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心の行方―MIDNIGHT WAVE その後


SIDE HISAKO Tーさまよう心、そして体

 夜が長い。朝がつらい。
 もう何日パソコンに触ってないだろう…ページの更新どころかメールチェックもしてない。
 日曜日にはいつも行っていたイベントにも、ここの所行っていない、行く気がおこらない。
 あれからどれくらいの時がたっただろう…ほんの数日のようにも、何十年にも感じる。
 どうしてあんなことをしたんだろう、どうしてこんなことになったんだろう……
 そんなことばかりを考えている。

 幼いころ きれいになりたかった。
 きれいになれば 幸せになれると思っていた。
 きれいになれば みんなにバカにされない幸せな毎日が手にはいる、そう信じていた。
 そして私はダイエットでこの体を手にいれた。同時に『コスプレ』の存在を知った。
 『コスプレ』よりアメリカで言われている言い方『マスカレード』というほうが好きだった。
 化粧を施しきれいな衣装、ちょっと笑顔を振りまけば、周りはたちまち寄ってきた。
 昔の私がどんなに醜かったかも知らず、ただ外見がきれいなだけで寄ってくるやつらをあざ笑っていた。
 私はきれいになった。そしてバカにされる側からバカにする側に回った。
 それで幸せだった・・・それで、幸せ、なはず。

……無理はよくないよ、色々とね


 何かを得る為には何かを犠牲にしなければいけない。これは世の常識だ。
 いじめられたくなくてキレイになりたかった。そのために食べることをやめた。
 バカにされたくなくって勉強も頑張った。そして誰もバカにする人はいなくなった・・・声をかけてくる人もいなくなったけど。
 コスプレの世界に身を投じることでその問題も解決した。みんなが声をかけてくる。
 ・・・そこで男の『本質』を知った。きれいな外見でありさえすれば、勝手にちやほやするものだ、と。
 でもそれでもよかった。バカな男どもに笑顔を振り撒きながら心であざ笑う休日が『楽しかった』。楽しいはずなんだ・・・・

……無理はよくないよ、色々とね

 どうして・・・あの声が離れないんだろう。
 どうして・・・胸が痛むんだろう。

「別にいいじゃねーかよ、エリートなんて所詮卵が封印できるだけなんだしよ。」
「・・・ここで赤くなるなり慌てるなりしてくんねーと。そのほうが盛り上がるしおもしれーしな」
「なんだったら俺が兄貴に伝えてやるぜ、片桐、思い切って言ってみ(にやにや)」

―『あのころ』とおなじだ。
―おとこのこをすきになったら『ばかにされる』んだ。
―もう、きずつくのいや。
―もう、ばかにされるのいや。

 わたしは『男の本質』を『知った』。
 色恋なんて『くだらない』んだから
 だからそんな『くだらない感情』は『封印』するにかぎるんだ。
 そして切った髪と一緒にこの『くだらない想い』も封印した、封印したんだ・・・。


 また、気持ち悪くなった。ここのところいつもそうだ。
 前にもこんなことがあったような気がする。いつだったっけ……
 そうだ、私の本・・・正確には『私を題材にした同人誌』を見かけたときだった。
 引き裂かれた衣装、数人の男達、そして紙の上で汚されてゆく『私』。
 店のトイレで吐いた。便器が真っ赤に染まった。吐くものなどないと思っていただけに意外だった。
 (そのサークルは数日後、『謎の摘発』を受けたらしいけど。)
 こんなもの、平気なはずだったのに…バカなヲタクどものたわごと、とあざ笑っていられたのに……

 苦しい。胸が苦しい。

 どうしてこんナめにアうんだロう、どウシて・・・・

 ・・・・ばちが、あたったんだ。
 わたしが、みのほどを、かんがえない、おもいなんか、もったから。
 あのひとに、おもいをつたえて、めいわく、かけたから。
 みれん、がましく、まだ、あきらめて、ないから。
 こんなに、きたない、わたし、なんか、が、すき、になっちゃ、いけな、いんだ。
 わたし、は、にせもの。かたち、が、ととのった、だけ。その、なかみ、は、きたない・・・・・・

