第二章「再会」


「……ハァ」

思わず出てくるため息。

カミルは、それを隠そうともせずについた。

 

 

彼…カミル=ニールは傭兵である。

有り体に言ってしまえば、戦場で人を殺すのが仕事である。

……そう、ほんの数日前までは。

詳しい事情は省くが、彼…いや、彼らは依頼主であるドルファン王国に裏切られたのである。

 

『ま、依頼主に裏切られるのは、初めてじゃないし』

 

彼は、この事態をこの一言で片付けた。

…まぁ、実はそれ以上に深刻な悩み(?)があったから、なのだが…。

そうこうして、ドルファンを出て、とりあえずスィーズランド行きの船に乗ったのだが…。

 

 

「…で、キミはこの事態をどうするつもり?」

彼の肩に乗っかっている妖精みたいなヤツ…ピコが、彼にジト目を向ける。

「いや…俺に聞かれても………って言うか、これは俺がなんとかするべきことなのか?」

「だって、彼女とは知り合いでしょう?」

「いや…まぁ…そうだけど……」

 彼は、言葉を曖昧にしながら、目の前で行われている乱闘に目を向ける。

 その中に、手袋をしたミツアミの少女が、あちこちから飛来してくるイスやらなんやらを、ヒョイヒョイッと避けている。

 時々、思い出したかのように、乱闘している男に足払いをかけたり、肘鉄を入れたりとしている。

「…ほら、早く止めないと」

「いまさら止めたところで、何か変わるワケでもなし、別にいーんじゃねーか?」

 ピコの言葉に、彼は小声で返す。

 実は彼女、彼以外の人間には見えなかったりするので、もし普通に話していたりしたら、傍から見れば、独り言を言っている変な人である。

「まぁまぁ、そう言わずに…私も援護したげるから」

「…ったく、分かったよ…。しかし、アイツ…普段のクールさはどこいった…?」

 ピコの言葉に半ば愚痴をこぼしながら、そちらへと歩いていく。無論、状況分析しながら、マイペースにではあるが。

 筋肉質な男やら、彼同様に傭兵の人間が、どの程度ウデが立つのかを、身のこなしから見極めないと、手加減に慣れていない彼は相手を逝かしてしまいかねないのだ。

 そして、状況分析をしているうちに、ピコは何やら後方で漁っている。

──ヘタにやると…なぁ…ここは、できるだけおとなしめに…。

   っていうか、アイツは十分強いから、遊ばせるのをやめさせて…

 そうプランを立てていると、

 

 ひゅっ!

 

「へ?」

 突如として、乱闘しているほうとは全く別方向から皿が飛んでくる!

「なにゆえに皿ぁぁぁっ?!」

──っていうか、どこを狙ってんだピコぉぉぉぉっ!

 かなりのスピードで飛んできたソレを、彼は紙一重で避ける。そして、それは……ミツアミの少女の後頭部にぶち当たる。

 

 ごつっ!

 

「はぅっ」
 

 どさっ

 短い苦鳴(?)をあげ、少女は床に倒れ伏す。

『え?』

 思わず彼とピコは声をあげてしまう。

 乱闘していた男達も、今まで苦労無くやっていた少女が、いきなりダウンしたのを見て、目を丸くしている。

 

………………………
 

「あの〜…ライズさん…?」

 沈黙に耐え切れず、カミルは、おずおずと少女の名前を呼ぶ。

 だが、お約束のよーにノーコメント。

「………この場合…俺の役目は…」

 

どすどす(省略)どすどす!
 

「やっぱ…こうなるわな」

 男達に片っ端から手刀を打ち込んで、彼はぽつりとつぶやいた。

「最初からそうすりゃ良かったのに…」

 ピコのツッコミが、むしょうに悲しかった。
 

 

 バサッ!

 

ベッドに寝かしていた少女が、毛布を蹴り上げて、やおら起き上がる。

「あ、起きたか」

「!?」

 少女は、いきなりかけられた声にビクリと身を震わせ、懐に手を伸ばし…そこで手が止まる。

「…もしかして、驚かせたのか、俺…?」

「……別に…」

 おずおずと問い掛ける男…カミルに、少女は警戒態勢を解く。

 何やら恥ずかしかったのか、顔が少し赤くなっている。

 

………………………

 

 沈黙の間にベッドから起き出て…いきなり彼の方を向き、

「なんで貴方がここにいるの?」

「俺の部屋だから」

 即答する彼に、少女は考え込むしぐさをして、

「…質問を変えるわ」

「ああ」

「どうして私が貴方の部屋にいるの、カミル?」

「俺が運び込んだから」

 

………………………

 

 その答えにしばし沈黙した彼女は、そのまま無言で懐に手を伸ばす。

「ちょっと待てオイコラ少し落ち着け。 お前、自分が倒れた…っつーか気絶したときの事、憶えてないのか?」

 

………………………

 

 カミルの言葉に、また沈黙が落ち、彼女は考え込むしぐさをする。

 それを見た彼は、ため息混じりに、

「理由は知らないが、なにやら乱闘してただろ?」

「………」(コクッ)

 うなずく彼女。

「そこで、俺は俺はとりあえずその乱闘を止めようと思って、近づいていった」

「ええ、それは私も視界の端で確認していたわ」

「ならいい。そこでいきなり俺の背後から皿が飛んできた」

「…は?」

「いいから聞け。俺はなんとかそれを紙一重で避けたが…お前の場合、死角だったことプラスいきなりのことでバックジャンプ中に体勢を変えることが出来なかった。で、とんでもないスピードで飛んできたお前がお前の後頭部─見事に中央だった─にぶち当たって、お前は気絶してしまったんだ」

 カミルの説明に、彼女はしばらく考え込む。やがて、ゆっくりと顔をあげる。

「……………」

「思い出したか?」

「………大体は」

「そうか、よかった。変な誤解は解けたな」

 彼女の答えに、カミルは満足そうにうなずきながら、つぶやく。

 だが、少女は、

「でも、私が気絶した後、貴方が私を、私の部屋ならともかく貴方の部屋に運んだのよねぇ…。その間になにかされたかもしれないわ…」

「おいおい…自分で言うか?」

 カミルは呆れ顔で言う。

 それを見た彼女は微笑して、

「冗談よ。衣服はかけらも乱れてないし…そういうことをされた感覚もないから」

 その言葉に、彼は顔をしかめて、

「お前が言うと笑えんぞ、ライズ………。一回俺に果たし状叩きつけてきてんだから…」

「そうかしら」

「ああ、少し警戒したぞ」

 その言葉に、ライズと呼ばれた少女は表情を戻す。

「とにかく、誤解は解けたな?」

 カミルは念を押すかのように問い掛ける。

「ええ」

彼女の答えを聞くと、彼は、ほっとした表情になり、

「なら、そこのお嬢さんにお前から言ってくれ…。俺は何もしてないし、するつもりもないって…」

 言って彼は、ドアの方を指さす。

「…ライア、心配なら中に入ってきたら?」

『オイ』

 ライズの言葉に、カミルとピコの声がハモる。

「それでは、失礼します」

『アンタもあっさりと同意すなっ!』

 2人(?)の声を無視してドアが開き、1人の少女が入って来た。

ワインレッド色の髪ポニーテールにした、依頼を持って来たあの少女が…そこにはいた。

 

続く……


第一章へ戻る

 

目次へ戻る