一章「鋼の蜘蛛」


「ソフィア、君の息子と娘に会ったよ」

銀月の塔の展望台、ここからの夜景は変わらない。いや、いっそう美しくなったように見えた。

「まさか君が死んでいたとはね。馬車が崖から転落か。美人薄命といったところかな」

もしかしたら変わったのは私の方なのだろうか?

薄汚くみえたドルファンの町並みも、もしかしたらそう変わっていないのかもしれない。

ソフィアの墓は、エリータス家の墓地の中にあるが行く気がしなかった。

「ソフィア、最後に会った君はウエディングドレスだったが、私が思い出すのはいつも病室から連れ出していっしょにここ来た時の姿だったよ」

私は何をやっているのだろう。

墓の前で独白するならまださまになったかもしれないが、こんなところブツブツ言っていたのでは、単なる奇人だ。

「君の息子はなかなか見所のある少年のようだ。もしかしたらジョアンは少しはマシな男になったのか、それとも変わっていないか、あるいはもっと酷くなったか」

だが独白はとまらない。

「君の息子を連れていってもいいかな?正直ドルファンはもう駄目だろう、プロキアの革命政府が侵攻の準備を進めているようだ。彼らが貴族をどう扱うか知っているだろう?」

昔ここでは、夜でも恋人達が逢瀬を楽しんでいたものだが、今は人っ子一人見あたらない。

今日たまたまいないだけか、それとも夜外出できないほど治安が悪化しているのだろうか?

まあ、そのおかげでここでこうしてブツブツ言っていられるのだが。

「いや、彼は私について来るほど愚かではないだろう」

自嘲的に笑う。

「我ながらつまらん人間になったものだ。………いや君のせいではない」

そう、ソフィアのせいではない。確かにソフィアが私を選んでくれれば、もっとマシな人間になっていたかもしれない。だがソフィアは私がこうなることが解っていたから、ジョアンを選んだのかもしれない。

「ん?」

かちかちかち!と奇妙な物音が聞こえてきた。どうやら展望台の下から聞こえて来るらしい。

急いで下を覗きこむと、奇怪な影が見えた。黒いぴったりとした服をきた異様に手足が長い男だ。それぞれが二メートルほどある。そのくせ胴体は小さな子供ほどしかないだろう。手足にはめた鍵爪で壁面を登っている。

「面妖な!」

即座に後方に飛びのき、刀をぬく。

一拍の間を置いて男が、展望台の策を乗り越えあがってきた。どうやら真っ直ぐ立てないらしく、四つんばいになっている。その様子はまるで蜘蛛のようだ。

 

ガキン!

 

振り下ろされた鍵爪を、刀で受ける。重い一撃。やはり敵か。

「妖怪変化め!この桧垣雹磨に刃を向けた事、後悔させてやろう!」

男は無言で高々と跳躍した。愚かな。

「鬼道流、昇刃!」

殺到する四つの鍵爪が体に届くより遥かに早く、刃が男を頭頂から股間まで両断する。

「この程度か」

不自然な体に似合わない敏捷さと怪力、だが技量そのものは極めて低い。 刀に目を向けると、一滴の血もついていない。 かわりに、粘性を持つ透明な液体がべっとりとついていた。男の断面から覗くのは、内臓や骨ではなく様々な形をした機械部品とそれを支えるフレーム、だが頭部からこぼれている、灰色のぶよぶよした物はなんだろう。

「怪人鋼蜘蛛!もう逃げ場はないぞ!」

「おれさまがやっつけてやる!」

「悔い改めてください」

「……………………」

突然三つの幼い声が響いた。

がっしりとした体格の巨漢。だがその声と顔には多分に幼さをのこしている、もしかしたら意外に若いのかもしれない。

真っ直ぐな黒髪をきっちりと切り揃えた、十二、三歳の少女。整った顔立ちの清楚な少女ではあるが、その翠の瞳はなんとも思いこみが激しそうだ。

赤い髪を短く切り揃えた少女。こちらもかなり整った容貌であるが、その顔には全く表情がない。そして。

「あれ桧垣さん?」

リイノがあっけにとられた顔で立っていた。

 

