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Boogiepop easter/Cross over

制約/坂崎敬一・1


 雨の日の朝、俺はゴミ捨て場で天使を拾った。
 

「……またあんたか」
 同時に同じ台詞を吐いた俺たちは、同じようにため息をつく。
 俺、坂崎敬一の目の前にいるのは黒のライダースーツに身をかためた女だ。かなりの美人だが、アイドル顔というには雰囲気が鋭すぎた。
 俺たちの周りには、何人かの男たちが折り重なるようにして倒れている。死々累々、というやつだ。
 薄暗い路地裏には争った時に倒れたゴミ箱の中身が散乱していて、すえた匂いを撒き散らしている。
 まったく、男と女の出会いには最悪のシチュエーションだが、俺も彼女も出会いを求めてこんな場所にいるわけではない。
「立てるか?」
 女はそう言って、俺に手を延ばしてきた。
 そう、助けられたのは情けないことに俺の方なのだ。
 彼女の手を取って立ち上がり、服についたほこりを払う。最近喧嘩慣れしてはきていたが、相手が片手で数えられない人数になってしまうと急所を外すので手一杯だった。
 よってたかって袋叩きにされていた所を、通りがかりの(?)彼女に助けられた、というわけだ。
 俺の見ている前で、彼女は持っていたスタンガンを倒れている男たちの頭に当てていく。
 びくん、と反応してそれっきりだったが、息はしているようなのでそのまま放っておく。
「これで3度目か? あんたに助けられるのは」
「4度目だ」
 呆れたように訂正した彼女の目が、不意に鋭さを増した。
「どういうつもりだ?」
「どうって、何が?」
 とぼけた俺の頬のすぐ横で、空気が弾けた。どん、という鈍い衝撃が後頭部で響く。
 彼女の拳が壁に突き立てられていた。
 ……踏み込みが見えなかった。俺の背中が一気に冷や汗で濡れる。
 突き刺すような瞳が目の前にある。
「一体、何を探しているんだ?これ以上続けてると、後戻りできなくなるぜ?」
 その言葉が重かったのは、きっと彼女がもう後戻りできない所まで来ているからなのだろう。そして、その場所に立ち止まらずに前へ進み続けているからなのだろう。そうするためにどれだけ身も心も強くならなければならないのか、俺にはわからない。
「でもさ、ととえそうだとしてもやらなくちゃいけないことってあるだろ? だからあんたも戦ってるんじゃないのか?」
 しばらく俺を睨んだ後、彼女はふっと肩の息を吐いて「やれやれ」と肩をすくめた。
「そこまで言うんだったら勝手にしな。でも、あんたが死んだって喜ぶ奴なんて一人もいないよ」
 それはそうだろう。でも、俺が死んで一番悲しむだろうあいつは、もうここにはいない。
 遠回しな自殺願望なのだろう、これは。でも今更やめられないし、やめるつもりもない。たとえそれが、あいつがかけた魔法のためだったとしてもだ。
 たとえこのまま死んでしまっても後悔はしないだろう。
「そうだ、まだ名前聞いてなかったな。俺は坂崎敬一。あんたは?」
「霧間凪」
「……へぇ、あんたが有名な深陽の炎の魔女か」
 俺の反応に霧間が苦笑する。
「どうせロクな噂じゃないんだろうな。まぁ、いいさ。いつでも俺が助けに来ると思ったら大間違いだからな。せいぜい気をつけろよ」
 そう言って背を向けた霧間に、俺は最後の質問をした。
「なぁ、統和機構って知ってるか?」
 霧間は俺の質問に「さぁね」と答えただけで、振り返りもしなかった。俺がそれ以上何も言わなかったので、彼女は愛車のTW200にまたがり、俺の前から消えた。
 霧間の言葉が本当か嘘かはわからない。ただ、どちらにせよ彼女からは何も聞けないだろうと、なんとなく理解した。
 彼女を見送った後、俺も早々にこの場を立ち去ることにした。こんな臭い場所に長居は無用だ。
 だが、きっと俺はまたこんな場所に戻ってくるのだろう。
 あいつが、俺がつばさと名付けた天使が産まれた訳を知るために。
 

 雨の日の朝、俺はゴミ捨て場で天使を拾った。

 そいつは笑って、泣いて、そして空へ還った。

 あの日以来、俺はこの街をさ迷い歩いている。

 あいつにかけられた魔法の意味を知るために。


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