two Princesses


彼が微笑を絶やしたのは、これが3度目。でも、こんなに悲しい表情は、初めて。

「どうして……どうして貴方は敵だったの!?どうして民間人じゃないの?」

まっすぐ見つめる瞳は、とても痛かった。だからといって、剣を引くことは出来ない。自分の呪われた運命を憎んだ。でも誰に?神にとでもでもいうのだろうか。そんなものいるわけがないのに。

「傭兵なんかやってるから、剣を向けなきゃならないのよ!!」

でも、いつしか、神という存在に罪を擦りつけていた。存在しなくても、すがらなくてはならない弱さ。

彼が、剣に巻かれた帯をほどきはじめた。黒い刀身をもつ、東洋の剣だ。いつもは瑠璃らしき石を嵌め込んだ鞘に収めていたはずだが、今日は持っていなかった。闘うことを覚悟してきたのだろうか。

レイピアを彼に突きつけた。彼が、横様に構える。しばし互いに睨みあっていた。

剣を振り上げ、大地を蹴る。先に動いたのは自分だった。

 

「ライズ!ライズ、いないの!?」

その声にカーテンの奥から一人の女性が現れた。赤いマントを纏った貴族風の服を着ている。

「お呼びでしょうか。女王」

「判別しやすいように選り分けしといてくれるって言ってたじゃない!なあんでこんなにあるのよお!」

「ですから、選り分けして、それだけに減らしました」

にこりともせずそう言い放つ。それを見て、プリシラは小さく舌打ちした。わざと大きく溜め息をついて、ベッドへと倒れこんだ。

「あーあ、もうめんどくさいったらありゃしない!ね、せめて手伝ってよ!」

「国に関わる重要な書類です。私が手を貸したことがわかると」

「そんなの言わなきゃ誰にも判らない!さ、私がサインするから貴方はハンコ押して!」

さすがのライズもこれには少し困った顔をしたが、言われたとおり作業を始めた。これさえ押してあれば、この国にいるかぎり、どんな無茶な命令もねじ込むことが可能になる。そんなものを他人の手に触れさせる彼女の気が知れない。

信頼されているのだろうか。かつて命を狙った私を。

戦争が終わって、ライズは国に召されることとなった。目的を失って故郷に帰ろうかと思ったが、そうする前に兵士たちが召喚状を持ってやってきた。彼女を城に連れて行くというより、彼女の部屋を調べるためであろう。

謁見の間には国王がいた。だが、もはやその人物は憎むべき対象でもない。付き人が、彼女にこの城で暮らすことをすすめた。希望があれば何でも言うとおりにする。

ライズはイエスと答えるしかなかった。そうせねば後ろから斬りつけられただろう。

言われたとおり、希望を述べた。自分を、1人の兵士として国に仕えさせてくれと。渋々彼らは承諾した。彼女が目の届く範囲にいさせるためなら、多少は寛大にならねばならない。

やがて当時の国王が崩御し、彼の愛娘、プリシラが即位した。

ライズがプリシラの補佐になったのはその4ヵ月後。さまざまな周囲の抗議の声を無視して。

帝王学に詳しく慎重なライズと、国民に人気がありときに大胆なプリシラ。正反対な二人ゆえ、タッグを組むことで大きな益を挙げていた。

「……ねえ……あと、どれくらい?」

「かろうじて半分が終わったというところでしょうか」

「キーーーーーーーー!!」

他人に聞かせられない金切声をあげながらプリシラは椅子を蹴飛ばし立ち上がった。

「もういやっ!やってられないわ!」

倒れた椅子を元に戻す音が聞こえた。こんなときまで冷静沈着。憎たらしいことこのうえない。

プリシラは窓を開けた。少し涼しげな風が、初夏の到来を思わせる。

「もう、夜ね」

一つ一つの家に灯る明かりを見ながら呟いた。宝石のように瞬く、生活の灯。

「君のほうが、綺麗だよ、なぁんて……」

ライズが顔を上げた。慌てて、

「あ、いや、なんでもないのよ……って、ライズ。もしかして貴方も同じこと言われたこと、ある?」

「え、ええ、まあ……」

「多分、言った相手は同一人物でしょうね……」

私のナイト。俗っぽくいえば、初恋の人。叙勲式の後、ずっと待っていたのに現れなかった人。

「信じられないわね。こういうのを複数の女の子に言うかしら?」

「多分、私たち以外の女性にもそう言ってたと思いますわ」

そう言って笑いあった。なごやかなムードが部屋を包んだ。

「でも、憎めなかったわね」

「精一杯言っていたのが伝わりましたものね」

「そうそう、顔真っ赤にして言ってたんだもの。見てて気の毒なくらい」

「そういった事を言うのに慣れてないとすぐに判りましたわ」

「初めて会ったときもそんな印象受けたわね。シャイっていうか、田舎っぽいっていうか……どう考えても女の子にもてるタイプじゃないし」

そういえば、と尋ねてみた。

「ねえねえ、ライズは彼とどうやって出会ったの?」

「私は……確か学校の前でぶつかったのが最初、でしたね……」

セイル・ネクセラリアを倒したのが東洋人の傭兵だという情報が他の者から聞かされ確認しようと思っていたのだが、立場を考えるとあまり深く探りいれられない。ぶつかったのは本当に偶然だった。

