第二話


「どうしてあなたは敵だったの!?どうして民間人じゃないの!?」

 ライズは憎しみと悲しみと苦しみが入り混じった瞳で俺を見つめている。

「傭兵なんかやってるから!剣を向けなきゃいけないのよ!」

「だが傭兵じゃなければ…出会えなかった」

 静かに言いかえす。彼女が必死に否定する事実を。

「わかってる…だけど私は八騎将の一人、血は血を持って償わせなければならない」

「だろうな…さあ闘おうか?」

 ハッとした顔で俺を見るライズ。

「私と闘うのね。あなたにとって私はその程度?」

 まるで捨てられた猫のような顔になる。

「違うな。言葉だけで解り合えるほど人は単純にできてはいないから…だ」

「!!…そう…そうかも…知れないわね」

 ライズがレイピアを構えた。俺の何気ない一言でどうやら吹っ切れたらしい。

(いや、何気ないわけじゃない…)

『言葉だけでは分かり合えないから』これはいつにまにか口癖になっていた、人を殺す自分を正当化するための言い訳…。

「これを使え」

 自分の腰にあった黒い刀を彼女に投げてよこす。俺の天光はどの剣の刃も切り落とす。

「俺の天光に太刀打ちできる剣はその天影ぐらいだ」

 ライズは素直に従い、天影に持ち替えた。

「斬魔流剣術、エイジ=アヤクラ、参る」

「八騎将が一人、隠密のサリシュアン」

 俺はライズに切りかかった。

 

 

『エイジ!起きろ!こらー』

「ん?ぁあ?」

『何よその気の抜けた声は?夢でも見てたの?』

「ゆ…め?」

 そうか夢か。あまりにはっきりしていたから解らなかった。

『もう、しっかりしてよね。ライズさんが来るって言ってたじゃない』

「ピコ覚えてるか?ライズと闘った日のこと」

 部屋の窓から赤い夕日が見える。

「彼女が父の遺言に従い、もう剣は振らないと言ったから俺は天影を預けたのに」

『彼女は、まだあなたのこと好きなのよ。わからなかった?』

「わかったさ…だけどそれは別の話だ」

『…来たみたい』

  コンコン…

 俺はベットから体を起こしドアへ向かった。

 ライズがいた。だが城で会った時の服ではなかった。夕日のような赤い鎧を身につけている。

「上がれ。茶でも入れよう」

 ライズは無言だった。そのまま、部屋のソファに腰掛ける。

 ……………

 気まずい沈黙が部屋を支配した。一口も飲まれないまま、茶が冷えようとした時、

「何故帰ってきたの?」

 城での食事のときにもした質問を彼女は繰り返した。

「この国を守るため…という答えでは不服だったか?」

「不服かどうかじゃない!それが本当かどうかが知りたいだけよ!」

 珍しく声を荒らげてライズが言う。

「さあな。俺のすることが国を守るか否かは結果が出ないとわからないだろう?」

 あいまいな答えを返す。これ以上聞くなという意味を込めて。

「もう一つ聞かせて…何故…」

 ライズが下を向く。頬を伝う涙が彼女のひざをぬらした。

「…どうして…連れてってくれなかったの?」

 その短い言葉を、精一杯の力で紡ぐとライズは黙り込んだ。

 俺は…苦しかった。今ここで許されるなら抱きしめたい!だがそれが出来ない。俺は二年前この国を出るときのように、愛しい彼女を突き放すしかない…。

「お前は傭兵って仕事がどういうもんか解るか?」

「え?」

 俺の突拍子のない質問に、ライズは泣くことをやめ、顔をあげた。

「傭兵ってのはな。闘うのが仕事じゃない。クライアントを勝利に導くために…人を殺す。そうして貰った報酬で、傭兵は自らの生活を、いや未来を成り立たせる」

 ライズは黙って聞いている。彼女にとってみれば、必死なのだろう。二年前、連れて行かなかった俺の真意を読み取ろうとしているのだ。

「傭兵の未来ってのは、他人の血で出来てるのさ。だから…」

「だから!?今のが理由?解らないわ!はっきり言ってよ」

「俺は根っからの傭兵だ。ドルファンを出てから、また別の戦を探すつもりだった。そんな俺についてくれば、お前も戦に参加しただろう」

「当たり前よ。あなたのためなら…」

「それじゃお前にヴォルフガリオの、父親の遺言を破らせることになる」

 再び黙り込むライズ、しかしその顔にははっきりとした不満の色が浮かんでいた。

「それに…」

「もういいわ」

 ライズが俺の言葉を止めた。何故止める?

「わかったわ。…足手まといだったって事ね」

「………」

 違う!心の中の俺が叫ぶ。だがどうしても口に出来ない。口にすれば、この誤解を解こうとすれば本音が出てしまう。ライズを愛しているという本音が。

「もう行くわ。今夜は仕事だから」

「ああ…」

 

『あのまま帰して良かったの?』

 ライズが帰った後、ピコが言った。俺の唯一の理解者である彼女の言葉は重い。

『まだ気にしているの?彼女の父親を殺したこと』

「ああ、俺が殺したんだ。彼女の親を」

『もうあなたは二年間も、償いつづけてきたじゃない。もう自分の事を考えてもいいはずよ』

「いや、俺の中じゃまだ終わってないんだ。だから今夜終わらせる。そのために戻ってきたのだから」

 そうだ、終わる。短い間だったが俺のこの二年間のほぼすべてをかけた、復讐が。

 だが俺の復讐じゃない。俺が浴びたデュノス=ドルファンの血が俺を突き動かした。

 二年前、ヴァルファバラハリアンを撃退した後、ドルファンを追い出された俺はスィーズランドへ行った。仕事探しということもあったが、なによりデュノスの情報を集めることが出来るはずだったから。