・・・・・・も う 、ど う で も い い や ・ ・ ・ ・

SIDE MARU Tー夜の街

 偶然ってやつは、時々とんでもない事件を持ってくる。
 まあ、だからこそ面白いのかもしれないけどな。
 だが、こればかりはしゃれにならなかった。

 彩子への見舞いのあと、なんとなくまっすぐ寮に帰る気になれなかった俺は、
 どこへともなく夜の街をぶらついていた。
 ブランデーをボトル1本ほど軽く引っ掛けたあともう一軒行こうか、というその時、見かけたんだ。
「……久やん??」
 髪を短くしてはいるが間違いない。これくらいのアルコールで見間違う俺じゃない。
 だとしたら、なぜあいつは男と一緒にいるんだ?しかも・・・行こうとしてる場所が明らかにまずい。
 脂肪が服を着て歩いてるようなそいつが向かう場所・・・きらびやかなネオンのホテルだった。
 にやけた顔をした面識の無いにきび面、そして、奴の隣を行く…光を宿さない目をしたダチ。
 どちらを助けるか、考えるまでも無かった。
 黒のコートが、ネオン街に翻った。

「……運がいいぜ、これが美人局だったら金まで取られてたんだからな」
 原形をとどめないまでに顔を変形させて(殴ったあとのほうがいい男になったかもな、だとしたら感謝されるべきか?)
 アスファルトに熱い口付けをかましてるヤツにこう吐き捨てた…もっとも聞こえてもいないだろうが。
「…ったくこんな時間になにやってるんだ久やん、家まで送って…」そういいかけたときだった。
『がし』・・・・・・え???俺は自分に起こったことが信じられなかった。
 おい・・・久やん・・・なんで、俺の手を握ってるんだ?なんで、『一緒に中へ入ろうと』している???
 あまりに予想外の出来事に、ただ呆然とするよりなかった。
 そして気が付いたときには俺と久やんはその施設の一室にいた……。

SIDE HISAKOUーホテルの一室にて

 汚れなければ、いけないと思った。
 この思いを完全に断ち切るには、これしかない、そう思った。
 相手なんて誰でもよかった。自分の心に似つかわしい身体にならなければいけないんだ。
 でも、自分にも、あの人にも面識のある人が通りかかったのは好都合だった。
 ここで自分が汚れれば、もうあの人を愛する資格など無くなる。
 あの人の知り合いとそんなことになった以上、もう彼らとも任務以外で会うこともなくなるだろう。
 いつものように仮面をつけて、バカな男どものオカズになって堕ちて行くのが、私にはお似合いなんだ。

―おい…ここが一体どういうところか分かってるのか?
 私だって馬鹿じゃない、それなりの知識はあるんだ。
―いくらなんでもまずいぜ・・・さっさと出よう。
 私には、こんな声をかけられる資格なんてもうないんだ。
 そして、彼にことばを紡ぎだす。穢れへの片道切符を・・・。
「・・・こっちがさそってるんだから、ごちゃごちゃいわずにすればいいでしょぉ?
 なんなら・・・お望みのかっこうになってあげましょうかぁ???」
 自嘲をひとつ。そして次の瞬間、私の体はその大きなベッドに沈み込んでいた。

―そうかよ・・・そこまでいうんだったら、お望みどおりしてやるよ!

 押さえつけられた手首の痛み、ベッドのスプリングのきしむ音、布地の裂ける音・・・・・・
 コレデイイ アトハヨゴレテオチテユクダケ ソレガワタシノ ニアイノマツロ・・・・・・・・・

SIDE MARUUーベッドの上

 彼女をベッドに押し倒しながらも、俺は久やんの次の行動を待っていた。
 確かに一部のやつらには『節操なし』だの『たこまた』だの言われてはいるが、
 このまま無理やりヤっちまうほど落ちぶれてはいないつもりだ。
 抵抗するか、それとも泣き出すか。とにかくやけになっている状態に気づけば・・・
 俺は彼女の顔を覗きこんだ。

 ・・・・・・空虚。この一言だった。
『諦め』や『絶望』どころの騒ぎじゃなかった。
 その目は光を宿さないどころかすでに『ガラス玉』と化していた。
 その唇はかすかにことばをつむぎ出すのみだった。
『アトハヨゴレテオチテユクダケ・・・コレデイイ・・・』
 なぜ、ここまでしなければいけない?
なぜ、ここまでして心を閉ざす必要がある?
 必死で自分自身をおとしめようといている彼女があまりにもやりきれなかった。
 やり方こそ違うが、こいつは中坊のころの俺と同じだ。
 自分の感情をどうすることもできずに、周りも自分も傷つける。
 自分に縁のあるやつが、目の前で壊れてゆくさまをほっておくことなどできやしない。
 それに・・・
「・・・・・・こんな顔、もし宗さんが見たら悲しむぜ、久やん」
 一瞬、彼女の体がびくっとしたように感じた。

EACH OTHER SIDETー仮面の亀裂

 ワタシハヨゴレナケレバイケナイ
 ワタシハヨゴレナケレバイケナイ
 ソレガアノヒトノタメ 
 ソレガアノヒトノタメ
 ・・・・・・アノヒト?アノヒトッテ・・・・ダレダッタッケ・・・・・・
 モウドウデモイイヤ・・・モウドウデモ・・・・・・

 ・・・ムネ・・・サン・・・・・むねたか・・・さん???
 かなしむわけがない・・・かなしむわけないじゃない・・・
 これいじょうこころをえぐらないでよ・・・
 もう・・・もうやめてよっ!!!!