「へえ、まるで恋愛小説の出会いみたいね」

「そ、そんな……」

赤くなる彼女を見て、プリシラの胸にふつふつとイタズラ心が湧いてきた。

「そういえば、前に二人がデートしてたの見かけたわね。折角お城抜け出して遊ぼうと思ってたら、いきなりはちあわせするんだもん。彼と貴方がレストランから出てくるとこと」

今思い出すと、彼はともかくとしてライズも驚いてた表情をしていた。変装していて民間人に気付かれるとも思わなかったので、そう気にしてはいなかったのだが。

「仲良さそうにしててさ。あーあー、妬けちゃうなあ」

「プ、プリシラ様、からかわないでください」

それを聞いて、笑った。ライズも、つられて笑みを浮かべた。珍しい笑み。

「今ごろ、なにしてるんだろうね」

深い意味なく言ったのだが、妙にしんみりした響きを帯びてしまった。二人とも黙り込んでしまう。風が自分の髪を揺らした。

「今もどっかで、闘ってるのかなあ……?」

「ええ、おそらく……」

再び城下町に目を落とした。そろそろ就寝時間である。ひとつ、またひとつと明かりが消えていく。

「……今度彼がこの国に戻ってくるまでに、もっと綺麗で、もっと住みやすくて、いて楽しくなるような国にするの。もう、他の国になんか行かせないように……」

このドルファンは美しい国だねって、言ってもらえるのが嬉しかった。ドルファンを褒められるのは自分を褒められるのと同じだったから。あの頃以上に国に関わっている今、それは真実となっている。

「彼に失望されないように、うんと頑張んなきゃ。私達が、未来を、紡いでいくの」

ライズの目に、一瞬深い悲しみが浮かんだ。

 

息さえ詰まり、地べたに這いつくばりながら、ライズは泣いていた。もう自分には何もない。家族も、仲間も、信念も。誇りさえ、『敗北』の2文字が奪い去った。

芝生を踏んで彼が近付いてくるのが判った。首を落とされる覚悟は出来ている。

自分の目の前で彼が歩みを止めた。いつまでも動かない。ほんの少し顔を上げると、彼がすっと剣を横に引いた。思わず、びくりと肩をすくませた。

じっと真剣な顔でみつめて、それがふっと和らいだ。そして、優しい声を放った。

「本当は、今日、ここに来たのは……」

柄を右手で持ち、刀身を左手で持ち上げる。そして、捧げるように彼女に見せた。

「この剣を、君に渡そうと思ってきたんだ」

驚いて顔を上げた。そこには、先ほどまでの戦士の顔は無かった。

「でも、必要ないみたいだね」

そういって、にっこりと微笑んだ。いつも浮かべていてくれたあの笑みだ。

「君達は、剣なんか無くても、十分未来を紡いでいける……。そう信じているから……」

 

「それならば、この書類を早く片付けてしまいましょう」

「あーもー人が浸ってるのに!」

彼女の目には、もう弱さも強さも浮かんでいない。無温の瞳。

あの時ライズを側近にした理由ははっきり言って判らない。存在しないといってもいい。同情したわけでもひとりぼっちになった彼女と自分を重ね合わせたわけでもない。

強いて言うなれば、国のため?自分でもあるこの国を、もっと輝かせるため。

「……そうね。私は、女王だものね」

言ってペンを握りなおした。ライズも印を押し始める。

「ね、ライズ。明日の予定は?」

「夕食にピクシスの老主が参られます。その他には特にないはずです」

どうして私が惹かれる人って、こう、掴み所がないのかなあ。あ、そっか、そういえばあの人のことは掴み損ねちゃったんだっけ。……でも、ライズ、貴方はそうはいかないわよ。

「じゃ、さ。ライズ、協力してよ。兵士達のローテーション、貴方ならわかるでしょ?」

この国にも私にも……。貴方は必要なんだものね。


<あとがき(?)>

 

いろいろと設定を無視しちゃいました。すいません。

次で終わり、のはずです。もう少しお付き合いください。


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