第十四話 「ヤングの思い」


 

 その日、故ヤング・マジョラム中佐夫人、クレア・マジョラムは、とある用事の為、生前、夫の上司であったプリシラ王女付き近衛騎士のミラカリオ・メッセニ中佐宅を訪れていた。

 生前からヤングはメッセニを尊敬の対象としており、メッセニもまた、騎士の模範たるべき者として、ヤングを高く評価していた。また、これは秘中の事ではあるが、メッセニは心密かにクレアに想いを寄せていた。もちろん清廉潔白な気性を持つメッセニは、部下の、それも友人ともたのむ人物の妻に手を出すような事はなかったし、ヤング亡き後も、その隙間に潜り込もうなどと言う浅ましい考えは微塵も持ちあわせていなかった。

 そんな訳であるから、クレアとメッセニは今でもあくまで対等な友人関係を保っていた。

 しかし、今日クレアが持ち掛けてきた話は、メッセニを仰天させるのは充分な威力を持っていた。

 

「ほっ、本気で言っているのですかクレアさん?」

 メッセニは、相手の心理を計り兼ねた様子で尋ねた。彼の目の前の来客用ソファーには、居住まいを正したクレアが座っている。

「ええ。それがあの人の、ヤングの願いでもありましたから」

 そう答えるクレアの口調には、迷いから生じるよどみは感じられない。

 それがさらに、メッセニの驚愕を深める。

「しかし彼は、ヤングはもういない。あなた一人だけでは、あまりにも負担が大きすぎるのでは?」

「ありがとうございます、心配してくださって。でも大丈夫です。私の収入の方も大分安定してきましたから」

 そのクレアの答を聞いても、メッセニはまだ顎に手を置いて考え込んでいる。

「しかし、それでも『彼』には契約がありますから、軍務から遠ざける事はできません。いや、それどころかもし彼が仮に戦場で倒れるような事にでもなれば、あなたの哀しみはより一層増す事になるのですよ」

 純粋に、クレアの身を案じて出た言葉である。その証拠にメッセニの顔には緊張のためか脂汗が浮かんでいる。

 しかしクレアは、ゆっくりとかぶりを振った。

「それでも、あの子が……あの子にかかる負担が少しでも軽くなるのなら、私は後悔はしません」

「クレアさん……」

 メッセニはクレアの決意が固い事を知った。今の彼女は、例えどんな大罪に問われようとも、その決意を揺るがす事はないだろう。

「分かりました。このミラカリオ・メッセニ。騎士の名誉に賭けて、クレアさんの力になりましょう」

 そう言ってメッセニは胸を叩いた。

「ありがとうございます中佐。本当に我が侭を言ってしまって。でも、今の私にはこういう事で頼れるのは中佐しかいないので」

「いえいえ、クレアさんの頼みならば、聞かない訳には行きませんよ。まあ、大船に乗ったつもりでいてください」

「よろしく、お願いします」

 そう言ってクレアは深く頭を下げた。

 


 

『かつて神話の時代。この世には、「神」、「天使」、「人」の三者が存在した。三者は常に助け合い、今日の世界を作る為に生きていた。

 しかしある時、「明けの明星」と言う異名と十二枚の翼を持ち、天使達の頂点に立つ大天使長ルシフェルが、自らの傲慢から「神の敵」と言う意味を持つ名前「サタン」を名乗り神に対し戦いを挑んだ。

 世に言う、「創世記戦争」の始まりである。

 天使達の軍勢である天界軍を二分した戦いは、当初の予想では数に勝る天界軍がサタン軍を圧倒するかと思われていた。しかし、その予想は緒戦から裏切られ、サタン軍は各戦線で天界軍を敗走させた。

 その最大の理由としては、サタン軍に荷担した者達の存在が上げられた。

 開戦に当たってサタンは、地上より遥か地下に位置する地底の牢獄、「地獄」より、黒き羽根を持つ者達「悪魔」を禁呪によって召喚し、自軍に加えていたのだ。彼等の力は凄まじく、地上は天使や人間達の骸で埋め尽くされた。

 誰もが天を仰ぎ、絶望した。

 その時、天界より七人の天使が遣わされた。

 彼ら七人は、天使の象徴である白き鳥類の翼の他に、悪魔のような黒きコウモリの翼と言う計四枚の翼を背に持っていた。

 彼等は「竜天使」と呼ばれ、古の魔獣「ドラゴン」の血を飲む事によって大天使に匹敵する強大な力を有するに至った天使たちである。

 彼等の名は、「星の竜天使ライアス」「大地の竜天使グレイ」「水の竜天使オルガ」「雷の竜天使アステル」「炎の竜天使レム」「雪の竜天使フィール」「風の竜天使シオン」と言った。

