第8章「それぞれの愛の形」


木剣をふるうのがさまになってきたと、その日父は褒めてくれた。

寡黙で、偉丈夫で、強くて。仰ぎみる者に畏怖を感じさせる大きな体躯は、幼心に恐ろしいものとして映った。今でもそれは変わりはしない。私だって、母に似て小柄とはいえ、成長したはずなのに。

体格の問題ではないのだろう。おそらくは。

父には人をすくませる気配があった。

「この人には敵わない」と、人の防衛本能を呼び覚ます何かが。

その父が、ぽふぽふと頭を叩いてくれた。

いつもは強い光を放っている目を細めて。

「…お前は筋がいい」

───その時に、愛されてると知ったの。

 

 

灰色のストールを頭から被った、性別も年齢もわからない人物は倉庫の陰からこちらを見ずにつぶやく。

誰も通らない深夜。宿屋の路地の入り口に立つ私しか、表からは判別できないだろう。旅客が眠れずに外の空気を吸うために出てきた。そう見えるよう、努めて気だるげに立つ。しかし、下手な演技を見ているのは月とストールの人物だけのようだ。

ストールの人物──O2の連絡員は、低い、特徴のない声で言葉をライズの背中に投げかける。

「早く殺れ。──氷雪からの勅令だ」

「そうそうチャンスはないわ。相手はただの傭兵じゃない。それを忘れないで欲しいわね」

言葉を切る。マクラウドやソフィアと話す時はまだ暖かみのある声が、凍るように冷たい。

「相手は23という異例の若さで、完全実力主義のオルカディア帝国近衛騎士団長にまで上り詰めた男よ。剣の腕ばかりではなく、全ての事柄において警戒を解いたりはしない。──敵ながら、見事なものよ」

静かな声。一片たりとも感情を覗かせることのないように、慎重に言葉を選んでいく。

「オルカディアにとっても、敵に回せばやっかいな男ね?」

路地裏の湿った匂いが鼻をさす。彼らの別称──どぶねずみ──が脳裏をよぎった。その名には侮蔑のみではなく、どんなつまらなさそうな場所にでも潜み、敵も味方も暴きだす俊敏さと英智に対する、率直な賛辞も込められている。

連絡員の気配が微かに揺らぐ。

「──そそのかすつもりか」

「氷雪の意向によるわ。──そう、伝えて」

相手の気配が闇に溶けるように消えたあと、私はようやく全身から力を抜いた。深く息を吐く。

氷雪に───いや、さっきの連絡員にすら自分の真意がばれようものなら、ただでは済むまい。ひとりの裏切りが多くの犠牲を生むことは、15年前、自分が生まれた年に王の側近によって盗まれた斬皇剣と、それにより瓦解したパルメ王国の残党である彼らが、誰よりもよく解っているはずだから。

もちろん大人しく制裁を受ける気はなかったが、いざとなってもO2の幹部である己の父は、助けようとはしないだろう。自分の不始末は自分で決着をつけろ。そう言い放つに違いない。だがそれは、父が自分に信頼を置いている何よりの証だった。

女、それも学生というのは使いやすいカードだ。誰もが油断する。甘く見る。足元をすくわれることなど夢想だにせずに。

───長い間、剣士として組織の歯車として、誇りを持ちながら生きてきたというのに。

空を見上げる。工業都市といて名高いケープリバーでは、排気ガスのせいで北極星くらいしか確認できない。

(どうしてあんなバカな男に…)

かぼそく光る北極星を眺めながら、心の中でつぶやく。

俺は、絶対に斬らない。

言葉を反すうする度に、胸を刺されたような痛みが走る。

痛いけれど心地よい、不思議な甘い痛み。嫌な感じはせず、ゆえに完全に意識の外へは締め出せない。ひとり訓練場に向かう途中、他の女学生たちが連れ添って帰る姿にも、遊技場の明かりにも、これほどの魅惑を感じたことはない。

「…斬ればいいのに」

口にした言葉は、ひどくそらぞらしく響く。

指先が震え、いましめのように手の内に握りこむ。さっきの連絡員が、オルカディアに殺されていった仲間たちが今の自分を見たら、何というだろう。責める声が自分自身を押し潰しそうで、私は小さく悲鳴じみた声をあげる。

「斬ってさえくれたら、私だって…!」

 

 

俺はベッドで寝返りを打つと、いつまでも開かれない扉を眺めた。あの日、ライズを抱きしめた日から、暗殺者の訪問はぱったりと途絶えた。

O2が命令を撤回したとは考えられず、あの時の、自分の迂闊な行動が原因だとしか思えない。

多少の苛立ちを込めて枕を上に投げると、天井にあたって落下した。

(…いいから殺しにこい。俺はそう簡単には死なん)

でなければ、危険だ。

ライズはどこか無邪気だ。簡単に、力や正義を信じる。年齢ゆえの青さなのか、生まれついた気質なのか。両方、ということもありえない話ではないのだが、どちらにせよ、あまり工作に向くタイプであるとは言えない。

力には、正義も悪もない。全てをただやみくもに壊すだけだ。見境いもない。それに───。

与えられた役割をこなさない者は、いつのまにか、別の役割を押し付けられることになる。

───見せしめという名の、私刑者の役割を。


後書き

 

…ふう。

ライズが壊れかけてるな…(ーー;)

 

私は1作品作る度に「主題歌」というかテーマソングを決めて、全体のふいんきを決定・統一するのですが、

この作品(第1部)のテーマソングはスガ シカオ「アシンメトリー」です。

決めるのにだいぶかかっちゃったよう…(^^;)

 

 

話が進むと言っときながら進んでないな(笑)。どうしよう(笑)。

つづきはあのイベントがメインです。

「第9章 記憶は悲鳴をあげる(前編)」です。


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