2.ジーン・ペトロモーラの憂鬱


 ああ、聞こえてるぜ、汽笛の音。

 見送りに行けなくてすまない。自分でもあきれるくらいシケたツラしてるんだ。こんな顔、おまえには見せられないよ。

 さびしい。どうしようもなく、さびしいんだ。

 たぶんもう、一生会えないんだろうな。おまえみたいなヤツとは、もう一生巡り会えないんだろうな。

 朝からこんなことばかり考えてるよ。ジーン様ともあろう者が、女々しくなっちまったもんだ、情けない。

 正直に言おう。おまえのこと……好きなのかなって、思ったことも、あるんだぜ。ほんの少しだけど……今も少し、そんなふうに思う。

 でもたぶん、おまえとは友情だけで終わるんだろう。それも悪くないって思うから、今まで何も言わなかった。おまえ、気づいちゃいなかったよな? いや、責めたいわけじゃない。それでいいんだよな、オレたちはさ。

 今? 仕事してるよ。ほかにすることもないしな。

 おっと、見覚えのあるところに来たぞ。おまえ、忘れてないだろうな?

 初めて会ったあの場所だよ。あのときおまえを轢き殺してたら、今ごろこんな気持ちにならなかったのかもな。あはは、冗談だってば。

 そういえば、あそこのレストランにはよく二人で食事に行ったな。あそこの酒場では二人してブラックジャックで大損して、無一文で帰るハメになったっけ。そうそう、この近くで拾った子猫がおまえの知り合いだっていうガキの猫で……

 ああ、だめだ。どこを見てもおまえを思い出しちまう。

 どうしたっていうんだ、いったいオレは。こんなことならいっそのこと、想いを伝えておけば良かったんだろうか。

 でも、できなかったんだ。

 いや、オレ、マジで言おうとしたこと、あるんだぜ?

 抱いてくれ……って。

 でも言おうと思ったおまえの横に……彼女がいたんだ。

 今、客を降ろした。

 あっちで呼んでるヤツがいるが、今日は店じまいだな。とても客を拾える気分じゃない。

 彼女のことを知ったとき、やっぱりちょっと、ショックだったよ。でも、それについちゃ、もう吹っ切れたんだ。だってその後も、オレ、おまえと二人きりでよく飲みに行ったし、別におかしくなんかなかったろ?

 おまえとは、いい相棒だと思うんだ。

 それだけだって、かまわないと思うんだ。

 だから今こんなにさびしいのは、たぶん相棒を失ったからなんだ。

 好きなヤツとか、そういう軽いものを失った辛さじゃない。それよりもっと、なんかこう、体の一部をもぎ取られたような苦しさなんだ。

 少し、人のいないところに行くよ。

 ああ、2度目の汽笛が鳴った。もう、出港だろ。

 おまえの横にはたぶん、彼女がいるんだろうな。目に浮かぶよ。

 体に気をつけてな。傭兵は戦争が仕事だろうが、下手なケガなんかするんじゃねえぞ。手柄なんて二の次にしておけよ。死ぬんじゃ、ねえぞ。

 おまえの無事と幸せを祈ってる人間が、ここにもいるということを忘れるな。

 いつだって、おまえのことを……想ってる。

 よし、ここなら誰もこないな。

 笑うんじゃねえぞ。

 オレ……少し、泣くよ。


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