 彼等は地上に残された人間達と協力し、サタン軍と激戦を繰り広げた。

 その激戦の最中、グレイ、オルガ、アステル、フィールの四人が命を落とすに至るが、彼等の尊い犠牲によって、天界軍は反抗のチャンスを見出し、ついにサタンを攻め滅ぼし、悪魔や堕天使を地獄に追いやる事に成功したのだった』

 

「おや、それは『大戦初期』の項ですか?」

 読書に熱中しているシュン・カタギリの背後から、ミハエル神父が話しかけた。

 ここは、協会にある書庫である。ここには宗教関係の本が山のように詰まれており、シュンはその中の一冊、「創世記戦争」と銘打たれた本を読み耽っていたのだ。

 そもそも、シュンはなぜ急にこのような本を読み始めたのか?

 そのきっかけとなったのが、先日のヴァルファ八騎将の一人、氷炎のライナノールとの一騎打ちであった。

 あの時ライナノールは、古の神の力を駆使してシュンに挑んできた。

 その戦いに勝利はしたものの、シュンの中である種の興味意欲が湧いて来たのだ。

 一体、創世記戦争の時、何があったのか?なぜ、人と神は争うに至ったのか?

 それらの疑問が脳裏を駆け抜けた時、シュンは協会のドアの前に立っていた。

 幸いな事に、神父であるミハエルとは顔見知りである。頼むとすぐに、書庫の鍵を貸してくれた。

 何年もの間人が足を踏み入れていなかったであろう書庫は、床や積み上げられた本の上に誇りが溜まっていた。それらの掃除に一日費やしたシュンが、ようやく目当ての本を見つけたのは、午後五時の事だった。

 

 シュンは椅子から立ち上がると、ミハエルに向かって頭を下げた。

「ありがとうございます神父様。こんな貴重な本を見せていただいて」

「いえいえ、こちらこそ、掃除までしていただいて」

 そう言うとミハエルは、書庫の中を見渡した。

「やあ、すっかり奇麗になりましたね。まるで見違えるようですよ」

「神父様、定期的に掃除しないと駄目ですよ」

 ミハエルの言葉に、シュンは腰に手を当ててミハエルに言った。それに対しミハエルは、面目ないと言った感じに苦笑する。

「いやいや、申し訳ないです。先任の神父が掃除を怠っていたばかりに、ついつい私も疎かにしがちでした。これからは、まめに掃除する事にしますよ」

 そう言うとミハエルは、机の上に視線を移した。そこには、先程までシュンが読んでいた本が、ページが開かれた状態で置いてある。

「竜天使……ですか」

 ミハエルはそう呟くと、シュンに向き直った。

「この竜天使と言うのは、とても悲しい存在でしてね」

「え?」

 シュンはミハエルを見上げる。そのミハエルの顔からは、どことなく憐憫の色が伺えた。

「どういう事ですか?」

 シュンの質問に対し、ミハエルはゆっくりと口を開いた。

「この本の続きはこうなっているのです。『やがて、サタンを討ち滅ぼした神は、地上の全てを掌握する為に、自らの支配を人間達の間に進めていった。

 しかし、そんな神の傲慢に怒りを覚えた風の竜天使シオンと炎の竜天使レムが、人間達と共に、神に対し叛旗を翻すに至った。

「創世紀戦争」第二幕の始まりである。

 人間の力は、神や天使のそれには遠く及ばない。しかし、その中にあった一部の、「神殺し」と称される、強大な力を与えられた者達が中心となり、天界軍と激しい戦いを繰り広げた。

 戦いの最中、星の竜天使ライアスが地上軍総司令官となったシオンの手によって討ち取られると、天界軍は総崩れとなった。
しかし、天界の最後の守りとして出陣した大天使長ミカエルの手によってシオンが討ち取られるに至ると、地上軍の士気は砂が崩れるように瓦解した。

 地上が屍となった両軍の兵士で埋め尽くされるに至り、ついに神は地上支配を諦め、人間と和平を結ぶ決断をした。

 和平の条件はただ一つ、「旧に復する事」。すなわち、これまで通り、神は人を愛し、人は神を崇める。と言う事である。

 戦争は終わった。

 しかし、全ての同胞を失い、天界に帰る事すら叶わなくなった炎の竜天使レムは、地上の復興を見ずに、いずこかへと姿を消した。いつか帰る同胞達の魂を捜し求めて』」

 ミハエルの話を、シュンは黙って聞き入っていた。

 そんなシュンに対し、ミハエルは話を続ける。

「一説によると、レムは同胞達の魂を探しに行ったのではなく、ただ一人、自らの恋人の魂を探しに行ったと言うのです」

「恋人?」

「はい」

 ミハエルは頷く。

「言い伝えでは、レムの外見は十四、五歳の少女だったと言う事です。そして彼女の恋人こそが、共に同じ理想を抱いて堕天した、風の竜天使シオンだったのではないかと言われています。もっとも、この話は教会内でもごく一部の人間が囁いてる噂話程度の物ですがね」

