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Boogiepop easter/Cross over

liar prince/鹿宮詠利・2


 沈みゆく太陽の光で真っ赤に染まった大通りに立ち、俺はゆっくりと自分の意識を広げていく。
 すぐに、誰とも共有できない俺だけの世界が現れる。
 俺を中心に感じる、たくさんの命。男、女、子供、大人、元気な奴、今にも死にそうな奴……
 そんな命の光を感じる。
 俺はしばらくそのままで、感覚がこの世界に慣れるのを待った。なにしろ、普段とはまったくの別世界だ。一度無機物は一切感じられないこの力を歩きながら使って、トラックに跳ねられた事がある。
 あの時はいかに合成人間とはいえ死にかけた。
 嫌な事を思い出しつつ、俺はさらに意識を限界ぎりぎりまで広げた。
 意識が光で埋め尽くされる。まるでごみのように、と言ったら生命に対する冒涜だろうか。
 命を感知すると言っても、この力でMPLSを見つけることはできない。そんなことができたら俺の複製が大量に作られて、この世からMPLSなんてものが消えて無くなるだろう。
 言い訳かもしれないが、俺はMPLSの能力と言うのは、個性とかそう言われるものの大げさな物に過ぎないと思っている。彼らはまぎれもなく人間で、少し個性的なだけなのだ。
 こんなことを口にすれば反逆罪だろうが。
 ……今は、余計なことを考えずに御厨奈津美を探すことにしよう。MPLSかどうかはわからなくても、何かしらの判断材料はあるはずだ。
 ざっと世界を見渡して、まず気が付いたのが『スレイブ』の存在だった。9人いる。
 他の合成人間がこの街に来ているのだろうか? ……いた。
 光の加減に見覚えがある。名前はヴィクセン。あの狐女か。
 御厨奈津美の存在は、統和機構にすでにバレていたという事だろうか? だが、今のところスレイブにもヴィクセン本人にも特に目立った動きは無い。まだ見つけてはいないようだ。
 他に手がかりは無いだろうか? 例えば……
 例えばそう、合成人間の目の前にいる少女が気絶して、その合成人間と共にどんどん人気の無い所へ移動していくような。
 こめかみをほぐしつつ意識を元に戻した。場所は遠くない。走って行けば間に合うかもしれない。
 その合成人間の光にも見覚えがあった。
 奴ならやりかねない。
 非常自体だと勝手に解釈して、少しばかり陸上の世界新を塗り替える程度のスピードで走り出す。周りの連中は驚いているが、明日になれば忘れているだろう。
 そんなものだ。
 さっき見た光の移動方向から予測される目的地に急ぐ。たしか、その場所には公園があったはずだ。時間との戦いだ。事が起きてからでは遅い。

