第一話


 “外国人排斥法”

 旧家の両翼が強引に押し通したこの法律によって、俺のようなドルファン国籍を持たない傭兵は強制退去させられる事になった。

 そのせいで、俺は数日前から船上の人となっている。

「綺麗な星空だなぁ……」

「何のんきな事言ってるのよ。それよりこれからの事、ちゃんと考えてるの?」

「はっはっは。甘いなピコ。予想外のおまけまでついたんだ。俺がそんな事考えてるわけないだろう」

 耳元で、長年の相棒が「これだから…」などとほざき、溜め息をつくのがわかって俺は苦笑した。

 出発前に聞いた話では、この船はハンガリアとセサ、そしてヴァン=トルキアを経由して、永世中立国のスィーズランドまで行くそうだ。連れに言わせると、旧家の老人達が関わっている事から考えると、破格のサービスなのだそうだ。そのスィーズランドには明日到着する。

 そこまで考えてふと気づいた。

「おい、ピコ。あいつはどうしたんだ?」

「あの子なら船室で唸ってたわよ。あれだけ食べれば……ねぇ?」

 そう言われて夕食の時を思い出して苦笑する。俺の二倍以上食べていた。そりゃ、体調の一つも崩す。

 そう思って、また苦笑する。

「何にやけてやがんだよ、聖騎士殿よぉ」

その声に振り返ってみると、そこには顔なじみの傭兵がいた。

「聖騎士殿はやめてくれよな、ディガン」

 禿頭に傷だらけの体、典型的な傭兵。それがディガンだった。大斧を獲物に一緒に戦場を駆け巡った仲で、そのせいか俺にとっては年の離れた友人といった関係である。「

名誉の負傷はもういいのかよ」

 嫌味に嫌味で返してやると、案の定ディガンは嫌そうに顔をしかめて俺の背中をはたいてきた。

 こいつは、つい先日の嵐の日の城塞特攻のおり、酒場で酔っ払って階段から滑り落ちて怪我をした。それがかなり恥ずかしいらしく、こうして仲間達からからかわれているわけである。

「それよりあのお嬢ちゃんは何処行ってんだ?いつもはお前にべったりのクセによ」

「食い倒れ」

 その一言で全てを察したらしく、大声をあげて笑い出した。確かにアレはすごかった。同乗者達は例外なく引いてやがったからな。

 ふと目線を上げると、ピコの奴もクスクス笑っている。ピコは俺以外には知覚できない為、俺が他人といる時にはめったに口を開かない。それを考えると、これは結構珍しい。

「明日はとうとうスィーズランドか…お前はどうするか決めたか?」

「そういうお前は?なんか当てでもあるのかい」

 笑い終わったディガンがまじめな顔して聞いてきたので、それをそのまま返す。考えてない時の俺の常套手段だが、ピコには卑怯だといつも怒られている。しかし性格なんだから仕方ない。

「オレはまた傭兵稼業さ。むこうで傭兵団に入ろうかと思ってる」

「傭兵団…か…あいつ等もスィーズランドに籍を置いてたんだよな、確か」

 傭兵団、ヴァルファバラハリアン。

俺たちが三年にわたり戦った敵。“破滅のヴォルフガリオ”率いる全欧最強の名を冠した傭兵団も、今はもう存在しない。

 八騎将を擁した彼らとの戦いの中でいろいろな事があった。恩師との死別。一人の人としての意地をかけた一騎討ち。

 ヴォルフガリオはドルファン王家に対する憎悪の果てに散った。しかし今では彼がそれを望んでいた気がしている。

そんな複雑な俺の心中を知らず、ディガンは話を続けていた。

「でもよ、お前は傭兵稼業は廃業なんだろ?」

 俺はまだ先のことを考えてなかったが、それを聞かれて「ああ、そうだな」と答えていた。まさかあいつを連れて戦場を転々する訳にもいかないだろう。それくらいは考えていた。

 俺もピコが言うほど馬鹿じゃない。少しは考えてるんだ。

「お前はいいよなぁ。お前は八騎将を一人で壊滅させたうえに、ドルファン騎士の最高位である聖騎士。しかもいまやこの辺りじゃ知らぬもの無しの“ドルファンの黒い牙”。名声には事かかねえからな、守備兵でも剣術顧問でも再就職のあてはいくらでもあるだろうからな」

 また嫌味かよ。そう言おうとして、やめた。今まで見た事もなかったくらい、ディガンが優しい表情を浮かべていたからだ。

「嫁さん、幸せにしてやれよ」

「うるせぇ!」

 最後の余計な一言で雰囲気はぶち壊しだ。困った事にこいつは事あるごとに俺とあいつを夫婦と揶揄する。元はと言えば、あいつが自分の性を使えないから、俺の性を使ったのが原因なのだが、あいつもまんざらじゃないようで、俺の手におえない。

 まぁ、俺もその気がない訳じゃないんだけど。

「まぁいいや。飲もうぜ、ディガン」

「オレ達の明るい未来を祈って…か?」

「ああ」

 そうして俺達は船室に下りていった。これがディガンと飲む最後になるかもしれない。傭兵とはそういう職業だ。それがわかっているからか、普段なら酒の飲みすぎにうるさいピコも今夜は止めなかった。

 翌日。

「朝よ!」

「起きなさ〜い!」

 結局明け方までディガンと飲んでいた俺は、耳元に響く二重音声に叩き起こされた。目の前には見知った顔が二つ。

 お目付け役さながらのピコと、ドルファンから一緒にここまでやってきたあいつ。

「もう、いつまで寝てるのよ!もうスィーズランドよ、下船の準備を私に全部やらせるなんて、死刑確定ものよ、ホント」

 朝から…もう昼前か…こいつはテンション高い…しかしそれほどその声が頭に響かないので、とりあえず二日酔いは回避したらしい。

 身支度を整えて荷物を受け取り外に出ると、橋が渡されて入国審査官が入ってくる。

 そしてしばらくして俺の番が来た。

「…アツマ・コウサカさんとプリシラ・コウサカさんですね……はい…結構です」

 プリシラがご満悦らしい笑みを浮かべて寄り添っている。そこに入国審査官の声が聞こえた。

「ようこそスィーズランドへ、あなた方が有意義な日々を過ごせるよう、お祈り申し上げます」

 ……何処の国も決り文句は一緒らしいな。

 

そうして訪れたスィーズランドで俺たちを待っていたのは、意外な人物と、予想もできなかった事件だった。

【第壱回 おわり】


<あとがき>

はい、はじめましてドナドナです。

ちなみに続きは今のところ未定です。

メールでせっついて下さったら、私の予想よりも早くなるかもしれません。

いえ、早くなるでしょう。いや、早くします。

だから読んでやってください、お願いします。


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