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不気味なポップ

 
 やはり、デートの15分前に来るというのは年上の彼氏として間違っているのではないか。
 竹田啓司は待ち合わせの時刻を15分ほど過ぎたころにそんなことを思う。
 いつものことであった。それでも啓司がそれをやめないのは、彼がアレだとか、そういうことではない。普通の人よりちょっとどうかなぁ、といった程度のことである。
 虚しく回転する秒針をぼんやりと眺めつつ、啓司はそれから15分ほど無駄な時を過ごした。
 人混みの中を走ってくる宮下藤花を見つけたのはそのころである。
「ごめんなさい先輩待ちましたか」
「いやい」
 まきたところだよ、と条件反射で出た言葉は最後まで続かなかった。まじまじと藤花を見直す。
 暖色系でまとめられたハイネックのセーターとフレアスカートは彼女に似合っていて、とてもかわいらしい。
 だが、どこかおかしい。
 オリンピック級のスプリンター並のスピードで全力疾走してきたように見えたのだが、藤花は息も切らしていない。そして
「どうしたんですか先輩」
 台詞が棒読みだった。
 流行かなにかだろうか?
 目標としている仕事が仕事なので、啓司はそういう情報を収拾しているのだが、そんな話は聞いたこともない。
「先輩」
「い、いや、なんでもないよ」
「うふふおかしな先輩」
 棒読みだった。口元に手をもっていく動作がわざとやっているのではないか、というほどぎこちない。
 なんらかの嫌がらせだろうか?
 そんな考えに陥りそうになる啓司に、ある一つの可能性が思い浮かんだ。
 いやしかし、あいつはめったなことでは現れないし。
「今日は遊園地に連れていってくれるんですよねわたし楽しみだな(棒読み)」
 藤花が笑っているようなからかっているような、いわく言いがたい左右非対照の表情をする。
 あああああああ……
 頭を抱える啓司を引きずり、藤花?は遊園地へと向かった。 

「きゃーこわいー」
 確かに恐かった。ジェットコースターに乗って、眉一つ動かさずにそんな台詞を吐く(しかも棒読み)人間のとなりに座るのは。
 藤花?がくいっと首を90°曲げて啓司の方を見る
「先輩たすけてー」
 助けて欲しかったが、体が固定されて逃げることもできない。
 涙が線になって後方に吸い込まれていく。
「きゃーっ」
 まるでお手本のような叫び声も後方に吸い込まれていった。

「きゃー先輩ー」
 プロレスラーに締技をかけられたような勢いで抱きつかれる。まるで万力だ。
 お化け屋敷に入ろうといわれたあたりからなんとなく予想はしていたが、まさかこれほどとは。
「うらめしや〜」
「きゃー」
「ぎゃぁっ」
 最後の啓司の悲鳴が一番大きかった。
 くっそう係員カップルがいちゃつきやがってとか思ってるなだったらかわれ今かわれすぐかわれ。
 そんなことを思いながら、啓司の意識は途切れた。

「お化け屋敷で失神しちゃうなんて先輩けっこうかわいいところあるんですね」
 あいかわらず棒読みだった。
 結局、あれからいろいろとひどい目にあって、あたりはすっかり朱に染まっている。
 遊園地を出ても啓司は藤花?に引きずられるまま、ふらふらと街を徘徊していた。
「なぁ、おまえってブ」
「少し疲れましたね先輩あそこで休んでいきませんか」
 つられて見上げた啓司の目に、やけにいあかがわしいネオンが飛び込む。
「こ、ここってラブホ……ぐぁっ」
 ぎゅっと腕をつかまれる。つかまれるというよりは、握りつぶされかけた、という表現の方が正しかったが。
「女の子にこれ以上言わせないでください」
 あいかわらず棒読みだったが、緊張でそんなことも気にならなくなる。
 啓司の中では理性と欲望がせめぎあい、1R K.Oで欲望が勝利していた。
 藤花?に連れられ、ホテルの一室に入る。
 丸いベットなんて始めて見た。
「と、藤花……」
 緊張しながら藤花の方を見る。だが、藤花の態度は一変していた。
 それはまるで獲物を待つ狩人のように、引き絞られた弓のように、静かに、そして力強く。
「しっ……来る」
 ドアノブがゆっくりと回転する。
 がちゃり。
 入ってきたのは掃除のおばちゃんだった。
「あら、お客さんが」
「世界の敵ィーッ!」
 問答無用で藤花?が掃除のおばちゃんに襲いかかる。
 啓司は繰り広げられる惨劇に目をそらすことができなかった。部屋の中に血臭が充満する。
「と、藤花?」
「ああ、驚かせてしまったね。実は彼女は統和機構という(中略)というわけで世界の敵なんだ」
 それが証拠に、と藤花?が指さした先には、先ほどまで掃除のおばちゃんだったモノがしゅうしゅうと煙を出して蒸発していた。
「今まで黙っていて悪かったが、実は今のぼくはブギーポップなんだ」
 スプラッタからホラーに移行しつつある室内で、藤花?は衝撃の告白をした。
 今まで気づかれていないと思っていたのか。
「この近くに世界の敵がいることがわかってはいたんだが、場所が特定できなくてね。君達のデートを利用させてもらったんだ」
「でも、どうしてここだってわかったんだ?」
「それはこの『世界の敵レーダー』が……」
 髪の毛を指さすブギーポップは見ないようにする。そんなもので発見される世界の敵とやらが哀れでならなかった。
「今日は悪かったね」
「しかたがないさ」
 ブギーポップは笑っているような、悲しそうな、左右非対照の表情をした。
「じゃあ、ぼくは消えるよ」
「ああ、またな」
 ブギーポップがすっと目を閉じる。
 その時啓司ははた、と気づいた。この場所は非常にまずいのではないだろうか、と。
 青くなる啓司の目の前で藤花はゆっくりと目を開け……


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