「女神達の微笑み 前編」

作者:Red Eye


船室に戻ると、そのままベットに横たわる。

(あれから8年も経つのか)

僕は、もともと此処ドルファンの遥か東方の島国に生まれた。

国は大陸とはなれていたこともあり独特の文化を作り上げていた。

気候も比較的穏やかで、風景の美しさは筆舌に尽くしがたいものがあった。
 

僕は23年前、そこで生を受けた。

家は、ドルファンでは騎士階級にあたる、“武家”と呼ばれる武門の家柄であった。

僕の家系はその中でも特に“旗本”と呼ばれる近衛兵にあたる一流のものであった。

当時の武家は貴族化して武道はほとんど形骸化していたが、僕の家は代々主君を守るため武の業を磨くのに熱心だった。

一人息子だった僕は当然のように幼い頃から剣の腕を叩き込まれた。

なかなか筋が良かったようで、15になる頃には同世代は勿論、一流と呼ばれる剣士達にもひけをとらなくなっていた。

順調にいけばそのまま平和な国の武官として、ひょっとしたら、城の若君の剣術指南くらいになれたかもしれないが、

同僚と酒の席で上役の悪口に花を咲かせていた(武官はエリートコースではない)だろう。

だけど、僕の人生は一転する。

僕が16のとき、大陸から遊牧民の騎馬族が攻めてきた。

平和ボケして、名ばかりになっていた軍隊では彼らにまともに太刀打ちできなかった。

実際は、小競り合い程度は何度もあったが、まともに戦ったのは1度きりだった。

だが、その1度の戦いで国はあっさりと滅ぼされてしまった。

その戦いは、ほとんど一方的だった。

ただ1度の敗戦で、政府は“高度な政治的な判断”で遊牧民達に降伏してしまった。

その後の彼ら政治屋達がどうなったか詳しいことは知らない。

ただ、風の便りでは、剽悍だが純朴な遊牧民を丸め込み、前以上の権勢を振るっているものもいるようだ。

一方的な敗戦だとしても、大勢に影響のない局地戦では活躍する者達もいる。

僕や父もそんなものに含まれていた。

僕はこの戦いが初陣であったが、父にしたところでこんな本格的な戦は初めてであったろう。

だが、そんな事情は関係なく誰かが敗戦の責任を取らされることになる。

僕らは格好の的だった。

父は片目を失いながらも戦を生き抜いたが、守ろうとした主君の手で戦争犯罪人として侵略者に突き出され処刑された。

味方であるはずの自国の政治家達より、むしろ敵のほうが戦い振りを評価して父の命を惜しんだ。

だけど、負けたときから覚悟を決めていたのだろう、父は敵に突き出される前に腹を切り自害をした。

僕はその晩、闇に乗じて脱出した。

一族の者達がどうなったかは分からない。

正直、自分のことだけ出ていっぱいで彼らまで手が回らなかった。

今でも手がかりを探しているが、まったくつかめていない。

そして、5年近くの放浪の末、ドルファンに流れ着いた。

剣の腕以外にこれといった能のない僕は、その5年間、傭兵としてあちこちの戦に参加して、金稼ぎをした。

相棒のピコと会ったのもそんな頃だ、

戦いは僕を“神の刃”と呼ばれるまでの使い手にしたが、僕自身はそろそろどこかに腰を落ち着けたかった。

そして仕官すべくドルファンにやってきた。

ドルファンでの3年間はまるで故郷に戻ったかのようだった。

いつのまにか仕官することよりも、此処で暮らしていくことのほうが大切に感じていた。

(結局、誰ともきちんとお別れできなかったな)

ソフィアやアンなどのドルファンで知り合った人々が頭に浮かぶ。

その中の一人、黒髪の少し硬い表情をした少女のことが特に強く思い出される。

(彼女とはもう一度きちんと話したかったな)

最後に彼女と話したときのことを思い出す。

戦い復讐する為に生きてた彼女に別の生き方を探すように言ったのだ。

それは、彼女の実の父親が僕に託した彼女へのメッセージだったのだが、僕自身にも向けられているような気がした。

そこまで考えて、僕は本来の目的であった士官にも、聖騎士の称号にも何の未練もないことに気づいた。

自然と笑いがこみ上げてくる。

「なに笑ってるのよ?」

何もないはずの空間から少し怒った感じの少女の声が聞こえる。僕にしか聞こえない声だ。

まだ、ドルファンの仕打ちに怒っているようだ。

「彼女と、もう一度会えるかなと思ったのさ。」

笑いは収めたが、表情は緩めたまま、穏やかな口調で言う。

ピコは僕の顔をマジマジと見つめ、それから安心したような表情を見せる。

「うん、かならず会えるよ。」

そういってピコは僕に、とびっきりの笑顔を見せた。
                              

前編 完


次回あらすじ

 

ドルファンを出国した僕は、スィーズランドに到着する。

そこで、僕が出会ったのは…。


後書き

 

本当は前編だけで終わらせても良かったのですが、とりあえず書きたいことがあるので前後編でお届けしようと思っています。

設定としては、誰にも手紙を送らない状態で出国した状態です。

彼女は明言していませんがライズのつもりです。

彼女には、むしろ再会という形のほうが相応しいと思い、こういう形にしました。

反論のある方も多いと思いますが、お付き合いいただくと光栄です。


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