第2話「追憶」


 ドルファンを出る2日前のことだった。俺は叙勲式で聖騎士の称号を受けたあと、彼女が待つ空中庭園にいた。俺は、あの時、あの場所で、俺達が語り合ったことを、今でもはっきりと思い出すことができる。彼女がどれだけの想いを抱えて生きてきたか、俺が、そして彼女がどれほどお互いを必要としているか、そして愛しているか―そして決めた。2人一緒に、この国を出ようと。人生を、共に歩んでいこうと。だけど、運命は俺達を一緒にはしてくれなかった。

 それは2人でドルファンを出る段取りを決めた直後だった。階下で聞こえた突然の悲鳴、それにただならぬ気配を感じ急いで駆けつけた俺達が見たのは、テロリストにより刺殺されたデュラン・ドルファンの亡骸だった。

ダナンから逃げ延びたヴァルファ残党の1人による犯行らしいと、俺は後に聞いた。だが犯人はその場で自害しており、真相は分からない。

いずれにせよ、彼女はその日一晩中、父の亡骸のそばで泣いていたらしい。その時すでに完全な異邦人であった俺はそばには居てやれなかったが、翌日約束の場所に現れた彼女の泣きはらした目を見てそれは容易に推測できた。

「別れて…」

彼女は震える声で俺にそう告げた。それが、彼女が一晩中悩んで導き出した結論であったのだろう。俺も、覚悟はできていたが、いざ言葉として聞いてみると胸が押しつぶされそうになった。

 仮に、俺がこのまま彼女を連れて行ったとしよう。公式には故デュラン王の子供は彼女1人である。よってそうした場合王の親族すなわちピクシス家に継承権が移ることになり、ドルファンは完全に旧家に牛耳られる、それを民思いの彼女が黙って見ているはずなどなかった。少なくとも、俺が愛した彼女はそういう女だった。

 俺は、返答もできずそのまま長い時間黙っていた。否、言いたいことは溢れそうなほどあったが、何かがつかえて言葉にはならなかった。そして、それは彼女も同じだったのだと思う。涙が溢れそうになるのを必死にこらえ、ずっと俺が何か言うのを待っているようだった。

 どれくらいの時間俺達はそうしていただろう。やがて俺の沈黙に答えを得た彼女は一言、「さよなら」の言葉を残して俺に背を向けた。俺には、かける言葉が見つからなかった。あの、俺が知っているどの彼女よりも強い意志を宿した眼を見た、俺には…。

 

「うぐぉあ!」

突然地軸がゆがみ、奇怪な叫びと共に俺の意識は現実に引き戻された。どうやら、回想モードに入りすぎて側溝に足を取られたらしい。我ながらあまりに古典的なボケに慌てて周囲を見回すと、白い眼で俺を見ているライズと目があった。あの目には、覚えがある。確かドルファン時代女の子とのデートを目撃された時の目だ。彼女の場合、心の中でかなりイタい突っ込みを入れていることが想像できるので、余計怖い。

「よく今まで生きのびてきたわね…」

「まったくです」

情けない格好のまま、俺は言った。こういう場合、言い訳をするのは恥の上塗り効果がある。

「とにかく…」

呆れ顔で俺を助け起こしながら彼女は続けた。

「ドルファンについてはじきに分かると思うわ。プロキアとドルファンで私の部下が何人か調査に当たってる。3日後くらいに報告を上げてもらうようになってるから」

そう言ってライズはくるりと体を反転させた。気付かなかったが、もう分かれ道まできていたようだ。そこで俺は、彼女にある仕事を頼むつもりだったことを思い出した。

「ライズ!」

呼び止めて俺は、彼女に書類を渡した。兵三千程度を任される指揮官とはいえ、諜報部などに対し何でも自由に依頼を出せるというわけではない。一応ワイズマン中将にハンコをもらう決まりになっていた。まあありがたいことに彼は俺を信用してくれているようで、特に俺の案を却下するようなことはなかったが。

「人捜しね。了解したわ、なるべく早いうちに調べておくから。じゃ、おやすみ」

書類の内容を確認し、ライズは立ち去った。だが、その方角は彼女の家があるほうではない。知り合った頃から、ライズはこういうところが妙に律儀な奴だ。苦笑して、俺は自室への道を歩き出した。


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