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ばれんたいん狂詩曲


 2月14日…聖バレンタインデー。
 古代ローマ時代、兵士を王に内緒で結婚させてたバレンタイン司祭が死刑になった日にちなみ、愛するものが気持ちを伝え合う日…とゆーことになってるのだが、いつの間にか商魂たくましいお菓子会社により、男の子にチョコを送って思いを伝える、となってしまった日。
 現在はこの時期のチョコだけで年間消費量の4分の1を締めているという。
 そしてここにも一人、その4分の1の中の一つに頭を抱える少女がいた。

2月9日
 
「う”ーー…結局『手作り』って…もらって嬉しいんですの? めーわくなんですなの????」
『バレンタイン特集・男の子のホンネ』などととでかでかと書かれたティーン向け雑誌とにらめっこをしつつ、辻岡弘実は思いっきり頭を悩ませていた。
 特務生徒といえども私生活は普通の高校生。それ相応の悩みもあったりする。
 ましてやそれが、お医者様でも草津の温泉でも彼女の母校(マリーア女子高、通称魔女高)に置いてある薬草や魔術の事典にも特効薬の載ってない色恋の悩みならなおのことなのだ。
「どうなさったんです?ずいぶん難しい顔をして」
 後ろから声をかけられ弘実はふりかえった。
「あ…羽柴さん。」
 IT学園の制服に身を包んだ美女(服装によっては美少年と言えなくもない)羽柴 樹は、にっこりとほほえんだ。

「……バレンタイン、ですか…以前授業で学びました。辻岡さんはあげるんですよね?確かお相手は…アリステアのエリート、本条高志さんだったと…」
「・・・・・・きゃーーーーっ!いわないでくださいなのーーーっ!!!(*><*)」
「それで、彼にプレゼントするものについて考えていらっしゃった、と」
「はいですの。チョコだけじゃ印象強くないし、男の人がなにあげたら喜ぶのかわかんないし、おにーちゃんにそれとなくきいても『自分を応援してくれる客席いっぱいの子供たち』とかいうし……」
「確か、お兄様は遊園地でショーの方を…」
「(うんうん)…ほんとに男の人って、なにあげれば嬉しいですなの???」
「う〜ん……」
 樹は小首をかしげ、その形のよいあごに手を当てしばし考えた後に言った。
「変にこだわらなくってもいいと思いますよ。要は『この人に思いを届けたい』という心があれば伝わるものです。」
「真心を込めて送る…わかりましたの!」
「そして真心にプラスして、首にリボンでもかけて『わたしも食・べ(ごすっ!!!)うっ…」
 後頭部を殴られ気を失った樹を身の丈2メートルはあろうかという男が肩に担ぎ上げた。
「・・・・・・最後の言葉は忘れた方がいい」
 その男…同じくIT学園の横山轟はぼそっと弘実に言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ほゆ??????」
そしてあとにはぼーぜんと二人を見送る弘実だけが残った……。

2月10日

「・・・・・・・・・粉砂糖7グラム・・・ジャスト、計量おしまいですなの!」
 自宅台所。三角巾にエプロンという黄金スタイルで弘実は秤とにらめっこをしていた。
 テーブルの上には(家に置いてあるにもかかわらず)新しく買い込んだ調理器具の数々、ホテルでも使われているという高級クーベルチュールチョコが山積みとなり(これで彼女の財布は一気に氷河期まで落ち込んだらしい)、そしてあのあと樹達と別れてから買い込んだ『LOVEきゃっち☆初めての手作りチョコ』の本がページを開かれたまま再び目を通されるのを静かに待っている。
「えーーっと・・・まずは・・・チョコレートを割ってお鍋に入れて溶かす・・・・・・」
 鍋の中でチョコレートが瞬く間にその四角い形を変えてゆく。
「でー・・・この『てんぱりんぐ』って・・・・なんですなの?????(考)」

