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愛と欲望の果て

 
 一人の男にスポットライトがあてられる。
 高校生のくせにくわえタバコだったりして既にやる気を感じさせないが、バイト料もらってるので仕事はする。
「あー、あー、マイク入ってます? あそう。じゃ、はじめましょうか」
 その台詞を合図に流れ出すニュルンベルグのマイスタージンガー。
 そして、会場全体に明かりがともる。なんだかチープなセットがちょと寂しい。
「あー。みなさんこんにちは、木村明雄っす。みなさんが今見ているこの番組『愛と欲望のキス争奪戦』は、意中の人のキスを賭てこちらの用意したゲームに出演者が1対1で勝負するという……本当にくだらない内容っすね、先輩」
 ぼやく明雄のイヤホンにぎゃーぎゃー文句が飛び込んでくる。あまりの大音量に顔をしかめながら、アンチョコを取り出す司会の木村アナ。
「あーはいはい。さて、栄えある……ねぇよなぁ……栄えある第1回の挑戦者はこの方たち。……え? これ本当に読むの? はい、はい、えーっ!?  わかりましたよしょうがないなー。『植物料理人』軌川十助と『ロリータ委員長』新刻敬! なお、景品の方は楠木玲さんと竹田啓司先輩です」
 お札のように『景品』と書かれたステッカーを貼られたうえに、ロープですまきにされている玲と啓司が登場。啓司はともかく楠木先生はすこぶるご機嫌斜め。スタッフの半分が再起不能という未確認情報もある。
 そして、ぶしゅーというスモークと共にスタジオの特設ステージから鉄人のごとく現れるピエロの格好の軌川十助と黒い筒。
 ブギーポップであった。
「あれ?新刻先輩は?」
「邪魔くさいので遮断した」
 そっ気ないブギーポップの返答に固まる会場。今ごろコールセンターには新刻ファンからの抗議の電話が殺到していることであろう。
「なんちゃってー、うそぷー」
 いや、そういう言葉を平板に言われても。
 ブギーポップは左右非対照の表情をして、
「本当は急用が入った新刻敬にどうしてもと頼まれたんだ」
 だったらなぜ目を逸らす。なぜ唐突に口笛を吹きはじめる。
(嘘だ)
(嘘だ)
(嘘ね)
(新刻も大変だなぁ)
 一人を除いて誰も信じちゃいなかった。
「え?はい。あー、大会本部から大勢に影響無しということで、ブギーポップの出場を認めるという通達が来ました。じゃ、さくっとはじめましょうか」
 スタッフが機材を持ち込んでくる。そのほとんどが包帯やら湿布やらで白くなっていることから、先ほどの情報はどうやら本当らしかった。
 並べられる、布をかぶせられた3つの台。
 そのうちの1つ、十助とブギーポップに一番近い台の布がはずされる。
 出てきたのは、巨大なかき氷であった。
「第1回の競技種目は『冷たき熱戦、巨大かき氷早食い3番勝負』です。……季節感まるでゼロっすね。あーうるさいなー、もー。なおこのかき氷は景品の楠木玲さんが作った一級品とのことです。かき氷に一級も二級もないような気もしますが」
「ふっふっふっ、この勝負もらったな。アイスの勝負で僕が負けるわけないじゃないか。それに玲の作ったものだし」
 すでに勝利宣言の十助に、む、と唸ってブギーポップが反論する。
「あれはアイスじゃなくてかき氷だ。それになにしろぼくは自動的だからね」
 よくわからない。子供の負け惜しみレベルだった。
「じゃ、はじめますよ。両者とも位置について。よーい……」
 ぱぷー、と気の抜けたブザーに背中を押されて走り出す二人。かき氷に手をつけたのはほぼ同時だった。
 のたのたと実況席に向かう明雄。
「さて、本当にはじまっちまいました。ブギーポップはオーソドックスないちご、軌川十助は体色と同じだからなのか、メロンを選びました」
「甘いわね」
「え?」
 ブギーポップと十助はかき氷を一気にかき込み、
「ぶげはぁっ!?」
 そして吹き出した。
 ブギーポップ口から。十助鼻から。
 赤と緑に彩られた氷の微粒子が、会場のライトに照らされてキラキラと輝き舞い踊る。
 出所を考えなければ、美しい光景ではあった。
「自分が景品にされるような状況で、私がまともな料理作ると思ってるわけ?」
 スタッフを脅してロープを解いた玲は、口元をおさえてげほげほ咳き込むブギーポップを指さし、
「タバスコと」
 今度は悶絶している十助のほう。
「わさび」
「はぁ、そうですか、そうですよねぇ。……ちなみに、ギブアップした場合は相手の分も強制的に食べるフルーコースになるので注意って、楽しんでますね?先輩」
 明雄の言葉を聞いて、のろのろと立ち上がる二人。今度はゆっくりと食べていく。それはそれでつらいのだが。
 汗をかきながらかき氷を食べるという、なかなか体験できないことをしている。
「おーおー、二人と泣いてます。あ、なんとか食べ終わったようですね。でも、まだ次があるし」
 今度は黄色と青。
 悩んだ挙げ句、ブギーポップは黄色、十助が青いかき氷を手に取る。
「レモンとブルーハワイ、じゃないですよね、やっぱ」
 明雄の言葉が終わらないうちに、歴史は繰り返していた。
 今度はブギーポップの方が鼻から出した。
「バナナの皮と、青いのは思い付かなかったから、絵の具」
「……絵の具、ですか?」
「絵の具よ」
 第1回から死人が出たら、やっぱり打ち切りだよなぁ。
 明雄の脳裏にそんな言葉が浮かぶ。
 それでも食べ続ける二人を見て、明雄はちょっとだけ感動した。
「お、食べ終わりましたねぇ。ブギーポップはともかく、軌川十助はすでにへろへろです」
 なんだか変色している十助を置いて、一歩先に出たブギーポップ。
 次のかき氷は両方黒かった。その片方を手に取り、ブギーポップの動きが止まる。
 その間にぼろぼろの十助がやってきて残った方を口に含み、そして、ブギーポップの分も引き受けたと言わんばかりに口と鼻から吹き出した。
 黒いので、ただ汚いだけだった。
「ブギーポップはどうしたんでしょうか? 解説の楠木さん」
「あの反応を見ると、ブギーポップの方は正露丸のようね」
「せっ……」
 精神的にかなりの所までいっていたので、手に取るまで匂いに気づかなかったのだった。
 ブギーポップの額にだらだらと脂汗がうかぶ。
「ちなみに軌川十助の方は?」
「墨汁」
「またですか……」
 ブギーポップものろのろと食べはじめた。氷に溶けた正露丸がどのような味がするのか、玲も含めた全員が想像できなかった。
 ぶぎーぽっぷの横でどさり、と音がする。
 ついに十助が倒れたのだった。いい感じに黒くなっている。
「あー、救護班呼んでも無駄かな? 人間じゃないし」
 とりあえず隅の方に片付けられた十助には目もくれず、ブギーポップは黙々と正露丸入りかき氷を食べていく。
 そして、
 ついに、
「た、食べ終わったよ……うぷ」
 勝者が決定したのであった。