 フェンスを乗り越えて公園の中に入った。あたりざっと見回し、一番人の入ってこなさそうな所へ踏み入る。
 予想は的中した。
「そこまでだ、変質者」
 俺に背を向ける合成人間にそう声をかける。
 振り返ったそいつの顔は真っ白だった。痩せた体と、そして落ち窪んだ眼窩とあいまって骸骨のような印象を受けるこの学生服の男と、俺は確かに面識があった。
「よぅ、シーカーじゃないか」
「相変わらずだな、ブリッツ」
 相変わらず。ブリッツの向こう側には気絶した御厨奈津美が倒れている。そして二人の周囲には、彼女が着ていた服が散乱していた。
 上半身には一切手をつけていないあたりがマニアックだ。
 ブリッツの様子から見て、どうやら間に合ったようだ。
 こいつは昔からこんな奴だった。
「奇遇だな。こんなところでどうした?」
「奇遇も何も、ここは俺の担当区域だ」
 その言葉にブリッツがニヤリと笑う。
「特殊任務だ。C級に言われる筋合いは無いね」
「それが特殊任務をしている姿かよ?」
「その通りだシーカー。なんとこいつはMPLSなんだ。だからデータさえ取っちまえば、後は殺すまで俺の自由だ」
 こういう奴だ。職務に忠実なんだかそうでないんだか、いまいちわからない。
 俺が彼女がMPLSだと気づいていることは知らないらしい。だとしたらまだ交渉の余地はあるかもしれない。直接戦闘になったら一秒ともたないのは目に見えていた。奴の余裕もその事実からきている。
「なぁ、そいつの制服を見て、思い当たる事は無いか?」
「制服?本物の女子高生とは久しぶりだが?」
「そうじゃなくてだな……そいつ、トーチカの所の生徒なんだよ」
「何トーチカ!?」
 トーチカの名前が出たとたんにブリッツの目の色が変わった。
 その顔を見て、一瞬明るい『大森先生』の顔が浮かんだ。悪いと思ったが、非常事態なので無視する。
「そうだ。それで探してくれって頼まれたんだよ。……それがブリッツに殺されたとなれば、トーチカがどう思うかなぁ?」
「う、うぅ……」
 さっきの余裕はどこへやら、だ。
 美人となれば合成人間だろうがおかまいなしのブリッツはその昔、トーチカに手を出してこっぴどくふられた事がある。そして今なおご執心という訳だ。
「データさえ取っちまえば後はお前の自由、なんだろ?」
「うぅ……、一回ヤった後じゃだめかな?」
 もう一息だ。
「トーチカが潔癖症だって、お前知らなかったっけ?まぁ、傷物にされたって知ったトーチカがどう思うか、俺には簡単に想像できるが」
 ブリッツは、まるでそれが解けなければ死ぬとでも言うような表情で悩んでいる。
 下品バカめ。
「統和機構に背いてまでそいつを助けるんだぜ。きっとトーチカも喜ぶよな」
「……トーチカはさせてくれるかな?」
「それはお前の交渉次第だろ」
 トーチカに対する謝罪の念と共に、勝利感が俺の心を満たす。
「しかし、お前も懲りないよな。あんなに手ひどくふられたってのに」
「なに、愛がなければ合成人間なんてやってられねぇよ」
 愛、ねぇ。
 トーチカも言っていたが、言う人間によってこれほど印象が変わるものか。
「じゃあ、商談成立ってことで。ヴィクセンの事は頼む」
「知ってたのかよ。ああ、まかせとけ。その代わりトーチカによろしく言っといてくれよ」
『勝手に交渉しないで欲しいわね、ブリッツ』
 突然、第3者の声が割って入った。
 女の声。御厨奈津美の方を見るが、彼女はまだ気絶したままだ。
『お久しぶりね、シーカー。でも、ブリッツをそそのかすのはどう言った了見かしら?』
 声は、ブリッツの口から出ていた。
「アンジー……か?」
 俺は、ブリッツやヴィクセンの直接の上司となるA級合成人間の、フランス人形のような金髪碧眼の顔と、その能力を思い出す。
 彼女の能力は<神託>と呼ばれている。世界中のどこからでも、こうやって任意の相手の五感を乗っ取れるのだ。相手によって乗っ取れる内容に差はあるが、彼女の直下の合成人間たちは皆、彼女が五感の全てを掌握できる者ばかりだ。
「特殊任務って……あんたのだったのか」
『そんなことはどうでもいいでしょう?。それよりあなたよ、シーカー。MPLSと知ってなお、彼女を助けるの?統和機構に対する反逆よ』
 さっきまでのブリッツのように、俺の頭が激しく思考する。だが俺のはまさしく命がけだ。
 ここで俺が「ノー」と答えれば、御厨奈津美が死んでそれで終りだ。
