第18章「新たな任務」


憲兵か、と思ったが、人垣をかきいって現れたのは、暢気そうな笑みを浮かべた20代後半と覚しき男だった。腰に短剣をいくつかさしてはいるが肝心の剣はなく、装備も、通常は鎧の下につけるクロスアーマーのみ。くせのある明るい金髪に人懐っこそうな青い瞳、彼が醸しだす雰囲気は、剣士というより商人に近かった。

臆することなく剣を持った立ち合いの前に立った彼は、人垣より頭ひとつぶん高い。見回すと、何故か楽しそうに声をあげる。

「おぉ、やってるねぇ。さすがは王都オルカディアだ、入った途端に治安が悪いね!うーん、これは……俺にとっては幸先のいい出来事と言うべきかなんというか……難しい問題だなー」

「な、なんだよてめぇは!」

毒気を抜かれていた兵士のひとりが声を荒げる。人垣がざわめいた。だが、男は関知した様子はない。

「うんうん、そうか。そんなに知りたいなら教えてやろう。どうせならべっぴんさんに聞かれたいけどね。俺はシェル・ブライド。あんたらと同じ、配属されて間もない傭兵だ。右も左もわからない……と言いたいところだが、なぜか右と左はわかるんだよねー現実には。困ったもんだね、こりゃ。この場合、何と言えばいいのか。28年間生きてきてこんな難問にぶちあたったのは初めてだね。どう言えばいいのかおたくら知ってる?」

「……とりあえず、何のご用があるのだけ、言ってもらえるかしら?」

ライズは低い声で答える。怒りを抑えた声音。ソフィアはシェルと名乗った男の服の裾をひっぱった。シェルはいたずらっぽい笑みを浮かべ、不安げなソフィアの手をそっと押し返す。

「先輩に対しては礼儀正しく、といきたいところだけどさ。この場は可愛いお嬢ちゃんの頼みだ。仕方ないねぇ」

シェルは手をあげた。剣を構え直そうとした兵士とは裏腹に、ライズはすばやく右に飛びのく。

小さなうめき声と共に、兵士たちは地面に倒れこんだ。

男は芝居がかった仕草で手をひらひらさせ、静まり返った場に声を響かせる。

「おやぁ?おねむですか?それとも心臓発作?いけませんねーちょっと脅したくらいで。情けないですよ、先輩方」

ざわめきが起こりはじめたのも束の間。憲兵だ、という叫びに、皆関わりあいになりたくないのか、我先にと散っていく。

───兵士たちのこめかみに残る小さな傷跡を冷たく一瞥すると、ライズはシェルに歩み寄った。珍しく、柔らかな表情で。

「……久しぶり。随分と腕をあげたようね」

シェルはむくれたような表情を浮かべる。

「飛びのかなくたっていいだろ?まったく、少しは信用してくれたって」

「ふふ。考えておくわ」

「相変わらずだねぇ。…おお、これは失敬。可愛いお嬢ちゃん、怖がらせてしまったかな?」

きょとんとした顔でふたりを見比べていたソフィアは、呼びかけに我に返ったようだ。ライズは地面に置いた鞄の土を払うと、彼女に差し出す。

「……ありがとう、ソフィア。助かったわ」

「あ!…いえ、そんな……行く途中でこの人にぶつかって……」

「ん?学校の友達か?」

友達、の一言に、ソフィアは照れくさそうに微笑む。ライズも困ったような、だがまんざらでもない表情である。シェルは不審そうに首を傾げる。

「───もしかすると、恋人の方か?」

「どうしてあなたは一言多いのかしら」

「あ、あの……あなたは」

控えめな声音に、シェルは人懐っこい笑みを浮かべる。

「ごめんごめん。俺はシェル・ブライド。傭兵をやってる。彼女の」

指をたてた。

「かっての、保父さんだ」

間髪入れずにライズが肘を脇腹に打ち込む。いてて、と体を折ったシェルを見て、ライズは呆れたと言いたげに息を吐く。

ソフィアは目を見開くと、おかしそうに、だがどこか安堵したような笑い声をたてた。

 

 

遅く現れた憲兵に事情を説明したあと、シェルはライズの部屋を訪れた。ソフィアとかいう、普通の女学生の前では口に出せない事柄を話すために。

「……入って」

ライズは大人びた黒いワンピース姿で出迎えた。少女の部屋とは思えない、簡素で何もない部屋だ。壁紙も仕様のものらしい薄いベージュ、絵も写真も飾られてはおらず、最低限の調度が揃っているだけ。まるで、兵士が入る前の軍舎のようだ、とシェルは思う。家具はそれなりに高価なものではあったが。

