第三幕 疾風(かぜ)果つる戦場


ドルファン歴D.二十六年七月、ドルファン領内イリハにおいて、ドルファン国軍と傭兵騎士団「ヴァルファバラハリアン」との戦闘が行われた。

この戦いは、以前から続いていたドルファン=プロキア戦争の延長上にある。

四方を他国に囲まれた内陸国であるプロキアは、海への出口を持たないため、その出口を南に隣接するドルファンに求め、侵略を開始した。

その際に、プロキアは永世中立国スィーズランドに本拠を置く欧州最強を謳われる傭兵騎士団、「ヴァルファバラハリアン」と契約、国軍とヴァルファによってドルファン領ダナンを一気に制圧した。

しかし、そこでプロキア内に内乱が発生する。

内乱によってプロキア旧政権は倒れ、新政権にはドルファン侵略を継続する意志がないために、戦争はあっけなく終結するかに見えた。

しかし、ここで何を思ったか、ヴァルファが雇い主であるプロキアの意志を無視してダナン占領を継続したのである。

プロキアはもちろんヴァルファに撤退を指示した。

新政権は国内を固めるので手一杯であり、今ドルファンに手を出す余力はなかったのである。

だが、再三の指示にもヴァルファは従わず、プロキアは困惑した。

そして、最終的にヴァルファはプロキアと断絶。

自らの意志を持ってドルファンとの戦争を継続することを表明したのである。

これを受けたドルファンはついにヴァルファを実力で国内から排除することを決意し、ヴァルファと断絶したプロキアもこれに協力。ドルファン、プロキア対ヴァルファの戦いがダナン近辺で開始された。

 

ソウシはヤングの指揮の下、騎士団第二大隊に配属され、前線に出ていた。

ヤングは、戦力的には大きな力を持ちながら、忠誠心と素行の点を問題視される傭兵隊を指揮している。

これはヤングの指揮統率能力の非凡さを証明するものであり、事実彼の配下の傭兵たちは、実に見事に統率されていた。

戦いがいよいよ間近に迫ったその晩、ヤングは部下の傭兵たちに訓示を垂れていた。

傭兵たちは、ソウシも含めてそのほとんどが戦場を渡り歩いて来た猛者ばかりである、本来は訓辞など必要としない。

しかし、今回徴募された傭兵の中には経験の浅い者、初めて戦場に立つ者も多く、ヤングは彼らの緊張をほぐし、部隊としての一体感を高めるために頻繁にこういう場を持ったのである。

そして堅苦しい話が終わると、ヤングはいつもの雑談をはじめる。

このような、洗練されてはいないが人を飽きさせない話術が、ヤングをして一流の指揮官としているのだろう。

「…なあ、ソウシ」

「なんでしょう、教官殿?」

「…お前、いつからリボンで髪を結ぶようになった?」

その言葉の通り、ソウシの髪をくくっているのはいつもの白絹の紐ではなく、赤い、少女趣味なリボンである。

ベテランの傭兵たちは含み笑いを隠そうともせず、新人たちも表情の選択に困った顔をしている。

「はい、実は最近、ドルファン学園の生徒と知り合いまして、その彼女たちに勉強を教えてもらっているのですが」

「…彼女たち?ほうほう、浮いた話がないと思ったらそんなところで…」

「上手くやりやがって!」と言う声がどこからか聞こえてくる。

「今回戦場に行くという話をしたら、その子達の一人に『お守りだ』と渡されまして、いつもの紐の変わりにこれを結ばれてしまったのです」

「で、いつもの白い紐は?」

「帰ってきたら返してくれると、そのまま持って行かれてしまいました」

実際の所、戦場に出るからしばらく勉強会に出られないと言う話をしたところ、ハンナに激励され、ソフィアに心配され、ロリィに泣かれたあげく、そのロリィをなだめるのに手を焼いたレズリーが、

生きて帰ってくると言う約束代わりにソウシの紐とロリィのリボンを交換させたのである。

最初はロリィに蝶結びにされてレズリーとハンナに爆笑されたのだが、さすがに見かねたソフィアにアレンジしてもらい、きっちりと結んだリボンの残りは髪の毛に沿って下に垂れ下がるようになっている。

