第12章「夜話」


今宵は、新月だ。

ひとけが絶えたのを確認してから、静かに部屋を出た。

手燭の灯りが足元を照らしだし、代償として目の前の闇をより深める。目の前を照らす炎は、熱く、鮮血のように赤い。

ノックもせず、マクラウドの部屋の扉を開けた。

何の変哲もない、私たちとたいして変わらない大きさと調度類の部屋。あれほどの地位があれば、もっとぜいたくをしていてもおかしくはないのに、そういった行動は旅の間まったく見受けられなかった。たまの洋服屋での買い物は、留学中の妹に送るためだと言うし、あらゆることに無頓着というか興味がなさげというか…彼は、剣以外には興味がないのだろうか?

───だとしたら、その考え方はとても私に近い……。

マクラウドは寝返りをうつと、半身を起こした。

「……それは、いくらなんでもわざとらしいと思うぞ……」

眠そうに目をこすりながら、要領を得ない言葉をつぶやく。

「今日は、そういった用件ではないの」

「夜這いか?」

「くだらない冗談はいいわ。……少し話したいことがあるの。いい?」

マクラウドはしばらく考えこむと、ベッドから身を起こし、枕もとの剣とガウンを手にとる。いつもの鎧ではなく青い格子縞のパジャマ姿だ。

私は扉を押す。

「外に出ましょう」

 

樹影くらいしか確認のしようがないほど、表は暗い。葉は秋風にあおられてざわめき、小動物の気配も人間の気配も、闇にまぎらせ消してしまう。

宿屋の1階にしつらえられた回廊の手摺りに手燭を置く。

きち、と木造の手摺りが鳴いた。

かえりみると、彼の姿が手燭に照らされてかすかにゆれている。おそらくは私も、そう映っているのだろう。彼の目に。

好都合だ。表情から感情を悟られずにすむ。

「マクラウド…」

回廊のへりに手をかける。決して、目をそらさずに。

「あなたは一体、何者なの?」

  

「!!」

無意識に、しかし確実に右手が剣の鞘にかかっていた。

理性でねじ伏せ、無理やり腕をおろす。

おちつけ。

まだ彼女が勘づいているという確証はない。

ライズはその動きに気づいていないのか、無表情で俺をみつめている。

赤い制服を着た姿がかげろうのようにゆらめく。

それを見ているうちに、悲しくなった。

(気づいていたとしても)

(……斬れるだろうか?)

「抽象的な質問だな?」

「そうね。なら……昼間、なぜあいつらを殺したりしたの?軍法会議にすらかけずに。そういうのを私刑というわ。……国を荒らすもとよ」

───ああ、この少女は。

怖いくらいまっすぐで、ゆえに美しい眼差し。

危険をかえりみず、剣をもった男3人に立ち向かう、無謀という名の強さ。

やはり。

───なんて。

「子供だな」

「何ですって!?」

「大きな声を出すなよ。……あいつらはそれ相応のことはやってる。被害者の血を血であがなってもらっただけだ。それに、憲兵に引き渡したとしても、中には金で動く奴だっている。事が手を離れてしまえば、俺でも関与しようがない」

「近衛騎士団長でも?」

「俺の仕事は王を守ることであって、罪人の処罰は管轄外だな。だからさっさと始末した。それが何か?」

───瞼の裏に浮かぶは、小さな手。

ならず者たちの体の下から、俺に向かって必死に伸ばされた───…まだ幼い妹の手。

俺はそのやわらかさを、ぬくもりを知っていた。

しっかりと握ってやると、安心してふわりと笑う表情が、とてもかわいらしいことも。

───俺は…誰よりもよく知っていたんだよ、ライズ。

言いたくて、でも言えなくて、言葉は中途半端にぶっきらぼうになる。押し黙った俺に、ライズは悲しげに首を横にふる。

「私……私、あなたを仲間に誘おうと思ってたの」

「……命令でか?」

ライズは目をふせ、さらに首をふる。

「軽蔑されても仕方ないと思ってる。……けれど、あなたほどの力があれば、必ず組織の為にもなる。───でも、そんなの、虫のいい考えね。あなたは騎士だもの。王権を守護する」

「そうだと言ったら、俺を消すか?」

「ええ。…それが任務なら」

うなずいた彼女の手に、俺は短剣を押し付ける。

「なら一戦、お相手願おうか」

ライズは一瞬、今にも泣き出しそうな表情になったが、すぐに目は利発そうな光を取り戻した。

「…どうして?」

「君の優れた剣技には何度も助けられた。その礼もしないとな。ま、遠慮せずにかかってこい」

ライズは少し困ったように、それでも嬉しそうに笑う。褒められて素直に喜ぶところがかわいらしい。

目にするのが最後かもしれない笑顔を、俺はしっかりと瞼に焼き付けた。

(俺は)

歯をくいしばり、痛みに耐える。

(───人として、最低だ)


後書き

 

マク助も壊れかけてますね(もともと、か?)

書いているうちに暴走しがちになり、本当に「読んでくださるの方々が納得してくださるキャラ」が書けているのかどうか、正直な話、不安になってきます(^^;)

女の子たちの性格は「R」ではなく「みつめて」を基盤にしています。だって、「R」の性格でシリアスするのは無理だもん(笑)。

ライズが本編より弱々しいのは、主人公を斬ったりするイベントが18才の時に起こるもので、15才ならまたちょっと変わるんじゃないかなーと思うからですが。でも子供のころの方があっさり殺せたりするものかもしれませんね。

なんせ、後悔や挫折を知らない人間ほど強いもんはありませんから。

 

次章は「第13章 愛(かな)しい嘘(前編)」です。

ちなみに第1部は16章までです。


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