 

翌日私はエリータス家の客間にいた。

「まさか、また君と会う事があるとはな」

ジョアンは穏やかな表情でいった。

昔の傲慢さと幼稚さは影をひそめ、今は威厳すら感じられる。

「そうだな、私も会うつもりは無かった」

ジョアンに招待されるなど、昔は想像もしなかった。

「聖騎士の称号を返上しに来たのだな」

これが本題だろう。

「悪いことは言わん。やめておけ」

「それはできん、もはや聖騎士の名は邪魔なだけだ」

「君はドルファンの看板に泥をぬろうとしているんだぞ!生きて帰れると思うのか」

「一応、私は外国の特使だ。うかつな事できん」

「確かに、君の祖国はいまや東洋一の強国と言っていい。だがしょせんは東洋の猿、と考えている者もこの国には多い。あのお方はその筆頭だ」

ジョアンはにがにがしげに言った。

あのお方とは恐らくジョージ王だろう。祖国にも悪評が届いていた。

「連中がその気なら切り伏せてやるまでだ。おまえもその一員だろう?」

「娘達の恩人をむざむざと死なせるわけにはいかん」

なにやら妙な事を聞いた気がする。

「ん?娘たち」

「ああ、間違えるのも無理はない。リイノは女だ」

「ひどいよ!お父様!」

扉が乱暴に開きリイノが飛び込んできた。

確かに胸と腰の肉付きは薄いが、骨格は間違いなく女性のものだ。

「ちょっとちょっと、どこ見てるんだよ」

「胸と腰」

「このスケベおやじ!」

「その表現は不適切だな、子供には興味はない」

「どこが子供だって言うんだ!」

「その胸と腰が」

「このっ」

「いいかげんにしなさいリイノ!桧垣、君もおとなげない」

なにか反論しかけたリイノを、遮りジョアンが一喝する。

「すまん」

「ごめんなさい……」

「立ち聞きしていたのかリイノ。向こうへいっていなさい」

「でも……」

「いいから行きなさい」

リイノはトボトボと出ていった。

「まったく困ったものだ。さて桧垣、実はたのみたいことがあるのだが」

「まあ話くらいなら聞いてやるが、あの面妖なシロモノの事か?」

「ああ、あいつは鋼蜘蛛と呼ばれていた誘拐犯だ、と言っても身の代金目的ではないらしい、スラム街の子供ばかり何人も攫われている」

「それであの子達が首を突っ込んできたわけか」

「ああ、悪い子達ではないのだが、リイノの暴走を止めるどころか煽って一緒に暴走するのだ。まったく気が気ではない」

ジョアンはそこで真剣な目で続けた。

「頼みと言うのは、リイノ達を監督して欲しいのだ。止めても聞くわけがないのならせめて監督する人間がいれば多少リスクも減るだろう。私は手がはなせん仕事がある、それに、うかつな人間には任せられん。頼む、君以上の適任はいないだろう」

「わかった」

私はなぜか即答してしまった。


後書き

 

なんだかまた別物度が上がってしまいました。

設定は桧垣雹磨(39)。彼がソフィアと結ばれなかった原因は、病院から連れ出したソフィアを銀月の塔に連れていってしまった事です(私が失敗した原因はアンに暴言を吐いたことですが)。当然決闘はしていません。

女の子とはほぼ全員面識があります。女の子達はソフィア、アン、ノエル以外全員他の東洋人傭兵と結ばれて外国にいます。

そう言うわけでピコ(ノエル)とは面識が無い為彼は厳密には、ゲームの主人公とは別人です。

皆さんが他の娘を攻略していた時ソフィアに手をだして玉砕した、別の東洋人傭兵というわけです。


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