第14章「愛(かな)しい嘘(後編)」


勝負は一瞬でついた。

確実にかわせたはずの一撃を、俺が受け止めたからだ。

左の脇腹を切り裂いた短剣を、ライズが信じられないといった表情で握っている。

───さすがに、痛い。

うめきながら身じろぎすると、小さく声をあげ、手を離す。

「なぜ避けなかったの!」

「……あんまり、矛盾したことばっか言うなよ……てて」

「あなたなら避けられたはずよ。この程度なら。待ってて、医者を呼んでくるから」

身を翻したその手をつかむ。やめろ、と言った。

「でも!」

「警備兵に不審に思われる。呼ぶならソフィアにしてくれ。……平気だ、大した傷じゃない」

───明らかに急所を外してあったから。

でも、とライズはいいつのる。とうに殺気は消え失せ、目の前にいるのは、年相応にうろたえる普通の少女だ。

「忘れるな。俺とお前は敵同士だ。助けるな」

彼女はききわけのない子供のように首をふる。

「あなたは、私を助けてくれたじゃない……」

「仲間だからだ。それに、俺は個人的にああいった連中は気にくわない。それだけだ」

「でも、こんな」

「君は、オルカディア近衛騎士団長から一本取ったんだ。まあ、止めを刺した訳ではないが……これで少しは狙いやすくなる訳だ、俺の命を」

「……嘘つき」

「理由が何であれ、傷は傷だろう。武勲は武勲。それが、戦争というものだ」

ようやく真意を理解したらしい。ライズは自分が斬られたような、急な痛みに我を忘れたように俺を見ると───平手で打った。

短く罵倒すると、宿に向かって走り去っていく。

俺は脇腹を押さえながら、彼女が消えていく先をみつめていた。温かな血があふれ、手をぬめらせる。

「バカ、だな…どうしようも、ない……」

どうしてか、声は寂しげに己の耳を打つ。

 

 

あの時。

俺も妹に向かって、手を伸ばそうとした。

えびぞりに縛られ転がされた俺を尻目に、男たちは妹を押さえつけた。叫び声と下卑た笑い声。よくは見えないものの、妹が男たちからひどい目にあわされていることは判る。ほこりっぽい軍舎には誰もいないのか、彼らは妹の口を塞ごうともしない。

妹を助けないと───

いましめから手を必死に動かそうとする。が、焦るばかりで縄は一向にほどけない。勢いあまってバランスを崩し、頭と肩をしたたかに打ちつける。

男のひとりが気づいた。軍支給の革靴が手を踏みにじる。酷い痛みにうめく俺を蹴り、唾を吐きかけ

『お前はそこで見てりゃいんだよ。後でじっくり調べてやるからさぁ……!』

目に入ったのだ。妹の目が。俺なら助けてくれるはずと、無条件に信じきっていたいとけない瞳が。伸ばされた手と、まだ7つでしかない体につけられた、無数の痣と傷を。

涙でぐしゃぐしゃになった顔で、俺に必死に助けを求める、この世でたったひとりの愛しい存在を。

『おにいちゃん、おにいちゃん、助けて……!!』

 

 

───助けられなかった、無力な自分。

「ライズ……」

今の俺には、君を愛する資格などないんだ。

 

 

『違う。泣いてなんかいない。私は……』

心を引き裂く悲しい声が、決意をぐらつかせる。

もう、誰も。ライズもメリンダも、側にいて欲しくはない。いや、今の修羅と化した自分の側にいてはいけない。

祈るように拳を額にあてる。

「頼むから泣かないでくれ……」

こらえた言葉が、ため息とともにこぼれおちた。


後書き

 

いや、泣かしてんのあんただから(・・;)

叩かれるのも至極当然ですな。

「えびぞり」の状態が分からなかったので実践してみました。その状態で暴れてみました。頭を床に3回ぶつけました。痛いです(バカ)。

 

愛(かな)しい、という言葉は、「かわいい、いとけない、いじらしいさま」という意味らしいです。

この場合、「いじらしい」が適切かな…。いとけなくないしな、全然。

脇腹の傷、ダークプリンス戦で致命傷にならないといいね、マク助…。無茶するよあんたわ…。

 

次章は「第15章 月の光の下で(前編)」です。

第16章で第1部は終了です。


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