「さて、それではキスのコーナーに行きましょう」
 啓司とブギーポップが向かい合って立っている。
 むふー
 二人ともなんだか鼻息が荒い。
「あまり気にすることはないよ。宮下藤花とはいつもしているんだろう?」
「あ、う、うん」
「ひょっとしてまだなのか?」
「そ、そんなことはないぞ、うん、ないない」
 図星?ひょっとして図星?
「だって、その、お前は男だし……」
 ブギーポップは笑っているようなからかっているような、そんな表情をする。
「男でも女でも、好きな方に考えるといいさ」
 ブギーポップが爪先立ちになって、二人の唇の距離が狭まっていく。

 がしん

 もうちょっとで……

 がしん

「わ、なんだ君は?ぐわっ」

 がしん

 ぎぎぎ……
 会場のドアが、音を立てて開かれた。
 ブギーポップが驚愕の声をあげる。
「新刻敬!! 生きていたのか!?」
 まさしくそれは、全身ずぶ濡れで、頭に海草をべたりとたらした新刻敬だった。
 制服は所々破けてぼろぼろ。手にはびっくりするほど巨大な枷が付けられている。
 さっきの音の正体は、彼女の足が埋まっているコンクリート片だった。
「早春の東京湾は冷たかったわよ、ブギーポップ……」
 気持ちの悪いほど爽やかな笑みを浮かべて、がしん、がしん、とブギーポップに近づいていく。
「殺す」
 

 映像が乱れております。少々お待ちください……
 
 
 

       続くかもしれない。


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