ピコは意外と似合っていると評したのだが、ヤングや傭兵たちはそうは思えないらしい。

「なあ、カール…、お前、ソウシのリボン姿をどう思う?遠慮せずに率直な感想を聞かせてくれ」

ヤングが傍らの若い、まだ十代後半の傭兵に笑いを堪えながら問いかけた。

今回初めて戦場に立つという、栗色の髪と鳶色の目のスィーズランド出身のカール・リヒターは、今までがちがちに緊張していたのだが、この緊張感のないやりとりを聞いている内にすっかり緊張が解けたらしく、しげしげとソウシを見つめるとおもむろに口を開いた。

「ソウシさん…。やっぱりそれ、変ですよ」

「…そうなのか?似合うと言われたのだが…」

ソウシは自分の後ろ髪とそれを結ぶ赤いリボンを手にとると、ためらいがちにそう言った。

「自覚してください!絶対に変です!」

そのカールの一声に、笑いを堪えていた傭兵たちは、ついに大爆笑してしまった。

その笑いの渦の中心では、にやにやしているヤングと、憮然としているソウシの姿があった。

 

『私は似合ってると思うんだけどなぁ〜』

「来てたのか、ピコ」

『うん♪』

既に傭兵たちは寝静まり、起きているのは歩哨に当たっているソウシと他五名だけであり、その五名も別の場所にいるので彼の周りにその会話を聞くものはいない。

ソウシは支給された片手半剣(「バスタードソード」と言う種類の欧州式の剣である)の手入れをしながら、珍しく戦場に付いてきていたピコと会話していた。

今までならば、彼女は戦場には現れず、戦闘が終わった頃にひょっこり帰ってくるのが常だった。

「…ところで、似合っているとは何の事だ?」

『君のリボンのこと』

「…仲間たちは笑っていたぞ?」

『傭兵なんかやってる人達のセンスじゃあ、わからないんだろうねぇ』

「そういうものか?」

『そうそう♪』

そしてくすくすと笑っていたピコだったが、ふとソウシが手入れしている剣に目を留めた。

『あれ?いつもの刀じゃないじゃない?』

「刀も持ってきているが、こちらの戦場では刀は使いにくい。向こうと違って鎧が分厚い板金鎧だからな、刀では軽すぎて通らない。切れ味は上だが軽い刀よりも、この剣のようにある程度重量のある剣で叩き切る方がやりやすいのだ」

言葉の通り、傍らにはずっと使い込んできた刀がある。

ソウシは、ドルファン軍支給の傭兵用の軽い板金鎧に身を包み、片手半剣と刀の二本差しという、

前例がないような出で立ちなのだ。

『使い慣れない武器で戦えるの?』

「この三ヶ月で慣れた。傭兵ならあらゆる武器を使いこなして当然だ」

『ふぅん…、ま、これなら大丈夫だね♪それじゃ、私はそろそろ帰るから。宿舎で待ってるよ♪』

「何をしに来たのだ、お前は?」

突然現れて突然帰っていくピコに、思わずソウシは呟いた。

『陣中見舞いに決まってるじゃない』

ドルファン城塞へと飛び去っていこうとしていたピコが、そのセリフに一旦止まって振り返る。

そして思い出したように付け加えた。

『それとね、これは私からのお願い。あの子達、君のことをとっても心配してくれてたからね。

 絶対、無事に帰って来るんだよ?』

「あの子達?」

ピコの言う自分を心配する“あの子達”がわからずに困惑するソウシ。

彼には自分を心配するような存在に心当たりがないのだ。

とぼけているようにも見えるが、彼は至って本気である。

それがわかるピコは、小さな手で小さな顔を覆い、天に向かって嘆息した。

『君ねぇ…、本当に、もう少し他人に関心を持ちなよ?ソフィア達のことだよっ!いいね?絶対無事に帰ってきて、あの子達に“ただいま”って言ってあげなきゃダメだよ!』

それだけ一気にまくし立てると、ピコは呼び止める間もなく飛び去ってしまった。

彼女を無言で見送ったソウシは、その姿が完全に見えなくなると、声に出して一言だけ漏らしたのだった。

「もちろん無事に帰るとも。俺はまだ死ぬわけにはいかないのだからな…」
 

 