「・・・・・・よ・・・」俺の下でうつむくだけだった久やんがつぶやく。
「ふざけんじゃないわよ・・・カッコつけてんじゃないわよおっ!!」
 スタンスが変わった。上下逆になった俺に容赦なく罵声を浴びせる。

「そんなきれいごといってないでさっさとやっちゃえばいいでしょお、
 じゃなきゃ『てめーみたいなブスじゃ勃たねー』っていえばいいじゃないかあ、
 なんでここで・・・なんでここであの人の名前出すのよ、卑怯じゃない、卑怯じゃないの!
 こうするしかないのに、こうするしか方法が無いのにいっ!!」
 自分の口から出る言葉のはずなのに、どこか遠くから聞こえてくるように感じていた。
 平塚さんに…私を押し倒した男に馬乗りになってせきを切ったように言葉を浴びせる自分が、自分じゃないみたいだった。
「どうせあたしなんて・・・あたしなんて・・・誰からも愛される資格なんてないんだあっ!!」
・・・止めなきゃ・・・こんなこといっちゃいけない・・・止めなきゃ・・・・・・・・・止まらない・・・

『キレイになったら・・・キレイになったら馬鹿にされないはずなのに・・・』
 俺の上にまたがりその拳で俺の胸板を叩き続ける久やん。
 そして俺は黙ってその拳を受け続ける。
『みんなしてあたしのことバカにしやがって!
 そうよ、どうせあたしなんてキレイじゃないわよきたないのよ、
 だから汚れるしかないのに、それが当然の罰なのに・・・なんでよ、なんでよ、なんでよぉ・・・』
 久やんの手が止まった。そしてやや間があって・・・俺の顔の上に何かが落ちてきた。

 なくしたくないものは、最初から持たないほうがいい。・・・・・『・…に?』
 やさしさを見せたところで、悲しみしか生まないもの。・・・・・『ほ…うに?』
 人は、殊に男は外見や肩書きでしか愛さないもの・・・・・・・・『ほんとうに?』
 キレイになったんだから、私は幸せのはず・・・・・・『ならどうしてくるしいの?』
 色恋なんて、私には必要ない・・・・・・『そんなの・・・うそだよ』
 胸が痛かった。何かが吹き出てくるようで苦しかった。
 いつものように抑えようとした。でも・・・・・・できなかった。
「だいっきらい、だいっきらい、だいっきらい、
 特務も嫌い、イベントも嫌い、ヲタク連中も嫌い、宗鷹さんも将鷹さんもほかのみんなも嫌い、
 汚いあたしもバカにされるあたしもいつまでも終わった思い抱えてるあたしも
 そんなあたしが嫌いなあたしも大嫌い・・・そんなあたしなんて・・・死んじゃえばいいんだ・・・」
 最後のことばは喉がひりついて声が出なかった。涙腺が壊れたみたいに涙が止まらなかった。

俺は体を起こし、頭を小突く。「死ぬなんて言うんじゃねーよ・・・阿呆が」

こんな優しい『阿呆』は聞いたことがなかった。

そして俺は黙って久やんの頭をなでた。

その手は・・・・・・とてもあたたかだった・・・

EACH OTHER SIDEU−ベッドに腰をかけて二人

 水道から汲んだだけの水。それがこんなにおいしく感じるのはどうしてなんだろうか。
「・・・落ち着いたか?」
 はちみつ色の照明を反射して揺れる水面、その中に映る顔。私は何も言わなかった・・・言えなかった。

 ベッドの有線をイージーリスニングのチャンネルに合わせて、俺は久やんの横に座りなおす。
「・・・落ち着いたか?」
 彼女は何も言わない。ただ水面に映る自分の顔を黙って見つめるだけだ。
 そんな彼女の髪を俺はもう一度くしゃっと撫でた。

 八つ当たりするってのも、ちっとは気が晴れるもんだろ?
 言いたいこといわねーで我慢してんのはさ、なにかとよくないぜ。
 ・・・・・・あー、そんな顔すんなよ、これくらいじゃ痛くもねーし、俺は気にしちゃいねーからさ。
 なんで、って・・・久やんの事が好きだから、な。
 将だって、もちろん宗さんだってな・・・嘘じゃねーって。
 ・・・自分が嫌いだから、か・・・いいんじゃねーか?
 今自分が嫌いなら、好きな自分になれるだけの余地があるってことだからな。
 ・・・いいもんだぜ、『おめでたい性格』ってのも。『バカと煙は高いところがすき』って言うだろ?
 バカだから行ける場所、バカじゃなきゃ昇れない高み、ってのも・・・あると思うしな。
 好きなもんは好き、嬉しいことは嬉しい、やってみたいことはやってみる、それでいいんだと思うぜ。
 その方が・・・何かと楽しいしな。