 そう言ってからミハエルは、怪訝な顔付きになった。自分の話を聞いているシュンの顔に、少し赤みが差している事に気付いたのである。

「どうしたんですか、カタギリ君?」

「え?」

 シュンはミハエルに声を掛けれて、顔を上げる。その顔は、やはり赤い。

「お顔が赤いですよ。具合でも悪いのではないですか?」

「いっ、いえ。そんな事ないです」

 シュンは慌てて否定した。

 丁度その時、扉が開いてランプを持ったシスター、ルーナが入って来た。

「シュン君、もう八時ですよ。そろそろ帰らないと、皆さん心配なさいますよ」

「あ、はい!」

 閉館を告げるルーナの言葉に、シュンは立ち上がってからふと、名残惜しそうに机の上の本に視線を移した。

 その視線に気付いて、ミハエルはフッと笑った。そして本を閉じるとシュンに向かって差し出した。

「はい。持って行って良いですよ」

「え?」

「ただし、読み終わったらちゃんと返してくださいね」

「はい。ありがとうございます!」

 シュンは本を受け取ると、ミハエルに対して頭を下げた。

 


 

 シュンが傭兵隊の宿舎に帰ると、パートナー兼姉兼保護者のピコが飛んできた。

『おかえりシュン、遅かったね。こんな時間までどこ行ってたの?』

 ピコは飛んでくると、シュンの頭の回りを一周して、目の前で滞空した。

 それに対しシュンは、微笑を浮かべて答える。

「ただいまピコ。ちょっとミハエル神父の所で読書してたんだ」

 そのシュンの答を聞いて、ピコは疑わしげな視線を向ける。

『読書?ふ〜ん、君がねえ』

「あ!何その顔。僕が本読んでちゃ変かな?」

 そう言ってシュンは、口を尖らせる。

『別に。たださ、勉強がまるで駄目な君が、まさか「本」を読みたがるなんて、何かの奇跡かな〜って思ってさ』

「む〜」

 シュンは少しむくれたようにしてそっぽを向く。しかしピコの言った事は事実であり、反論の余地はなかった。

 そんなシュンの様子を横目に見ながら、ピコはシュンが右手に持っている本に目をやった。

『何それ?借りてきたの?』

「うん。神話の事について、いろいろ書いてるんだ。

 シュンは頷いてから、ピコに本を見せた。

 しかし、その本のタイトルを見て、ピコは体を硬直させた。

『創世紀……戦争……』

「うん」

 そんなピコの様子に気付かず、シュンは無邪気に頷く。

「いろいろな事が書いててさ、もう、夢中で読んじゃったよ。とても今日中には読み切れないって思ってたら、ミハエル神父が貸してくれるって言ったんだ」

『……そう』

 ピコはそれとは気付かないように、ふっと視線をはずした。

 シュンはそんなピコの様子に気付いていない。

「すごいんだね。この本読んでると今まで知らなかった事がいろいろ分かるんだ」

 シュンは興奮したような口調で言うと、先程まで教会で読んでいたページを開き、ピコに見せた。

「ほら、これ」

 シュンに言われてピコは、本の方に視線を移す。

 そこには、やや黄ばんだ紙の上に文字の羅列と共に、白と黒の二対の羽を持つ人間の絵が描かれていた。

『竜天使…………』

「うん。て、ピコ知ってんの?」

 ピコの呟きに、シュンの方が驚く。それに対してピコはハッとして視線を逸らした。

『まっ、まあね』

 そう言ってからピコは、思い出したように顔を上げた。

『そっ、そうだシュン。さっき、何か手紙が来てたよ』

 そう言うとピコは部屋の中に飛んでいくと、一枚の手紙を持って戻ってきた。

 シュンはその手紙を受け取ると、封書を破いて中から手紙を取り出した。

「メッセニ中佐から?何だろ?」

 シュンは訝りながら、文面に目を通した。

『何だって?』

 ピコがシュンの肩の上に乗って、手紙を覗き込む。

「重要な話があるから、明日の昼過ぎにメッセニ中佐の家まで来いってさ」

『ふ〜ん』

 シュンは手紙を閉じると、ピコに向き直った。

「さ、今日はもう遅いから、寝ようよ」

『そうだね』

 そう言うと二人は、ベットに向かった。

 