明けて翌日、ドルファン王国騎士団第二大隊は、ヴァルファとの戦闘に突入した。

戦力的にはほとんど五分、だが背後に増援が近づいているドルファン側は、しのぎきれば数日後にやってくる増援と共に戦える分、有利であるはずだった。

しかし、ここで第二大隊司令部は功を焦り、ヴァルファの挑発に乗って正面からの戦いに突入する。

その様子を、ヴァルファバラハリアン八騎将の一人、疾風のネクセラリアはまさに望んでいた展開にほくそ笑んでいた。

「参謀殿の目論見通りだな…。ドルファンの騎士団にはまともな指揮官はいないと見える。

 功を焦り、指揮を誤るとはな。

 …せめてヤングが全体の指揮を執っていればこうはならなかったのだろうが、な」

ネクセラリアは一つ頭を振ると、指揮下の軍勢の先頭に立ち、叫んだ。

「我に続け!そして蹂躙せよ!」

一方的な戦いが今、始まった。

 

ヤング率いる傭兵隊は、蹂躙される第二大隊本隊を苦々しげに眺めていた。

本隊は傭兵隊に手柄を奪われることを嫌って、彼らを遊撃任務という名目で正面の戦線から遠ざけたのである。

そのあからさまな態度に、当初傭兵隊の面々は憤り、戦闘開始直後は、蹴散らされる本隊をいい気味だ、とばかりに嘲りながら見物していた。

しかし、一方的な戦闘がいつまで経っても終わる気配を見せず、もはや挽回が不可能になりかけているとなれば話は変わる。

本隊が全滅すれば次は自分たちの番になるのだ。

そして、ヤングもついに腰を上げた。

「ソウシ、半分連れて先行しろ。敵部隊の戦闘に食い込め。だが決して突出しすぎるな。お前の役目はくさびになることだ、わかるな?」

「了解しました、教官殿」

「では行け!俺は残りの半分で側面を突く!

 …さあ、ゴロツキ共!この三ヶ月間俺が教えたことは頭に入っているな!?その成果を見せてみろ!突撃!!」

ヤングの掛け声と共に、傭兵隊は動き出した。

その動きには無駄が無く、正規部隊である第二大隊よりも遙かに統制が取れている。

ソウシはそのヤング指揮する本隊から半分を連れて、敵先鋒へと向かっていった。

その先には、敵の部隊長らしき大男が両手剣を振るって暴れている。

「アル、あれを何とか出来るか?」

「…いいぜ、やってやろうじゃないか」

ソウシは隣を走っている長身の傭兵に声をかけた。

アルと呼ばれた金髪碧眼のその傭兵、アルベルト・エルランゲンはゲルタニア出身だという、

やたらと軽い性格をした男である。

不真面目な雰囲気を全身から放っている優男だが、ボウガンの腕は超一級であり、剣技もこなす一流の戦士である。

「なあ、ソウシ、一つ賭をしねーか?あのデカブツ一発で仕留めたら、後でオゴれよ?」

「…いいだろう」

「いよぉし!財布確保!帰ったら飲むぜぇ!」

「…いいからさっさとやれ」

アルは走りながら背負ったボウガンを下ろすと、一挙動で弓をつがえ、片膝立ちになり狙いを付ける。

「…いっただきぃ!」

普通ならあり得ないボウガンでの速射を行ったアルの矢は、狙い過たずに両手剣の大男の喉元に突き立った。

地響きを立てて、大男は大地に横たわる。

全身をくまなく覆う板金鎧とはいえ、どうしても関節部には隙間が出来る、おそらくあれは即死だろう。

「約束、忘れんじゃねーぞ?」

にやりと笑ってアルは親指を立てる。

「ああ、帰ったらな。それでは行くぞ!」

ソウシは右手に片手半剣、左手に盾を構え、突然指揮官を失い混乱した敵先頭部隊に切り込んだ。

続いて傭兵達も雄叫びをあげて突撃していく。

アルもまた、ボウガンを背負い直すと剣を抜いて進み出た。

「面倒だがこれもお仕事、ってね!」

 