 ぶすぶすぶす……

「・・・・・・ぶすぶす??????」
 ただならぬ気配にふと目をあげるとそこには…
「あ”ーーーーーっ!!!チョコが、チョコが『直火』にかかっちゃってるですのーーーーっ!!(TT)」
 なべ底でチョコが『茶色』を通り越して『真っ黒』になっていた…
 それからの彼女の悪戦苦闘振りは…推してしかるべし。その一部を抜粋させてもらうこととする。
「きゃーっ、ボウルにお湯入っちゃったですのーっ!」
「…あと1度上がったら…28度まで冷やすですの…(真剣)」
「あちっ、あちあちあちあち(チョコのついた指で走り回り)」
「…デコペンあっためてなかったですの(;;)」
 ……まぁ、そんなこんなで(チョコの半分近くを犠牲にして)手作りチョコは完成したのである。
『本条さんへ』とかかれた艶やかなハートチョコを前に弘実は喜びをひたすらかみ締めるのであった。
 時は午前2時・・・・・・・・・・・・・。
 
 

2月13日(と14日のちょうど中間)

「あと少し……この段を止めたら完成ですの………」
 14日まであと数分。弘実はただ黙々と指を動かしていた。
 彼女の足元には赤い毛糸球、しかし彼女の手には編み針はなく、その小さな指に毛糸が引っかかっている。
 編み針を使わない製法…指編みである。
「できたですのっ♪……ざっくりといい感じになりましたなの(^^)」
 出来上がったマフラーの一部を広げて弘実は満面の笑みを浮かべた。
「さて、あと2本編んでつなげるですの…」

「…寒いけど、風邪ひかないでくださいなの…辻岡…弘…実、と。…できましたのっ!!!(ぐっ)」
 メッセージの書かれたカードと使い捨てカイロ、手編みのマフラー、そして肝心かなめのチョコレートは真っ赤な箱の中。
 これらを紙袋に入れた後、ピンクのリボンをかけた。思いのありったけを込めるかのように…

2月14日…早朝

「・・・・・・・・・・いよいよ戦闘開始、ですのっ!!!!」
 まるで死地にでも赴くかのようなオーラをばしばしさせ、弘実はいつもより数時間早く家を出た。
 いつもの通学路を通ってマリーアまで。そしてマリーアの隣は……本条の通うアリステア。
 あと300m、200m、100m……心臓の音とともに歩幅も早まってゆく……と、
「はーっはっは、今日も爽やかな朝だ!!」
「!!…(ずべしゃっ!!)」…大声に気をとられた次の瞬間足がもつれ、弘実は頭からぶちこけた。
 学校まではまだ100mもあろうかという場所からもはっきり聞こえる男の声。
 この現象…『早朝の叫び声』は(弘実は知らないことではあるが)アリステアの朝の風物詩(または七不思議)の一つなのである。
「………本条さん……もういるですの…??…ってチョコ、チョコはっ???」
 弘実は慌てて起き上がり、そして……体の下敷きになっている紙袋を恐る恐る確認した。
 外見は無事のようだった。でも…中は?祈るように弘実はそっと紙袋に入ったままの箱を振ってみた。
 …コト、コト。音からして、割れている気配は感じられなかった。ほっと胸をなでおろす。
 作ったチョコはハート型。割れてでもいたらシャレにならない。弘実はそっとアリステア校内に入った。