 その夜、静かに寝息を立てるシュンの寝顔をピコは見下ろしている。、

 その瞳は、どこか懐かしむように潤んでいた。

『…………まだ、確証がある訳じゃないんだ』

 ピコはポツリと呟いた。

『君がそうだって…………でも君は……君から何か大きな力を感じていた事は確かなんだ』

 ピコはゆっくりシュンの額に舞い下りると、その前髪を優しく撫でてやる。

『もし君がそうなら……もし君が「あいつ」なら、あたしの旅もようやく半分が過ぎたのかもしれない』

 そのピコの呟きは、誰にも聞き取られる事無く、夜の闇に融けていった。

 


 翌日の昼前、シュンはメッセニ中佐宅の前に立っていた。

 軍の中佐であり近衛騎士でもあるメッセニであるが、その私生活はあくまでも質素な物であり、住居も貴族達のような豪奢な物ではなく、軍より支給された簡易住居でしかなかった。

 シュンは奇麗に掃除された庭石の上を歩いて玄関まで行くと、扉の前に立った。

『いったい、メッセニ中佐が何のようだろうね?』

「さあ?」

 ピコの質問に、シュンは首をかしげる。

 メッセニとはプリシラに謁見した時に初めて会い、その後も会議などでリヒャルトに着いて行き、顔を合わせている。

 何かと言えばお堅いイメージが強い人物であるが、それでも公明正大な人物として、軍だけでなく民間からも評価の高い人物である。

 シュンはドアの前に来ると、軽く呼び鈴を鳴らした。

 するとすぐに扉が開き、中から私服姿のメッセニが出てきた。

「来たか。時間より少し早いが、まあ良い。入りたまえ」

 そう言ってメッセニはシュンを招き入れた。

「はあ」

 シュンは背中の朱月を下ろすと、メッセニに続いた。

 