「疾風」のネクセラリアは、それまで自分の思うがままに蹂躙されていたドルファン軍の動きが変わったことに目ざとく気づいていた。

そしてそれが誰の指揮によるものなのかも、気づいていた。

「どうやらやっとお出ましのようだな、ヤング…。少しは楽しませてくるのか、お前は?」

ヤングが指揮を執っているであろう、と思われる部隊は、二手に分かれた。

まず一方がこちらの前進を止めて味方が体勢を立て直す時間を稼ぎ、もう一方は正確に自分の居る場所を目指している。

ヤングは、この趨勢がほぼ決まった状況をひっくり返す唯一の手段である大将首を取ること、すなわち自分を討ち取ることを目的としているのだ。

「…面白い!やはり貴様はそうでなくてはな、“ハンガリアの狼”よ!」

ネクセラリアは不適な笑みを浮かべると、既に幾人かの血を吸い、赤く染まった愛用の槍を構え、自ら迎撃の指揮を執るべく前へと踏み出した。

 

ヤングはその男、ネクセラリアの姿を一目で見分けることが出来た。

八騎将の証である真紅の鎧、そして片手にかまえた槍、その顔は、忘れもしない「疾風のネクセラリア」、セイル・ネクセラリアだった。

ネクセラリアは、陣頭に立つと一人前に進み出て、目前のドルファン軍へと呼びかけた。

「聴け!ドルファンの者共よ!我が名は「疾風のネクセラリア」!我が槍に挑まんとする勇士はいるか!?」

「セイル!貴様の相手はこの俺がする!」

間髪入れずにヤングがドルファン側から進み出る。

指揮官同士の一騎打ちという事態に、戦場のその一角だけが周囲の喧噪から切り離され、何者の侵入も許さない特殊な空間となる。

「ヤング・マジョラム大尉、やはり貴様だったか…。“ハンガリアの狼”もドルファンではその力を発揮できないようだな?正規の部隊ではなく、傭兵隊の指揮官とは…!」

「セイルよ…、いや、ヴァルファバラハリアン八騎将の一人、疾風のネクセラリア!俺の部下達は、今の腐った騎士団などより余程優秀な者ばかりだ。貴様がいい気になって我が軍を蹂躙するのも、ここで終わりだ!」

「ふ、言うものだな…。ならばまず、俺をここで止めて見せろ!ハンガリア時代の決着、今日こそつけてくれる!」

「応!」

声と共に、ヤングは左手の盾を捨て、片手半剣を両手で構えて斬りかかる。

対するネクセラリアは、槍のリーチを活かし、容易に懐には飛び込ませない。

だがヤングもさるもの、ネクセラリアの槍をかいくぐり、浅手とは言え確実に相手の体に傷を増やしていく。

重装甲を身に纏い、防御に優れるネクセラリアを崩すのは容易ではないが、それをヤングは見事に実行している。

例えベテランの傭兵達でも、ヤングのようにはいかないだろう。

ヤングに付き従っていた新兵のカールなどは、その圧倒的に高レベルの応酬を、ただ眺めていることしかできなかった。

やがて嵐のような応酬が数十合に及び、どちらにも疲労が見え始めた頃、二人の構えが変わった。

撃ち合いながらも油断無く相手が崩れるのを待っていた二人の構えが、双方共に捨て身の構えに変わったのである。

必殺の気合いを戦わせながら、二人はじりじりと、撃ち込むべきその一瞬を探っている。

もはや互いに防御をかなぐり捨てて、ただ一点、先に相手の体に刃を撃ち込むことだけを考えているのだ。

「(…ゴクリ)」

「…おぁぁぁぁ!」

この遙かに上の戦いを一つ残らず目に焼き付けようと、注目していたカールがつばを飲み込んだその時、ヤングが先に動いた。

嵐のような斬撃が、不意をつかれたのか、立ち尽くすネクセラリアに襲いかかる。

カールには、その一撃一撃が必殺の威力を持っていることがわかった。

そして、カールはヤングの勝利をその瞬間、確信していた。

「やっ…!」

「かかったな!ヤング!」

だが、ネクセラリアはヤングの必殺の技を受けてなお、立っていた。

全身の傷から血を流し、致命傷を負っているように見える。

だが、ネクセラリアは自分を覆う分厚い板金鎧を利用し、ぎりぎりで致命傷を負わない間合いを見切ってヤングの攻撃をわざと受けたのだった。

そして、大技を放った後の、体勢を崩したヤングにネクセラリアの槍が襲いかかる!