 そこで二年を過ごし、そして真実を知った。本当に裁かれるべき人物の名を知った。

「アルバート=ピクシス…」

『もう寝よう?今夜は夜更かししなきゃいけないから』

 ピコも俺の提案、いや計画かな。それを認めてくれた。快くとはいかなかったが。

 彼女も俺と同じ、デュノスが王位継承権を剥奪され国を追われた原因を知り、激しい憎しみを覚えた一人なのだ。

 俺はベッドに立てかけてあった天光を手にした。

  シャラッ……

 静かに抜いてみる。心なしかいつもより眩しく見える。俺の心が解っているのだ。

「天光、お前の片割れは今何してしてんだろうな」

 俺は天光をしまい、つかの間の眠りについた。

 ライズはドルファン城の監視台にいた。

 ドルファン城の中で一番高い場所であるここは、考え事をする場所にはうってつけだった。

「ライズ?いる?」

「プリシラ様…」

 ライズは外出の準備が整ったプリシラを見た。

 月明かりに照らされ装飾品が輝いている。

「お綺麗ですよ。プリシラ様」

 プリシラはこの手の誉め言葉に弱い。いつもはこれで有頂天になるのだが、

「ごまかさないの。エイジに何か言われた?」

 プリシラはライズの隣りに立ち、静かに聞いた。

 ライズはプリシラを見た。静かに微笑みながら街を見下ろす姿は普段の落ち着きのなさからは想像できない。

 不思議な人だ、とライズは思った。

「ライズ、話してくれない?あなたの辛そうな顔見てメッセニも心配してたわ」

 プリシラが真剣な顔でライズの顔を覗き込む。

 思わず目をそらすライズ。

「………」

「言いたくないか、そうよね」

 ふっとプリシラは顔を緩めた。

「でもね。私の前でそんな辛そうな顔したらダメ。これは命令よ」

 ライズは心が温まるのを感じた。プリシラのやさしさが伝わってくる。

「わかりました。プリシラ様…ありがとうございます」

「わかれば良し」

 尊大に胸を張るプリシラを見て、ライズは笑みを浮かべた。

「さ、ライズ。ピクシス家に殴り込みよ」

「殴り込みじゃないでしょう。会談にいくんですから」

「ノリの問題よ。ノリの。今日こそあの頑固じじぃの鼻をあかしてやるんだから」

「そんなノリでいったら会談どころじゃ…」

「なぁにか言った?」

「フフ、なんでも」

 すっかりもとの調子にもどったプリシラと共に、ライズは監視台を後にした。

 

「これが約束の物です」

 俺は自室の玄関でこれを受け取った。

 折りたたまれた小さな紙、ピクシス家の屋敷の見取り図だ。

「ありがとう。今夜乗り込むつもりだ」

「エイジ殿、本当に御一人で?」

「心配するな。俺は強い」

「いえ、気になる情報が」

「いってみろ」

「今夜プリシラ女王とピクシス家当主が会談を行うそうです。近衛兵団も警備につくはず、事を荒立てる可能性が…」

「そうか。それがわかればいい。何とかなる」

「予定を変えたりは?」

「なおさら今夜だな。もしプリシラがアルバートの手に落ちれば、終りだからな」

「解りました。では私はスィーズに戻ります」

 そう言ってそいつは足音もたてず走り去った。

 あいつの性別はわからない。フードを深くかぶって顔を隠していたうえに声も作り声だろう。

 スィーズの間者にはいつも感心させられる。

『近衛兵団が来るって。これも天の二刀のせい?』

「だろうな。二つに別れた天は一つになるために呼び合う」

 二年前とは立場が逆だ。今度は俺が攻めて、彼女が守る側。

 闘いは避けられないだろう。互いに引けない理由がある。

『準備は済んでる?』

 俺は自分の装備を確認した。

 見た目はいつも通りの鎧だがちょっと細工してある。篭手に麻酔針を忍ばせてあるのだ。

 これはあくまで関係のない人間を殺めないためのものだ。

 アルバートは一騎討ちで仕留める。いや、仕留めなければ。

「出かけようぜ」

 天光を携え、自室を出た。

『暗いね』

 ピコがつぶやく。

 確かに街は暗い。それは夜だけのせいではないだろう。

 街は住む人間の心を映す。今までの旅で学んだことだ。

 暗くよどんだ人の心。これもピクシス家のせいなのだろうか。

 答えは…もうすぐ出る。

 俺は風になびく黒いマントを押さえ、ピクシス家の屋敷があるマリーゴールド地区へ急いだ。

 

 

続く……


<あとがき>

 

 どうもー、深町ですー。

 いやほんま、すいません。なにがってそりゃ、この一部の人をのぞいては読むとストレスがたまるであろうこの文章!(友人に、お前の小説はマニアックや、と言われショックを受けた)

 一体どーゆー意味でマニアックなんやろ?確かに喜劇より悲劇の方がテンポよく(?)書けるし、難しい言葉を無駄に使ったりするし、「いい文書くなぁ」と誉めてくれるのは同じように小説を書いてる人だけだったりするけど・・・それってマニアックってことなのかな?

 どなたでもいいので感想下さい!どんなことでもいいです、それが本当に感じたことなら!

 ふぅ…

 あ!次回予告?

 エイジがライズを置いていった訳、それは彼女への負い目。

 そしてそれを受け入れるために、あえてエイジは一人で国を出、復讐を開始。

 そうとは知らされず、悲しんだライズ。

 すれ違う二人の手にある光と影。

 そして再び一つとなるために光と影は呼び合い…


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