「はーーーっはっは、スポーツで流す汗は気持ちいいなーっ!!!」
 他校の生徒が侵入してることにも気付かず本条は、ひたすら校庭を猛烈な速さで疾走していた(これもアリステアの朝の風物詩(または七不思議)、『朝の100周男』である…)。
 紙袋を胸に、弘実は校舎のかげからその様をじーーーーーーーーっと見ていた。
「やっぱり…本条さんってかっこいいですの……見てるだけで胸が熱くなってきちゃいましたなの……(ほへー)」
 朝一番に来て高笑いしたあとで、意味もなく校庭を疾走する行為が果たしてかっこいいものかどうか…という客観的な評価はさておき、時を忘れて見入ることしばし、こんなことやってる場合ではないことに気付いたのは、100周走り終えた本条が腕立て伏せに移行した時であった。
「Σ( ̄口 ̄)これ渡さなきゃですの!………でもトレーニングのお邪魔しちゃ悪いし…それに直接は恥ずかしいですなの(*^^*)」
 ということで、弘実は校内にこっそりと入り、ずらりと並んだ下駄箱から本条の名前を探した。
「えーっと…3年…B組……ん???……あったですの!!」
 あとは戸を開けて熱い思いの詰まった紙袋を入れるだけ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・どきどきどきどきどきどきどきどき・・・・・・・・

 かちゃ・・・・・・・・ぽす・・・・・・・・・・ぱたん!  戸を閉める音が大きく玄関中に響いたように感じた。
「これでばっちりですの・・・・・・・・・本条さん・・・・・・食べてくださいなの・・・・・・・」
 下駄箱の前でしばし祈るように目を閉じてそうつぶやくと、弘実は足早にその場を去った。
 さっきまで紙袋を抱きしめていた胸元には、まだそのぬくもりが残っているようだった。
・・・・・・・・・そして、下駄箱の中の袋にも、その思いが熱を帯び・・・・・・・・・・

同日 登校時間のちょっと前

「よう、弘実。今日は早いな」
「あ、おはようございますなの真流さん♪」
 あのあと急いでマリーアに登校し、生物部の動物達にご飯を上げて一息ついたところに肩までの黒髪に長いコートを羽織ったアリステアの生徒…平塚真流に声をかけられた。
「あ、えっと…(ごそごそ)これ、どぉぞですの♪」
 弘実は色つきのセロファンに包まれたたくさんのチョコのうちの一つを真流に手渡した。
「残ったチョコと、パフライスがあったから固めてライスチョコ作ってみましたの(^^)」
「へー・・・サンキュ(なでなで)」
 弘実の頭をなでてからチョコをつまみつつ真流はふと思い出したように聞いた。
「そういや弘実、旦那にはちゃんと用意したんだろ?」
「・・・・・・・・・Σd(≧▽≦)ちゃんとあげましたなのっ!!!」
「おっ、やったじゃねーか(サムズアップ返し)」
「本条さん…喜んでくれると嬉しいですの………」
「大丈夫だぜ、このチョコもうまかったし、きっと旦那も喜んでくれるさ」
 真流は弘実に優しい微笑を返すとそのままアリステアの校門をくぐった。
 そして弘実もまた、ひまわりのような笑顔で学校へ戻った。
「さてと、放課後はお友達みんなにもチョコあげるでっすのーー(≧▽≦)」

同日 時刻はちょっと戻る・・・

「???」
 腕立て伏せから腹筋、背筋、スクワットをこなし、校内巡回をすべく下駄箱を開けた本条は、
その『惨状』に一瞬脳内にハテナマークを乱舞させた。
 下駄箱の下の段がチョコにまみれている。どうやら中に入っていた紙袋が元凶のようだ。

 中にはチョコでコーティングされた毛糸のかたまり、底が赤茶色に染まった赤い箱。

 唯一の手がかりであるらしい紙はすでに茶色に変色しており何が書いてあったか見当もつかない。

 そして…外袋に切れ目の入ってしまっている使い捨てカイロ。

 いったいなぜこんな物が自分の下駄箱にはいっていたのか…などということを考えもせず、本条はそれらの入った紙袋をつかむと、
「とうっ!!!」
 紙袋はきれいな弧を描き、ゴミ箱にすっこんと入った。
「やはりゴミはゴミ箱にきちんと捨てないとな!朝からいい事をしたなぁ、はーっはっはっは!」
 下駄箱の後始末をした後、本条は高笑いをしつつ校内の巡回に行ったのであった・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・がんばれ弘実ちゃん、努力はきっと報われる・・・・・・といいなあ・・・・・・。


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