「これで終わりだぁ!」

穂先が無数に分裂したかに見えるような、ネクセラリアの連撃がヤングを貫く。

一瞬、その一瞬でネクセラリアの槍はヤングの全身に無数の風穴を空けていた。

完全に、致命傷である。

「教官!」

「…ヤングよ、冥途でまた逢おう…」

 

「ヤング・マジョラム大尉は我が槍で討ち取った!仇を討とうという者はいないのか!?」

真紅の鎧より更に赤く、全身をヤングの返り血と自分の血で染め上げたネクセラリアはそう叫んだ。

ソウシが別働隊を連れ、ヤングのいるはずの本隊に合流したのはその時だった。

ヤングはカールの手で回収され、応急手当を受けてはいたが、もはやその死が避けられないのは誰の目にも明らかだった。

「教官殿!」

「…ソウシ、か…?」

「はっ!敵部隊は足を止めました、味方の本隊も再編を完了しつつあります」

「そうか、よくやった…」

「教官殿は休んでください、自分が部隊をまとめて撤退します」

「セイルが、黙ってそれを見逃すはずがない…。ソウシ、お前が奴と戦え。そして勝て…!お前なら出来るはずだ…」

ヤングは、ひとまず退こうとするソウシを押しとどめた。

そして既に喋ることすら困難な状態にも関わらず、言葉を続ける。

「…最後に、俺からの頼みだ、遺言と思って聞いてくれ。ソウシ、お前は騎士になれ、ドルファンの騎士に…!」

「騎士に…?ですが自分は、傭兵に過ぎません」

「いや、お前は良い騎士になる、その素質がある…!

 お前には何か背負うものがあるのだろう…、それはわかる。だが、今のドルファンの騎士団は腐った奴ばかり。まともなのはメッセニ中佐と、ほんの一握りの連中だけだ。

 だから、お前が騎士になって、ドルファンを守ってくれ…!俺と、クレアが愛したこの国を…!」

話している間にもヤングの死相は濃くなっていく。

「例えこれからの戦いに勝ったとしても、騎士団の腐った国は内から崩れていく…。だが、今ならまだ間に合う!