 ……いや、そうか?生徒の中にいるMPLSが見つけられなかったのだから当然トーチカにも疑いの目は向くだろう。そして俺の職務怠慢もバレるかもしれない。
 逆に「イエス」と答えればどうか?
 当然俺は殺されて御厨奈津美も殺される。そうするとトーチカも疑われて……
 同じじゃないか!?
 待て、考えろ。もっとも被害の少ない方法は……
「そうだと、言ったら?」
『へぇ……』
 表面上は平静を装ってはいるが、内心ではいつボロが出るのかと焦りまくっている。
「確かにトーチカにそいつを探すように頼まれたんだがな。実は俺、そいつがMPLSだって知ってたんだ。そして、トーチカにばれないように力を抑えるように言っておいた。……暴走してバレちまったがな」
『それで?』
 アンジーが続きを促す。骸骨みたいな顔から美しいソプラノの旋律が聞こえてくるのはなかなか不気味だったが、今はそんなことを気にしてられない。
「それで、トーチカに発見と抹殺を依頼されたんだけどな。ちょいと事情があって、そいつを殺したくなかったんだ」
『統和機構を裏切るほどの事情、ねぇ? 彼女に力を抑えるようにも言っているようだし、どういう事?』
「わからないか?俺はそいつを、奈津美を愛していたんだ」
 沈黙が場を支配する。
 我ながら恥ずかしい台詞だ。だがこれでうまく行けば、俺と御厨奈津美が殺されるだけで事が済むかもしれない。
 じっと、アンジーの答えを待つ。
『ふふふ……、面白いことを聞かせてもらったわ、シーカー。こんなに笑ったのは久しぶりよ。……クピードーが卵を手のひらで爆発させた時以来かしら?』
 俺は激しく混乱した。まったく予想外の展開だった。
『いいわ…ふふ、あなたの愛するお姫様は見逃してあげる。これは私の独断だから、アクシズにも内緒にしておくわ。これでトーチカも安心するでしょう』
 全てお見通しかだったのか?だったら、俺のあの恥ずかしい台詞はなんだったんだ?
『まったく、とんだ無駄足かと思ったけれど、最後に面白いものが聞けたわ。ありがとう、シーカー』
「無駄足って、ひょっとしてお前、まだあきらめてないのか?」
『あたりまえでしょう?私はそのために合成人間として生き長らえているのだから』
 アンジーの目的。それは、
『私は必ず、私の全てを移せる人間を探して、この呪われた体から抜け出すのよ』
 それは、人間になる事だった。
 前に一度だけ冗談まじりに聞いた事がある。夢見る少女の表情で、そんなことを言った。
 誰かにばらしたら殺すとその後に言われなかったら、俺は彼女を本当に愛してしまったかもしれない。
「そんなに合成人間が不満かよ?」
『ええ、不満だわ。こんな後にも先にも誰もいない、自分しかいない生命体なんて』
 確かに俺たちは不自然な生命体だ。そして、その不自然な生命体を作り出した屑野郎どもに飼われている。
 それが嫌で俺も、そしてアンジーも統和機構に逆らっている。そして統和機構から離れられないことも知っているから、影でこそこそやっているのだ。
 統和機構から離れるには死しかなかった。アンジーはそれ以外の道を探している。
 俺には、何ができるのだろうか?
『それじゃあ、こちらはそろそろ撤収するわ。あなたがお姫様をどうするのか、見物ね』
「ほっとけ、あれは嘘だ」
『ふふ、どうかしら?それじゃあ、ごきげんよう』
 そう言って、アンジーの声をしたブリッツは、俺たちを残して去っていった。

「ほら、起きろよ。朝だぞ?」
 抱えあげた御厨奈津美の頬を2,3度叩くと、彼女は小さなうめき声をだして、うっすらと目を開けた。
 ぼーっとしていて、現状が把握できていないらしい。
「あ、あの、あなたは……?」
「お姫様を助けにきた王子様だ。白馬には乗ってないけどな」
 御厨奈津美はきょとんとしていて、何も言えずにいる。
 ノリの悪い奴だ。
「私は……男の人に追いかけられて……」
「そいつは追っ払ってやったよ。助けに来っていったろ?それから、これは返しておく。それじゃ寒いだろ」
 そう言って俺は、彼女にスカートを渡した。
 御厨奈津美はしばらくそのスカートを眺めてから、自分の下半身を見下ろし、そして真っ赤になった。
 
 俺が御厨奈津美から受け取ったのは熱い抱擁ではなく、黒板を引っかいたような叫び声と跡が残るほどのビンタだった。


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