「そういう・・・ものですかね・・・」
 そういうのが精一杯だった。
「そういうもんだっての。ま、それでどーしてもきつい時には、やけ酒くらいは付き合うぜ」
そういって笑う平塚さんを、否定する気持ちになれないのは・・・
彼は・・・彼を取り巻く周囲の人々は、『違う』のだろうか。
馬鹿げているかもしれない。この上ない甘ちゃんな考えかもしれない。
でも、今は・・・今だけは、そう思ってみたかった・・・。

「・・・・・・そろそろ帰りますか。時間もありませんし。」
 久やんはコップの中の水を飲み干したあと、ベッドから腰を上げた。
 確かにこれ以上はまずい。延長料金も取られるし、それだけじゃなく・・・・・・いや、それだけ、ということにしておこう。
「そうだな・・・っと、これ使うか?この時期じゃ暑いかもしれんが」
 俺は普段はおっている黒のコートを彼女に差し出した。引き裂かれた服で表を歩かせるわけにはいかない。
「その点はご心配なく。私をなんだと思ってるんですか?」
そういって彼女が自分の肩に手をやった次の瞬間、ここに入る前と同じ状態の服になっていた。
「着せ替え人形、か・・・・・・なるほどな」グラフェックの得意とする技だ。すっかり忘れていた。

EACH OTHER SIDE V−別々の夜、ひとつの夜

 バイクまでの道のりも、送られた後の家の前でのやり取りも、特に変わったことはなかった。
「お休み、じゃ、またな」そんな他愛ない別れの挨拶が久子には嬉しかった。
 部屋の明かりをつけない、暗闇でのひととき。時計のデジタル表記はもう次の『今日』を用意しつつある。
 先ほどの出来事が、久子の頭の中をぐるぐると回っていた。

「好きなものは好き、嬉しいことは嬉しい、やりたいことはやってみる・・・・・・か・・・」
 好きなものを知られたら弱みになる、嬉しいと思えば取り上げられる、やりたいことをしたいなら自分を削る。
 それが、常識、だった。
 どうも、特務生徒になってから、自分の中の常識が崩れているような気がする。

……君が今まで体験してきた事はたしかに事実の一部かもしれない。
でもね、きっとそれは全部じゃないんだ。きっと君にもそれがわかる日が来ると思う。


「そういうもの・・・ですかね」以前宗鷹に言われた言葉が久子の頭をよぎり、一人ごちてみた。

そうそう。そういう事にしておけばいいよ。
きっとその方が嬉しい事や楽しい事がたくさんあるから


 なんだか、平塚さんと同じことを言っているような気がする。
 それにしても・・・こんな時にまであの人の言葉がよぎるなんて・・・自分もヤキが回ったかな。
 立場も違う、身分も違う、あの人の身内からは「兄貴の結婚式には来るな」といわれるほど嫌われてる、というのに。
・・・・・・これ以上考えてるのもなんだか疲れた。
 とりあえず今夜だけは、ヤキの回ったままでいよう。とりあえず、今夜だけは。

 真流はバイクで寮に戻るとブランデーを煽りながら先ほどの出来事を思い返していた。

 あそこまでかたくなになるには何かわけってものがあったんだと思う。
 しかし俺はそんなものには興味はないし、聞くつもりもない。
 ただ、縁あって仲間として共に同じ時を過ごしている以上、少しでも笑っていられるほうがいいじゃねーか。
 そのための努力は惜しまないつもりだ。ゆえに『すぎたお節介』といわれることもままあるが。
 それにしても、冷静に考えてみると、あんな場所であんな状態・・・・・・
「…少ーし、もったいなかった……かな?」と笑顔でつぶやいてみた。
 次の瞬間言いようのない悪寒が走ったのはなぜだろうか。・・・・・・気のせいだ、気のせいにしておこう、うん。

 明日は休日、メールチェックとページの更新と・・・あとは何をしようか、忙しくなりそうだ。

 明日は休日、彩子のもとへ少しでも早く行こう・・・一抹の不安はあるが。

 夜はやがて朝に変わりゆく。
 この日、真流はなぜか昨日のことを知っていた彩子にかなり厳しい詰問をされることになり、
 久子は、莫大なメールと格闘する一日をおくったのだが・・・
 それはまた、別の話である。


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