 お前が、俺に変わってこの国を、ドルファンを、正しく騎士として守ってくれ…!」

ソウシは一瞬しかめた顔を元に戻し、ヤングの手を強く握った。

そして、

「了解しました…。自分の力の及ぶ限り…!」

その言葉を聞いたヤングは、全身の力を振り絞って微笑みを浮かべた。

「そうか、ならば、俺の剣を持って行け…。

 古い剣だが、腕の立つ剣士の手を渡り歩き、何度も焼き直され、鍛え上げられた…良い剣だ」

「はっ、お借りします」

「…ふっ、最後まで、堅苦しい奴だ…」

ヤングは安心したようにそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。

そして最後に、やっと聞き取れるような微かな声で呟いた。

「クレア…、すまない…」

ソウシは動かなくなったヤングの前で、しばし黙祷を捧げていた。

「教官…!」

カールもまた、涙を流しながらソウシに倣って黙祷する。

しかし二人の背後から、その場の雰囲気を気にもしない軽薄な口調でアルが声をかけた。

「おーい、あちらさんがそろそろしびれを切らしそうだぜ?」

アルが指し示した先にあるのは、再び叫ぶネクセラリアの姿。

「どうした!ヤングの仇を討とうという者はいないのか!ヤングの部下は腰抜け揃いかッ!」

そして、それに答えるように、ゆらりとソウシが立ち上がる。

左手に持っていた盾を地に置き捨て、腰の剣を外すと、それをヤングの亡骸の傍らに横たえ、ヤングの剣を片手にネクセラリアの前に立った。

「ソウシ・サガラ軍曹だ。自分が貴様の相手をする」

「ほう…、いい目だ。だが、腕の方はどうかな!」

ネクセラリアの槍がソウシに襲いかかる。

速さ、重さ共に先程の激闘の疲れを感じさせない、並の兵士なら一撃で終わってしまうような鋭い一撃だった。

だが、ソウシはそれを手に持ったヤングの剣で矛先をさらし、逆に鋭い踏み込みから斬撃を浴びせる。

「何っ!?」

だが流石はネクセラリア、意表をつかれたその一撃を紙一重で避け、一旦間合いを取る。

「凄い、ソウシさん!見てくださいよ、アルベルトさん!教官にも劣りませんよ!」

「やるねぇ…」

カールとアルが後ろで歓声を上げる。

だが、対決している当事者達には、それに反応する余裕はないようだ。

「その剣筋、ヤングの物と似ているな…。貴様、奴の弟子か?」

「こちらの剣の使い方は、教官殿直伝だ」

「…なるほど、その腰の東洋の剣、貴様、東洋人か。ドルファンに雇われた傭兵だな?」

「そうだ」

「ヤングといい貴様といい、ドルファンは外国人の人材には恵まれているようだな…。だが、貴様もここで死ぬ、ドルファンは我等が獲った!」

「教官殿との約束だ、貴様は、ここで倒す」

「ぬかせっ!」

再び二人の影が交差する。

今度も互いの刃は互いの体に届かず、鎧を削ったに止まった。

そして、二人は先程のヤングの時と同じようにぴたりと動きを止める。

「また、動きませんよ…」

「ああ、だが、今度はソウシが有利だ」

「何故です?」

「平気な顔をして動き回ってやがるが、ネクセラリアはさっきの疲労と、教官にやられた出血が効いているはずだ。だから、長引かせてこれ以上不利にならないために次の一撃で決めに来る。

 そしてソウシはそれがわかってるから動かない。待ってやがるんだ。しれっとした顔してえげつないことしやがる」

アルベルトはそう言うと、口の端を歪めて苦笑した。

対決する二人の間の緊張感は、周りが圧迫感を感じるほどにどんどん膨れ上がっていく。

ソウシはネクセラリアを誘うようにすり足で間合いを詰め、あと半歩でネクセラリアの間合いに入るところで止まる。

そしてまた数瞬が過ぎ、ネクセラリアの槍がぴくりと動いた。

次の瞬間、ヤングを仕留めた連続突きがソウシに襲いかかった。

「はぁッ!」

「疾風」の名に恥じない神速の突き。だが、ソウシの体捌きはそれを上回った。

剣で捌き、或いは鎧で弾き、防ぎきれずに当たった傷もごく浅い物に留める。

そして、ヤングの時とは逆に体勢が崩れたネクセラリアに、ソウシの体重の乗った一撃が襲いかかり、左肩から胸までをけさ懸けに叩き切った。

完全な致命傷である。

「み、見事…だ。訂正しよう、ヤングは、いい部下を持ったな…」

「…止めが欲しいか?」

「要らんよ…」

ネクセラリアは、既に虫の息の状態にもかかわらず、透明な笑みを浮かべる。

「ふっ…、以外に早くヤングと再会することになったな…。二人で、クレアを待つか…。

 なぁ?ヤング…」

ネクセラリアは、その言葉を最期に目を閉ざし、やがて事切れた。

ソウシはそれを確認すると、剣を天に突き上げ、勝ち鬨を上げる。

「ヴァルファバラハリアン八騎将が一人、疾風のネクセラリアは、このサガラが討ち取った!」

それに応え、雄叫びをあげるドルファンの傭兵隊。

対するヴァルファは、八騎将が名もない傭兵に討ち取られたという事実に浮き足立ち、怖じ気づいたように後退していく。

そのまま距離を置いて、刃を交わすことなく対峙していた両軍だったが、

各々の後方から撤退の合図が響くと、潮が引くように後退していった。

ドルファン傭兵隊はヤングの亡骸を、ヴァルファはネクセラリアの亡骸を抱えて…。

 

