるから聞いてみる」と言っていたが、「殺人博士」まで言われた彼女より詳しい人がいるとは信じられなかった。
 まぁ、理屈面は彼女に任せるとして、私は行動に出ることにした。もともと、考えるより先に手が出るタイプなのだ。この「能力」のおかげで、近頃は相談役に回ることが多いけど。
 ……話が逸れた。とにかく、私は「しずめてくん」の制作者に会うことにした。この大ヒットした人形はなんと、たった一人の人間が作っているという。その人ならばこの「いい人」現象のことを、なにか知っているかもしれない。
 あいつに会ったのは、その日の事だった。「しずめてくん」の制作者のアトリエのドアの所で、そこから出てきたあいつとばったりでくわしたのだ。
 あいつの事は昔からよく知っていた。
 黒い帽子に黒いマント。人がもっとも美しい瞬間に、それいじょう醜くなる前に殺してしまう殺し屋。
 私がまだ高校生の頃、女の子の間だけでひろまった噂の主人公。
「ぶ、ブギーポップ!?」
 産まれてこのかた、こんなに驚いたことは無かった。自分の「能力」に気付いた時も、もう少し冷静でいられたのに。
 だが、ブギーポップの顔を見た時、その記録はすぐに更新された。
 その顔をよく知っていたからだ。つい先日も、デザイナーの彼氏と最近うまくいかないと泣きつかれたばかりだった。
「宮下ぁ!?」
「……君は宮下藤花の知り合いかい?」
 そいつは普段の宮下よりいくぶん低めの声で私に話しかけてきた。私はもう、なにがなんだかわからない。
「なにいってんの?私だよ、成瀬看祢。しらばっくれてんの? 本当に宮下?」
「今は違う。今のぼくはブギーポップだ」
 ますます訳がわからない。
「君は人形を買いにきたのか?だったら残念だが、彼女はもう遮断した」
「私はべつに買いにきた訳じゃ……って、遮断てなに?」
 だが、宮下(本人はブギーポップと名乗っていたが)は質問に答えず、私の顔をいぶかしげに見つめた。
「君はなぜ泣いているんだい?」 
 その言葉を聞いて、私は一気に冷静になった。それは、私が聞きなれた言葉だったからだ。まさか、宮下の口から聞くとは思わなかったが。
 だってそれは、自分の心を隠しているか、隠していることにも気付いていない人が言う言葉だったから。
 これが私の「能力」だ。私はその台詞を言った人に向けて何回も言った言葉を宮下にも言ってやった。
「私が泣いてるように見えるなら、それはあなたの心が泣いているからよ」


next