 外から見たのと同様、内部の様子も質素な造りで、飾りつけなどの無用な装飾は配されている。

「あの、中佐」

「何だ?」

 メッセニは振り返ってシュンを見る。

 対してシュンは少し不安そうに、上目使いでメッセニを見上げている。

「あの、今日は、どういった御用件ですか?」

「うん」

 頷いてからメッセニは再び歩き出す。

「君に、どうしても話がしたいという方がいてな。それで忙しい所を済まないと思ったが来てもらったのだ」

 シュンはメッセニの言葉を聞くと、訝るような顔つきでメッセニの顔を覗き込む。

「誰、なんですか、その人は?」

「会えば分かる。君もよく知っている人だ」

 そう言うとメッセニは、扉の前で止まった。

「さっ、入りたまえ」

「…………」

 メッセニの説明に納得のいかないものを感じながらも、シュンはドアノブをひねり中に入った。

「いらっしゃい」

 シュンが中に入ると、中では妙齢の女性がソファーに腰開けてシュンを待っていた。

「クレアさん……」

 シュンは目を丸くして、クレアの顔を見つめる。

 そんなシュンの肩をメッセニが叩いた。

「クレアさんは、君に話があるそうだ」

「え?」

 シュンは呆気に取られながらも、クレアの向かいに腰掛ける。

 メッセニは二人を残して部屋を出て行った。

 それを見てから、クレアはシュンに向き直った。

「こうして、あなたとゆっくりお話しするのも久しぶりね」

「……はい」

 シュンはかしこまった調子で答える。

 その様子が可笑しかったのか、クレアはクスクスと笑う。

「そんなに緊張しなくても良いのよ」

「はっ、はい!」

 そうは言われたものの、シュンの声は上擦っている。突然メッセニの家に呼ばれた上に、そこにクレアがいたとあって、シュンには理解しづらい事の連続だった。

 そこへメッセニが戻ってきた。その手には三人分の紅茶とクッキーの入った皿を乗せたトレーを持っていた。

「あの、クレアさん」

「なあに?」

 シュンはメッセニから紅茶を受け取りながらクレアに尋ねた。

「今日は、どういった御用件でしょうか?」

 シュンの質問に、クレアは真剣な眼差しをシュンに向ける。

「ねえシュン君。あの人が、ヤングが死んでからもうすぐ一年になるわね」

「はい」

 それを聞いてシュンの顔は、明らかに暗く沈む。

 昨年七月に行われたイリハ会戦においてヤング・マジョラムはかつての同僚でありヴァルファ八騎将の一人である疾風のネクセラリアによって討ち取られた。

 シュンにとっては、父とも思う人物を助けられなかった苦い経験である。

 クレアは話を続けた。

「あの時、ヤングの墓前で私があなたに言った事、覚えてる?」

「え?」

 シュンはそう聞かれても、すぐには思い出せなかった。

 それを見て、クレアは答えた。

「あの時、ヤングが出陣する前にあなたを養子にしたい思っていたって、言ったわよね」

「確か……」

 思い出してみれば、確かにそんな事を聞いた気がする。

「それが、何か?」

 シュンはキョトンとした顔でクレアに尋ねる。

 それに対してクレアは微笑を浮かべて言葉を紡いだ。

「だから、その遺志を私は継ごうと思うの」

「…………え?」

 シュンは一瞬、クレアが何を言っているのか分からなかった。

「え?、え?、つまり、それって……」

 そのシュンの言葉を遮るように、メッセニは咳払いをした。

「つまりクレアさんは、君を養子として引き取りたいと言っているのだ」

「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

 シュンは勢いを付けて立ち上がり、そのまま余ってソファーを軸に一回転し、頭から床に倒れ込んだ。

「大丈夫シュン君?」

「イタタタタ」

 シュンはぶつけた後頭部をさすりながら立ち上がる。

「そっ、そんな事急に言われても!!」

「分かっているわ」

 いきり立って食って掛かろうとするシュンをやんわり制して、クレアは先を続ける。

「あなたも、急にこんな事言われたら混乱するだけでしょう。だから、暫く考えて欲しいの」

「…………」

「そうだ。焦って結論を出す必要はない」

 メッセニもクレアを援護する。

「君の人生にも大きく関わる事だ。安易に決めて良い問題ではない。だが、いかに傭兵とは言え、君のような少年が保護者無しに生活している事は、世間一般から見れば問題なのだよ」

「…………分かりました」

 シュンはややためらい勝ちに言った。

「お二人の言う通り、すぐに結論を下して良い事ではないと思います。ですから、暫くゆっくり考えさせてください」

 そう言うとシュンは、自分の前に置かれた紅茶を一気に飲み干した。

 


 

 夕方のセリナ運河は青い水面が赤く染まり、穏やか色合いを映し出していた。時折、観光客を乗せたゴンドラが行き来している。

 そんな運河の水面を、シュンは橋の上から黙って見下ろしていた。

『ねえ』

「ん?」

 そんなシュンに、ピコが話し掛けた。

『どうして、クレアさんの話を受けなかったの?』

「…………」

 シュンは答えずに、黙って流れ行く水を目で追っている。まるでそうしていれば、自分の中にあるわだかまりに決着が付きそうな気がしたからだ。

『ねえ、聞いてる?』

 ピコが焦れたように言う。

 そんなピコの問いに答えず、シュンは体を返し手摺に寄りかかると、逆に口を開く。

「ピコ」

『何よ?』

「僕達は、倭国から追われてる身。もし、僕がクレアさんの所に身を寄せたら、クレアさんの身にも危険が及ぶかもしれない。ううん。鬼道衆の事だから、間違いなくクレアさんから先に狙ってくると思う。それが分かっているのに、こんな話受けれるはず無いじゃん」

 そう言うシュンの目には、悲しみが湛えられている。

 しかしそれを見て、ピコはフッと笑った。

『馬鹿だね君は』

 そう言うとピコは、シュンの眼前まで降りてくる。

「え?」

『あの時のクレアさんの顔。まるで君の死んだお母さんみたいだったよ』

「母上の!?」

 母の名を出されて、シュンの顔に赤味が差す。

『シュン。お母さんってのはね。この世で一番強い存在なんだよ。だからもし、君がクレアさんに本当の事を話したとしても、それでもクレアさんは君を引き取るって言うと思うよ』

「…………」

 シュンはそのピコの言葉には答えなかった。

 だがその胸の内には、僅かながら迷いが生じていた。それは、幼い日に両親を亡くし、母の愛情を長く受けずに育ったシュンが、久しぶりに思い出した情念なのかもしれなかった。

 

 

第十四話「ヤングの想い」   おわり


後書き

 

どうもこんにちは、ファルクラムです。

 

何やら最近、オリジナルのみつナイを無視して独走しております。少し、自分自身の手綱を締めねばならない事を痛感しております。

とか何とか言っておいて、次回は予定よりも早くある人物が登場します。多分、こんな事思い付くのは私くらいではないでしょうか?

 

それでは、次回もどうかご期待ください。

 

ファルクラム


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