3.クレア・マジョラムの祈り


 ヤング、聞こえる? あなたがかわいがっていたあの子が、旅立っていくわ。

 見送りに行くべきだったと思う? いいえ、行ってはいけないのよ。そう思ったから、あなたのところへ来たの。

 潮の香りが心地いいわ。あの子も今、同じ風を感じているのかしら。

 そして、その隣にはたぶん、かわいい彼女がいるのね。

 ヤング、あなたのお墓参りに来ると、必ずあの子たちと鉢合わせたのよ。

 二人で肩を並べて、他愛ないおしゃべりをしながら歩いているの。それは仲むつまじいのよ。彼女はちょっと恥ずかしそうに。あの子は誇らしげに自信に満ちて。

 なんだか神様が私にだけ意地悪しているような気がしたわ。

 うふふ、年甲斐もなく、嫉妬していたみたい。

 あなたは怒ったりしないわね。一緒に笑って、失恋した私を慰めてくれるわね。

 だって、そもそもあなたが死んでしまったりするからいけないのよ。

 出港を知らせる汽笛が鳴ってる。ヤング、聞こえる? あの子が旅立っていく。

 すばらしい手柄をたてたのよ。今ドルファンがこうして平和なのも、すべてあの子のおかげ。ヤング、あなたがかわいがっていたあの子は、あなたの想像以上にすばらしい青年だったわ。

 それとも、あなたにはすべてわかっていたのかしら?

 わかっていたから、なんのためらいも気後れもなく、無茶な一騎討ちに臨んでいったのかしら? だとしたら、あなたはとんでもない確信犯よ。

 確かに私は立ち直ったわ。

 あなたを失ってすべてを失ったと思いこんでいたけど、1年もたたずに別の男に恋をしたわ。そして、ものの見事に玉砕。

 不思議ね。気持ちはむしろ、さわやかなの。私もようやく大人になれたのかしら。

 たぶんまた、新しい恋ができると思うわ。私だってまだまだ、オバサンなんて年じゃないんだもの。

 うふふ、こう見えても、プロポーズしてくれた人だっているんだから。断っちゃったけど。

 残念ながら、あなたへの思いを引きずってプロポーズを断ったわけじゃないわ。

 引きずっていたのはむしろ、あの子への想いかしら?

 怒らないでね、ヤング。だって、あなたが悪いのよ。

 私を置いて、こんなに早く、逝ってしまったりするから……。

 でも――

 時々考えるの。

 もしあなたが生きていたらあの子に惹かれたりしなかったと、言いきれるのかしら。

 もしあなたが生きていたら……。私は、想像もできない地獄に堕ちていたかもしれない。

 汽笛が鳴ってる。でもあの汽笛は別の船ね。もうあの子は行ってしまった。

 私も行かなきゃ。新しい生活をはじめに。新しい恋を見つけに。

 さよなら、ヤング。また来るわ。今度は新しい恋人をつれて。

 過去は過去。未来は未来。

 流れる時のなかで、たとえわずかな時間だったとはいえ、あなたと出会えたことも、あの子と出会えたことも、神に感謝しようと思うの。

 人は私を幸薄い女だと思うかもしれないけど、とんでもないわ。私は幸せよ。

 短い人の一生の中で、あなたやあの子のようなすばらしい男性にめぐり会えたんだもの。

 きっと私、男運はいいのよ。だから次もきっといい出会いが待ってる。

 そう思うから、私、行くわ。

 思い出に浸ることはあっても、もう、振りかえらない。

 そんな風に、颯爽と生きていくの。あなたやあの子がその生きざまで、教えてくれたように。

 あなたも祈ってね、私の幸せを。そして私と一緒に祈ってね。あの子の幸せを。


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