ただ本が多いせいか、空気がややほこりっぽい。それが唯一、移住者の性格を表している。

「いやー……なんというか、ぬいぐるみとかないわけ?」

「プリシラ人形ならあるけど。ダーツの的にしてるわ」

お茶を入れるためにキッチンに入っていく。

シェルはきつねにつままれたような顔で、その背中をみつめた。

「それは……何かちょっと違うような」

「無駄な物は置かない主義なの。はい、どうぞ」

テーブルに手際よくカップやポットが置かれていく。飲み口に線がひかれただけのシンプルなティーセットだ。シェルは椅子に腰掛けた。

「さんきゅー。まさか毒入ってないよね?」

「今のところはね」

「怖いなー……ん、うまい。ライズは紅茶入れるの上手だなぁ」

「そう。……ところでさっさと本題を出してくれない?無駄話が多いのが、あなたの悪い癖よ」

シェルは肩をすくめる。だが文句を言うでもなく、真顔になってカップを置いた。

「オルカディア兵士となって城内に潜入し、王族及び近衛騎士団長の命を狙う。これが俺の基本的な任務だ」

感情を悟られぬよう、ライズは慎重にうなずく。

シェルに狙われたら、かなりまずいかもしれない……。

小石。針。ダーツ。彼の武器は剣ではなく、どこにでもある代物だった。人体の急所を的確に、すばやく射抜く。といってもせいぜい気絶させたり、怪我を負わせるくらいだが、針に毒を仕込めば殺すことも可能だ。

剣を使わないのは、10年前、事故で左腕の神経をやられたせいだ。日常生活に支障はないが、それ以来、剣を握ってもうまく動かせないのだという。

彼は探るような目でライズの顔色を伺う。だが、ライズが気づいた様子はない。

「あと、親父さんから伝言だ」

「お父様から!?」

「ああ。ライズにはオルカディア城の警備の仕事をしてもらう。アルバイトとしてな。くれぐれも見つかるな、との仰せだ」

「……そう。了解しました、と伝えてくれる?」

テーブルに目線を落とす。父親と会ったのは2年前。それからは声すらも聞いていない……。

───別に、寂しくなんかない。父は自分を信用してくれているのだから。

ライズは首は振ると、認めたくない感情をふりはらった。

「まあ俺と連携プレーでやれってことだな。親父さんの言いたいことは。俺もライズがいてくれれば心強いよ」

気さくな物言いにライズもつられて微笑む。

「……私もね」

「ま、あとは斬皇剣がらみだなー」

大きくのびをする。木製の椅子がきしんだ。

 

斬皇剣。

斬神剣と対をなす、王家を守護する「不死の剣」。

今は無きパルメ王国から奪われた宝剣。

その力は偉大かつ甚大で、王家の者の血を吸うことにより、持ち主に計り知れない力を与えるという───

 

「見つかったの?」

「……どうもな、「雷鳴」からの情報では、マルキ神祈官が呪をかけてどこかに封印したらしい。表に出されるのは特別の祭典だけ、つまり王族に関わる出来事…王が死んだとか王女が結婚したとか、そういう時だけなようだ。斬神剣はクルガン将軍が持ってるからな。あれに対抗するには、やっぱり斬皇剣じゃないと駄目っぽいよなー」

斬神剣は一振り一軍の役割を果たすという。確かに、迂闊には近付けない代物だ。

それにしても「雷鳴」とは。存在を伏せられた幹部だと聞いていたが、国家機密を手に入れられるなんて。よほど国の中枢に近い位置にいるのか、子飼いの部下が優秀なのか。

───まあ、考えても仕方のないことだけれど。

「ま、結婚式は近いうちに行われるから、その時がチャンスかな?」

「───何ですって?」

「へ?」

シェルは虚をつかれた表情でライズを見た。

「結婚?プリシラ王女が?」

「あれ、知んないの?プリシラちゃん女王になるみたいよ?なんか王が寝込んだせいで体調を崩してて、くたばらない内に結婚式も王位継承の儀も済ませるみたい。まあ準備とかあるから、───4ヶ月後くらいの話かなぁ」

「……と、言うことは、どこかの王国が人質を差し出してきたのね……」

プリシラ王女は現在16才。早婚だが、王族では別に珍しくもない。

シェルはおおげさに首を傾げた。紅茶で口をしめらす。

「オルカディアが人質くらいで侵略をやめるかね」

一息ついて、

「団長さんだよ。クリストファー・マクラウド。今回の業績が認められて、プリシラ王女を下賜されたらしい。大出世ってやつだな」

───時が凍りついた。


後書き

 

(ーー;)<---(ー△ー;)

う、(また)何か冷たい視線を感じる…。

「このひとでなし」というプリシラファンの罵声が聞こえる…。

あう、プリシラファンの皆様、ごめんなさいm(_ _)m

 

ライズの昔馴染み、それもずっと年上の傭兵───という設定は、随分前から構想がありました。便宜上、ゲームでは語られない部分を創作することになるので、なるべくなら避けたかったんですが…やっちゃったよ。あう。

 

☆次章案内☆

ライズ「ところで、結婚祝いなんてよく判らないのだけれど…この場合、血のついたレイピアでいいと思う?」

シェル「んー。話が終わったあとでボロ雑巾にした方がいいんじゃ?俺は止めないけど」

ライズ「そうね、楽しみは後に取っておくものよね」

シェル「そういうこと。えーっと、次章は『第19章 少女と傭兵』です。俺が17才でライズが4才の時の話が出てきます。つまりは「作者の妄想」ですな」

ライズ「身もフタもないわね…」 


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