ドルファン歴D二十六年七月十七日の戦いは、ドルファンの完敗であった。

騎士団第二大隊は壊滅、ダナン派遣軍の約半数を失い、

敵将ネクセラリアを討ち取ったとは言え、ダナン攻略は不可能となった。

ドルファンはダナン攻略を諦め、ダナン南方のウエール北部まで防衛戦を下げざるを得なくなる。

この戦いでドルファンは大きな損害を被った。

次回のダナン奪回が行われるまでには、相当の時間を要するだろう。

しかし、この戦いでネクセラリアを討ち取った傭兵、ソウシ・サガラの名は敵味方に響きわたることとなる。

 

 

ダナン北方、ヴァルファバラハリアン本隊司令部。そこでは二人の男がネクセラリア戦死の報に衝撃を受けていた。

壮年の、見上げるような巨躯の男はヴァルファバラハリアン八騎将の一人にして軍団長、「破滅のヴォルフガリオ」ことデュノス・ヴォルフガリオ。

もう一人の老人はヴァルファバラハリアン八騎将の一人、盲目ながらも全軍の参謀を務める「幽鬼のミーヒルビス」ことキリング・ミーヒルビス。

「ネクセラリアが死んだ…か。痛いな、これは」

ヴォルフガリオが呟いた。

そしてそれに応えて、ミーヒルビスが言う。

「はい…。プロキアの内乱とそれに伴う変革により計画に混乱が生じたおりですからな…。今、八騎将を一人失ったことは、これから響いてくるでしょう…」

「この報告にあるネクセラリアを討ち取ったという手練れの傭兵、調べる必要があるかもしれぬ」

「かの“ハンガリアの狼”、ヤング・マジョラムの弟子ということですからな。備える価値はあると考えます。

 しかし、どのような手を?」

「…サリシュアンをドルファンに送り込む」

「…!?」

その言葉に、今まで表情をぴくりとも動かさなかったミーヒルビスが怪訝な顔をする。

「ドルファン学園は留学生を多く受け入れている。サリシュアンならば、スィーズランドからの留学生としてたやすく潜り込めよう」

「御意…」

「それにな、いずれ戦いが終わればあれにも戦い以外の生き方をさせてやれる。その予行演習と思えばよかろう。今までは訓練ばかりの生活をさせていたからな…」

ヴォルフガリオは、そのセリフを口にしている間だけ、僅かに口調を変えた。

それまでの軍団長としての物ではなく、それはまるで…。

「それでは、早速準備をさせましょう。いずれ勝利の暁には、サリシュアンにデュノス様の仰るとおり、年齢相応の生き方をさせてやることが出来るようになるのですからな…」

「キリング…、よろしく頼む」

「お任せを」

これで話は終わりだ、とヴォルフガリオは席を立つ。

しかし、ミーヒルビスはしばらく黙考を続け、ランプの油が尽き部屋が闇に沈んでも、そこを動こうとしなかった。

 

 

次回幕間其の一 騎士道大原則?

目次


コメント

書いた本人が言うのもなんですが、今回の戦闘シーンは長かった…。

書くのが楽しかったものでつい(笑)

今回の話は、ソウシの転機になります。

ヤングの死がソウシに何をもたらしたのか?それは…

 

それでは今回のキャラ紹介!

カール・リヒター 16歳 男 A型

ソウシの子分、もとい、弟分その一(笑)

なお、名前のモトネタ(←わかる人がいるかな?)とは名前以外に類似点はありません(笑)

若い真面目な傭兵さん、傭兵隊一番の成長株らしい。今のところ戦争にしか出てこないと思われますが…。

アルベルト・エルランゲン 23歳 男 AB型

ソウシの戦友その一。その二以下が出るかは今のところ不明(笑)

軽薄だけども弓の名手の一流の傭兵さん。不真面目な言動に関わらず、『遊ぶ』ときは結構真剣(?)らしい。

セイル・ネクセラリア 28歳 男 A型

「疾風」のネクセラリア。出るなり退場させてしまいましたが、ヤングとの絡みは上手くいってるでしょうか?

デュノス・ヴォルフガリオ 48歳 男 AB型

キリング・ミーヒルビス 66歳 男 A型

たいしたセリフもないので今回コメントはパス。いずれ堂々と話に出てきたときに…(←いつの話だ、それは?)

 

それではこの辺で。

 

御意見、ご感想はこちらへtanoji@jcom.home.ne.jp


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